ブラック・ブレット―赤眼帝国の誕生―   作:邪骨

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ドキドキ!エクソダス!


 地図と崩れかけの道路だけを頼りに、ただひたすら歩くこと七日。そろそろ食料の備蓄も少なくなり、皆が飢えてくる時期だ。

 

「計算よりも食料の減りが早いですね、同志」

 

「当たり前だろう。皆が皆、食料を持参して来られたわけではないのだ。当然、我々からの配給に頼っている者もいる。それは備蓄も目減りするだろう」

 

 そうだ。今まで食料が保っただけ奇跡みたいなものなのだ。こんな何万といるかも分からぬ大規模集団に、何の策も無く食料を配給し続けるなど、1日で破綻する可能性すらあった。結局のところ我々を救ったのは、個人個人の良心によるところが大きい。足りているものは自らの食料を持たざるものに分け与え、なんとかやって来たのである。

 

 しかし、それもここまでだ。これ以上は続けられない。正確にはあと三日分の食料はあるが、三日後には食料が底を突く。なればまだ辛うじて余裕のある現段階において、食料を調達すべきであろう。

 

「は、調達とは一体どうすれば?」

 

 何ぃ?ヒューカ程の頭の持ち主が、こんな単純なことに気づかないとは、驚いた。我々も外周区暮らしの頃は、よくやったではないか。

 

「当然、狩猟と採取である!」

 

 我々が岐阜に辿り着くのは、まだまだ先になりそうだ。

 

♦♦♦

 

「子供たちの大規模失踪事件から一週間以上。こんなあからさまな事件なのに、メディアも政府も何も取り上げない。まさしく臭いものには蓋をって奴ね」

 

「おまけに街中では『子供たちがいなくなって清々した』『安心した』なんて声が上がる始末だ。ほんとクソッタレだぜ、この国は」

 

 天童民間警備会社の事務所で、蓮太郎はソファにもたれてぼやく。その近くには、社長席に座って頬杖を突く木更の姿もあった。

 

「木更さん、何か依頼でも入ってねぇのか?」

 

「意外も意外、依頼は何にも無いのよね。せっかく我が事務所には第三次関東会戦の英雄がいるというのにね」

 

「英雄だなんて、よしてくれ。俺はそんなのじゃない」

 

「はあ、平穏というのは食えないものね。良いことなのだろうけれど、こちらとしたらおまんまの食い上げよ」

 

「あー」

 

 蓮太郎は、英雄などではない。薄暗いものから目をそらして、輝きだけを得た卑怯者だ。蓮太郎は自身をそう評価していた。

 聖天子との繋がりがあった自分ならば、彼女たちが強行に出るのを止められたのではないか。もし自分が名声を利用して、子供たちと大人との融和を呼びかければどうだっただろうか。所詮自分は一介の民警でしかないと、最初から諦めてはいなかったか。そんな考えが浮かんでは消えていく。蓮太郎は憂鬱だった。

 木更もまた憂鬱であった。あの子供たちの集団失踪事件以来、自分の同居人であるティナや、蓮太郎のイニシエーターである延珠が何やら考え込むようになってしまって、事務所に活気が無くなってしまった。それに自分も蓮太郎も、どこか無気力で、呆けている。木更はこのままではいけないと思っているが、自分に何が出来るのかも分からなくて、それがどうしようもなく歯痒かった。

 

 蓮太郎と木更は、あの事件のあと、松崎の元を訪れていた。が、しかしかつて松崎の住居であったそこは、跡形も無く更地になっていて、彼の所在は今に至るまで掴めぬままだ。話すら出来ないのであれば、彼女らの計画を止めるすべはないわけで。そもそも止めてどうするというのか。

 

「木更さん、俺、ちょっと外見てくるわ」

 

 ゆらゆらと立ち上がると、蓮太郎は外に出る。嫌に晴れた空が忌々しく思えた。

 

「青すぎるよ、空」

 

♦♦♦

 

「羽柴、子供たちの行方は掴めましたか?」

 

「いえ、それがまったく」

 

「そうですか」

 

 聖天子は羽柴からの報告書をパラパラとめくると、溜息をついて自室の窓辺から外を眺める。そこから見える景色はとても豊かだった。豊かな人の営みがあった。彼方にそびえ立つモノリスでさえ、美しく見える。

 

 しかしこの景色の何処にも、もう呪われた子供たちはいないのだ。

 

 「呪われた子供たちが東京エリアから消えた」という噂が噂ではないと判明したのは、五日前のことだった。聖天子は自ら動かせる駒を最大限使って、その噂の検証を行った結果、イニシエーターと養子などの、庇護を受けた者以外の子供たちが居なくなっていることが確認された。下水の中も、外周区の廃墟の中にも、その姿は見当たらなかったのである。

 

 だが聖天子はこの事実を世間に公表することが出来なかった。何故ならばいなくなった彼女たちに戸籍はなく、法的には存在しない者達であったからだ。つまり彼女たちは、国としてはいてもいなくても関係ない、どうでも良い存在なのである。それが居なくなったからといって、政府がどうのこうの言うことはないのである。

