異世界召喚巻き込まれおじさん、百合の気配を感じて踏み台を決意する。 作:まちまち
「アサヒのことで、話があるの」
――そう言って、プリンセス・ミレイア様は俺のことを呼び出した。
ここで行かないという選択肢は俺の方針としてはありだが、悪手になる可能性が高い。
下手に無視すると、向こうの方から俺の部屋にやってくる可能性があるのだ。
逆もまずいが、俺の部屋にやって来る方が更にまずい。
ただでさえ最近、俺の部屋に怪物が出るとかいう噂が広がっているのに。
そこに王女様までどうのこうのなんて噂が立ったら、どうなるか解ったものではない。
というわけで早速俺はいつもの書庫になってしまった書庫にやってきたのだが――
「あ、こ、こんにち……わ」
どういうわけかアサヒがそこで勉強をしていた。
まさか……そう思って問いかけてみると。
「み、ミレイア様なら……自室……だと思います」
――来い、というのは自室のことだったのか?
いやいやいやいや、まずいだろ俺の部屋よりまずいだろ。
アサヒをここに置いているということは、まず間違いなくわざと王女様はそうしているのだ。
一体何のために? 俺を嵌めようとしているのか?
俺が書庫にいると毎回のようにいる王女様、ブッキングしないように時間をずらすと何故か肩で息をしながら本を読んでいる王女様。
何か考えがあるのは間違いない。
それが俺への策であるとしても、不思議はないのだ。
故に――
「……貴方が、き、来た……ら、案内するように……って」
――王女様は俺がこっちに来ることを読んでいる!?
俺の中の警戒心がマックスへ引き上げられる!
まずい、まずい、急がなくては、何かが手遅れになってしまうかも知れない……!
「魔力を育てて……待ってる……って、言って、ました――」
――その言葉の直後、俺は即座に部屋を飛び出していた。
「魔力を育てる……って、面白いですよね。首を長くするっていう慣用句と似た意味なんですけど……由来が……って、ああ、い、いってらしゃい!」
後ろからなにか聞こえるけれども、俺はそれを聞き届けることはできなかった。
魔力を育てる……魔力を育てる!? この世界で魔力を育てるってそれ、絶対に普通じゃないだろ!?
な、何が起きてしまうんだ!?
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「――よく来たわね」
私は、思わずゴクリとつばを飲んでいた。
やってきた代理勇者様は、非常に緊張した面持ちで、顔はこわばっていた。
ああ、やはりこの人は凄い。
アサヒのこと、というだけで私の話したいことを理解してしまっているのである。
要件は二点。
「アサヒのことで、どうしても貴方に話しておかなければいけないことがあって」
代理勇者様の顔が更にこわばる。
扉を開け放ったまま、こちらをジッと見つめてくる。
まずい、正面から見つめられると恥ずかしくて顔が赤くなる。
というか目が合うとちょっとぼーっとしてきちゃう。
私は努めて目を伏せた。
――これから真面目な話をするというのに、これでは自分が情けなさすぎる。
「中に入ってちょうだい、二人だけで話がしたいの」
「………………そうか」
長い沈黙の後、了承したのか代理勇者様はゆっくりと足を踏み入れた。
何を遠慮しているのだろう、ここには私と彼しかいないというのに。
ああ、もしかして周りの目を気にしているのだろうか。
「……人払いは済ませてあるから、私と二人きりになっても、誰も見咎めないわよ」
と言っても、正直王国としては、代理勇者様が私に好意を抱くことは歓迎するべき事態だ。
庶子の子として、扱いづらい立場にある私を生贄にすることで、勇者を取り込むことができるなら、悪い取引ではないのである。
まぁ、この人もそのあたりは解っていると思うけれど……
「まず1つ、アサヒの魔力操作が巧く行かないの。半日で慣熟した貴方と違って」
――ともあれ、本題に入る。
まずは目下最大の問題、アサヒが巧く魔術を使えないという点。
理論上、使えるはずなのだ、アサヒは魔術を普通に。
というのも――
「……そもそも、魔力には5つの属性があるけれど、これは色で分けられるわ」
「……赤、青、緑、黄、そして白、だったか」
「そうね。でもって、アサヒは無色よ」
――それぞれ、赤は火、青は水、緑は風、黄は土、白は光を司っている。
光以外は直感的に何ができるのかわかりやすいので省くが、光でできることは端的に言うと回復と補助。
光を生み出すこともできるが、本質的に白というのは
回復と補助は、それぞれの色に該当しないから白に分類されている。
そして、
「無色ってね、
