異世界召喚巻き込まれおじさん、百合の気配を感じて踏み台を決意する。 作:まちまち
――翌日、俺は同士大神官の元を訪れようとしていた。
目的は2つ。懺悔と確認だ。
俺はとんでもないことをしてしまった。
これは許されることではない行為であり、同士である大神官には隠してはならないことだろう。
後はもちろん、許されざる行為によって知ることの出来た真実を話すという意味もあるが。
結果、俺がどうなっていても、それを受け入れようと俺は思う。
もう一つはアサヒの魔力に関する話だ。
こちらはちょっと同士の持っている道具を貸してほしいだけなので、すぐに済むだろう。
とはいえ、どう切り出したものか。
俺としても、同士としても、この内容は非常に重いものだ。
まずは……とりあえず別件の方から片付けるとしようか。
という方針を決めた上で、同士の元を訪れた。
迎え入れた同士の顔は、どこか難しいものだった。
「ああ、――なるほど、勇者様の必要なものは、あの聖杖ですか」
そのうえで、俺の要件を聞いたところ、同士は納得してくれたらしい。
どうしてこんな顔をしているのだろう。
俺と同士の仲――というと、俺は同士を裏切ってしまっているのだが、それでも、俺達は間違いなく同士のはずだ。
ともあれ、要件事態は受け入れてくれたので、俺は同士に案内されながら王宮の教会区画を歩いていた。
この王宮、宗教的な施設でもあるため、こういう教会区画も併設されているんだよな。
とはいえ、それを合わせてもこの王宮に勤めている人間の数は百人程度。
数百人が通う学校に、王女様がピンとこないのはムリもないかも知れない。
それはそれとして、
「しかし、あの聖杖にどのような要件が?」
「少し気になったことがある」
俺の目的は確認だ。
この世界にやってきて、俺は思ったことがある。
どうにも、人間には魔力が感じ取れないのではないか、ということだ。
魔術とは、基本的に魔力を“変換”することで効果を発揮する。
炎を生み出したり、水を生み出したり、風を起こしたり、土を掘り起こしたり。
そういった変換を行わない魔力を色で表現するから、五属性の名前に色が使われているのだろう。
では、実際の魔力はどのように視認するのか?
既に変換した状態で現実に影響を及ぼす以上、そもそも魔力そのものを人間は観測していないのである。
だとすれば、どうして人間は魔力に色がついていると知っていたのか。
もっと言えば、俺は魔力を色で確認したことがあったではないか。
召喚直後、同士から手渡されたあの聖杖を握った時、俺達は魔力を測定された。
あの時、俺の体からは五色の光が溢れていた。
きっとアレが魔力なのである。
だとしたら、あの杖には魔力を感じ取る機能があるはずで、それはアサヒにも適用される。
実際、あの場で無色の魔力をアサヒから俺は感じ取ったのだから。
というわけで、その杖を使って、王女様から受け取ったペンダントをかざして、魔力を感じ取ってみようと思ったのだ。
成功したら杖を借り受けて、アサヒの魔力操作練習に使えばいい。
問題は――
「気になっていたのだが、なぜアレは聖杖なのだ?」
――あの聖杖の価値がいかほどか、である。
門外不出の杖だったら、流石に持ち出すのは難しいかも知れない。
だが、そうするとアサヒを教会まで連れてこないといけない。
それは同士の望むところではないはずだ。
どうしたものかな。
「ああ、アレですか。アレは私が発見した杖ですよ、古い歴史のある、この大陸で眠っていた杖でしてな」
「――なるほど」
どうやら同士の私物だったらしい。
同士は魔術研究をしていたみたいだから、案外自分で開発したものを、歴史のあるものと言っているのかもしれない。
そうした方が価値があって認められるだろうしな。
「さて、こちらですな」
そう言って、同士は教会区画の倉庫に俺を連れてきてくれた。
