ブラック・ブレット―赤眼帝国の誕生―   作:邪骨

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 延珠は走っていた。

 わけも分からぬ情動に突き動かされ、何処へともなく走っていた。目的なんてない。ただ走らずにはいられなかったのだ。

 

「延珠さん!待ってください延珠さん!」

 

 その延珠の後を追って、ティナもまた走っていた。蓮太郎や木更が自分たちに何か隠し事をしていることくらい、彼女も理解していたし、問い質したい気持ちもあった。しかし、それよりもまずは、悩む友人を一人にはしておけなかった。

 

「来るなティナ!妾に構うな!一人にしてくれ!」

 

「嫌です!」

 

 それから二人はいくらか走って、疲れ果ててクタクタになった。

 

「はあ、はあ……追いつきッ、ましたよ」

 

「ゼェ……いい加減しつこいぞティナ。どうして妾を一人にしてくれないのだ」

 

「一人にすると、心配だったから、です」

 

「……あー!もう付いてくるんじゃないぞ!いいな!」

 

「照れ屋さん」

 

「バーカ!」

 

 延珠は顔を赤らめて、近くのマンホールに潜って隠れてしまった。

 

「隠れちゃった……」

 

♦♦♦

 

「とう!」

 

 スタッ

 と下水道に舞い降りた延珠。華麗な着地。

 

「まったく、ティナは少し心配性なのだ。この程度のことで妾が平静を欠くとでも思っておるのか、まったく!」

 

 後輩に気遣われたことが少々気恥ずかしい延珠は、このまま隠れんぼだと意気込んだ。探せるものなら探して見ろと息巻くが、本心は構って欲しいだけである。

 

「ら~、う~、すすめ~すすめ~全力じゃなきゃふんふんふん~」

 

 ガラン

 

 鼻歌にかまけていて気づかなかったが、足下には瓦礫が転がっていた。蹴ってしまったらしい。

 

「はぁ、早く見つけに来いというのだ」

 

 ぼやくと、向こうから人の気配が。もしかしてティナだろうか。

 

「おーい、ティナ?ティナなのかー?」

 

 ビチュッ

 一瞬の煌めきを目が捉えたのと同時に、延珠の首筋から血が落ちた。

 

「え」

 

 思考することもままならずに、延珠は咄嗟に防御姿勢を取る。

 

 ガスッ

 と衝撃。延珠は耐えきれずに吹き飛んだ。

 

「グフぁ、痛ッ、何、ガストレア?」

 

 何が起こっているのか、自分に攻撃を加えたのが誰なのか。延珠には何も理解できていない。何だ、何が迫っている。

 

 ビュンと風切り音。

 

 瞬間、延珠は走った。振り返るとそこは轟音を立て崩れ落ち、見るも無惨な様子になっていた。

 

「あなたは何者です?敵ですか?敵なら殺します」

 

 暗闇の向こうから、声。自分に攻撃を仕掛けてきた人物のものだろうか。

 

「お前こそ何者なのだ!何故妾を襲う!?」

 

「イエスかノーで答えろよッ!!!!」

 

 また闇が煌めいた。

 

 少女だ。少女が迫っている!

 

 その少女の姿を捉えるのは、かなりの戦闘経験を積んできた延珠ですら厳しかったが、辛うじて少女だろうことはわかった。

 

(あのような動きが出来る者は、呪われた子供たちの他にいない!)

 

「答えないなら、死ね!」

 

 延珠の頬を何かが通り抜ける。髪の毛がチリチリと焦げた。

 

「……ッ!?」

 

(何てパワー、少なくとも序列三桁台にはあんな奴はいない!だがしかし、動きが単調だ!)

 

 その少女の動きはあまりにも素早くパワフルであったが、動きが単調。場慣れしていない、素人の動きだった。

 

(イニシエーターではないのか?野良でこれほどとは、驚嘆するぞ!)

 

 跳躍。

 モデル・ラビットである延珠にとって、それは朝飯の目玉焼きを作るよりも簡単!

