俺の名前はジュリアン・エインズワース。Ⅵ階梯の吸血鬼だ。誰かの下についているわけでもなく群れずに一人で暮らしている。というのも、人類の最後の希望『黒き閃光』に、付き従っていた祖を討伐されてしまったからだ。それ以来、こうして様々な場所を転々としながら何とか生きている。
「しくったな。祖の中でも指折りの勢力を持つ、大帝ヴラドの領地なら特に問題に巻き込まれることもなく生活できると思ってたんだが…。まさか聖杯戦争なんて突飛なことをしやがるとは。この地に祖から命令されたⅧ階梯やⅦ階梯の吸血鬼共が集まっていやがる。それに、あの憎き『黒き閃光』の目撃情報すらある。俺だってできる事ならこの機に乗じて聖杯を掠め取って派閥を再建したいさ。だがここ数年人の血も吸えず、吸血衝動を抑えることしかできない今の俺にできることなんてない。原理なんて使えば血が足りずに消滅しちまいそうだ。」
はぁ、と大きな溜息をつく。
「早いとこ逃げちまうのが一番いいか。だからと言って行く当てもなし。人の一人や二人攫って血を吸いたいところだが人の居住地区、聖堂教会の管轄地は人類の最後の希望のもう一人、『白き城塞』の結界に守られてる。それこそ祖レベルの実力がなければ一瞬で消滅してしまう程の結界だ。結界を維持するために外にこそ出てこないものの、奴が現れてから人の流通量は明らかに減った。今じゃ人の入手方法は祖共が飼っている人間のおこぼれをもらうか、聖堂教会に庇護されず、隠れ住みながら研究を続ける魔術師を見つけるかぐらいだ。昔は、朱い月の命令で人は絶滅こそしなかったが人の居住区に侵入し人の血を吸うことは簡単だった。代行者なんぞに殺せるのは人だけだと代行者を笑いものにしていた。だが10年前すべては変わった。点在する人間の居住地区の一つにある27祖とその一派が襲撃を仕掛けた。誰も彼らの敗北など疑わず、多くの者は今回は何人攫ってくるのかくらいにしか考えていなかった。しかし襲撃を仕掛けた吸血鬼は誰一人として帰ってこなかった。皆がその情報に耳を疑ったが、程なくしてその派閥の残党が一人残らず消滅させられた。そこには黒い軌跡が残っていたという。その時から聖堂教会の庇護地区には、強固な結界が張られ侵入できなくなった。さらに漆黒の服を身にまとった代行者の手により何度も吸血鬼が殺された。吸血鬼達は、祖が人間に討伐されたことへの驚きと賞賛の意を込めて突如現れた二人の人間に、人類の最後の希望という肩書と『黒き閃光』、『白き城塞』という名前を付けた、か。そしてその『黒き閃光』に俺の派閥は壊滅させられ、たまたま別の派閥と交渉をするために領地にいなかった俺は生き残ってしまった。帰るあてもなく放浪の身になってしまった。だが、どんな理由があるにしろそういう奴は多い。というかどこかの派閥に所属してないやつは基本みんなそうだ。そしてそういう奴らは生きる目的も特にないが死を恐れて生き続ける。死徒に生きるために必要なものなどないが吸血衝動の抑制に多くの力を使っちまう。だから人間共のように貨幣制度もないが血は上級死徒共が独占。そんな俺たちが唯一取引できるものが情報。お前みたいに情報を集めて祖に売って取り入るしかないってわけだ。」
「話が長いなぁ。飽きちまったよ。まあ俺達は会話なんてほとんどしないからつい話したくなっちまうのもわからなくはないが。で、俺のとこに来たのは自分語りをするためじゃないんだろう?何の用だ?」
「お前への用なんて情報が欲しい以外に何かあるか?」
「そうだろうな。だが当然情報は交換だぜ。なんか情報はあるんだろうな?」
「ああ。『黒き閃光』がフランクリンノートの屋敷に侵入、討伐したらしい。」
「それはもう別の奴から聞いてる。そんな古い情報にはもう価値はないよ。他に何もないならもう行くぜ?」
