男は立っていた。荘厳な屋敷の前に。
偉大なる27祖の一角、フランクリンノートの棲家の前に。漆黒の髪に漆黒の瞳。純白の法衣の上に漆黒のロングコートを纏って。
「…解析完了。魔力解放。」
彼の呟きに呼応する様に屋敷を守る強固な結界は砕け散った。
「殲滅開始。」
その呟きが音になった時、既に彼はそこに存在しなかった。そこにあるのは彼の黒い軌跡だけ。そして次の瞬間彼は屋敷と[衝突]した。いや正確には、屋敷の壁を[蹴破]った。
「なんだ!?何が起きた!?」「敵襲か!?」
しかし、侵入地点にいたⅤ階梯程度の吸血鬼たちでは侵入者の顔を見ることも出来なかった。彼らが侵入者の存在を認識した時には既に首から下は存在しなかった。侵入者の持つ太陽の熱を凝縮させた漆黒の大剣は太陽に弱い対吸血鬼用の武器だった。そんな物で首を両断されてしまえばいくら再生できるのが売りの吸血鬼でも生命活動は停止する。彼の光速移動の軌跡と、恐ろしい速さの剣戟の残像はまるで『黒き閃光』だった。
蹂躙はものの5分で終わった。
吸血鬼と人間には絶対に崩せない圧倒的な種としての格の違いが存在する。一匹の吸血鬼が沢山の人間を蹂躙する。それが本来あるべき形であるのに。たった1人の人間が東京ドーム10個分ほどの広さをもつ巨大な屋敷に存在する大量の吸血鬼の大半を殺戮していた。目にも止まらぬ速さで次々と吸血鬼たちの生命活動を停止させる。そして彼は屋敷の主の部屋の前までたどり着いた。
コン、コン、とドアが鳴らされる。
「どうした。いったい何が起きている?」
返事はない。
ガチャ、とドアが開けられた。
屋敷の主がそのドアの先を見た時、既に斬撃は5本存在した。強大な祖の四肢と首を正確に断ち切る斬撃が。
「舐めるなよ!人間風情が!」
しかし、吸血鬼はその斬撃をギリギリのところで全て避けた。さらに、すかさず反撃に出た。存在しないところから剣を取り出し、逆に彼の四肢と首を断ち切ろうとした。その鋭い攻撃を受け止める事しか彼に残された選択はなかった。奇襲は失敗した。相手が戦闘態勢に入っていないことのアドバンテージは消え去った。ここからは、互いの全力をぶつけ合うだけのただの殺し合いの始まりだ。
「貴様は何者だ?その服、教会の代行者か?」
「穢らわしい吸血鬼と語り合うことなど何もない。」
「まさか…その黒い大剣、漆黒の髪と瞳にロングコート。そしてなによりも私の屋敷に侵入して、道中の私の死徒たちを皆殺しにしたであろうその実力。教会の、いや人類の最後の希望『白き城塞』と『黒き閃光』の片割れ、貴様は『黒き閃光』か?」
「そう呼ぶのは貴様ら吸血鬼どもだけだがな。所詮一介の代行者にすぎない。だが、偉大なる27祖様に知られているとは。吸血鬼狩りとしては嬉しいことだね。そこまで脅威だと思われているのだろう?」
「たった10年で祖を4人も討伐した貴様を知らん吸血鬼などいるはずもなかろう。しかも別の祖が残った吸血鬼達を取り込んで派閥を大きくしようと思って行ってみれば一人残らず皆殺しだったと聞く。」
「いや、違うな。お前は一つは間違ってる。俺が討伐した祖の数は5匹だ。今から死にゆく貴様を含めてな。」
「あまり調子に乗るなよ。私は貴様が討伐したどの祖よりも強い。」
「穢らわしい吸血鬼と会話しすぎて耳が腐っちまう。もう死ね。」
そうして全身全霊の殺し合いは始まった。
それは、純粋な剣技だけの戦いであった。激しい剣尖同士のぶつかり合い。卓越した技術と、超越した速度のぶつかり合い。それは、拮抗している様に見えた。しかし、少しずつその差は現れ出した。
