ほぼほぼ「長期休みにちょこっとだけ更新される」状態になっている本作ですが、今後もよろしくお願いします。
ちなみに作者もここまでの流れをあまり覚えていなかったので自作を読み直しました。
「なにこれ、広っ……!」
俺たちの部屋に入ったアスナの第一声だった。
「これで私たちの部屋とほぼ同じ値段……!?安すぎるでしょ……」
「なんか、今まですごく損してた気分ね……」
女子2人が想像していたよりもはるかにいい部屋だったのか、かなりショックを受けている。まあわかる。俺もそうだったから。
「初めてキリトに教えられたときの俺とほぼ同じ反応してるな」
「あのときのウェルの表情がなかなか面白かったんだよな、この世界に録画機能があればよかったのに」
「もし録画されてたらお前を叩きのめすところだったな」
軽口を言いながら、周辺の宿屋事情を考える。
少なくともこの村の宿屋は、はじまりの街のそれと比べるとはるかにマシにはなっている。当然のことながら値段も相応になってはいるが、この村にたどり着いたプレイヤーならば普通に払える金額だろう。
しかしながら、現実世界での生活水準と比較すると遠く及ばない。食事は外で済ませるにしても、部屋がそれほど広くもない上に風呂がないためストレスを感じる人もいるだろう。
「ミトたちの部屋は広さどんな感じなんだ?」
「2人部屋だからそこそこの広さはあるけど、この部屋よりは全然狭いわね」
実際、この部屋は2人で使っても十分すぎるくらいの広さである。この部屋が他の宿屋と同程度のコルで借りられるのはまさに格安といったところだ。
さて、部屋の広さの話もほどほどにして、西の壁にある【
「見てわかると思うけど、あそこが風呂なんでご自由にどうぞ。ただ、2人同時に入るほどの広さはないから順番で」
ミトとアスナが一瞬目を合わせるが、すぐに決まったようだ。
「まあ、提案者がアスナだからね。お先にどうぞ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「ああ、念のため言っとくけど、風呂って言っても現実世界まんまじゃないぞ。液体環境はナーヴギアもさすがに苦手らしいから、過度な期待はするなよ」
キリトの忠告に、「お湯がたくさんあれば十分!」とだけ言い残して、アスナはドアの先に消えていった。
部屋が豪華とはいえ防音性はそこまでよくもないため、少しすると隣から「はぁ~」というため息がわずかに聞こえた。
「……とりあえず満足のいく代物だったみたいでよかった」
「ははは……」
一瞬コメントすべきか悩んだが、別にためらうほどでもないと思って言うと、ミトから苦笑いが返ってきた。
キリトも苦笑していたが、表情を切り替えて本題に入る。
「とりあえずそっちはいいとして、ボス戦の話をある程度しておこう」
大枠として、俺たちは取り巻き担当ということに決まっている。ボス担当ほど負担が大きいわけではないが、慢心は命取りになりかねない。
「実際のところ、2人はどれくらいいける?」
キリトがミトに問うと、ミトははっきりと答える。
「私は元ベータだから当然普通に戦えるし、アスナもかなり強いと思う。事前に対処法がわかっている雑魚相手なら、100%負けないと思う」
「なら、2人ともちゃんと戦力として数えてよさそうだな。ちなみにコボルドとの戦闘経験は?」
「迷宮区にも何度か潜ってるから、それなりに」
「初見でもないなら大丈夫か」
そう言いつつ、ふと、
「となると今は役割分担を決めておくくらいか。防御役と攻撃役、2:2でいいか?」
「いいと思う。私たちは――――」
そのとき、外廊下に繋がるドアからノックの音がした。それも、事前に合図として取り決められている特定のリズムだ。
「この家の人?」
事情を知らないミトはのんきにそう聞いてくるが、すでに相手が誰か把握した俺とキリトは面倒ごとの気配を感じていた。
「いや、今のは情報屋だ。ミトも知ってる人だよ」
とはいえここで応対しないのもあとで面倒になる。そのため、覚悟を決めてキリトが扉を開ける。
「やァ。商談に来たゾ」
そこにはレザーアーマーを着込んだ《鼠》ことアルゴが立っていた。
「珍しいな。直接部屋に来るなんて」
キリトの微妙な表情を見てアルゴはヒゲの描かれた顔を怪訝そうに傾けるが、すぐに肩をすくめて答える。
「まあナ。クライアントがどうしても今日中に返事を聞きたいっていうもんでサ」
そうして平然と入ってきたアルゴだが、俺の向かいに座っている紫髪の少女を見て驚いた様子を見せた。
「おいおい、お前らが女の子と一緒にいるなんてどういう風の吹き回しなんダ?」
「ただのパーティーメンバーだよ。あともう一人、今そこの風呂に入ってる子がいる」
覗くなよ?と付け加えると、「心外だナ」と返ってきた。
「オレっちは女の子のプライバシーは侵害しない主義なのさ」