「わかった。もう一つある。どうやら虞美人が聖杯戦争に現れたらしい。そしてユグドミレニアを襲ったんだと。」
「そいつは初耳だ。面白い話だな。高く売れそうないい情報持ってるじゃねぇか。で、何が聞きたいんだ?」
「大帝ヴラドが聖杯戦争を始めた目的が知りたい。」
「ほう?そりゃなんでまた。そんなの聞いて何になるんだ?」
「さっき言っただろ、早いとこ逃げるって。だったら逃げた先の祖に手土産がいるだろ?聖杯戦争を起こした目的なんか一番食いつきそうだ。」
「なるほど。だが大帝の目的なんて情報はそう簡単には入ってこないよ。」
「じゃあ知らないのか?使えないな。」
「そう焦るな。正確な目的は知らないが信憑性の高い説ならある。」
「なんだ?」
「聖杯戦争を行う目的は単純、聖杯が欲しいからだ。」
「そんなことは分かってる。その目的を聞いているんだ。」
「お前には聖杯戦争をする目的しか聞かれていないが?」
「くそが。そんなことでこっちが引き下がると思ってんのか?」
「冗談だよ。大帝は聖杯戦争が終わったら聖杯戦争を開こうとしてるんだ。」
「は?」
「ここは正確な情報だ。聖杯をいくつも作ろうとしてるんだと。で、ここからは推測なんだが、大帝は何度も聖杯戦争を起こして何個も聖杯を得ようとしてる。そんなに多くの聖杯がなきゃ出来ない事は何か。それはおそらくこの星の支配者になることだ。」
「支配者?それは他の27祖を全部殺すってことか?まあそれが祖たちの目的だからな。」
「いや違う。それは聖杯が一つでもあればできるだろう。第二魔法の使い手、キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグを殺した後地球に降り立ち、既に蔓延っていた真祖たちをまとめ上げ、人間と大戦争を引き起こし、人間を絶滅寸前まで追い込んだところで人間の代表達27人と取引をして人間を少し生かして戦争に勝利、そして地球にある異物を取り除くと言ってオールト星雲より飛来した大蜘蛛と太陽で対決、その余波で太陽を破壊しその大蜘蛛の心臓を使って月を太陽代わりにしたが、さすがに力を使いすぎたのか地球を人間だった27人にまかせ、城で多くの真祖に警護させながら眠りについた化け物、それが今のこの星の支配者だろ?」
「まさか朱い月のブリュンスタッドを殺そうとしているのか!」
「まぁ推測に過ぎないがな。でも聖杯を何個も使わなきゃ出来ない事なんてそれくらいしか思いつかないだろう?」
「それもそうだ。だがそもそもそんなに何回も聖杯戦争に勝てるのか?」
「じゃあ逆に誰なら大帝を倒せるんだ?間違いなく奴は最強の祖の一人だ。『黒き閃光』でも勝てないさ。」
「確かにな。恐ろしい話だがいい手土産になりそうだ。」
「そうか、お前はもうここを去るのか。じゃあ餞別代りに一つ、これまた不確定な情報をやろう。どうやらこの街に人間がいるらしいぞ。」
「人間?」
「ああ。フランクリンのとこの生き残りか魔術師か、正体は分からないが人間がいたらしい。久しぶりに人の血が飲めると血眼になって探してるやつらが何人かいる。興味があるなら探してみたらどうだ?人の血を吸いたいんだろ?」
「ありがとな。それじゃ、さようなら。もう会うことはないだろうがまた会ったらよろしく。」
俺はそこで情報屋と別れた。
