《第1層︎︎︎︎︎︎︎︎︎︎︎ トールバーナ》
アスナとミトに遭遇してから約1週間。言い換えると、このデスゲームが始まってから1ヶ月弱が経過したことになる。
この日までに、死者は既に2000人近くにのぼっているという。
――――そして今日、この街《トールバーナ》にて、第1層のボス攻略に向けた第一歩がようやく踏み出される。
「完全に脳が休みのモードに入ってる。眠い」
「おいおい、12時近くまでしっかり寝てたのにまだ眠いのか」
「逆。そんだけ寝たおかげでまだ眠気が残ってるんだよ」
円形のテーブルを挟んで、キリトとどうでもいい会話に花を咲かせる。
ちなみに現在時刻は13時44分。たった今ここで遅めの昼食を摂ったばかりだ。もちろん普段はこんな時間までゆっくりしていることはないが、今日はこの後
「……そういえば、こんなに遅くまでのんびりしてるのいつぶりだ?」
俺の記憶だと、ここ1週間はクエストや素材集めで朝早くから動いていた気がする。
「多分、1週間ぶりくらいじゃないか?もっと前かもしれないけど」
サラッとキリトが答えるが、完全に感覚が麻痺していると思われる。もはやブラック企業の会社員ばりに働いてるんじゃないか?……まあ実際のブラック企業はもっと酷いのかもしれないが。
「…っと、そろそろ行くぞ、ウェル」
ウィンドウで時刻を確認して、キリトが立ち上がる。
「了解。ちと早い気もするが……アイテム補充してから行くか」
「ああ、そうだな」
開始時刻には少々余裕があるため、キリトと俺は準備もしつつ移動することにした。
―――
そこは円形の劇場のようになっていた。形の整った石を積んで作られたそこは前に映画で観た古代ローマのようで、ベータテストで1度は見たことがあるにもかかわらず思わず見とれてしまう。
「ゲームって、やっぱすげえなぁ」
自然と言葉が口から漏れる。はじまりの街もそうだったが、フルダイブゲームの醍醐味はこういったところにあるのだろう。
「しみじみ言ってるな。……今の時間でこれくらいだと、参加者は40人くらいって感じか」
横に立っているキリトが言う。石段に座っている人数を見ると、現時点では30人弱だった。
「今の時点でもこれだけいるし、少なくとも無茶な攻略にはならなそうだな」
「そうね。ひとまず安心だわ」
後ろからの声。振り返ると、フードを被った二人のプレイヤーがこちらに歩いてくるところだった。
「久しぶり、ウェル。それからキリトも」
その1人――――ミトは、被っていたフードの下から1週間前と同じ笑顔を覗かせた。
「ありがとね、この会議のこと教えてくれて」
「どういたしまして。でも二人とも参加するのは正直意外だったな」
この会議のことを聞いた時、一応と思ってミトにメッセージを送っていた。だが本当に念のためだったので、この二人がここにいるのは驚いた。
「ちょっと悩んだけどね。現実世界に帰るのに少しでも貢献しようと思って」
「なるほど」
話しながらメニューを開き、時計を確認する。画面には『13:58』の文字が示されていた。そろそろ始まる時刻だ。
「それにしても、こんなにたくさん……」
ミトの隣で立っているアスナがつぶやく。つられて見ると、広場に集まっている人は40人くらいになっていた。キリトの予想はドンピシャだったようだ。
「え……?」
「だってそうでしょ?ボス攻略本番で全滅しちゃうかもしれないのに」
キリトの疑問符にアスナが答える。確かに考えたくはないが、全滅の可能性も十分にあるのがボス戦なのだ。プレイヤー全体から考えると決して多くはないが、少なすぎるわけでもない。
「……どうかな。ここにいる全員が自己犠牲の精神で来ているわけじゃないんじゃないか?」
「じゃあ、どうして?」
「最前線から遅れたくないからじゃない?ゲームだとよくあることよ」
ミトがキリトに代わって言う。
「ま、そうだな。俺らもどっちかというとそんな感じだし」
「……それって、学年順位1ケタから落ちたくないとか、偏差値70をキープしたいとか、そういうのと同じ感じかしら?」
「いや、どうかな……」
キリトが明らかに反応に困っている。いや確かに今のたとえは一部の頭いい人にしかわからないけども……。
「大体合ってると思うぞ。コイツには伝わらなかったみたいだけどな」
「伝わってるぞ。ただリアクションしづらかっただけで」
「なんだ、伝わってたのか、残念」
「残念ってなんだ残念って。今のどこに残念要素あったんだよ」
すると、アスナの口元が微かに弧を描く。
「二人とも、仲いいのね」
「そりゃ1ヶ月ずっとパーティー組んでたらな……」
「リアルでは多分全く接点ないけどな」
そんなことを話していると、後ろでパン、パン、と手をたたく音がした。
「はーい!それじゃ、そろそろ始めさせてもらいます!」
時刻は14:04を示していた。予定からは少し遅れているが、会議がいよいよ始まるらしい。
「とりあえず、適当に座るか」
俺達4人は近くの石段に腰かけた。
「まず、今日は俺の呼びかけに応じてくれてありがとう!オレは《ディアベル》、職業は気持ち的に《ナイト》やってます!」
俺はてっきりいくつかのパーティーが共同で企画したのかと思っていたが、予想に反して広場中央に立っていたのは1人の男だった。腰にさげている武器を見るにどうやら片手剣使いのようで、長髪を防具に合わせて青色に染めていた。あれなら《ナイト》と言わず《勇者》を名乗っても許されるかもしれないと思わせるほど、爽やかな笑みと雰囲気を漂わせている。
あちこちから拍手と軽いヤジが飛ぶ。一方俺は、マジで《ナイト》っぽいな……、と内心で感心していた。
彼は続けた。
「……今日、オレたちのパーティーがあの塔のボス部屋に続く階段を発見した。ここまで1ヶ月もかかったけど……それでも俺たちはボスを倒し、第2層に到達して、このゲームをいつかきっとクリアできるってはじまりの街にいるみんなに届けなきゃならない。それが今この場所にいるオレたちトッププレイヤーの義務なんだ。そうだろ、みんな!」
再びの拍手。先ほどよりも大きい。俺もさすがに拍手ぐらいはしておくか、と手を構えると―――
「ちょお待ってんか、ナイトはん」
と低い声がした。発した男はディアベルのもとに駆け寄る。小柄ながらも筋肉質な体つきで、少なくとも外見では俺やキリトよりはるかに強そうだ。だが何より特徴的なのは髪型か。あれは……サボテンと言っていいのか?でも茶髪だから茶色いサボテンと形容すると枯れたサボテンになるし…………
「そん前に、こいつだけは言わしてもらわんと、仲間ごっこはでけへんな」
まあいいや、サボテンで。その茶色いサボテン男は、一歩踏み出してそう言った。というか”仲間ごっこ”て。確かにその通りかもしれないけど、結構ズバズバ言うな……。
「こいつっていうのは何かな?なんにせよ意見は大歓迎だけど、発言するなら一応名乗ってもらえるかな」
フン、とサボテン男はこちらに向き直る。
「ワイは《キバオウ》ってもんや」
そこで一旦言葉を止め、キバオウと名乗ったサボテン男はプレイヤーを一通り見まわす。
「こん中に、5人か10人、死んでいった2000人に、ワビ入れなあかん奴がおるはずや!」
見回したところでキバオウが言う。その鋭い眼には、明らかに誰かへの敵意がこもっていた。