「ぐっそッ……!」
夢は夢でしかない。
そんな事は誰に言われるでもなくわかってる。
でも俺にはただの夢で終わらなかった出来事があるのだ。
そう、アイツが出てくる時だ。
アイツ……ヒトガミだ。
「おい、ヒトガミ!!今も見てるんだろッ!……俺を嘲笑って楽しいか、面白いか!!」
最後に現れたのは俺の肩を叩き、種明かしをした時だ。
あれからもうずいぶんと長い時が流れた。
だが、こんな事をするのは全てヤツの仕業に決まっている。
アイツしかいない。
「出てこいッ!!殺してやるッ……くそっ……ぐそッ……っ」
あんな夢を見せやがって。
なんのつもりだ。
なんの……!!
「ちくしょう……」
俺は拳から血が出るのも構わず何度も床に叩きつける。
拳から紫電が飛び散り、一人寂しく蹲る老人の姿を照らす。
怨嗟、そして悔恨しかない男は、ただただ項垂れ下を見続ける事しか出来ない。
だから気が付かなかった。
老人の頭上。
壊れていない壁画が今の今まで怪しく光っているのを。
老人の膨大な魔力の一部が吸い取られていた事にさえも気が付かない。
それどころか怒りの余り、我を忘れ遺跡を灰燼に帰そうとする。
だが腹に微かな痛みが走り、俺は動きを止めた。
「なんだ……」
服を弄るとほんの小さな木っ端がポケットに入っていた。
ああ、……思い出した。
かつて戦いで砕け散ってしまった傲慢なる水竜王だ。
唯一残った握り手のほんの一部。
「まだ持ってたのか」
こんなもの。
投げ捨てようと思ったがすんでの所で思い留まった。
夢の中でのエリスの泣き顔が俺を冷静にさせる。
そうだ、落ち着け。
ここで諦めてしまってはアイツを殺す事は出来ない。
折角見つけた人神の元に辿り着けるかもしれない唯一の手がかりなのだ。
せめてアイツに一泡吹かせてやらなければ。
「そうか……ははっ!」
思えばさっきの夢はアイツの策略かもしれないな。
俺を激高させ、遺跡を破壊しようと仕向けたのだ。
そうに違いない。
ああ、そうと分かればただ行動するだけの話だ。
俺に残された時間は少ないのだ。
急いで床に散らばった研究データをかき集め始めた。
ほとんどの解析はもう終わっている。
後はペルギウス辺りにでも聞けば確実にわかる事もあるだろう。
そしてもう一つ。
過去へと戻る事が出来るかもしれない過去転移魔術にも至った。
壁画に描かれている魔術を応用すれば、あの時に戻れるかもしれないのだ。
「もしかしたら……な」
薄々勘付いてはいるが、俺はヤツの元へとは辿り着けない可能性もある。
その為の保険だ。
幸い俺は日記をまだ所有しており、これを起点にあの時に飛ぶ事が出来るだろう。
だが、それだけで本当にいいのだろうか。
夢の中での俺の顔が何度もちらつく。
腑抜けて、緩んで、弛み切っている。
自分の大切なものがなくなるなど、一片たりとも思っていない面。
ふと、良い事を思いついた。
時をかける式か、バックトゥー式かは分からないが、備えはしておいた方がいいだろう
俺の研究ノートも日記と共に用意しておこう。
それに全てを書き記しておくのだ。
映画の様に時の因果とやらで、過去に飛んだ俺が記憶を失っても大丈夫な様に。
会得した王級魔術の応用、独自開発の魔術、重力魔術の真髄、応用の飛空魔術、電撃魔術、通信魔術などをだ。
他にもある。
俺が生涯で対峙した全ての敵の戦い方だ。
三大流派の剣の奥義とその対処法。
魔族が持つ能力と伝説の武器の特性。
俺自身を強化するための魔動鎧の製造方法。
後はそうだな。
この過去転移術式の理論もだが、元となった召喚魔術、転移魔術の魔法陣の書き方。
不死魔族をとっ捕まえて研究した老化を抑制する秘術、の出来損ない。
未来で起こりえる俺が知る全ての出来事の詳細な記録。
あの時の俺が持っていさえすれば、粗方の事は解決出来ただろうものだ。
これだけやっておけば大丈夫だろう。
それに研究ノートは日本語と英語を混ぜて書いておこう。
誰かに盗まれても大丈夫なようにだ。
解読出来るのは、俺くらないもの……いや、後は七星もだな。
久しぶりにその名前を思い出す。
ついでに七星が元いた世界への帰還が出来なかった理由の仮説も書いておこう。
あんな出来事が二度と起きないように。
よし、猿でも最強になれる本(俺特化)はこんなものだろう。
後はどうにでもなーれだ。
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頭が割れる様に痛い。
何故だろう。
いや、何故ってそりゃ頭がぱっくり割れてるからさ。
目を開け、頭に手をやった俺は顔中血まみれだった。
「な、なんじゃこりゃあっ!!」
俺は何故か庭の野ざらしの地面に横たわっていた。
理由はすぐにわかった。
隣で風を斬り裂く音を響かせて剣を素振りするエリスがいたからだ。
「起きたのね、ルーデウス!」
エリスが剣を振り上げたまま見下ろしてくる。
その腰には血糊がべったりとついた鞘があった。
え、俺あれでぶっ叩かれたの……!?