代行者の剣は確かに優れていた。世界中の多くの流派を修め様々な流派から最善の技を繰り出していた。さらに、その剣は恐ろしく速かった。だが、それに対し吸血鬼の技の冴えはその遥か上を言っていた。悠久の時を生きるその吸血鬼の暇潰しは剣を極めることだった。人間が生きる年月では到底到達しえない境地に辿り着いていた。代行者の技は並大抵の師範代クラスを上回っていたが、吸血鬼から見ればその技は赤子の様だった。広く浅く学んだもののただ速いだけの剣では、狭く深く学んだものの正確な剣に勝てる道理はない。吸血鬼は代行者の全ての攻撃を的確に受け止め攻撃を繰り出していた。
「その程度か?『黒き閃光』!!!」
その勝負はまるで将棋の様に少しずつ追い詰められていった。
「…ここまでか。」
「力の差を思い知ったか?」
「これ負荷でかいからやりたくなかったんだけど仕方ないか。」
「記憶〈メモリー〉解放。」
その時、彼の頭の中に無数の記憶が流れ込んできた。世界中の、いやこの世界線に存在すらしていないものであっても、あらゆる流派の開祖や剣術を修めた英雄達の記憶が。
「まだ速くなるのか!いや、これは…」
戦況は一気にひっくり返った。吸血鬼が繰り出そうとする技を代行者は全て技が出る前に防いでいだ。吸血鬼が永遠にも近しい時をかけて極め続けたその流派をも完璧に知り尽くした彼が弱点を知らないはずがなかった。
簡単な話である。一つの流派を狭く深く学んだものが、あらゆる流派を完璧に広く深くその深淵まで知り尽くしたものに勝てる道理などあるはずがない。吸血鬼が無数の極められた技を受け止めきれなくなった時、彼は大きく後ろへ飛び退いた。来るはずの追撃が来ず体勢を崩したその一瞬を見逃すはずがなかった。決着は着いた。彼の切り札は最高のタイミングで使われたのだ。
しかし、切り札を隠していたのは代行者だけではなかった。吸血鬼が吸血鬼たる所以。祖が祖たる所以。朱い月から直接血を与えられたことによって得た最強の力。『原理血戒』を。吸血鬼は理解していた。目の前の人間が今まで見た中で一番強い人間であることを。大抵の時代の人類最強は、原理を使用するまでもなく剣だけで楽に殺せる。だがこの者に何も考えずに原理を使えば、簡単に防がれて不利になる。だから、彼は待っていた。生物が一番無防備になる瞬間を。
「なぁ知ってるか代行者。生物が一番無防備になる時を。それはな、自らの勝利を確信した時だよ!」
その時、部屋には無数の鎖が出現していた。それは代行者の体に巻きつき、彼の身動きを完全に封じていた。それこそがこの祖の原理。彼の持つ力は空想具現化である。読んで字のごとく、空想を具現化させることだ。しかし、いくら祖であると言っても真祖の様に地表面を塗り替える様な大規模な空想具現化はできない。この吸血鬼の能力の特筆すべき点は速さにある。本来空想具現化はまずイメージをかため、それから具現化するため時間がかかる。しかし、彼はまるで最初からそこに存在していたかの様に一瞬で具現化される。これこそが彼が祖たり得る所以だった。
「私の勝ちだ!」
具現化した剣が彼を囲む。そして次の瞬間、彼の足が飛んでいた。吸血鬼の足が。一瞬彼は理解できなかった。自分が剣を突き刺そうとしていたのに、気づいたら自分の足が綺麗に切断されていたからだ。視界の外から放たれた2本の剣によって自分の足が切断されていたのだ。
彼はまだ気付いていなかった。既に用意されている2段目の攻撃に。戦っていた部屋を大きく取り囲む様に生み出された無数の剣達に。しかし彼はその吸血鬼としての直感だけで、その全てを防ぎ切った。自らも無数の剣を具現化し全方位に放つことで、降り注ぐ剣の雨を相殺しきったのだ。
だがそこで、彼は気づいた。この戦闘が、剣の技術のぶつかりあいが、自分が原理を発動するタイミングが、全て代行者の手のひらの上で操られていたことに。意識外の攻撃に対応したことによって彼の意識はそこに向いていた。だから、捕らえたはずの代行者が鎖から抜けている事に気づけなかった。
「なぁ吸血鬼。生物が一番無防備になる瞬間を知っているか?それはな、自分の勝利を確信した時だよ。」
一閃。その黒き刃で吸血鬼の首は断ち切られた。
「私の負けだ…」
