fate/bloody memory   作:カイバーイーツ

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第五話 開眼

少女は走り続けた。戦場を背にして。後ろを振り返らずただ前に歩を進めた。彼女に迷いはなかった。ランサーの敗北など微塵も考えてはいないが、自分が何もできないどころか足手まといになることだけはすぐに理解していたからだ。アーチャーの宝具によって屋敷は壊れ、そこは瓦礫の山と化していた。彼女がようやく手にした平穏も安全な居場所もそこには残っていなかった。もしランサーがこの惨状を見つめるマスターの傍らにいたのなら、彼女のためを思って悲しんでくれただろう。しかし彼女は悲しさを感じてはいなかった。彼女は新たな屋敷での暮らしが永遠に続かないことを理解していたからだ。物心ついた時から吸血鬼の屋敷に囚われていた彼女は常に死と隣り合わせだった。一時の平穏に喜びこそすれ、それが失われたところで悲しいとは思わなかった。

 

(魔力が一つ近づいてきてる…。さっきのアーチャーが追ってきてるのね。確かアーチャーは千里眼を持っている事が多いから隠れるのは得策じゃないんだっけ。いくらアーチャーが近接戦闘を苦手としていても私じゃ何もできない。だからと言って令呪でこっちにランサーを呼んでもあの吸血鬼がこっちに来るだけだから意味はない。)

彼女は逡巡する。自分がランサーの足手まといになっていることは明白だ。これ以上ランサーの邪魔をしないためにはどうしたらいいのか。選択肢は2つ。彼女が覚えたての成功するかわからない魔術を使ってアーチャーから身を隠すか、それとも同じく覚えたてで成功率の低い魔術を駆使しアーチャーを撃退するか。

(私が今しなきゃいけないのはランサーの足を引っ張らないこと。確かにアーチャーから身を隠せればアーチャーはこっちに意識を向けなきゃいけない。けど失敗したらすぐに殺されておしまい。魔術でアーチャーを倒せればランサーの負担が減るのは間違いない。けどこっちも失敗すればすぐに殺されておしまい。どうする?何が正解?別に死ぬことは怖くない。でもそれだとランサーに血が供給できなくて迷惑がかかる!という事はここでとるべき選択は!)

「妨害(ジャミング)!」

彼女の口から声が放たれる。それは魔術を発動させるための詠唱、その一小節である。魔術は無事に成功した。妨害は初歩的な魔術の一つで対象への探知を妨害する。この場合魔術の対象は自分自身である。それによりアーチャーによる探知を妨害し、隠れることを選んだのだ。

 

「どこにいった!お前がサーヴァントではなくマスターなのはわかってる!今すぐ出てくるなら命までは取らない!俺だって子供の、しかもこの世界では貴重な人間の命を一つも奪いたくはないんだ。こんな吸血鬼だらけの世界でやっと出会えた人間を無下にはしたくないんだ。出てきてくれ!」

返答はない。事実、彼は千里眼Cを所持していた。小さな町一つぐらいならすべて見えてしまうほどの代物だ。もし魔術が失敗していれば一瞬で捕捉され、右手に携えた拳銃で打ち抜かれていただろう。しかし魔術により千里眼で彼女を捕捉することは難しくなっていた。だからアーチャーは言葉による攻撃を仕掛けたのだ。宝具によってもう一度大砲を生み出し、瓦礫の山を更地にすることも考えたが、あのケチなマスターが自分のために二度も大量の魔力を提供してくれるとは思えなかった。

「お願いだ、対話をしよう。吸血鬼どもにはできない、人間ならではの交流方法だ。君だってあんな化け物と同じにはなりたくないだろう?」

またしても返答はない。彼女からすれば既に作戦は成功していた。彼女の目的はアーチャーをランサーの所に向かわせないこと。この無意味な語り掛けを無視していればしている程時間が稼げるのだ。彼女がアーチャーの声に耳を貸すことはない。

「おい!どうして無視する!なぜだ、違うはずだ!お前は人間だろう?あんな悍ましい化け物共とは違うはずだ!あんな化け物を召喚してしまい言いなりになっているんだろう?あいつはそういう男だ。何もかもを恐怖で支配する。民も、家族も、敵すらもだ。あんな醜くて恐ろしい吸血鬼なんかよりも俺の方が信用できるだろ?さぁ俺のもとに来い。少なくともうちのマスターはあのドラキュラなんかよりも理知的だ。何かあれば俺が守ってやれる。悪い話じゃないだろう?それに」

