「スズカさん、なんで後ろをついてくるのですか?」
ミホノブルボンは困惑した。
朝からずっと、ブルボンの後ろをサイレンススズカがついてくるのだ。
ブルボンとスズカは知らない仲ではない。逃げ切りシスターズというウマドル(アイドルではないといつもスマートファルコンに言われているので登録済み)ユニットで一緒であり、会話などもする仲だ。
とはいえこうやって付きまとわれる覚えはまるでなかった。
そもそもスズカが『後ろをついてくる』ということにブルボンは非常に違和感があった。
スズカは先頭を譲るのが非常に嫌いだ。
だからこそ、逃げ切りシスターズでも乗り気でないくせに先頭であるセンターを死守していた。
前に他人の背中があるのが嫌いだと本人からも聞いたことがある。
そんな彼女が後ろからついてくるというのが非常に違和感が強かった。
なのでそういったことも含めてブルボンはスズカに尋ねたのだが。
「ふーっふっふっふ〜♪」
「なんだ、ライスさんでしたか」
「ブルボンさん! ネタバレはひどいよ!」
「すいません」
あまり社交的でない子があえて明るく振舞おうとするような特徴的な笑い方、そして自分についてくるという状況から、ブルボンは相手がだれかすぐ見切った。
だが、それを指摘するのは良くなかったようだ。
ネタバレ禁止。
ブルボンは新しくルールを心に刻むとともに、素直に謝罪した。
サイボーグウマ娘はいい子なのだ。ちゃんと謝罪もできるのである。
どうやら、目の前のスズカさんの中身はライスさんのようであった。
「で、どうしてライスさんはスズカさんの中に?」
「よくわからないよ!!」
「ライスさんは今日も元気ですね」
よくわからないらしいが、特に動揺していないサイレンスズカの中にいるライスシャワー。
まあ、この程度日常であるのは間違いない。
どうせ三女神様のいたずらとか、アグネスタキオンさんの怪しい薬とか、ゴールドシップさんの度を越したいたずらとかそういう話である。
廊下の窓から外を見れば、複数のウマ娘から逃げるゴールドシップや、光りながらなぜかタイキシャトルに謝り続けるタキオントレーナーや(おそらくタイキシャトルの中身は理事長とか理事長代理とかその辺なのだろう)、女神像の前で怪しい儀式をしている人たちが見える。
つまりただの日常でしかなかった。
「で、どうしていいかわからないからひとまずブルボンさんの後をついていってみたんだ」
「いつも通りですね」
「いつも通りだね」
つまり平和であるという事だった。
「で、ライスさん、一つ質問が」
「なに?」
「今のライスさんは体がサイレンススズカさんです。なんて呼べばいいでしょうか」
「ライレンススズカシャワー?」
「名前が悪魔合体してますね。ちなみにスズカさんの意識とライスさんの体はどこに?」
「サイスシャワースズカさんはあそこで元気に走ってるよ」
ライレンススズカシャワーさん、略してライスさんの指さす方向を見ると、ライスさんの、いつも通り可愛らしい真っ黒で小柄なシルエットがトレーニング用のレースコースを爆走していた。
後ろからスペシャルウィークとエアグルーヴが追いかけているが分が悪そうだ。
スズカに比べれば速度は遅いライスだが、そのスタミナは誰と比較しても圧倒的だ。
一度逃がしてしまうと捕まえるのは難しいだろう。
ひとまず彼女らがサイスシャワースズカさん、略してスズカさんを捕まえるまで、ライスさんをここに留めておいた方がいいのだろうとブルボンはサイボーグ合理的判断をした。
そんなことを考えていると、ライスさんがブルボンを後ろから首に腕を回し抱きしめてきた。
「なんですか? ライスさん」
「いつものおかえしー。でもブルボンさんやっぱり背が高いねぇ。スズカさんの体でも背の高さ同じぐらいだし」
ライスさんがぼやく。
いつもブルボンがライスを後ろから抱き上げたり抱きしめたりしているので、その反撃なのだろう。
だが、サイレンススズカの身長は160cm、ブルボンの身長も160cmと同じだ。
ライスシャワーの身長145cmから比べれば二人とも背が高いが、ブルボンとスズカの身長差はないだけであり、別にブルボンよりは大きくない。ライスはそれが不満なようだった。
一方でブルボンも不満だった。
ライスシャワーを抱きしめると、小さいながらもふわふわで柔らかいのだ。
一方で今のライスさんは大きいがとにかく硬かった。
異次元の逃亡者の機能美は、無駄なものを全てそぎ落とした鍛え上げられた体なのだろう。
ミホノブルボンのやる気が下がった。
「そういえばライスさん」
「なに? ブルボンさん?」
「ライスさんの元の体の身長は145cmですよね」
「そうだね、牛乳一杯飲んでるんだけど大きくならないの」
「私の身長は160cm、身長差15cmです」
「そうだね」
「身長差15cmというのが一番キスがしやすい身長差らしいですよ」
「え!?」
「という事で、ライスさんもそろ元に戻りましょう」
「そういうことってどういうこと!?」
特に意味はない。身長差15cmというところと、キスについての雑学を混ぜたウィットにとんだサイボーグトークである。
だが、ライスさんはなぜか真っ赤になり俯きながら、ブルボンの後をおとなしくついてくるのであった。
トレーニング用コースに行くと、倒れ伏すスペシャルウィークとエアグルーヴを前に、スズカさんが一人満足そうな顔をしていた。
捕獲はできなかったようだが、止まっているなら状況は同じだ。
こっそりスズカさんに近寄ると、その後頭部を右手でわしづかみにした。
サイボーグミホノブルボンの鉄腕は10万ウマ娘ぢからなのである。
スズカさんは藻掻くが、ブルボンの鉄腕には抵抗できず、ぷらーんと持ち上げ荒れてしまう。
そして左手には同じく後頭部をわしづかみしたライスさんがいる。
準備は完了した。
「あのブルボンさん。なにをするの?」
「ごっちんこすれば多分戻ると思いまして」
「予想通り暴力的だった!!」
「失礼ですね、ライスさん。サイボーグミホノブルボンはとても良い子なので暴力など振るいません。これは目的達成のための致し方ない犠牲、いわゆるコラテラレルダメージです」
「ちょっとまって! 話せばわかるって!」
「問答無用!!」
ごっちんこ!
ブルボンのサイボーグ的合理的ロジカルシンキングから生み出された極めて良い子な解決方法により、無事、ライスとスズカは元に戻るのであった。
その後も様々に揉めたが、これ以上は話が長くなる上、私的なことも多大に含まれるため、ブルボンは話を割愛することにした。
ただ、三つほど新しい知見を得たのでそれをブルボンはここに記すことにする。
一つはライスさんはこれと決めると絶対に折れないこと
一つは身長差15cmはキスをするのに確かにちょうどいい身長差であったこと
最後にキスは別にレモンの味はしないという事である。
特に最後の知見は広く知られている風説だったため、ブルボンは、唐揚げを食べるときのレモンの代用ができるかと期待していたのだが、残念ながらそのようなことはなかった。
そうしてブルボンはゆっくりと休み……
目が覚めたらゴールドシップになっていた。
騒動はまだ終わらなそうである。