「まだ喋る余裕があるのか。化け物だな。」
「貴様には言われたくないな。初めてだ。こんなにも戦闘が楽しかったのは。どうせあと少しで私の体は塵にかえるがその前に一つ聞いておかなければならないことがある。なぜ私を襲った?貴様の今までの祖の討伐は実に合理的なものだった。派閥内での争いによって疲弊していた祖や、力が弱い祖など、何かしらの討伐しやすい理由があるものしか討伐していない。であるにもかかわらず特に弱いわけでもなく、争いがあったわけでもないこの私を狙ったんだ?」
「お前が祖の中でも最も大きな派閥を持つ大帝ヴラドが開催する聖杯戦争に参加すると聞いた。その聖杯戦争には大物の吸血鬼が何匹も絡んでくるらしいからな。お前からサーヴァントを召喚するための聖遺物を奪い、聖杯戦争に参加しようと思ってな。では、くたばる前に言え。聖遺物はどこにある?」
「教えるわけがないだろう。と、本来なら言うところだが、ひたすらに極め続けた私の剣の先を見させてもらったからな。それぐらいはいいだろう。一階にある召喚陣がある部屋に隠し扉がある。その先にある宝物庫の中に入ってる。私の代わりに聖杯戦争に参加するのだ。絶対に勝てよ。まぁそんな心配も必要なさそうだが。」
「確かにお前は吸血鬼の中では珍しい自らの力に溺れず、剣術を極めた者だった。吸血鬼としてではなく1人の剣士として、お前の死を惜しもう。」
「私の完全敗北だ。」
その敗北宣言と共に吸血鬼の肉体と魂は完全に消滅した。
「一息つく前にまずは後片付けが必要か。面倒だ。」
5体目の祖を討伐した男の前にはまだ吸血鬼が立っていた。
「お前がフランクリン様をやったのか?絶対に許さんぞ。我が主人よ。貴方様の仇この私がとります。」
そうして吸血鬼は飛び込んでくる。しかし、代行者はそれを気にもとめずコートから4本の黒鍵を取り出し、それを上空に投げた。
「詠唱破棄。洗礼詠唱 キリエ・エレイソン 」
その言葉と同時に屋敷に残っていた吸血鬼達は全て浄化された。彼の目の前にいた忠誠心の強い吸血鬼も含めて。
「残党狩りも終わったし、サーヴァントを召喚するか。」
そうして彼は召喚陣のある部屋まで辿り着いた。
「隠し部屋だとか言ってたがどこにあるんだ?仕方ないな。壁、無くすか。」
彼の言葉どうり次の瞬間その部屋の壁は消し飛んでいた。
「おーあった。あった。これは呪いの槍ゲイ・ボルクの一部分か?なるほどランサーか。正直俺の戦闘スタイル的にアーチャーかキャスターで援護してほしかったがまぁいいか。いないよりはマシだろう。…ん?少し臭うな。これは地下か?」
その宝物庫にはさらに地下へと続く隠し階段があった。そしてその下にあったのは地下牢だった。
「なるほど。吸血鬼どもに飼われてた人間どもか。吸血鬼ではないから洗礼詠唱の対象にならなかったか。だが、どのみちここまで汚れている奴らだ。もう殺すしかないな。」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!あんたがここの吸血鬼をやったのか!?よかった!これで安心だ!私を助けてくれ!ずっとここに囚われていたんだ。他の奴らは確かに汚れている。どこの女から生まれてきたかわからない様な人もどきどもだが私は違う!私は由緒正しい貴族のものだ!あんたは教会の代行者だろう?私の家はあんたら教会に多額の援助をしてやってるんだ。さぁ速くわたしを…」
その先は音にならなかった。既にその男は生命活動を停止していた。そして彼は無言のまま牢の中に囚われている人間達の息の根を止めた。
「ん?なんだここの牢は。鉄格子が開いたままだが。中に誰もいないし。だが、ここが最後の牢だ。ここまでの道で誰とも会わなかったが?もう吸血鬼になっていて洗礼詠唱で浄化されたのか?」
疑問に思いながら道を引き返していた途中で彼は気づいた。もう一つ地上へとつながる隠されていない本来の階段があることに。