「俺たちのプライバシーなら侵害するような言い方だな」
「そりゃ金額しだいだナ。ウェル坊もかわいい子に探されたら悪い気はしないダロ?」
「かわいい子だけが依頼人ならな」
元ベータテスターということが万が一知られた後には、面倒な輩に付きまとわれかねない。そんなのは御免だ。
と、ここで、流れで始まった会話のせいで状況についていけていなかったミトが混ざる。
「ねえ、ひょっとしてこの人って……」
「ああ。お察しのとおり、コイツが《鼠》だ」
「アルゴだヨ。よろしくナー」
アルゴが手を挙げて言う。
「なるほど。私はミト。
「……なるほどナ。アンタもオイラたちと
「今風呂にいる友達は違うけどね」
一瞬の会話でお互いが元ベータテスターであることを暗に明かす2人。
当然のことながら、初対面の相手に自分が元ベータテスターであることを明かすのは今のこの世界では相応のリスクがある。よっぽど親しい相手か、相手もそうだと確信している状況でない限りはほとんどない。
《鼠》自身が元テスターであると疑われる可能性は今日の攻略会議まで極力アルゴ自身が排除していたはずなのだが、なぜかミトはあっさりと自分が元テスターであることを明かした。
「……良かったのか?そんなに簡単に明かして」
キリトも同様のことを疑問に思ったのか、ミトに尋ねる。
「少なくとも、あれだけ元ベータテスターから情報を集められているのなら、本人が違ったとしても悪いようにはならないと思って。キリトたちもそこそこ信用しているみたいだし」
「実際、元ベータテスターに関する情報は一切商売に使ってないから安心シロ」
アルゴが言う。実際、アルゴはいくら金を積まれても「誰が元ベータテスターなのか」といった情報はやり取りしていないらしい。
「あ。そういえば、ガイドブック。あれ、無料だったとは聞いていないんだが?」
情報の件で思い出した俺はアルゴに問いかける。
「そりゃ、ウェル坊たちや他のフロントランナーが初版を買ってくれたおかげで、無料の第2版を発行できるんだからナ。安心シロ、初版は奥付にアルゴの特性サイン入りダ」
なるほど。そういうことならば仕方ない。理由によっては返金訴訟も辞さないつもりだったが、今後も資金調達には貢献するとしよう。
「っと。そんなことより本題に入らせてもらうヨ。例の、キー坊の剣を買いたいって話……今日中なら39800コル出すそーダ」
「……さ……!?」
アルゴから本来の要件を聞いたキリトが絶句している。実際、キリトが持つ《アニールブレード》の+6に対して39800コルというのは、素体の価格と強化にかかる金額を合わせても現在の相場より5000コル近く高い。
キリトがそのことを述べつつ「詐欺じゃないのか」とアルゴに問いかけるが、
「オレっちも、依頼人に3回はそう言ったんだけどナ!」
とアルゴ自身も意図がよくわかっていない様子だ。実際、俺も意図がよくわからない。大金をかけてこんなことをする意味があるのだろうか……?
しばらく考えたのち、キリトが1500コル出して相手の名前を聞けないか交渉した。相手はそれに了承したようで、そちらについてはアルゴとの取引が成立した。
「と言っても、キー坊たちはもうソイツの顔と名前を知ってるヨ。今日の会議で大暴れしたからナ」
1500コルをきちんと受け取ったことを確認したアルゴが情報を話し始める。その条件に当てはまるのは、思い当たる限り1人しかいなかった。
「まさか……キバオウ……?」
同様の人物に思い当たったらしきミトが呟くと、アルゴは「ご名答」とその予想が当たっていることを告げる。
思わぬ人物の名前が出てきて、正直かなり驚いている。少なくとも、キバオウは会議ではしっかり武器を所持していた。あれが予備でない限りは、彼が武器を欲しがる理由はないはずだ。
「……とりあえず、今回も剣の取引は不成立ってことでいいんだナ?」
俺と同じく衝撃を受けているキリトは、アルゴの問いかけに「ああ」と生返事を返すことしかできない。
「そんじゃ、オレっちはこれで失礼するヨ」
と言って、アルゴは爆弾情報だけ残してその場を去っていく。
「あ、そうダ。クラインたちは無事、全員生きてるヨ。じゃ、またナー」
部屋の扉を閉める直前、一言そう言って、アルゴの姿は見えなくなった。
キバオウの行動について謎が残る中、少し気持ちがすっきりした気がした。
「お風呂、上がったよー……って、どうしたの?みんなしてそんな顔して」
何も知らないアスナは俺たちを見て頭に疑問符を浮かべる。
このままよくわからないキバオウのことで悩み続けても仕方ないので、ミトにも風呂に入ってもらったあと、パーティー戦での用語解説と簡単な役割分担だけ決めて今日は解散となった。
次回の更新がいつかは未定ですが、できればボス戦に入りたいな……。