だからアサヒはどんな色にもなれる。
五属性使いのようにどんな魔術も問題なく使えるはずなのだ。
なのに、うまく使えない。
とはいえ無色の魔力には別の特性もある。
無色は、他の属性を消してしまう特性がある。
塗りつぶす、というイメージでも構わない、あくまで資料に残っているだけだけれど、無色の魔力はあらゆる魔力に優先されるのだそうだ。
これ、最初から魔力を有しているアサヒならともかく、他の人間が魔力を取り込んだら大変よね。
魔力は血液と同じだから、下手すると塗り替えられて大惨事になっちゃう。
ともあれ、話を戻す。
「そもそも、魔力を感じ取る段階で躓いてるの」
まず、一番の原因は魔力をうまくアサヒが感じ取れないこと。
この世界の人間じゃないのだから当然だけど、であれば代理勇者様が半日で習得できた説明がつかない。
「私の仮説だと、魔力っていうのは体内にある存在しない器官よ。心臓とか、内蔵とか、そういうね」
「……そうだな、大神官もそう言っていた」
「――――やっぱり。代理勇者様、あの男から魔力の扱い方を伝授されたのよね」
少しだけ嬉しい。
私の仮説は間違っていなかったのだ。
大神官――十中八九、大陸を騒がせている魔族の一員だろうあいつは、魔力の扱いが人類よりも長けている。
魔族事態がそういう種族なのだから当然といえば当然だけれど、同時により優れた魔術師から自分の仮説を認められたということでもあり、自信に繋がるのだ。
今まで、私の魔術研究を認めてくれた人はいなかったから。
「……それが、どうした」
少しだけ声のトーンを落として代理勇者様が問いかけてくる。
「ううん、なんでもないわ」
ふふふ、どうしても笑いがこみ上げてしまう。
って、いけないいけない、はしたないところを見せてしまった。
何より、本題を進めないと。
「でも、アサヒはそれじゃうまく行かなかったわ。無色の魔力には、それ以外の特性があるみたいなの」
「…………」
「一応、成果物ならあるわ」
そういって、私はあるものを取り出す。
ガラスのペンダントだ。
透き通るような透明なそれは、素人目にはクリスタルとかそういうものに見えるかも知れない。
まぁ、適当に用意した代物なので、価値はない。
「ここには無色の魔力を閉じ込めてあるの」
閉じ込めている……と、思われるもの。
この世界の存在は常に魔力の影響を受ける。
例外は魔力を使わずに制作したもの。
王宮中にある魔力を使っていない道具を手当り次第に集めて、おそらく成功したのがこれだ。
正直なところ、確証はない。
というのも、一般的に魔力を使わずに作った道具も、そこに例えば魔力で生み出した火を当てて炙ると影響を受ける。
そこでこれはアサヒに色々とやってみさせたあとに魔力を浴びせて、変化が起きなかったという代物なのだ。
だからおそらく、既にこれには無色の魔力が宿っている……はずなのだ。
確認ができないだけで。
ということを説明すると、少しだけ代理勇者様は考えてから、
「聞けばいいだろう」
と、言ってきた。
「誰に?」
「――大神官」
「……!」
よりにもよって、ではある。
相手はおそらく魔族、代理勇者様も警戒しているであろう相手。
「考えがある」
「……なら、これは貴方に預けるわ」
そう言って、ペンダントを代理勇者様に委ねる。
……よかった、これで、1つ目の要件は片付いた。
やっぱり代理勇者様に相談して正解だった。
この人は、私に道を示してくれる。
本当に……面白い人。
ああ、また笑みが溢れてしまった。
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――王女様と相まみえることで警戒しているのはいくつかある。
一つは周囲の視線。俺と王女様が付き合っているとかなったら、百合好きに殺されてしまう。
大神官殿もそれはもうご不満だろう。
幸いこれはスグに否定された。
王女様は目を伏せて、何を考えているのか解らないが、もう一つの問題も解決した。
ちょうどその段階で王女様の私室を見渡して、俺はあることに気がついたのだ。
ここにはベッドが一つしかない。
つまりアサヒは別の部屋で寝泊まりしているということだ。
ここが百合の華園でないことが解って、とりあえず俺は中に入ることができた。
――本題は、やはりアサヒのことだった。
どうやら、王女様には深い考えがあるようだが、アサヒを思いやっていることは本物で、アサヒが真の勇者として覚醒することを彼女は望んでいるらしい。
その上でうまく行かない、という報告だった。
異変が起きたのは、俺が大神官の名を出した時。
――――王女様は、笑ってみせたのだ。
なぜ? どうしてそこで笑みを浮かべる?
