「ねえ、そういえば、杖は流れ着いてなかったの? 赤い宝玉が填まったあたしの杖」
緑が広がり、スライムやモーモンたちが穏やかに過ごしている村の外の野原。その海岸線に近い崖の、その下だ。あたしが打ち上げられていたという“慰霊の浜”なる浜辺を見下ろしながら、あたしは隣を歩くエクスにそう聞いた。
長く一緒に歩んできた愛用の杖。それが今、あたしの手元にないのだ。
いつかの港町では盗られたこともあったけど、まさかバルチャさんとルベカはそんなことしないだろう。問答の時に訊いた限りでは村に運び込まれたのはあたしの身一つで、杖なんて見ていないらしい。
だから知っているとすれば、あの場であたしを見つけたエクスだけだ。あたしの子供の見た目から、まさかそれがあたしのものだとは思わず拾ってしまったのかもしれない。そんな一縷の望みにかけてダメ元で聞いてみる。
だけど、やっぱり彼は申し訳なさそうに首を横に振った。
「……そんな顔しなくても、なかったのならまあ、仕方ないわよ。きっと海に沈んだか、壊れでもしちゃったのね」
あたしは助かったからもしかしたら、って思っただけだ。ないならないで、別に困ることじゃない。
「……?」
「別に無理に探さなくてもいいわよ。丸腰がなんだか落ち着かないってだけ。愛着はあったけど……杖自体は高価なものじゃないしね」
祈りの宿に向かう前にもう一度浜を調べてみようか、なんてエクスの提案は蹴り飛ばして、あたしは立ち止まりかけた彼の背中を叩いて押した。
それにだ。流れ着いているかもとは思ったけれど、そもそもあたしがこのアストルティアにたどり着いてしまった経緯がそもそもよくわかっていない。奇跡的なものだから、杖はむしろロトゼタシアに残っている可能性の方が高いんじゃないか。
ならせめて、杖だけでもロトゼタシアに残っていてほしいって、そう思った。あたしの代わりに仲間たちの力になってくれる。頼りない妹に喝を入れるくらいは、きっとできるはずだ。
魔王の手も届かないくらい遠く離れた地に飛ばされてしまったあたしには、そんなことすらできないから。
しぶしぶ歩き出すエクスの背中を追いながら、あたしはつい、そんなことを考えてしまう。それは巡って不安を生んで、あたしの気持ちを暗くした。
そうしてしばらく歩いて、ふとあたしは空を見上げた。
綺麗な世界だ。晴れ渡る青い天。嗅げばさわやかな潮と緑を感じられるこの空気。
その美しさは、この世界があたしの知る世界と本当に繋がっているのか、どうしても疑わしく思えてしまう。ロトゼタシアのこと、仲間たちのことを心配して想う度、反比例するみたいにその不安はますます強くなっていくのだ。
――あたしは、みんなのところに帰れるのかな。
「……?」
「……え? あ、ううん。なんでもないわよ、独り言」
胸の中で呟いただけのつもりが、どうやら声に出してしまっていたみたい。反応して首をかしげるエクスでそれに気付いて、誤魔化そうとする。
けど何か気付かれてしまったのか、エクスは引き下がらなかった。立て続けに心配してきて流石に無下にし続けることもできなくて、あたしは仕方なく、深く息を吐き出した。
重くなっていた口を、ゆっくりと開く。
「……ほら、あたし、仲間と旅をしてたって言ったでしょ? その時に、魔王ウルノーガってやつと戦って……負けて、崩壊してしまう運命だったはずなの。あたしの知る世界、ロトゼタシアは」
それからあたしは、バルチャさんとルベカに話して聞かせたように、仲間たちとの冒険譚をエクスに語った。
勇者を導く使命を負ったあたしと妹のセーニャが勇者であるあいつと出会い、さらに仲間と出会いながら旅をして、勇者の使命を知るためにたどり着いた命の大樹。そこで魔王ウルノーガに勇者の力と命の大樹の魂を奪われ、世界と一緒にあたしも吹き飛ばされてしまったはずだということ。
そしてそれはこのアストルティアではなく、ロトゼタシアという大地での出来事だということを、あたしはなんとか口にした。
語り終わって、けどエクスから言葉はない。あたしもその反応を見るのがなんだか怖くて、眼は逸らしたままだった。逸らしたまま、続けて独り言の意味を言う。