 またメディアも子供達に関するニュースは報道を避ける傾向があり、この噂に関してもメディアは報じていないので、問題として表面化していないということもある。大々的に問題として取り上げて、騒いでくれれば政府も口を出さざるを得ないので、そうしてくれると助かったのだが。

 まったく、日頃はくだらないゴシップを掻き立てて煽るくせに、こういうときは使えない。そう心の中で罵倒した聖天子は、ふと呟いた。

 

「菊之丞はきっと、喜んでいるのでしょうね」

 

 聖天子の補佐官である天童菊之丞は、彼女と違って差別主義者である。呪われた子供たちを極端に嫌っており、駆除すべきであるという思想の持ち主なのだ。そんな菊之丞は、きっと呪われた子供たちが街から消えたことを、心の底から嬉しく思っているのだろうと、聖天子は考えたのである。

 

「私は、遅すぎたのでしょうか。もっと強行な策で、融和を推し進めるべきだったのでしょうか」

 

「聖天子様……」

 

 羽柴は愁いを帯びた顔の彼女を、慰める言葉を持っていなかった。

 

「子供たちはエリア外に行ったのでしょう。中がダメなら外だというのは、子供でも思いつきそうなものです」

 

「まさか」

 

「羽柴、エリア外に人をやりなさい。そして彼女たちを見つけなさい」

 

「見つけてどうするのです」

 

「それは……わかりません。なので見つけたら報告してください。後のことはそのとき考えます」

 

 再度溜息をついた聖天子は、テーブルの上にあったカップを持つと、中の紅茶を啜った。

 

「不味いですね、これ」

 

♦♦♦

 

「ヒャッハーッ!!!!狩りの時間だぜ!」

 

 こう叫んだのは誰だったか。数万の中から選り抜かれた選りすぐりの先鋭100名は、獰猛な顔を隠そうとしない。

 

「よし皆、丸太は持ったか!」

 

 某漫画のような台詞を放って丸太を小脇に抱えた俺は、周りの子供達に呼びかける。

 

「持ちました!」

 

「よーし、では行こう!食えそうなものは何でも取ってこい!いいな!」

 

 俺のその合図と同時に、丸太を持った子供達は走り出した。

 

 現在俺たちは旧神奈川県の小田原駅を根城にして暮らしている。そこで俺たちは野生化した豚や鶏などを狩り、たまに野草を採集して、食料を補給していた。今はまさしくその真っ最中というわけで、選抜隊に狩りをさせているところだ。

 

「頑張れ!仲間を飢えさせるなよ!」

 

 そうやって叫びながら、俺も丸太で逃げ回る鹿を撲殺した。何故丸太を使っているのかというと、それが一番身近に存在する武器であったからだ。某吸血鬼漫画では生身の人間が扱っていたから冗談めいて見えただけで、俺たちのような強靱な力を持った存在ならば、丸太も十分な凶器となり得るのだ。

 

 ちなみに、ガストレアは意外なことに我々の周囲には存在していない。ガストレアも生物であり、熊と同じように脅威になりそうなものに積極的に近づくほど愚かではなかったのである。

 あとガストレアの肉もためしに食べてみたが、気分が悪くなったので止めた。いくら体内に抑制因子を持っているからといっても、無闇矢鱈に食うものではないようだ。

 

「同志、そろそろ食料集めも十分なのでは?」

 

「ああ、明日出発しよう」

 

 ヒューカの言葉にそう返した俺。5日ほどここに留まって狩りなどを行っているが、結果として二ヶ月は耐えられるだろう量の収穫があった。獲得したこれらは後方で待機している数万の子供達に加工して貰って、保存食としてある。

 

 まあ、基本は燻製がメインだけど。

 

「おや、誰か倒れていますね」

 

「そうみたいだ」

 

 新しい獲物を求めて森の中を散策していると、眼前に何か倒れた人影を見つけた。

 

「同志がやられたのでしょうか?」

 

「さあな。倒れているのは二人みたいだ」

 

 倒れていたのは、ピンク色の髪を持つ子供と、青色の髪を持つ子供。両方ともゴシック調の服を身に纏っており、近くには彼女らの持ち物と思われるバイオリンケースが転がっていた。

 

「こんな奴、あの中にいたか?」

 

「さあ、何分数が多いもので、いたかどうかはさっぱり分かりません」

 

「ふーむ、おいヒューカ、こいつらの目を開けさせろ。意識の無いときは、瞳のカモフラージュが疎かになるからな」

 

「はい」

 

 俺はヒューカに指示を出し、こいつらが俺たちの同類かどうかを調べさせる。いや、しかし子供たちにしては身なりが整いすぎているし、髪もさらさらで汚れてすらいない。本当にこんな奴いただろうか。

 

「お仲間です。それと死んではおらんようです」

 

 どうやら気絶しているだけのようだった。

 

「そうか、ありがとう」

 

「保護しますか?」

 

「そうするしかなかろう」

 

 もしこれが仲間であった場合、俺たちは気絶した仲間を見捨てたゲス外道になってしまうからな。

 

「ほら、ヒューカはこっちのピンクの方を持て」

 

「はあ」

 

 俺たちは二人を担いで、駅の方へ足を向ける。さあて、明日からどうするかね。

 




現実的な速度に手直しした結果、柿生駅から小田原駅に変更になりました。また日数も少なめにしました。

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