《第1層 ホルンカの村》
デスゲームが開始してから3週間近くとなったある日の夜、宿屋でミトは昼間の出来事を思い出していた。
昼間、ミトはアスナと二人でダンジョン攻略をしていた。そこで二人は、トラップに引っかかって大量のコボルドに襲われているプレイヤーを目撃してしまったのだ。
アスナとっさに助けに入ろうとしたのだが、ミトはそれを止めた。今の自分たちにはもうどうにも出来ない、自分たちも死ぬだけだ、と。結果として、ミトはそのプレイヤーを見捨てることにしたのだ。
ミトはその判断を誤ったとは思っていない。事実、今の自分たちのレベルでは数匹コボルドを倒したところでやられるのが関の山だっただろう。助けに入ったのに自分たちまで犠牲になってしまった、となっては意味がない。
だが、今日の一件でミトは自分たちもああなるかもしれないと思い知った。実際、1度アスナが怪しげな宝箱を開けそうになったのだ。その時はミトが止めたので何も起こらなかったが、もしミトがベータテスターでなければ、ミトがあの時静止しなければ……どうなっていたかは想像に難くない。
「ただいまー、買い出し終わったよ」
その時、買い物に行っていたアスナが部屋に帰ってきた。心なしか、アスナの表情は暗い。
「おかえり……どうかした?」
「ううん、なんでもない。ちょっと待ってね……、って、うわぁ!」
アスナはいつもの笑顔に戻って、戦利品を取り出そうとした。ところがメニュー操作を誤って、買ってきたものが周囲に散らばる。そこにはアクセサリーなどの小物がいくつも混じっていた。
それを見たミトは思わずため息を漏らす。アスナは
「えへへ…、かわいいでしょ。……でも、ちゃんとポーションも買ってきたよ!あそこのお店、品揃えがすごく良かったの」
とメニュー画面いっぱいのポーションを見せてきた。その数の多さに、呆れた様子を隠さずミトは言う。
「だからってこれは買いすぎよ」
すると、アスナは不安そうな表情で
「……不安になっちゃって」
とつぶやく。先ほどミトも昼間のことを思い出して少し不安になっていたのだが、どうやらそれはアスナもらしい。さっき様子が少し変だったのはそういうことか、とミトは判断した。
「昼間のこと?」
「……うん。あんな、あっさりポリゴンになって消えちゃうなんて…。あの人たちは、現実世界でも死んじゃったの?」
確かにアスナの言う通り、この世界では命の価値が軽すぎる。HPがゼロになったら、ポリゴンになって消えて、それでもう終わり。頭で理解はしていたが、その残酷さを、ミトは今日まで知りもしなかった。
「茅場はそう言ったわ。…………私は、このSAOのことを知った気になってたけど、実際は何も知らないのかもしれない」
とミトは言う。そしてその後に、でも、と続けた。
「この世界で死んじゃうのは、レベルが足りてなかったとか、モンスターの知識が足りないとか、注意力が足りなかったとか、……原因があるはずなのよ。あの人たちだって、うかつに怪しい宝箱を開けない注意力があれば、あんな目には合わなかった」
逆に言えば、知識や注意力があって、自分の実力を過信しなければ、死ぬことはない。ミトはそう考えた。
「私はあの人たちとは違う。絶対にアスナを、危ない目には遭わせない」
ミトは力強く断言する。それを聞いて安心したのか、アスナの表情が少し柔らかくなった。
「そうだよね。ミトがいれば安心だもんね」
その言葉に、ミトはうん、と頷いた。
「じゃ、アイテム整理しようか」
「うん。でもその前に……」
アスナがミトの髪留めを外す。留めるものがなくなって、ミトの薄紫の髪が仮想世界の重力に従って真っすぐに垂れた。
「髪型ならメニューから変えられるから…」
「それじゃあ面白くないじゃない。……せっかくだし、私とお揃いにしちゃおっか」
「わ、私には似合わないから。アスナみたいなかわいい人じゃないと……」
「いいから」
ミトのわずかな抵抗もあえなく流され、アスナは三つ編みを始める。はぁ、とため息をついて、ミトは大人しくアスナに任せることにした。
「そういえば、ミトはベータテスト経験者なんだよね。どれくらい強かったの?」