「……どうやらここは、あたしの知ってる世界とは別の世界みたいなの。魔王の滅びが及ばないくらい、遠い大陸……。だからそんな遠い場所に……セーニャたちのところに、あたし帰れるのかなって……ちょっと不安になったの。それだけよ」
けれどその気持ちをわかってもらえるなんて、あたしは思っていなかった。だってそもそもロトゼタシアとか魔王ウルノーガとか、それ自体がアストルティアの人々にしてみれば作り話としか思えないような荒唐無稽な内容なのだ。
とても信じられないだろう。バルチャさんやルベカも、言葉では信じてくれたけど、その心に深いところには疑いの色は拭いようがなく存在していた。別にそれを悪く思ってるわけじゃなくて、それが普通なのだ。幼女の作り話か、そうでなくても浜辺に倒れていたのだから、そのショックで記憶と妄想がごちゃごちゃになっているんだろうって、そう思うのが当然のこと。逆の立場ならあたしだってそう考える。
「そういえば……村を出る前にエクスが貰ってた青い石、ルーラストーン、だっけ? ルーラの呪文が失われてしまったから、その代わりに生み出された道具なのよね。そんなのもロトゼタシアにはなかったし、そもそも呪文は失われてなんてなかったわ。なんならあたしの仲間が使えたしね」
妄想の証拠は、一つ一つ語っていってはきりがないくらい。だからあたしは、エクスに
だからエクスがそう言うところなんて見れるわけもなくて、締めの言葉は自嘲気味に、目を伏せたまま呟いた。
「……信じられない話でしょ?」
そんなことはないよ、っていう返事は想像していた。あたしを傷つけないための、バルチャさんとルベカのような優しい言葉。あたしは顔を上げた。
けどエクスの顔、あたしにまっすぐ向いたその眼を見た瞬間。
――あたしの胸の内に渦巻いていた不安も諦めも、まとめて吹き飛ばされてしまった。
「……エクス、あんた……まさか今の話、信じたの……?」
力強く頷く彼のその眼は、あたしには全く“疑い”の色が無いように見えた。
それどころか潤む瞳は強く共感してくれているようにも感じられてしまう。訳が分からなくて、その分だけ逆にあたしの眼が“疑い”になって、そしてやがて“呆れ”になった。
「こんな……普通じゃない話、信じるのなんてあんたくらいね……。そのお人よし具合、悪い奴に簡単に騙されちゃいそうで心配になるわ。人の話をあっさり信じちゃ駄目よ」
でも、ベロニカは嘘なんてついていないでしょ?
あたしが肩をすくめて言うや否や、間髪入れずにエクスはそう言い切った。息が詰まって声が出なくなってしまう。
何の疑いもなく信じてもらえた。そのことが、あたしは胸が熱くなってしまうくらい嬉しく思えたのだ。
深呼吸してその熱さを必死にやり過ごしていると、慰めるみたいにエクスが言った。あたしはつい、それを聞き返す。
「……妹……? エクス、妹がいるの……?」
頷いて、しかし続いて悲しげな顔になるエクス。
確かルベカが、エクスは両親を探すためにシェルナーになったって言っていた気がするけど、妹も含めて生き別れてしまっているんだろうか。
……どうやらそうみたい。何も言わなかったけど、空を見上げる眼が、あたしとすごくよく似ていた。
「……どんな妹さんだったの?」
似ていたから、だから気になって、あたしはいつの間にか聞いていた。話題にすることはエクスを傷つけることになってしまうんじゃないかって少し不安になったけど、聞いてみたい思いが勝った。けど恐る恐るに覗き込んだエクスの顔は傷ついてはいなくて、あたしを見つけてちょっと笑顔になった。その理由が、ためらいがちに口にされる。
「……あたしにちょっと似てる? 妹さんが? ……ふぅん。もしかして、だからあたしが祈りの宿までついてくことを渋ったのかしら」
気まずそうに、また眼が逸らされる。その通りだって言ってるようなものだ。
けど詰ってやれるはずもない。ついでに子ども扱いの文句諸々も口を閉ざすことにして、あたしは元気が失せてしまった彼に、お返しで明るい声を出してやった。
「なら、きっちりシェルナーになって探してあげないとね」
エクスが、なぜだか驚いたようにこっちを振り向いた。半開きの口は思いもよらなかったことを言われたふうに呆けていて、あたしはつい苦笑いしてしまう。