「撤回しなさい!」

アーチャーに向けてどこからともなく魔力弾が放たれる。しかしそれをアーチャーは銃で撃ち相殺する。彼女がアーチャーの声に耳を貸すことはない、はずだった。

 

聖杯戦争のマスターとなったものは時折、サーヴァントの生前の記憶を夢の代わりに見るという。ナナはヴラド三世の生前の記憶をこの数日に見ていた。その姿を見たときに、敵が憎きメフメト二世であることにはすぐに気づいた。ヴラド三世は既に一度死んでいる。故にサーヴァントと成った。メフメトのことを恨んではいるが、この世界の影響を受けて吸血鬼に対する嫌悪感が薄れた彼は、彼をドラキュラ呼ばわりしたメフメトに対する恨みも薄れている。しかし、彼女はその一部始終を見た。見てしまった。故に、本来の彼と同じくらい、もしくはそれ以上にヴラド三世がドラキュラと呼ばれることが許せない。このメフメトという男を許すことができない。ナナは常識や魔術を驚異的な速度で学んだとはいえど精神は成熟していない。その怒りを抑えることができなかった。自分を助けてくれたヴラドを、名前を付けてくれたヴラドを、今も助けてくれているヴラドを、そして何よりもドラキュラという汚名を着せられ怒りを滲ませるヴラドを知っているから。

「やぁ、ようやく出てきてくれたね。それじゃあさようなら。運のない可憐なお嬢さん。」

それはアーチャーの狙いだった。ヴラドにドラキュラの汚名を着せた張本人である彼は、先刻ランサーとナナの会話を聞いてナナがランサーを信頼し尊敬していることを見抜いていた。そこを煽ってしまえば釣れるだろうと。まだ妨害の魔術は生きている。しかし、その魔力弾の方向から彼女の位置は大体予測できる。彼女にはまだ、魔力弾を曲げるなんて言う高等技術は持ち合わせていない。その方向を銃撃すればいつかはナナにあたる。アーチャーの弾丸がナナの頬を掠める。とっさに瓦礫に身を隠したが今の攻撃で魔術は解けてしまった。そうなれば彼女にもう逃げ道はない。

その時だった。彼女の右手の痣が赤く光る。令呪を用いた血の提供だ。ランサーが宝具を展開したのだ。急速に体中の血が失われていく。もう彼女に敵の攻撃を避ける体力はない。

 

「これが走馬灯っていうやつかー。」

彼女は唐突に昔のことを思い出していた。封印していた記憶。吸血鬼に噛みつかれる思い出。初めての血を吸われる感覚。体から血が抜ける瞬間が酷似していたからだ。そこまでは彼女も覚えていた。しかし今までそこから先の記憶が存在しなかった。しかし、この死の間際についにその記憶を見た。自らの肩に噛みつき血を吸っている吸血鬼。そして、その吸血鬼が弾け飛び、体に大量の返り血がつく所を。

「これは走馬灯なんかじゃない…。トラウマのフラッシュバック…。」

 

もう一度目を開けた彼女の瞳は赤く光っていた。今すぐにでも気絶してしまいそうな体に鞭をうって何とか瓦礫から身を乗り出した。当時彼女はそれが何かを理解していなかった。故に目の前で起きたありえない非現実を見なかったことにして記憶に蓋をした。しかし、今の彼女なら、魔術を学んだ彼女ならわかる。それが魔眼、それも最上級の魔眼であることを。

「どうした。観念したのか?なら楽に殺して…。」

「同化(アシミレーション)。」

アーチャーの右手側にあった瓦礫の一つが弾け飛ぶ。その瓦礫が破片となってアーチャーを襲った。その唐突な反撃にアーチャーは反応できなかった。

「くっ、同化だと?いったい何をした!目が光っている…、その目は魔眼か!」

アーチャーの右手は傷だらけになった。それどころか右半身全てが血だらけだ。咄嗟に瓦礫に身を隠した。奇しくもさっきと立場が逆転してしまった。彼女の魔眼の性質がわからない以上こうする以外に選択肢はない。とはいえさっきのように今自分が隠れている瓦礫を壊されてしまえばおしまいだ。すぐに決着をつける必要がある。瓦礫に隠れているため死角になっているとはいえ、彼女は今魔術も切れて無防備であり彼女に弾を当てることは、仮にもアーチャーのクラスである彼には不可能ではない。それに弾を魔眼でとらえるような動体視力はないだろうし、もし捉えられたとしても弾が弾け飛び、その破片が彼女を襲う。既に弾道を曲げる道筋は完成した。後はその引き金を引くだけだ。しかし、その時乱入者が現れた。