俺は変なことを伝えてはいないはずだ。
大神官は魔術の扱いに長けている、そのことは俺たちを召喚した時のことからして、王女様も把握しているはず。
つまり、この笑みこそが彼女の意図そのものなのだ。
それを隠さなかったということは、
――プリンセス・ミレイアは俺を試している。
間違いない。
これは試金石なのだ。
であれば、どうする?
続けて王女様が取り出したには、美しい水晶のペンダント。
これは間違いない、非常に高価な代物だ。お宝鑑定で鍛えた俺の審美眼がそう告げている。
……そして、ここに無色の魔力が宿っている、と。
アサヒの魔力操作に関しては、俺もどうにかしないと思うことだ。
ミレイア様は俺にその解決策を訪ねている、少なくとも表向きは。
だとしたら、ここでの正解は――
“同士”大神官を頼る、だ。
ミレイア王女は同士大神官のことを誤解している。
あの方は素晴らしい百合戦士だ、怪しむのもムリはないが、だからと言って警戒しすぎるのも良くはない。
何より、これはチャンスだ。同士大神官も、王女様に近づきたいとは思っていないだろう。
だったら俺を介することで、彼を守れる。
これほど素晴らしいことはないのではないか。
そして、これは同時に王女様の狙いを満たすことでもある。
王女様が同士の名を出した時に微笑んだのは、俺と同士のつながりを見たかったのだ。
俺と同士は、立場こそ違えど百合戦士として絆を結んだ仲、王女様もその事を感じ取っているのだろう。
実際、大神官を頼ると伝えた時、王女様は笑みを浮かべた。
これで正解だった、と暗に伝えられているようだ。
いやぁ、呼び出されたときはどうなることかと思ったが、王女様はやはり善良なようだ。
この事を同士にも共有しなければ、彼もまた、王女様とアサヒの百合ップル成立を待ちわびているだろうからな。
「――要件は、もう一つあるわ」
……え? これで終わらないの?
猛烈に嫌な予感がする。
なぜだろう、これ以上踏み込んだら、俺は知ってはいけないことを知ってしまう気がしてならないのだ。
しかし、王女様は待ってくれない。
「アサヒのことよ。――彼女の、こちらの世界に来る前の話しよ」
そう、重苦しく口を開いた。
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――白波アサヒは、この世界に来る以前、非常に辛い境遇にいたらしい。
周囲には敵しかいない。
アサヒは毎日“ガッコォ”と呼ばれる監獄に収監され、そこで“クラゥメイト”なる連中の目を避けていたのだとか。
“ガッコォ”には数百人――一つの建造物に集められた人数として考えると、この王宮にいる人間の数倍もの規模だ――もの“クラスメイト”がひしめき合っており、常にアサヒは周囲の眼を気にしていた。
下手に目立つと、嘲笑され、時には罵倒される時すらあったという。
孤独だったのだ。
私――ミレイアもこの王宮で孤立してはいるものの、周囲から愚弄されることはない。
アサヒだって、この世界では魔力の使えない異端者……下手をすると劣等のレッテルを貼られるであるが、そんな罵倒を受けたことはないはずだ。
少なくとも、この世界で彼女は穏やかな生活を送っていると、私に笑いながら言ってくれた。
だとしたら、元の世界はどれほどの地獄だったのだ?
アサヒたちの世界には魔力が存在しない、代わりにあるのは“キカィ”と呼ばれる代物らしい。
“スマホ”なる代物を見せられたが、アレは余りにも恐ろしいものだった。
時間や日にちを正確に記録できるという。
どころか、筆を使わずに文字を記録したり、音声を記録できてしまうのだ。
そこから察するに、アサヒたちの世界は、極度に管理された世界ではないか?