「何よその顔。大切な妹だから、エクスもあたしに共感してくれたんでしょ? ……あたしは、諦めない。絶対にセーニャたちのところに、ロトゼタシアに帰るわ。だからあんたも諦めずに探すのよ。たとえどれだけ遠くにいても……世界が繋がっているなら、きっとまた会えるもの」
そう言うだけの勇気をくれたのはエクスなんだ。だから他でもないあんたがそんな呆けた顔をするなんて、ダメ。
あたしは小走りにエクスを追い抜いて、背中を向けたまま先を進んだ。
「ほら、さっさと元気を出しなさい。こんなところでぼーっとしてる暇はないわよ。早く祈りの宿に行きましょ」
「……!」
あたしがそうだったように、同じ痛みを抱えるあたしたちだからきっと共感できるんだろう。追いついてきたエクスの顔はもう明るく戻っていて、また私を先導して歩き始める。あたしも、それをまた追いかけた。
「全く……世話が焼けるわね。優しいお人よしのくせにちょっと頼りないところ、まるであいつみたい」
「……?」
「え? あいつって誰って? そりゃ勇者のことよ。ほら、話したでしょ、一緒に旅をしてたって。しっかりしてるようで意外と抜けてるのよ。例えばダーハルーネっていう港町で敵の中を隠れて通り抜けなきゃいけないことになったんだけど、あいつ何回も見つかっちゃって――」
なんて思い出話をしながらあたしたちは歩き、やがてレーナム緑野に差し掛かった。
そしてとうとう目的地の祈りの宿にたどり着く。見えるのは湖の中の小島にある建物だ。巡礼者のための宿というだけあって大きな建物のほとんどは教会だけど、きっとその中に宿屋があるんだろう。
その目前でエクスがバブルスライムに毒をもらいそうになったりしながら、切り抜けて橋を渡り、あたしたちは教会の大扉を押し開けた。
木造りで温かい、広い聖堂だ。その端で神官らしき人、ウエディの男性が、エクスに気付いて腰を上げて、そしてあたしを見つけてちょっぴり訝しげな顔になった。
「ああ、よくおいでになられた。あなたがレーンの村のシェルナーの方……ですな? しかしそちらの人間のお嬢さんは……」
「ベロニカと言います。初めまして、神官様」
事情の説明をしようとするエクスを遮って、あたしは神官様に礼をした。それで警戒心はきれいになくなる。礼儀正しくしたのもあるだろうけど、見た目のことも大きいだろう。
そういうところはこの身体の数少ないいいところだけど、喜ぶのもしゃくだから呑み込むことにして、続けて目的の話をした。
「実はあたし、ロトゼタシアっていう場所のことを調べているんです。それで巡礼者が集まるこの場所なら話が聞けるかもしれないって教わって……神官様、何か、些細なことでいいんです。ご存じありませんか?」
けど、幾らか予想していたことだ。尋ねた神官様の顔は、やっぱり期待したものじゃなかった。
「ふむ……申し訳ないが、そんな地の話は聞いたことがないな……。それはどういう場所なんだい? せめてどういう雰囲気の土地なのかがわかれば、五大陸やレンダーシアのどの地方かくらいかはわかるかもしれない」
「……ごめんなさい。それもわからないんです」
アストルティアではない、別の世界の話だ。その可能性が出てこなかった時点で、いくら聞いても彼からロトゼタシアへの帰り方は出てこないだろう。
だから諦めて話を切って、あたしは深く頭を下げた。
「そうか……力になれなくてすまないね。今度から、来る巡礼者たちに知っているかを聞いておくよ。……ああ、そうだ」
落胆に襲われるあたしを見て、きっと神官様は随分と気まずい思いなんだろう。それに耐えかねたのか、せめてもと、聖堂の奥へ眼をやって言った。
「ロトゼタシアなる地のことは記されていなかったが……書架のどこかに、古いが地図をまとめた本があったはずだ。何かの助けになるかもしれないから、よかったら持って行きなさい」
「……いいんですか?」
「構わないよ、なにせ古いものだからね。しかし古いからこそ、君の探し物には役立つかもしれない。……ああ、オーシェ神父、申し訳ないがこのお嬢さんと一緒に古地図を探すのを手伝ってくださいませんか」