 

「おい、サーヴァント共!どこにいるんだ?今ならこの僕、マキリシンジ様と契約させてやるぞ!こんなまたとない機会はもうない。僕と契約すれば聖杯戦争の勝者になったも同然だ!」

「なんだお前は。見たところ別のサーヴァントのマスターか。ってことはお前も吸血鬼ってことだな。殺してやる!」

少女へと放たれるはずだった弾丸をアーチャーは乱入者に向けて放った。しかし、吸血鬼はそれを手でつかんで止めた。

「なんだ?アーチャーか?ちょうどいい。傷だらけじゃないか。僕と契約しないか?お前のマスターはじきに死ぬ。僕と契約すれば聖杯戦争を勝たせてやる!」

アーチャーの右手に刻まれた赤い痣、令呪が光りだし彼の血を奪っていく。その様を見て、バーサーカーのマスターは自分には同じ芸当が出来ない事を嘆き、そして血の吸えるサーヴァントと再契約することを決心した。お前のマスターはうちのサーヴァントが差し違えてでも殺す。そうなれば晴れて僕とお前は野良同士だ。契約しないか?」

「同化(アシミレーション)。」

その時、バーサーカーのマスターの近くにあった瓦礫が破裂した。バーサーカーのマスターはアーチャーを抱えて避けた。

「あっぶねぇな!そうだった、もう一体いるんだった。めんどくせー。今お前に死なれても困るんだよ。アーチャー。僕に血を吸わせろ!そうすればあいつは僕が殺してやる。」

「結構。あいつとの決着は俺がつける。」

「ほう?そんな体であいつに勝てるっていうなら見ててやるよ。せいぜい頑張りな。」

「いわれなくても!」

そうして銃を構え少女を狙うアーチャーだったが、またしても少女の同化という言葉とともに銃を破壊されてしまった。

「ぐはぁ。なんだよその魔眼は!見るだけで壊せるなんてチートもいいとこだろ。さすがに生き物を対象にはできないようだが。それでも、いったいどうやって勝てっていうんだ…。」

「大人しく僕に血を飲ませればよかったものを。馬鹿だなーほんとに。そんな様子じゃ血を吸ったら死にそうだし、もういいや。そこで見とけよ。お前の新たなマスターの雄姿をさ!」

吸血鬼は飛び出した。ナナも近づかれたら勝機がないことは理解している。しかし、吸血鬼の移動速度は速く、瓦礫をいくつも壊したがすべて避けられてしまった。吸血鬼は止まらずに一直線に突っ込んでくる。その緊迫状態の中ナナが咄嗟に見つめていたのは空気だった。

「同化(アシミレーション)。」

吸血鬼が突っ込んでくるタイミングに合わせて空気が弾け飛び、小さな竜巻が生まれる。吸血鬼は後ろに大きく飛ばされた。

「なんだ今のは!あんな魔眼見たことないぞ!くそ、どうしたらいいんだ、って待て待て待て!なんでこっちを狙ってるんだアーチャー!」

「お前のサーヴァントになるといつ言った?お前はただの敵だ。」

アーチャーは左手に小さな銃を握り引き金を引いていた。万全な状態であれば受け止められたであろう攻撃だったが、弾き飛ばされて態勢が崩れた今避けるのは難しい。血を吸えない彼にとって傷の再生は不可能に近い。故に彼がとった行動は。

「令呪を持って命じる!僕を守れ!バーサーカー!」

魔法陣とともにバーサーカーが現れ、アーチャーの攻撃を防いだ。そしてバーサーカーはそのまま振り上げた剣をアーチャーに突撃しながら振り下ろした。そしてまた、アーチャーが魔法陣とともに姿を消して、バーサーカーの攻撃は空を切った。

「マスター、無事か。」

「ちっ、逃げられた。バーサーカー、そっちはちゃんと勝ったか?」

「すまない。あと一歩の所だったのだが。」

「ほんとに使えねーなお前。ふざけやがって。残りのサーヴァント…クラスはわからないがまだ一体いる。そいつをやるぞ!」

「いや、ここは引くべきだ。すぐにランサーが来る。今の状況では勝てない。引くべきだ。」

「おいおい、だから無理やり引っ張るなって、うわーーー!!!」

 

襲撃者と乱入者は姿を消した。血を使いすぎた上に魔眼に魔力を大幅に消費したナナはその場に倒れた。すぐにランサーが駆け付け、ナナを抱きかかえながら新たなアジトを求めその場から姿を消した。こうして血の聖杯戦争、波乱の初戦は幕を閉じた。

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