わたしの名を呼んで(あなたの声で)   作:おわる美砂

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 メジロマックイーンは、トレセン学園を卒業と同時に現役を引退した。これからは、メジロ家を継ぐために現当主のおばあ様の下で、そのための新たな教育を受けていく事になる。

 折しも、来年はオリンピックイヤー、重ねて久方ぶりの日本開催とあって、各方面が盛り上がりを見せていた。URAを筆頭に、メジロ家を含めた名門と呼ばれる家々はバ術競技の支援を行っている。おばあ様は、マックイーンの初仕事にそのオリンピック担当を選んだ。

 ある日、バ術競技に使用するバ場の視察に赴いていたマックイーンは、係の者に「すぐ隣の競技場で男子長距離走の模擬レースも行っていますが、ご覧になりますか?」と声をかけられ、時間も余裕があることからそれを快諾した。

 観客席に上がると、すでに模擬レースが始まっているようで数人の選手がトラック内を周回していた。

 

(五〇〇〇mですか……天皇賞・春より一八〇〇mも長いですわね……)

 

 ステイヤーと呼ばれるウマ娘であっても、日本国内では三六〇〇mのステイヤーズステークスが経験できる最長距離だ。かつては日本最長距離ステークスという四〇〇〇mのレースが存在していたそうだが、今はすでに廃止されている。

 世界に目を向ければ、平地競走で五〇〇〇mに近い距離を走るものもある。モンゴルダービーに至っては、一〇〇〇kmという途方も無い距離であるが、あれは人間の競技に例えるなら駅伝に近い。

 ついでに言えば、人間の長距離走とウマ娘の長距離は毛色が違ってくる。ウマ娘は長距離……マックイーンが走った三二〇〇mなどは三分ほどで駆け抜けていくが、人間はそうではない。

 三〇〇〇mであれば男子の日本記録で七分台、現在行われている五〇〇〇mであれば男子日本記録十三分台であり、いわゆる持久走である。瞬発力やスピードとともに、走り切るためのスタミナと、そのスタミナの配分、競り合いの駆け引きを考える地頭が要求される。

 マックイーンは、先頭のすぐ後ろにつけている青年に目が行った。日に焼けた浅黒い肌に、艶のある黒髪、鋭いその目は虎視眈々と前を狙っている。それを見た時、マックイーンの胸に不思議な感覚が湧き上がった。懐かしいような……例えるなら、まるでかつて失ってしまった大事な人と再会したような……そんな温かい気持ちだった。

 

(なんでしょう、この気持ち……)

 

 そんなマックイーンに気づいたのか、隣りにいた係員が声をかけてきた。

 

日陽静舞(にちよう しずま)さん、気になりますか?」

「え、ええ……しずまさん、とおっしゃいますの?」

「ええ、ここ数年で長距離走においては一番の選手と名高いですよ、今回のオリンピックもついにメダルに手が届くのでは? と言われていますし」

 

 視線をトラックに戻す、ラストの二〇〇mに入り、静舞は今まで温存していた脚を一気に使い、前の選手を交わすと、そのままスピードをぐんぐん上げていく。素晴らしいレースセンスだ、そう思いながらマックイーンは彼のゴールを見守った。そして、時計を確認しそろそろ戻らねばならないと気付くと、係りの者に断りを入れ、その場を後にした。振り向いた時、随分離れているのに静舞と目が合った気がして、どきんと胸が高鳴る。

 

「……なんなのでしょう、これは……」

 

 一人ぽつりと呟きながら、マックイーンは競技場を後にした。

 

 ■■■

 

 彼のことが気になったマックイーンは、家に帰るとネットで彼について調べてみた。日陽静舞、某企業の実業団チームに所属する、長距離走選手で二二歳。曰く、父親はかつてマラソン競技において結果を残した元長距離走選手、母親は米国のGⅢ勝利ウマ娘、姉は既に引退しているもののGⅡ勝利している重賞ウマ娘で、妹はまだデビュー前だが今年トレセンに入学している、そんなアスリート一家らしい。

 

(私たちの言葉でいえば「良血」も言うやつですわね……)

 

 競技ウマ娘の結婚相手は、長年連れ添ったトレーナーというパターンが大半を占めているが、彼の家のようにアスリート同士で結婚することも珍しくはない。特に彼の父のような、長距離を走るトラック、ロードレース競技者を伴侶に選ぶウマ娘は多いようだ。

 ウマ娘は人より強固で、その身に有り余るパワーとスタミナ、スピードを持って生まれてくるとはいえ、それを生かせる体に育つかは運否天賦。それもあるからか、一部では人間スポーツ界のこと中、長距離において結果を残した人間男性と結婚することで、より強靭な心臓やしなやかな筋肉を子に遺伝させられないか……と考える者もいると言う。

 ウマ娘たちのレースは、ブラッドスポーツとも呼ばれるため、よくある話ではある。まあ、静舞の両親だけに焦点を当てるならば、そんな気はなかったようで、高地トレーニングの為にアメリカを訪れていた彼の父・舞也が、偶然彼の母・ロストゾンタークとその地で出会い、即意気投合してそのまま交際、母の引退と同時に結婚して日本に居を構えた……という話がちらっと載っていた。

 彼の姉であるゾンタークエルターは、マックイーン自身は会ったことはないが、中央で引退まで走りきりGⅡ勝利をもぎとっている時点で並のウマ娘より実力が上であるのは確実で、妹のリトルゾンタークも、デビュー前であるがそんな姉やGⅢバの母、そして長距離走において期待を集める兄、静舞の存在もあって注目を浴びているようだ。

 ……だが、世間というのはこういったことを面白おかしくしたがるもので、彼に対して「ウマ娘の血を引く『ウマ息子』」だの、「ウマ娘の血は男にもある程度遺伝するのか?」だの、少々目に余る記事もちらほら見られた。

 

(さすがにこういう記事は、いい気分ではありませんね……)

 

 また、彼について「孤高の天才」という記載がちらほら見られた。どうにも気性が荒いらしく、常に不機嫌そうな顔をしていて、目つきも鋭く、無愛想で口も悪い、故に人を寄せ付けないオーラを漂わせている……そんな文言が並んでいた。確かにあの時見た顔は、鋭い目付きも相まって獰猛な様子であったが、それはむしろ、好戦的な視線に思えた。

 それでも今日のレース展開を思えば、獰猛なだけではないのは分かる。仕掛けるタイミングや、その時までスタミナや脚を温存する我慢強さ、そして加速しながらのコーナリング、彼に秘められている能力はウマ娘の自分から見ても高いように見えた。

 

(……それに……)

 

 やはり、彼にはなにか自分との縁を感じるのだ。それがどういうものなのか、分からないけれど……。




Q,引退ウマ娘トレーナーの話は書かんのか?

A,ちまちま書いてるからそっちは待ってくれ……
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