 

 すると少女は延珠を見失ってしまったようで、立ち止まりキョロキョロとせわしなく首を動かしていた。

 

(奴は立体機動を取る相手には不慣れと見た。このまま押し倒す!)

 

 バシャンと水しぶき。延珠は少女に馬乗りになった。

 

「……お主はッ」

 

 延珠は、その顔に見覚えがあった。

 

「お主は、ヒューカか?」

 

 そうだ、あの青空教室で、一緒に笑って、遊んで、学びあった。でも、そのみんなは死んでしまった。延珠を置いて。そのはずなのに。

 

「殺す!殺す殺す殺す殺す!お前はあれだろう、私たちを殺しに来たクソッタレの民警の犬だな!?大人にこびへつらって、私の友達の顔をしやがって、殺してやるッ!」

 

 逃げだそうと藻掻くヒューカの目にあるのは、憎悪。ただただ憎悪しかない。ヒューカは握りしめていた太刀を振り回した。

 

「のわーーー!!!!刃を収めるのだ!!!!妾のことが分からぬのか!!!!妾だ妾!延珠だぞヒューカよ!生きていたのだな!」

 

 必死にヒューカに敵ではないと訴えるも、彼女は聞く耳を持たない。

 

「嘘を吐くな!延珠がこんなとこに来るはずがないんだよ!アイツは、蓮太郎先生と!一緒に楽しく暮らすんだよォ!」

 

「妾の話を聞いてくれ、ヒューカ!頼むから、頼むよゥ……」

 

 延珠はもうわけがわからなくなって、彼女をただ押さえつけることしか出来なかった。

 

「そうだぞヒューカ。少し頭を冷やせ」

 

 その時、声が聞こえた。

 

「来るな同士ッ、こいつは危険だ!」

 

「またなのか!?」

 

 新たな敵かと身構える延珠。ヒューカが同士と呼んだ相手だから、その可能性は非常に高い。しかし、現れた相手は。

 

「プルファ……?」

 

♦♦♦

 

 あのね、なんでこんなことになってんの?何でこいつらバトってんの?馬鹿なの?

 

 俺は目の前の惨事に溜息をつきたくなった。

 

 物音がした方向へヒューカを偵察にやったら、何故か延珠と殺し合いをしていた。巫山戯てんの?そもそも何で延珠がここにいんの?もしかして民警に俺たちの行動が勘付かれたとでもいうのか?それよりもヒューカは何故延珠に攻撃を?俺らはダチ公じゃなかったんかい。

 

 俺はヒューカを落ち着かせ、延珠に対して頭を下げさせる。

 

「延珠、ウチの馬鹿が済まなかった」

 

「いや、まあ、いいけど。それより妾は二人とまた会えて、嬉しい。死んだとばかり思ってたから……」

 

 いや殺し合いしたのにノリ軽!延珠さんや、少し懐が広すぎまっせ。もっとこの馬鹿を叱ってやってくださいな。そうしないといつかコイツもっと馬鹿やらかすんで。

 

「ううん、ヒューカ、突然人に斬りかかるのはダメだぞ?」

 

「……ごめんなさい」

 

 だから軽いってば。まあ、相変わらずで何よりだよ、延珠。

 

「なあ、他には生き残りはいないのか?ミっちゃんとか、ササナちゃんとか」

 

「延珠、残念だが私たち以外は全員死んだ」

 

「はは、やっぱり、そうなのか」

 

「ああ」

 

 哀しげな顔をする。お前にはそんな顔は似合わないというのに。

 

「ところでお主たちは何故こんな所に?」

 

 それはこちらの台詞だが。

 

「あー、妾は少し蓮太郎と喧嘩?みたいになっちゃって、逃げてきてしまったのだ」

 

「では帰りたまえ。帰りを待つものがいるならば、そうするべきだ」

 

 悪いけど、こんなとこで足踏みしてらんないからさ、帰れ。

 

「そうだな、ティナもきっと妾を探しているだろうし……」

 

 へぇ、あいつも来てたのか。まあいいや、はよ帰れって。

 

「ただ帰る前に、先ほどの問いに答えて貰うぞ、プルファ」

 

「ハア……教えてやれん」

 

「何故だ!」

 

 いや、何故って、言いたくないことの1つや2つ、あっていいじゃないか。

 

「良いではありませんか同士。見せてやっても」

 

 おいおいヒューカ、お前何を言い出しとんねん。この計画は公になると面倒なんだって。だから部外者には教えらんねえって、散々言ったよなあ?