一般的に、時間というのはそこまで正確に求められるものではない。
日が昇れば起きて、日が沈めば眠りにつく。
それが当たり前の生活というものだ。
すべての時間がピッタリ予定通りに定められていて、それを正確にこなさなくてはならないというのは、一種の拷問ではないかとも思う。
そりゃあ王族はある程度決められた時間に、決められた予定をこなす必要はあるが、それにしたって多少の余裕、ズレは存在するというのに。
恐ろしい。
あまりにも恐ろしい社会だ。
そんな社会で、“ガッコォ”に収監され、“クラゥメイト”の敵意に晒されていたアサヒの過去は、余りにも悲惨ではないだろうか。
同じ世界からやってきたものとして、代理勇者様にも、アサヒを支えて上げてほしいのだ。
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――――――――めちゃくちゃベタな勘違いをしているミレイア様が、そこにいた。
ベタもベタ、ベッタベタ、どこの異世界モノにここまで安易に勘違いを起こす事例があるだろう。
まぁ、原因はわかる。アサヒが学校でぼっちだったのは想像できるし、そのせいでコミュ障なのも致し方ない。
時折、言葉が辺になるのはアサヒが小声だったから伝わらなかったのだろう。
同じ用に、訂正しようとしてできなかったことがいくつかあるはずだ。
訂正を受けていれば、こんな勘違いには至らなかっただろうに。
しかし、余りにも悲しげにそれを伝える王女様へ、それは勘違いだと伝えるべきか迷ってしまい、俺は最後までそれを聞いてしまった。
どうしよう、気まずい。
そもそも俺は王女様に好かれるわけにはいかないので、この勘違いを否定するべきかどうかもわからない。
アサヒに伝えてそれとなくどうにかしろ、とも言えない。
どうする、どうすればいい、何が正解なのだ?
「――でもね、代理勇者様、私はアサヒに元の世界を嫌いになってもらいたくないの」
そういいながら、ミレイア様がベッドから何かを持ってくる。
――――ベッドから?
思わず、問いかけていた。
「……それは?」
そして、
「アサヒのスマホよ。アサヒ、いつも寝る時にベッドへスマホを置くの」
――――俺は、一瞬頭の中が真っ白になった。
ベッド?
ベッド????
ベッド?????????
一つしかないベッド??????????
寝る時に、そこにスマホを置く?????????????
つまり、つまりつまりつまり?
――王女様とアサヒは常に一緒に寝ている???????????????
あ、あああ、
ああああああああああああああああああ!!!
どうして、どうして俺はその可能性に気が付かなかった!?
ベッドは大きい、とても大きい、俺の国賓用の部屋のベッドもそうだが、二人や三人くらいよこになっても普通に寝れる。
だったら一緒に寝てもおかしくないじゃないか!!
え? じゃあ二人はどうやって寝てるの?
くんずほぐれずゆりんゆりん!? やばいですよ!
だとしたら、だとしたら俺は、俺はなんてことを――
俺はこの部屋に入ってはいけなかったのだ。
命を落としてでも、この部屋から立ち去るべきだったのだ。
俺の浅慮を俺は恨む。
どうか同士よ、俺をこのまま後悔で押しつぶされる前にころしてくれ――
「これを見て、アサヒが旅行先で取った写真よ、キレイでしょう、代理勇者、さ、ま――」
――俺は、ただ一人涙を流していた。
自身がやってしまったことへの後悔と、この場所には確かに百合があったのだという幸福によって。
ただただ、涙を流していた――――
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――代理勇者様が、泣いていた。
あれほどぶっきらぼうで、あれほどかっこつけな代理勇者様が。
泣いていた。
私は、その事実に思わず心がざわめく。
なんてきれいな泣き顔なの、やはり勇者様もガッコォに収監された経験が? 故郷の景色を思い出しているのかしら、泣いてる顔も素敵……
ああ、心が落ち着かない、いろいろなものが浮かんでは消えていく。
こんな気持、知るんじゃなかった、知ってしまったら、私はもう止まれない。
アサヒを守りたい、代理勇者様と一緒に。
彼女は私に出来た、初めての妹のような存在だ。
そんな存在を、彼と一緒に守っていけたら、どれほど幸せなことだろう。
ああ、私は再び決意したのだ。
――――この幸せを守るためなら、何だってする。
涙を流す代理由者様を見ながら、私はそう、覚悟を決めたのだった。