マックイーンは、その日夢を見た。見たこともない、大きな四足の動物が二頭、仲睦まじい様子で並んで歩いていた。片方は真っ黒な体で、もう片方は白っぽい灰色。自分に生えているような尻尾を揺らしながら、牧草地をゆったり歩いている様子はとても長閑だ。
この二頭はどうやら、どちらも男らしい。何故か分からないけれどそう感じた。そのうち、黒い体の方が亡くなり、白っぽい体の方が一頭、残された。ぽつんと佇む様子に、マックイーンの胸はぎゅっと締め付けられた。まるで、その「彼」の気持ちが自分を苛むようであった……。
「……!」
マックイーンは目を覚ますと、目元が濡れているのに気付いた。
(私……泣いてる……?)
あの夢の影響だろうか、夢を見て泣くなんて経験がない。はしたないがパジャマの袖で軽く目元を拭い、時計を見ればまだ夜中であった。顔を洗ってこようか考えたが、すぐにまた眠気が戻ってきたのもあり、そのまま目を瞑ることにした。
(……あの動物……黒い方……なんだか……)
静舞に雰囲気が似ていたような……そんなことを考えながら、マックイーンは再び眠りに落ちていった。
いつも通りの時間に再び目を覚ましたマックイーンは、ぼんやりした頭のままパジャマから着替えると、顔を洗いに行く。目元が少し赤くなっていたが、そこまで酷くはなかった。
(不思議な夢でしたわね……)
そんなことを考えながら、今日の予定を確認する。午前は当主教育に当てられ、午後は「引退バのこれから」という雑誌企画のインタビューを受けることになっている。
「……夢を気にしている場合ではありませんわね」
鏡の中の自分にそう呟くと、マックイーンは身支度を整え食事を取りに一階へと降りていった。
■■■
午前の予定を終え、少し早めの昼食をとったマックイーンは、よそ行きの服に着替えるとインタビューを受けることになっている出版社に向かった。現役時代にも何度か取材を受けたことのある出版社なので、大体の勝手はわかっている。
出版社まで送ってくれた運転手に、おおよその終了時間を伝え、その時間に迎えに来てもらうことにしてマックイーンは受付に向かう。そこで確認をとり、指定された応接室のある階へ、エレベーターに乗って向かう。
エレベーターを下り、歩いていたマックイーンは、少しうつむき加減に歩いていたせいもあって、曲がり角で反対側から来た相手と軽くぶつかってしまった。
「っ! すみませ……」
そう言いながら顔を上げれば、それは昨日の静舞であった。思わずじっと見上げてしまうが、静舞はこちらに気づくと、露骨に威嚇するような視線を送ってきた。
(な……)
唖然とするが、昨日の記事を思い出す。彼の気性の荒さがこれも繋がっているなら……取るべき行動は……。
「……失礼いたしました、前をきちんと見ていませんでしたわ。ですが、少々急いでおりますので、失礼致します」
そう、事務的な対応をすると彼の横を通り抜けて応接室に向かう。ちらと視線を背後に向ければ、少し面食らった様子の静舞がこちらをじっと見ていた。……ウマ娘たちは、結構な確率で気性が荒い者がいる。そして、その中には臆病であるが故に他を警戒し、威嚇するようなものもいる。マックイーンは、彼もそうなのではないかと予想し、敢えてドライに対応することでこちらに敵意がないと示した。
(これが正解かは分かりませんけど……)
そう思いつつ、指定の応接室に入れば既に待機していた記者とカメラマンに軽く頭を下げ、記者の向かい側に腰を下ろした。
■■■
(予定より少し早く終わりましたわね……)
腕時計を見ながら、マックイーンは心の中でそう呟く。インタビューは滞りなく、スムーズに終わったため、運転手に告げた時間より三十分ほど早く終わっていた。このビルの一階フロアに、カフェラウンジがあったことを思い出し、そこで軽くお茶でも飲んで時間を潰すか……と思いながら、マックイーンはエレベーターホールに向かう。
(……え?)
