『里見くんのところもまだ帰ってないの!?』
電話越しに聞こえる音の大きさに、顔を顰めた蓮太郎。電話の相手は木更である。
「ああ、木更さん。延珠もティナも、家にいねぇ」
何故こんなことになってしまったのか、蓮太郎は思い返す。
今日の夕方、木更と話していたところを、延珠とティナに盗み聞きされ、その内容について詰問される。それに蓮太郎と木更が答えを濁したので、延珠は怒り、走って何処かへ行ってしまったのだ。最初はその内帰ってくると考えていた蓮太郎だったが、夜になっても帰ってこない。探しても見つからないので、今こうして木更に電話をかけているのだった。
『困ったわねぇ、里見くん。何処か彼女たちが行きそうな場所とかに心当たりは無いの?』
「ああ、それならもう探した」
『うーん、そうなるともう松崎さんに訊いてみるくらいしか手がないわね』
「そうなるか」
♦♦♦
俺たちが下水道を進み続けて2時間。ついに旧下水施設を抜け、旧地下鉄に出た。
「ふーむ、地図によればここからまっすぐ行けばエリア外みたいだが」
「ようやく、といったところですかね、同志」
「よし、それでは皆聴け!これより一時間の小休止を設ける!各自体を休め、一時間後にまた集合せよ!わかったな?隊長ども」
「「「「了解しました!」」」」
総勢1000を超える隊長たち(そもそも全ての隊長が集合しているのかすらわからないが)に指示を出すのも一苦労であったが、ようやく一息つけるとあってはその程度のことは何てことは無い。
ちなみに隊長たちは皆ナチ式敬礼をして散開していった。もはやナチは俺のあずかり知らぬところで、手遅れなナレベルで浸透しているらしかった。最悪である。ヒューカはその様子にご満悦であるのがまた腹立たしい。なのでヒューカの尻の肉を摘まみ上げてやった。
「ピッ!?」
何か可愛らしい悲鳴を上げ、こちらを睨むヒューカ。怖いねぇ~(笑)。
「ど、同志!戯れもいい加減にしていただきたい!こんな衆目の前で!」
「ほう、衆目の前でなければ良いのかな?」
「そうは言ってないでしょう!」
赤面し怒鳴るヒューカをそうやってあしらっていると、周りの子供たちが笑いを堪えきれず、「クスクス」と声を漏らしているのに気がついた。
「まあまあ、そう怒るなよ。ほら、皆が笑っている」
そう言ってやるとヒューカはますます憤慨して、俺の頬に平手を喰らわせた。ゴキリと首から鈍い音がしたが、俺の首は大丈夫なのだろうか。
「あはははは!」
「ははは!おかしいの!」
とうとう声を抑えることも出来なくなったのか、一斉に大声で笑い出す子供たち。俺はささやかな復讐が成功して、清々しい気分であった。
「私はちっとも良い気分ではありませんが」
不貞腐れた顔で言うヒューカ。
「まあそう言うな。ここまで付いてきてくれた彼女たちに対する、感謝の娯楽という奴だ」
「私のイメージがへっぽこ副統括隊長になったら、私は同志を殺します」
「やれるのならばやってみればいい。貴様などへっぽこ娘がお似合いなのだ」
「ハア……しかし、延珠とティナを連れてきたのは何故です、同志」
そんなことを訊くな。
「本人がそうしたいと言ったのだから、止めようもない。実力行使の通じる相手でもないのは、お前もよく理解しているはずだが?」
「私は、彼女らが日常から外れるのが嫌なだけです」
「何を言うか。この世界は既に非日常だというのに」
そうだ。こんなクソッタレな世界が日常であるものか。
「おーい、二人とも何を話しているのだ?こっちに来て一緒に遊ぼう!」
そうやって二人で話し込んでいると、奥の方から延珠の呼ぶ声が聞こえた。
「……アイツは、ただ過去を懐かしんで遊びたいだけなのかも知れないな」
♦♦♦
「松崎さん、あんた、ホントに知らないのか?あいつらが何処に行ったのか」
「ええ、知りませんとも」
蓮太郎と木更は、延珠とティナの居場所を訊くため、松崎の元を訪れていた。
しかし松崎は蓮太郎の質問に対して、知らないの一点張り。彼が知らないのであれば施す手が無い。警察に行って、捜索して貰うしかなくなる。そうなると延珠たちを見つけても、プロモーターから逃げ出した素行不良のイニシエーター扱いで、IISOに強制送還されてしまうかもしれない。
「延珠のことを、俺は家族だと思ってんだ。なあ、ホントに知らねぇのか?少しの情報でも良いんだ。頼む!」