歴史のある遺物とはいえ、奉るほどではないので、厳重に管理されるに留まっている、そんな感じの扱いだ。
俺はさっそく中に入ろうとして、
「そうだ、勇者様、一つお聞きしたいのですが」
ふと、同士にそう問いかけられる。
俺はちらりと視線を向けて――
「――なにか、勇者様は私に隠し事をしてはおられませんかな?」
停止した。
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――大神官は最初、楽観していた。
相手は底抜けのお人好し、籠絡は難しくない。
じっくりと魔族の側へ傾倒させていけばいい、そう思っていた。
しかし、ある時から偽勇者の周囲でおかしな噂が流れて始めたのである。
それはあまりにも奇妙な噂だった。
偽勇者の部屋に、突如として怪物が出現し、またたく間に消え失せる。
出どころは偽勇者の侍従だ。
調べたところ、その侍従が朝、偽勇者を起こしに行くと、そこに偽勇者の姿はなく、代わりに恐怖を駆り立てる怪物がいるというのだ。
おかしな話ではある。
見間違いなのではないか、と最初は従者の仲間にバカにされていた。
本人もそうだったのではないかと考え、一度はその事を忘れたそうだ。
しかし、ある時再び従者の前にそれは現れた。
恐怖した従者は錯乱し正気ではなかったが、ぽつりぽつりと語るところによると、その部屋に勇者はいなかったらしい。
時刻は普段とは違い、少し遅い時間、勇者が席を外していてもムリはない。
その間に、怪物が活動したのだろう。
加えて、扉のドアノブが動く音を従者は聞いたことから、勇者が戻ってきたのだと考えられる。
その後勇者は何事もなく、日課となっている書庫通いをしていたそうだ。
つまり、勇者に危害を加えることはない。
だが危険に変わりはなく、その従者は数日寝込み、今もそのことがトラウマになっているという。
これを聞いて焦るのは大神官だ。
あの偽勇者にそんな隠し玉があるなど想像もしていなかった。
勇者の召喚条件は三つ、真に清純で正義の心を持っていること、戦う力を持たないこと、周りに巻き込める人間がいること、だ。
無色の魔力は、勇者と認められこの世界に召喚された時点で自動的に付与される。
だから、二つ目の条件が適用され、勇者は単なる足手まといのやくたたずが召喚されるはずなのだ。
少なくとも、軽く探りを入れた限りでは、勇者達の日常は、戦争などとは無縁らしい。
だとしたらその怪物とやらはなんだ?
なぜ偽勇者の部屋に現れる? 理解できないことしか起きていない。
そんな折に、偽勇者が大神官の元を訪ねてきたのだ。
要件は、召喚時に使わせたあの杖だった。
多少逡巡し、大神官はこれを了承する。
一番は何よりも、真相の究明だ。
もしもこの偽勇者が驚異となりうる怪物を所有しているなら、それを排除する必要がある。
もう一つは、そもそもあの杖はそこまで大層なものではない。
歴史のある品、と大神官は伝えたが、アレは一言でいうと、『昔から魔族が魔力放出の方法を身につけるための教材』として用いられてきたものだ。
言ってしまえば子供用の教科書のようなもの。
――魔族と人間では、そもそも魔力を使用するための器官が異なる。
そしてそれは相互互換ではない、魔族のほうがより優位性の高い機能を有しているのだ。
人間は魔力を“変換”して現実に魔術を行使するが、魔族は違う。
魔族の場合は“放出”だ。魔力をそのまま出力するため、効率は人間のそれとは段違いである。
そもそも、変換というのは遠回りなのである。
それしか出来ない人間は、魔族と比べて劣等種、それが当然の認識である。
ともあれ、大神官の目的は偽勇者から怪物の真相を聞き出すこと。
問題は方法だ、迂遠に聞き出すか、直接聞き出すか。
――前者だ。偽勇者が善人であることは間違いない、隠し事を隠せる人間ではないはずだ。