あたしがそっと目を上げると、頷く神官が奥の祭壇の神父様に声をかけてくれた。神父様もあたしたちの話を聞いていたのか快く頷いてくれて、そっちにもお礼を言いながら、あたしは一応と、エクスに断りを入れる。
「それじゃ、ちょっと行ってくるわ。あんたもシェルナーの役目、頑張りなさいよ」
「……!」
「え? 待っててくれるの? ……そう。じゃ、なるべく早く見つけて戻るわ」
エクスもまた頷いた。確か彼の仕事は花嫁をすぐに村まで連れ帰ることだったはずだけど、彼はあたしの用事が済むまで待つつもりみたい。
一人で帰れるって言うことは簡単だったけど、せっかくの仲間の心遣いだ。苦笑して、あたしは神父様のもとに向かった。
「そうでしたな、シェルナーの儀式も済ませてしまわなくては。ちょうど花嫁のキールさんも散歩から戻る頃合いで……おお、ウワサをすればなんとやら」
神官様が思い出したように言うと、ちょうどその時、あたしたちの背後で扉が開く音がした。振り向くと、そこには花嫁のドレスを着た、たぶんキールさんとお付きの人。
お付きの人は一礼して離れていったけど、キールさんはエクスを見つけてほのかに微笑んだ。神官様はそんな彼女に、エクスを紹介する。
「キールさん、ちょうどいいところに。こちらはレーンの村のエクス殿。お察しのようですが、シェルナーとして参られたお方です」
「エクスさま……。お話はアーシクさまからよく聞いていますわ。遠い所までありがとうございます。アーシクさまの花嫁となれるこの時を、私、心待ちにしておりました……!」
「ふむ……。ではキールさん、さっそくしきたり通りに、花婿からの結納品をエクス殿から受け取っていただきましょうか」
そしてすぐさま話が進んでいく。しきたりの内容は知らないけれど、たぶんそうかからないだろう。すぐにレーンの村に帰るだけになるはずで、エクスは待ってくれるって言ったけど、幸せいっぱいのキールさんをあまり待たせてしまうのは申し訳ない。
急がなくちゃと、あたしと、ついでに神父様は早足になる。
けれどすぐに、あたしの脚が止まった。
悪寒がしたのだ。ほんの少しだけ、背中に邪悪な魔力を感じて、あたしは反射的に振り返る。
「エクス……それ……!」
結納品なんだろう。エクスの手の中にある虹色の綺麗な貝殻。エクスはあたしに名前を呼ばれてキョトンとした顔で振り向いたけど、キールさんは止まらず、それを受け取ってしまった。
邪悪な魔力をうっすら放つ、その貝殻を。
強烈ないやな予感は、すぐに現実のものとなった。
「まあ、なんて美しい……。アーシクさまが私のために――」
という、キールさんの嬉しそうな声を遮るように、
『――見つけた。ぼくの……花……嫁……』
禍々しさをも感じる声が、辺りに静かに響き渡った。
「い、今の声は!? まさか、魔物!?」
「……!?」
その声で、遅れてみんなもただ事でない事態に気が付いた。けど警戒するにもその姿も魔力も見えていないから、きょろきょろ辺りを見回すばかりで困惑が拭えていない。
その隙をついて、そいつはその時、現れた。
「キールさん! 後ろよ!」
邪悪な魔力に気付いていたから、それを見つけたのはあたしが一番早かった。
キールさんの背後に現れたのは、言葉にするなら人型の闇。真っ黒な黒い力の塊が、ずんぐりむっくりな人の形で立っている。赤く光っている両目はまっすぐにキールさんだけを見下ろしていて、あたしの声でそっちを振り向いたキールさんの目と合って、捉えてしまっていた。
『ぼくの……花嫁……」
「……私は、あなたの花嫁ではありません!」
化け物にじっと見つめられて怖いだろうに、キールさんは気丈に叫んだ。けど化け物は意に介さず、その黒い力でキールさんを包み込む。
『さあ……ぼくと一緒に行こう……来光の浜へ……』
「エクス! キールさんを――っくぅ……!」
離れていたあたしも、我に返ってようやく剣の柄を握ったエクスも間に合わなかった。吹き荒れた黒い力は目くらましのようになってあたしたちを襲い、それが去った時にはもう化け物も、キールさんもそこにいなくなっていた。
見えるのは、押し開けられたキイキイ軋む外への扉だけだ。きっと化け物はキールさんを攫い、そこから出て行ったんだろう。それがわかるだけだった。