「ここから上に上がったのか。どうせ吸血鬼のなりかけだ。殺さなくては。」
そうして階段を上がり中央廊下まだ到達した時、彼の視界に1人の少女が飛び込んできた。
「まて!その部屋は!」
彼は一直線にその少女の元へ向かう。それに気づいた少女は逃げようとして転倒した。長く地下に幽閉されていて既にまともな身体能力はなかった。しかし、彼女が転倒した先は壁がない部屋だった。うつ伏せに倒れ込んだその右手がその部屋にあった召喚陣に触れていた。代行者は超高速で迫っていた。その少女をその部屋から遠ざけようと。しかし、間に合わなかった。
「ーーーサーヴァント、ランサー。ここに参った。余に血を捧げるマスターは貴様か?」
少女は転倒と、その後に起きた激しい魔力の消耗によって気絶していた。
「貴様はなんだ?」
召喚されたサーヴァントは超高速で迫る『黒き閃光』を受け止めていた。
「くそ!俺が召喚するはずだった召喚陣を使って、勝手にサーヴァントを召喚しやがった!」
「見たところ私のマスターではない様だが、サーヴァントか?いや、正真正銘の人間であるな。では、他のサーヴァントのマスターか?しかし、令呪がないな。一体貴様は何者だ?」
「俺が何者か、だと?俺はこの屋敷の主を倒してそこの召喚陣で自分のサーヴァントを召喚しようとしたら、そこの餓鬼に先を越された惨めな代行者だよ。ふざけやがって。」
「なるほどな。まぁいい。結果として貴様は余のマスターではない。そして我がマスターを襲うならただ敵であるだけだ。」
槍と剣がぶつかり合う。1度、2度、3度剣がぶつかった所で代行者は後ろへ下がった。
「この吸血鬼に溢れる世界自体を触媒にして召喚されたのか。ヴラド3世!貴様はこの世界の住人ではないはずだが?」
「そんなことはどうだっていい。ここに召喚された以上、聖杯に託す望みのためにただマスターともに戦うだけだ。さあ、串刺しの時間だよ。」
地面から無数の槍が生み出される。かつて、自らの国を守るために敵国の兵士を、自国の裏切り者を串刺しの刑にしたその槍を。
「なぜだ。お前はそこまで強い英霊ではないはずだが。まさか、吸血種であるというだけでこの世界の恩恵を受けているのか!」
「吸血鬼と呼ばれることは許しがたいことだが、それによって無条件に力が得られるなら、聖杯に少しでも近づくというのなら甘んじて受け入れよう。」
「流石に祖を討伐した後に今のお前と戦うのは無理だ。仕方ない。一度引くしかないか。だが、一つだけ言っておく。お前を召喚した時点でその餓鬼の運命は既に定まった。聖杯戦争に参加しないという選択肢はもうない。聖杯戦争の地でまた会おう。次に会う時がお前達の最期だ。」
「少し待て。貴様、名は?」
「私に名などない。だが貴様ら吸血鬼からはこう呼ばれている。『黒き閃光』と。」
漆黒の軌跡を残して『黒き閃光』は去っていった。
「…大丈夫か。マスター。」
少女は既に目を覚ましていた。
「…あ、あなたは?」
「貴様のサーヴァント、ランサーだ。名前は?」
「な、まえ?」
「なんだ?名前がないのか?それは少し不便だな。では余が名前を与えてやろう。どんな名前がいい?」
「…なまえってなに?」
「名前の意味すら知らないのか。どうしたものか。」
「ご、ごめんなさい。」
「かまわんよ。どうやら貴様は日本人のようだな。確か日本では住む場所をラストネームにするんだったな。うむ。今日から貴様は屋敷名無だ。屋敷にするんでいる名無し。だからヤシキナナだ。わかったか?」
「なな。それがわたしのなまえ?」
「ああ、そうだ。これからよろしくな。ナナ。まずは言葉を教えるところから始めなければな。教養の乏しいものを教育するのも王の役目だからな。」
「う、うん。よろしく。」
そうして2人は屋敷から去り、聖杯戦争の地へと向かった。
ランサー陣営 マスター/屋敷名無(ヤシキナナ)
サーヴァント・真名/ヴラド3世