すぐにでもここを発ってさっきの情報を手土産にどこかの祖に取り入りたかったが、最後に言ってた人間の話が気になる。今日一日探して見つからなかったら諦めよう。そう思って一日は探すことにした。捜索中何人かのローブに身を包んだ吸血鬼と出会った。やはり人を捜索しているようだった。俺も含め低級の死徒は大体ローブを羽織って日の光、もとい月の光から身を隠す。あれは吸血鬼である俺たちの力を増幅させるとともに吸血衝動も肥大化させてしまい、俺達低級の死徒では吸血衝動を抑えられなくなってしまうからだ。そいつらとも情報を交換しながら調査を進めていったが進展はなかった。気づけば月が落ち夜になっていた。もうあきらめようか。そう思っていた時、唐突に悲鳴が鳴り響いた。もう先を越されてしまったか、そう思いながらも一応悲鳴の方向へと足を運ぶ。
「俺が先にいただくぜ!」
昼間に会った吸血鬼の一人に追い抜かされ、すれ違いざまに言われた。だがそれに追いつく程の力はない。すると先刻悲鳴が聞こえた場所からもう一度悲鳴が聞こえた。だいぶ近いな…。と心の中で呟き様子を伺う。するとそこには漆黒の闇とは正反対の純白の法衣に身を包んだ人間の男が立っていた。先ほど追い抜かれた吸血鬼が人間に襲い掛かる。
「久しぶりの人の血だ!」
「おやおや、皆さん血気盛んですねぇ~。吸血鬼だけに。なんて、あはは。ただ歩いているだけなのにさっきから何人もやってくる。まるで吸血鬼ホイホイですね。ああ、別に吸血鬼の皆さんのことをゴキブリ呼ばわりしたいわけではないんです。誤解してしまったのならごめんなさい。いや、もう聞こえていないですか。」
悲鳴とともに吸血鬼の姿は消滅していた。その光景をみて俺はすぐに確信した。なぜこんなところにいるのかは分からないが、間違いなく奴は人類の最後の希望、『白き城塞』だと。俺は物陰に隠れていたが、そこから一歩たりとも動けなかった。
「夜に散歩しながら自分の周囲に結界を張っているだけでどんどんと吸血鬼が消滅していく。こんな方法本当は使いたくないのですが、彼の命令なので仕方ないですね。おや、また一人。こんにちは、そしてさようなら。あなた方死徒に神の加護はないかもしれませんが、私だけでも祈りましょう。どうか安らかに。」
数人の吸血鬼が表れて襲い掛かったが皆触れる事すらできずに消えていった。その中には、昼間顔を合わせた者もいた。
「ん?あなたは近づいてこないんですね?」
「近づいたら死ぬんだろ!さっきそれで死んだじゃないか!なんだよお前は!人間がいるって聞いたのにこんなの聞いてない!」
「どなたから伺ったのかは分かりませんが少なくとも私は人間ですよ。それに近づかなくても死にます。」
その言葉とともに吸血鬼の周囲に四角い箱のような結界が生み出された。吸血鬼は悲鳴もなく姿を消した。
「おや、またまたお客さんですか。大繁盛ですね…。なんて。近づいてきたら死にますけど近づかなくても死にます。どうします?」
「いや、私はその結界では死なないよ。」
唐突に表れた老紳士は瞬きの間に代行者の肩に手を置いた。
「あら?もしかして人間ですかね?いや少し違う…。サーヴァントですか。」
「ご明察。私はサーヴァント、クラスはセイバー、そして真名はキシュア・ゼルレッチ・シュヴァインオーグだ。よろしく、『白き城塞』君。」
「キシュア・ゼルレッチ・シュヴァインオーグ…。これはまたとんでもない大物ですね。というか真名を明かしてしまっていいんですか?サーヴァントの真名は隠すものだとお聞きしましたが。」
「ああ、構わない。まどろっこしい話は嫌いなのでね。単刀直入に言おう。私と契約してマスターになる気はないか?」
「マスターですか。わたしが?あなたにもマスターがいるのでは?」
「私を召喚したマスターならすぐに殺した。」
「それはまたどうして?」
「私の目的、聖杯に託す願いが彼、と言うよりかは吸血鬼とは相容れないものだったからね。面倒なことになる前に早々に処理したまでだ。」
「では召喚維持の魔力はどこから?」
「知っているかは分からないが私は第二魔法を使えてね。サーヴァント、それもセイバーとして召喚されたせいでそこまで乱用はできないが魔力を持ってくるくらい分けないさ。」