だとしたら多少危険をおかしてでも、引きずり出す他にあるまい。
何、問題はない。
大神官は魔族としては間違いなく最強に位置する存在、負けるはずがないのだ。
この世に置いて、自分を殺せる可能性は、魔族に置いて最強と言われる存在、あの男か――
――無色という魔力を有する、勇者だけにほかならない。
故に、聞いた。
結果は――覿面だ。
大神官は、油断なく笑みを深めながら問いかける。
「どうやら、お心当たりがあるようですね。勇者様、貴方は清廉潔白な人物と心得ております。隠し立ては無用ですよ、力になれることであれば、力になりましょう」
「……そう、か」
しかも、幸運なことに、偽勇者にとってそれは否定的なことだったらしい。
躊躇うような反応を見せた時点で、大神官にとっては利用できる道具以外の何者でもない。
やはりこの男は、ただ善良なだけなのだ。
「俺は……罪を犯した」
「罪……なるほど」
怪物というくらいだ、それで被害を出していてもおかしくはない。
というよりも、従者のトラウマという被害は実際に出ている。
それに対する罪悪感。
取り除いてしまえば、後は自由に使えるだろう。
「であれば、何も恐れることはありますまい、私は貴方の味方です、勇者様」
「……すまない」
大神官は確信していた。
これで、この男の意志は自分のものだ。
勇者の予言は完遂される。
――私の勝利だ、と。
「このような場所で話すことでもありますまい、さぁ、中へどうぞ」
最後の保険、この倉庫には聖杖の他に大神官の切り札が眠っている。
それがあれば、人間が魔族に勝利する手段はほぼ無くなるという、最強クラスの切り札が。
それを手にして、万が一に備える。
そのために勇者を中へといざない――そして、
それが、すべての運命の引き金となる。
――それを知らぬ二人は、ゆっくりと倉庫の中を歩く。
「……俺は、ただ見守っているだけでよかったんだ」
ぽつり、と偽勇者が語りだす。
「けれども、聖域の中へ足を踏み入れてしまった。解っているんだ、それが許されないことだと」
どうやら、怪物とは呪いの類だったようだ。
犯してはいけない禁忌の行為と、その代償。
確かにそれなら、恐怖を生む怪物が男に取り付いてもおかしくはない。
「貴方は、それを取り除きたいのですかな?」
「……わからない、そもそも、取り除くとか取り除かないとか、そういう話でもない。これは……俺の性分のようなものだ」
まったくもってお人好しもいいところ。
男の行為は結局の所正しかったのだろう。それが禁忌とされていなくても、
そうしなければ、より大きな危険が待ち受けていた。
たとえ自分が宿業を背負ったとしても。
ああ、それはあの勇者召喚の場と同じだ。
きっと、この男はずっとそういう貧乏くじを引き続けてきたに違いない。
怪物も、勇者も、男にとっては関係のないことだ。
だとしても、その場に居合わせてしまったら、無視できないのだ。
まったくもって損な性分で、まったくもって扱いやすい性質。
ほくそ笑むのを、穏やかな笑みで覆いながら、大神官は偽勇者をなだめる。
「それ以上、罪をほじくり返す必要はないでしょう。貴方はもう赦されてもいいはずです」
「ど……大神官殿」
少しだけどもりながら、偽勇者はその言葉にうなずいた。
よほど感銘を受けたのだろうか、わかりやすい男だ。
大神官は立ち止まる。ちょうどそこに、聖杖が眠っているからだ。
そして隣には、豪奢な鎧が飾ってある。
これもまた大神官が持ち込んだものであり、大神官の切り札にほかならない。
反魔の鎧、と名付けられたそれは、簡単に言えば魔術を反射する鎧。
大神官が創り上げた最高の一品であり、大神官の半身とも言える鎧だ。
「こちらになりますな、勇者殿」
一度話を打ち切って、勇者の用事を済ますこととする。
勇者に聖杖を手渡す。