「……!?」
動揺するエクス。あたしのおかげで剣は抜けても、未だ化け物がどこから現れたのかすらわかっていないみたい。衝撃を受けているらしい彼に、だからあたしは詰め寄って、大声でそれを説明してやった。
「あの化け物の正体なんて、あんたが持ってきたあの貝殻に決まってるじゃない! きっとあれに宿ってたか封じられてたかしてたのよ! ……あれは、普通だったらどこかで祭られなきゃいけないタイプのものだわ。エクス、あんたいったいどこであんなもの見つけて来たのよ……!?」
「……!」
「……慰霊の浜、ではないですか?」
びくりと身を跳ねさせて緊張の面持ちになるエクスの代わりに、ショックから立ち直った神官様がそう聞いた。エクスは緊張のままぎこちなく頷いて、神官様は納得したように続けて語る。
「あの魔物が言っていた“来光の浜”とは、“慰霊の浜”の本当の呼び名なのです。……遠い昔、結婚式を間近に控えたある花嫁が身を清めるために海に入り、そのまま消えてしまう事件があったそうで……それを嘆いて自ら海に身を沈めた花婿と、そして花嫁のための慰霊碑が建てられたことで、来光の浜という呼び名が廃れてしまったのだと聞いています」
慰霊の浜……あたしが倒れていたという浜だ。そんないわくつきの場所だったなんて思わなかったけど、おかげで化け物の正体も見えてきた。
「エクス殿が持ってきてきてくださった結納品の貝殻は、花婿が花嫁のために自ら探して送る大切なもの……。キールさんの花婿であるアーシク殿は、恐らくそんな貝殻に込められた無念の思いに引かれて、手にしてしまったのでしょう」
「つまりあの黒い魔物は、海に沈んだ花婿が悪霊になった姿ってことかしら。それで花嫁のキールさんを……」
神官様はあたしの推理に頷いた。そして次いで、遅れてあらましを理解してハッとした顔になるエクスへ訴える。
「エクス殿、花嫁を守ることはシェルナーの大切な務めです。すぐに慰霊の浜へ! 花嫁をお救いください!」
エクスは一も二もなく頷いた。今さっき、敵を目の前にして何もできなかったことを悔やんでいるんだろう。その顔は、ちょっと危うい程の決死に満ちていた。
そのままエクスは駆け出した。危惧した通り、あたしの方を見向きもしない暴走っぷりだ。だからきっと声では止まらなかっただろうから、寸でのところで服の袖を引っ掴めたのは運がよかった。
勢いにちょっと持っていかれそうになったけど彼は止まって、そして振り向いてあたしに向ける目。それはやっぱりあたしを置いて一人で行こうとしてたふうにしか見えなくて、あたしは遠慮なく怒った顔をしてやった。
「言っておくけど、止められたって一緒に行くからね! だってあたしたち……仲間でしょ?」
出会ったばっかりだし、一緒にいたのも村からこの祈りの宿まで、旅とも言えないような期間だったけど、それでももう、あたしにとってエクスは紛れもなく仲間だ。きっとエクスにとってもそうだろう。
だから、追えば戦いになることが眼に見えているあの悪霊に一人で立ち向かおう仲間をあたしは見過ごせないし、逆ならエクスも同じこと思うはずなのだ。証拠に、責め立てるとエクスはぎくりと固まって、そして眉が不安そうにきゅっと寄った。
「……!」
「地図? そんなの後よ、後回し! 神父様には申し訳ないけど……」
やっぱりこっちが優先だ。でも申し訳ない気持ちでちらりと見ると、当の神父様はそうするべきだと言ってくれた。
それでもエクスはかたくなに言い訳を続けた。そう、言い訳だ。短い付き合いだけど流石にわかる。あたしが祈りの宿に向かうことを渋ったのと同じ。あたしと彼の妹さんを重ねてしまっている彼はきっと、あたしを失ってしまうことを恐れているんだ。
けど、そんな心配は無用なものだ。だからエクスに必要なのは、それを信じる勇気だけ。
そう思って、あたしはいつも見ていた勇者の背中を思い出し、精一杯堂々と言った。
「大丈夫、あたしは勇者と共に旅した“双賢の姉妹”の片割れ、ベロニカ様よ! 悪霊なんかに後れを取ったりしないわ!」
袖を離した手を腰に回して、不敵に鼻を鳴らす。そして、
「行きましょう。みんなを助けに!」
エクスは唇をかみしめて、力強く頷いた。