 

 俺の怪訝な表情を見たヒューカは、そっと顔を近づけてきて、耳打ちをした。

 

「こうなった延珠が頑固極まりないのは、同士も分かっているはずです。少し見せてやって、満足させた方が早く帰ってくれますよ」

 

「ううむ、そういうものか……」

 

 俺はリスクだらけの行為をするべきか否か考え、しかたなく延珠に一端だけ見せてやることにした。

 

「ついてこい延珠。きっといつかは露見することだから、特別に見せてやる。ただし、口外はするなよ?」

 

 

 

 

 待機させていた隊列の元まで、延珠を案内してやる。やりたくはなかったが、しかたない。

 

「見たまえ延珠。圧巻だろう?」

 

「これは一体」

 

「東京エリアの子供たちだよ、延珠」

 

「これが、全部?」

 

 絶句する延珠。それはそうだろう。俺だって何人いるのか把握できない程の人数なんだ、驚くのも無理はない。

 

「統括隊長殿!そちらの御仁は?」

 

 俺とヒューカだけではこの何万といるのか知れない規模の人数を統率するのは難しく、戦闘力の高そうな子供たちに、百人規模の部隊を組ませて纏めていたのだが、その部隊長の一人……一番隊の三加茂(みかも)(しずく)とかいう奴だった思うが、そいつが話しかけてきた。

 

「ああ、客だ」

 

「はあ、そうでありますか」

 

「まあすぐに帰すから、気にせず待っていてくれ」

 

「わかりました!」

 

 教えたわけでもないのに、雫は右腕を斜め上に突き出して敬礼をした。それ、ナチス式敬礼よな?何で?わけわからんわもう。

 

【挿絵表示】

 

 

「ああ、すまんが、そのポーズは一体?」

 

「はッ!ヒューカ副統括隊長殿にご教示いただきました!何でもこれが最高敬礼なのだとか」

 

「そ、そうか、覚えておこう」

 

 ヒューカ!!!!馬鹿!!!!

 

 目をそらすな!そういやお前の書いてた小説、革命だの虐殺だの排斥だの、ソッチ系が多かったなクソが。

 

「あの子は誰なのだ?プルファ」

 

「あれは雫だ。多くある部隊の1つを任せている」

 

「部隊?」

 

「ああ、俺たちだけでは纏め上げれんからな」

 

「何故こんな大人数を、お主らは引き連れている?」

 

「ふん、ヒューカ、答えてやれ」

 

 俺は説明役をヒューカに投げた。だってめんどくせえもん。あとナチ式敬礼を広めようとした罰も含んでるから。

 

「じゃあ、延珠ちゃ……ゴホン、では延珠殿には私から説明しましょう。延珠殿は今の東京の現状をどう見ます?」

 

 おいこらテメエ、自分で始めたくせに、口調を崩しかけるとは何事だ。あとでお尻ペンペンの刑だな。

 

「ええと、第三次関東会戦とかもあって混乱も起きたが、比較的平和だと思うぞ?」

 

「はッ、平和だ?表面上はそうかもしれんな」

 

 吐き捨てるヒューカ。

 

「だが、私たち呪われた子供たちに限ってはどうだ?どれだけガストレアを討ち滅ぼそうと、どれだけ我慢しようとも、大人たちは私たちを顧みない!それどころか私たちを化け物と蔑み、人ではないかのように扱う。

 延珠も見ただろう!友の死体を!ササナの、美香子の、蘭の、アリスの、由香の、レイの、みんなの死体を!アレをやったのは誰だ!?大人たちだ!!!!無関係な者などいない!!大人は大人であるというだけで、既に奴らと同罪なのだ!そう、大人はみな私たちを嬲り、殺し、憎み、恐れ、いないものとして無視をする!誰も手を差し伸べない!