土下座をして地面に頭をこすりつけた蓮太郎。何が何でも情報を引き出したいらしい。
「止めなさい里見くん。知らないと言っているのだから、どうしようもないわ」
それをいさめる木更であるが、その顔は未練たらしい。やはり彼女も少し期待していたのだろう。しかし蓮太郎は土下座を止めず、1分半が経過。すると松崎は根負けしたのか、何やら話し始めた。
「……子供たちが居そうな場所、それだけならば知っています」
そんなことを言った。
「ほんとうか松崎さん!」
ガバリと立ち上がって叫ぶ蓮太郎。
「ええ、とは言っても、延珠ちゃんたちの居場所は知りませんが……」
「いや、十分にありがたい。続けてくれ」
「では、里見さん、あなたは最近、この街で、東京エリアで、子供たちを見かけなくなったと思いませんか?」
「ああ、噂になっているし、実際見ないしな」
「私は、彼女たちがどこに居るのか、何をしようとしているのか、何処へ向かっているのか、知っています」
「なんだと?」
「あの事件の後、子供たちの大人に対する猜疑心と憎悪はより一層強まりました。私は以前と変わらず彼女たちに対する支援を惜しみませんでしたが、それも最早焼け石に水……それは最初からだったのかも知れませんが。ともかく、子供たちの現状に対する不満は募る一方で、いつ爆発するやも知れない状況だったのです。
そしてそれを何とか収めようとしたのが、あの事件の生き残りの一人である、ヒューカでした。彼女は東京エリア中の子供たちを呼び集めて、エリア外に、子供たちのためだけの、理想国家を建設することで、彼女らの不満を解消しようとしたのです。
今はその計画の第一段階目、『エクソダス』の途中にあります。恐らく彼女たちは今、下水道を通ってエリア外を目指していることでしょう」
蓮太郎と木更にとって、その話は予想しうる事態ではあったが、心の何処かでそんなことはないだろうと思っていたことでもあった。故に蓮太郎は呻いて、木更は「まさか、そんな」と呟いた。
「……それで、その向かっている方向は?」
「日本の中心であり、人の手の付いていない要所、岐阜です」
「岐阜……だと!?」
「彼女たちの計画は三段階あります。
第一段階「エクソダス」
第二段階「バラニウム・シュティールン」
第三段階「興国」
そして第三段階の終了をもって、我々は全エリアに対し、宣戦を布告する。その殿が私なのですよ」
「あんた……何を言っている!?」
「私たちは彼女たちに懺悔せねばならないのです。特に、何もせず、抗わず、助けず、見捨て、傍観に徹した怠け者たちは、その命で償わねばならない!」
「俺にはあんたが何を言ってるのか分からねぇよ!」
蓮太郎の絶叫。
「あなたには止められませんよ!里見さん!あなたは優しい、弱者の味方だ!だから我々が弱者であるうちは、これを止めることなど出来やしない!ましてや誰かにこのことを言うなど!
……行きましょうか、里見さん。私も同志たちを見送りに行かねばなりません」
松崎は立ち上がると、蓮太郎と木更を手招いて、大型のバンに乗せる。
「さあ、では行きますよ!ひゃはははははははは!!!!」
「松崎さん、あんたは……」
あの事件で、壊れてしまっていたのだな。
♦♦♦
「同志、定刻です」
「了解した、では行こうか」
俺は立ち、手を振り上げて、声を上げる。
「隊長各位!揃っているな!?」
眼前にはやる気に満ちた隊長たち。俺も彼女たちのそのやる気を見習わねばならんな。こちとら成り行きで統括隊長にされて、やる気不十分だからね。まあ、なったからには責任を持って全うしますとも、ええ。
「時間だ、出発する!あと少し、1時間ほどの道程だ!気を緩めずに、全員でエリア外に行くぞ!」
「「「「はッ」」」」
隊長たちは相も変わらず例の敬礼をして散開。各々の部隊に出立の命令を下すことだろう。
「ヒューカ、では行こう。延珠とティナも、いいな?」
「うむ!妾はいつでもいいぞ!」
「はい、私も同じくです」
延珠たちには、道中での野良ガストレアが現れた際の護衛を頼んである。やる気満々な二人には申し訳ないが、役に立たないことを願っておこう。
あーあ、何でこうなっちゃったかなぁ。
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