「それくらい存じ上げております。あなたほど有名な人間は他にいないですよ。でも、ならなおさら私と契約する意味がないのでは?」
「単純に協力者が欲しいというだけだ。君なら私の願いを理解してくれる可能性があると思ってね。」
「その願いとは?」
「この世界を消滅させることだ。この世界は間違っている。地球の支配者は朱い月のブリュンスタッドになり、死徒の蔓延る世界になってしまった。人は何とか生きてはいるが家畜扱いがせいぜいだ。こうなってしまった責任は私にある。だから私がこの手でこの世界を消し、なかったことにする。聖杯だけでは無理でも私の第二魔法と合わせればそれぐらいのことは可能だ。君のようにアラヤの加護を受けた人類の最後の希望であればこの世界が間違っていることは分かるだろう?」
「私はこの世界が間違っているとは思いません。あなたの言うようにこの世界は間違っているのかもしれませんが、私がそう言ってしまえばおしまいだと思うのです。私には並行世界を見ることが残念ながらできないですし、本当にそうかは分かりません。それに、たとえ間違っているとしても私はこの世界で暮らす人々を守りたい。それだけは嘘にしたくないんです。それが私の使命であり願いです。それに私は人類の最後の希望などと呼んでいただいていますがアラヤの加護は受けていませんし、受けられません。それは彼、『黒き閃光』の方です。」
「おや、違ったのか。それに協力はできないと。残念だ。本当なら殺して証拠隠滅するところだが、私の代わりに人類を守護してくれているのも事実。お互い会わなかったことにしよう。」
「ちょっとお待ちを。それこそ『黒き閃光』であればあなたの願いに喜んで協力すると思います。それに彼がそうと決めれば私は逆らえないですしね。彼を呼びましょうか?」
「いいのか?君からすれば私は、君の守るべき人間の営みもろとも世界を滅ぼそうとしている敵だと思うのだが?」
「それはそうですが…。私にはあなたが苦しんでいるように見えました。苦しんでいる者を救い、導くことも聖職者の務めです。それに、私も彼の意志は尊重してあげたいですしね。」
「いつの時代も聖職者には敵わんな。だが、その前にそこに隠れてる死徒は放置でいいのか?」
その時まで俺は思考が停止していた。あまりにも情報が多すぎたのだ。『白き城塞』の出現だけでも心臓が止まりそうなほど驚いたのに、キシュア・ゼルレッチ・シュヴァインオーグなどという朱い月と渡り合った怪物まで姿を現した。終いには手を組もうとしている。こんな情報を売ればどんな待遇を得られるかわからないが、そんなことを考えられるほど俺は冷静じゃなかった。そして、俺の存在がばれていることを理解し、ようやく頭が回りだした。だが、だからと言って俺にできることは何一つなかった。
「ええ、手を出してこない限りは放置でいいと思っていたんですが。」
「だが今の話を聞いていたぞ?あまり殺したくないなら私がやろうか?」
「いえ、私がやりますよ。」
その恐怖の会話を聞きながら、俺はまだ一歩も動けなかった。だが、最後の最後に何か一つでも爪痕を残したい。こんなくだらない人生にも意味があったと思いたい。だから力を振り絞り、体の血液全てを犠牲にしてでも、原理を使おうとした。
「食らえ!俺の原理!置換!」
俺の原理、置換。錬金術の一種ではあるが基本的には劣化交換しかできないさほど強くはない原理。だが、それでも全力を出せば傷をつけることぐらいはできる、そう思っていた。だが、俺が声を発した時には既に体の周りが結界に包まれていた。それがおれの最後の言葉になった。これが俺、ジュリアン・エインズワースの最期だ。