ミトの髪を自分とお揃いのクラウンハーフアップに結び終え、アイテム整理も済ませたアスナは、ミトがベータテスターだと知ってから少し気になっていたことを興味本位で聞いてみる。その質問に、ミトは少し考えてから答える。
「うーん……。いろんな人とパーティー組んだことあるけど、テスターの中ではそれなりに強い方だったと思うよ。ベータテストでの最上階にはいけたし」
ベータテスト終了直前、ミトは第10層のボス部屋に着くべく迷宮区を攻略していたのだ。最後の最後に一人のプレイヤーに追い抜かれてしまったが、ミトのパーティが最前線にいたのは間違いない。
「ふーん…。ミトでも一番強かったってわけじゃないんだ」
アスナのその言葉にミトは思わず笑う。
「私だって、別にゲームが世界一うまいわけじゃないんだから。私より上手そうだなって人たちも何人も見かけたよ」
「へぇ、例えばどんな?」
アスナはどうやらベータテスト時代のことが気になるらしい。どんなって言われても……と内心では思いつつ、ミトは答える。
「そうだなぁ……。……私、最後に第10層のボス部屋前でモンスターと戦ってたんだけど、後から来た片手剣使いにあっさり倒されちゃって、追い越されちゃったのよ。確かその人はボス戦にもよく参加してて、すごく強かったと思う。なんというかこう、動きに無駄がない感じで」
「無駄がないってどんな感じ?」
「極力疲れない戦い方、って言えばいいのかな。無駄に攻撃をしないとか、集中力を使いすぎないように余裕をもって避けるとか。……そういえばその人、確かペアの人がいたかな」
あのプレイヤーは、他の層で見た時はコンビを組んでいたとミトは記憶している。そのコンビの方もかなり上手なプレイヤーだったはずだ。
「その人も強かったの?」
「そうね。何回か一緒にボス戦をやったことがあって、その人も確か片手剣使いだったわ。乱戦の時にすごく強かった覚えがある」
「乱戦?」
「ボス戦だと、取り巻きが何体も出てくることがあるの。そういう時に1人で何体も相手をしてて、すごく助かったわ。今だったら絶対できないと思うけど」
アスナはその様子を頭の中で想像してみる。何体ものモンスターに囲まれて、同時に相手をしなければならない状況……。
「……確かに今だったらやりたくないわね」
「でしょ?……ああ、あとその人、モンスターの目潰しが上手だったかな」
「め、目潰し!?」
いきなり物騒な単語がミトの口から飛び出してきて、アスナは驚く。
「その人《投剣》の狙いがすごく正確で、ボスの目にナイフを投げて攻撃の邪魔をしたりしてたの。ボス戦だと人が多くて危ないから、あんまり使えないらしいけどね」
「ふ~ん、でもミトも《投剣》スキルは持ってるんだし、できるんじゃないの?」
「私には無理かなぁ……。システムがアシストしてくれるのはモンスターに当たるように投げるところまでだから」
《投剣》スキルの少々面倒なところの1つは、部位を狙って当てようとする場合にシステムアシストがあまり役に立たないところである。特に目のような小さい部位に狙って当てるのは、本人の技術がよほど高くないと不可能な芸当だ。
「それにしても、よく覚えてるね、ベータテストのこと」
「まあね。ボス戦に何度も参加してる人はそんなに多くなかったし、結構印象に残ってるかな」
とはいえ、ボス攻略のグループはミトが参加していたところ以外にもいくつかあるので、実際はミトの思っているよりはるかに多いのだが。
「そっか。……その二人も、ほかのベータテスターの人たちも、この世界のどこかにいるんだよね」
「多分ね。二人ともベータテストでやりこんでたのは間違いないだろうし、先に進んでいればそのうち会えるんじゃない?」
「うん、そうだね」
明日も早くから活動を始めるため、二人はそこで会話を切り上げて眠りについた。
そろそろミトとキリトたちの繋がり出さないとまずい、ということでベータの思い出語りを加えました。ここからの展開は未来の自分に丸投げします。
あともうちょっと続くんじゃ。(ここでネペントの話まで終わらせるつもりだったけど思ったより長引いた)