 ならば!我々が我々を救うほか道はない!この腐敗した政府から脱し、エリア外に我々の為の自助組織を、機関を、国家を!この手で掴みとるのだ!

 これは革命なのだよ延珠。我々虐げられてきた者の、魂からの反逆だ。我々は最早我慢の限界なのだよ。これは私の独りよがりな妄想などでは断じてない。その証拠がこの、集結しエリア外を目指す我が同志たちだ!

 そして、いずれ愚蒙愚昧の大人たちは知るだろう。自分たちが貶めてきた者が、人間であったことを!」

 

 ……説明になってねーよ!

 

 見ろ、延珠は顔を真っ青にして気圧されているではないか。お前の思想を全部話すのは説明と違うのよ。もっと要点をまとめて簡潔に話すのが説明なの。わかる?このお馬鹿が。

 

「でも、松崎さんとか、蓮太郎とか、木更も、菫も、いい大人だっているはずだぞ!」

 

 反論すんなよ延珠。

 

「そんな者は極めて少数派であると知れ!お前は恵まれているのだよ延珠殿!いや、恵まれてなどはいないか。でなければ呪われた体で生まれてくることなど無かったのだからな!」

 

 おいおい煽るなよヒューカ。もう見ておれん。

 

「そこまでにしておけヒューカ。言い過ぎだ。それに自ら肉体を卑下するのは感心せんな。我々は自らの生まれを誇り、生きねばならん。例え短き生であったとしてもだ」

 

 こんな感じのことを言っておけば、黙ってくれるかな?

 

「……失言でした、同志よ」

 

 お、反省の顔つき。段々ヒューカの扱いが分かってきたやもしれぬ。

 

「まあ簡単にいってしまえば、我々は新天地を探しに、エリア外に発つ。今はその道中と言ったところか」

 

「……そ、うなのか。だから街かから子供たちが消えたのか。蓮太郎の言っていたアイツとは、お主のことだったのだな?」

 

「恐らくそうだろうな」

 

 そして延珠は一瞬押し黙って俯くと、言った。

 

「だが、エリア外に行ってどうするのだ?活路などあるのか?言うのは悪いと思うが、皆死ぬだけだぞ」

 

「ふむ、そんなことは理解している」

 

「なら……!」

 

 止めろとでも言うか?まあ、お前なら言うだろうな。とても優しいから。

 

「しかし、ここにいても希望はない」

 

「そんなこと」

 

「あるんだよ、延珠。何の庇護も受けていない私たちには、これしかないんだ。わかっておくれ」

 

「……」

 

 やりきれない表情の延珠の背を押して、俺は彼女を元いた場所に戻さんと、来た道を戻り始める。

 

「諸君、少し行ってくる。ヒューカは来るな。また暴れられたらかなわん」

 

 不満顔のヒューカが見えたが、無視だ無視。

 

 しばらく歩くと、黙って押されるがままだった延珠が口を開いた。

 

「……連れて行って」

 

「はぁ?」

 

「妾も連れて行って欲しい。お主たちがエリア外にでるまでで良い。だから、連れて行って欲しい」

 

「何を言っているんだ、お前は。ティナはどうする?待ってるんだろ?」

 

「ティナも連れて行く」

 

「えぇ?」

 

「手伝わせて欲しいのだ。何も出来ない妾たちだが、友達の心配くらい、させてくれてもいいのではないか?」

 

 帰れよ。

 お前を探しに民警が来るのよ。迷惑なのよ。

 

「馬鹿もん。蓮太郎先生になんと言えば良いんだ、私は」

 

「蓮太郎など少しくらい寂しい目に遭わせれば良いのだ」

 

 かわいそうだろ。帰ってくれよ。

 

「あ、延珠さーん!」

 

 ねぇティナ来ちゃった!どうすんだよお前これなぁ!

 

「あ、あなたはプルファさん!?生きていたのですか!」

 

 あーもうめんどくさいなぁ!

 

「ティナ!お主も手伝って欲しいのだ!」

 

「何をです!?」

 

「クソーーーー!!!!付いてきたければ勝手に来い!私はもう知らん!」

 

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