「ありがたい……こう、だったか」
いいながら、勇者は聖杖から五色の魔力を放出した。
改めて見ても、別世界の在野の人間が五属性を使えるというのは稀有な話だ。
この国においても五属性を使える人間はほとんどいない、大神官が把握しているだけでも、王女ミレイアだけだ。
それほどの才能が、異世界には眠っているのだ。
思いながら、ふと勇者の放つ“白”の魔力に意識を向けて、
「魔力とは、“変換”するものだったな」
勇者の言葉に遮られて、そちらに視線を向ける。
「ええ、そうでなければ人は魔力を魔術として使用できません」
「これは、変換する前の魔力をそのまま可視化しているわけだな」
惜しい。正確には違うので、曖昧に微笑むだけに留めるが、正確には“放出”しているのだ。
そもそも魔術の放出と変換では何が違うのか。
魔術発生の過程が異なるのだ。変換では、まず変換を行ってから魔術を行使する。
対して放出はまず魔力を放出してから、現象として行使する。
先に変換するのと、放出してから変換するのでは、その効率は余りにも次元が違う。
人間にはこの“放出”の機能がないだけでなく、放出した後に魔力を魔術に変換する機能もない。
余りにも無駄の多い種族、それが人間だった。
――そして、そんな放出の原理を応用して作ったのが、反魔の鎧。
この鎧には魔力が生み出された時点で、それを吸収する効果がある。
結果として魔術は行使できず、魔力を使った戦闘方法はすべて無力化されるのだ。
本来魔力とは煙にようなもので、発生すればどこかへ“流れる”性質を持つ。
聖杖はそれを擬似的に再現する上で、光として照射している。
そのため反魔の鎧には吸収こそされるが、特に変化が起きるわけではない。
偽勇者が疑問に思うことはないだろう。
最悪疑問に思って、なにか行動したとしても、大神官のほうが早い。
大神官とこの鎧は繋がっている。近くで大神官に危害が及べば、装着していなくても効果を発揮するのだ。
偽勇者は興味深そうに杖を眺めている。
そうして、しばらくしてから光を収めると、
「それで、無色の魔力を流し込んだ場合、そこにあるはずのない無色の魔力を、俺達は感じ取ることができる、と」
――ふと、そんなことを言って、
懐から、ペンダントを取り出した。
この時、多くの不幸が重なった。
そもそも大神官は、偽勇者の要件は怪物に関わるものだと思っていた。
ムリもない、まるで図ったかのように大神官が偽勇者に意識を向けているタイミングで偽勇者が現れたのだから。
しかし、実際の勇者の目的は、もう一度聖杖で無色の魔力を読み取るというものだった。
そしてそれを確認するために、無色の魔力が宿ったペンダントを持ってきていて、
そしてこうして実際に使用してみたのだ。
こつん、とペンダントに杖が触れる。
目の前で起きた現象を、一瞬大神官は理解できなかった。
そもそも意識すらしていなかったというのもある。
だから、止められない。
結果、無色の魔力は解き放たれ――反魔の鎧によって吸収された。
そして、無色の魔力の特性と、反魔の鎧の特性によって、
「――え?」
「な、あ――」
致命傷、死が決定づけられる状況。
――まさか、そんなはずは。
ありえない、脳が理解を拒否する。
まさか、まさか、まさか――――すべて、演技だったというのか?
そして、その時それを肯定するように、
「同士――!」
「どう、し……“導師”だと……!?」
ピタリ、とすべてのピースがハマった。
「なぜその呼び名を知っている、人間!!」
――導師というのは、大神官に対して
人間が知っているはずがない!
「そうか、騙していたのか、私を謀ったのか、偽勇者ぁあああああ!!」
――かくして、その日、運命は動き出す。
人間と、魔族。
偽勇者と、大神官。
あらゆる歯車が、そこで一つに噛み合って。
あまりにも強引に、動き始めた。