そこには、エレベーターを待っている人物が一人いた。扉が開くのを待ちながら、スマホを弄っているその人は静舞であった。
(き、気まずいですわね……)
先程のこともあり、少し躊躇していると静舞がこちらを振り向いた。思わず、マックイーンは固まるが、相手は少し苦笑しつつ口を開いた。
「よぉ、さっきは睨んで悪かったな」
「え、あ……」
先程の雰囲気から一転した静舞に、マックイーンは一瞬戸惑った。そうしているうちに、エレベーターが到着したので静舞に促される格好で二人はエレベーターに乗り込む。
「その、先程は……私の不注意ですから」
「いいよ、俺もめちゃ睨んじまったし……最近、わざとぶつかってそこから無理やりサインだのなんだの……そういうのをねだる奴が多いからさ、またそういう手合いかと思って警戒したんだよ、悪い」
それを聞いて、マックイーンは渋い顔をする。現役時代、大体のファンはとても礼儀正しかったが、どうしても一定数そういう弁えられないファンがいるのは嫌という程理解している。
「……苦労なさっているのね……」
「オリンピック選手候補って言われ始めてから増えたんだよなぁ……あ、知ってっかわかんねぇけど、俺、日陽静舞」
「存じておりますわ、昨日偶然模擬レースを観覧しましたから……私、メジロマックイーンと申しますわ」
「知ってる、最初の天皇賞・春、現地で見た。……さっきのお詫びに、下のラウンジでなんか奢るよ」
「え!? そ、それはさすがに……悪いですわ……」
が、そのままマックイーンは押し切られる形で二人でラウンジに入った。入口に近い席に腰を下ろすと、二人はそれぞれ、マックイーンは紅茶、静舞はコーヒーを注文した。
「……そういえば、先程現地でご覧になったとか……」
「ああ、俺ん家親父と俺以外は全員ウマだからなぁ、自然とトゥインクルシリーズのレースは観るし……あん時はちょうどよく京都にいたから」
「そうなんですの」
「あんたも昨日の模擬レース見てたんだろ?」
「ええ……バ術競技のバ場視察の際に」
「人間の長距離なんて、ウマのあんたには走ってる時間長すぎて退屈しねぇか?」
そう言って、静舞は純粋に不思議そうな顔をして尋ねる。
「確かに、私たちは三二〇〇mであれば三分台で走りきりますが……」
「だろ? その理屈で行くと五〇〇〇mは五分くらいで終わるだろ……いや、坂路とかないしもっと早いかもな」
「ええ、恐らくは……でも、人と私たちとでは色々条件も違いますでしょう? それに……」
少しそこで言葉を区切り、少し迷ったからマックイーンはまた口を開いた。
「その、あなたの走りはとても素晴らしかったですから」
「そうか? あんたみたいなウマに言われるのは悪い気しねぇけど」
そう言って、静舞は先程睨んできた時とは打って変わって無邪気な笑みを浮かべていた。それを見ると、胸がどきんと跳ねるような気がした。
「……あ、私そろそろ失礼いたします」
「おう、まあまた機会あれば話そうぜ」
「ええ、その……静舞さんさえ宜しければ」
「……あ、じゃあこれ」
静舞は、コースターにサラサラと何かを書いてマックイーンに手渡してきた。
「これは……」
「俺の番号、まあ要らなかったら捨てていいぜ、会計は俺がしとくから伝票は置いといてくれ」
「は、はい……ご馳走様でした」
「ん、じゃあな」
そのコースターを握ったまま、マックイーンは少しぼんやりとしながら外に出た。ちょうどよく車が来て、マックイーンはそのまま乗り込んだ。
(……なんでこんなにドキドキしますの!?)
自分の状態に困惑しながらも、マックイーンはそのコースターを大事に鞄にしまった。
その日から、二人はたまに連絡を取り合うようになっていった……。
ガイドライン改訂が来ましたね、そもそも抵触しそうな話を書く気はまるでなかったのでこのまま今後もガイドラインを遵守しつつ進めていきますね