でも俺がいたのは玄関のはずだったのだが。
と振り返ればルーデウス邸の玄関は破壊され、見るも無残な有様だ。
あそこからここまで吹っ飛ばされたのか。
いや、よく俺生きてるね!
「エリスさん、ルディを許して下さい!全て私からお願いしたんです!」
「そうです。ルディは悪くありません。やるなら私を」
シルフィとロキシーがエリスの前に跪く。
いかなる罰も受ける所存の様だ。
ロキシーなんか三つ編みを避け、エリスにうなじを晒している。
エリスはそれに唇をちょっと尖らせて素振りを続け、剣速はますます上がっていく。
「私が」ブン「もっと」ブン「満足」ブゥン!「させて」ブゥン!「上げなかった」ブゥゥン!!「のが」ブゥゥン!!「悪いんだわ!!」ブゥゥンッ!!
いやエリスさん。
あれ以上満足させようだなんて、俺きっと死んでるよ。
後で聞いた話によるとエリスはこの時初めて、光の太刀を成功させたらしい。それも鞘付きでだ。
それで今もその感覚を忘れない様に素振りをしていたのだそうだ。
その立役者になれたのなら本望だが、俺の人生での最も大きな負傷が家庭内暴力とは笑えない。
「エリス、言い訳はしない。俺はどうなってもいいから、この二人は許して欲しい」
俺はエリスの足元に跪くと土下座をした。
ふっ、すっかり板についたものだ。
もしかしたらオルステッドに下げた時よりも全力全開だったかもしれない。
「私がそんな事をすると思うの、ルーデウス」
え、いや俺にはすでにされてますけど。
脳みそをぶちまけられちゃってますけど。
エリスは剣を納め、腕組みをした。
「別に怒ってはいるだけで……納得はしているわ」
そして表情はいつものエリスに戻っていた。
「だってルーデウスだもの!!」
それはエリスのルーデウス語録でどのへんの意味なんだい。
てか俺は妻にそんな風に見られていたのか。
信用がなかったのか。
「だってロキシーは前からルーデウスが尊敬していたのはよくわかってたし、シルフィだってルーデウスがずっと探していたのも知ってたもの!」
だからもし俺が手を出すとしたらこの二人だな、と当たりをつけていたそうだ。
エリスは本当によく俺の事を見ていたのだな。
「ルディ。私も今まで気づいてなかったと思ったの?」
そこに母様から声を掛けられた。
振り返るとゼニス達が無様に正座したままの俺を見ている。
「エリスを悲しませないようにって言ったでしょ」
う、心が読める母様にば当然バレてました。
でも母様も秘密にしていたそうだ。
夫婦間の問題だからゼニスも俺が言い出すのを待っていたらしい。
そして二人はゼニスには俺との関係を打ち明けていたらしい。
俺と違って浅はかにも隠し通せるとは思っていなかった。
ずっと真っ直ぐ行って、右ストレートなんて考えてられないしな。
「エリスには悪いと思ったわ。でも二人の気持ちが私には痛いほどわかっちゃうから」
ゼニスは苦笑した。
「でも打ち明けるタイミングも悪かったわ」
なんでもゼニスからこっそりエリスが帰って来るのを聞いていた二人はすぐにエリスに打ち明けたのだそうだ。
ん、どうしてエリスはこっそり帰ってきたのかね。
それにタイミングって何の事だろう。
「本当にわからないなら母さんは悲しいわ。こんな息子に育てた覚えはありません」
え、どういう……。
エリスを見ると、少し顔を赤らめてお腹に手を当てている。
どゆこと。
「夫なら妻の事をきちんと見てあげてなくちゃ駄目よ。二人にしか出来ない事なんだから」
俺はエリスをもう一度見る。
服に隠れているが、腹筋が割れた撫で回したいお腹。
いつもと何も変わらない……いや、なんだかお腹周りが重装備だ。
「子供が出来たわ!」
「え、それって……つまり」
「そうよ、ルーデウスの子よ!」
なんとエリスは妊娠していたのだ。
「え、エリス姉。赤ちゃん出来たの!」
アイシャが驚いている。
やったねアイシャ。歳の近い甥っ子か姪っ子だよ。
「男の子に決まってるわ!」
そうなのかな。
最初は女の子がいいと俺は思うけどな。
思い返せばエリスとはあれだけやりまくっていたのに、全くその音沙汰はなかったのだ。
アスラ王国から冒険者時代の数年間に関わらずだ。
俺の方はあまり気にしていなかったのだ。
子供が出来たらそれなりに二人の時間は無くなってしまうだろうが、出来たら出来たできちんと育てていこうぐらいの軽い気持ちだった。
でもエリスはそうじゃなかった。
俺とは違い、子供が出来ない事についてすごく悩んでいたのだ。
だから、ゼニスに何度も相談をしていたのだそうだ。
母様も俺を産んだ後、ノルンが生まれるまで不妊で悩んだ時期があった。
その時の体験を元に色々とエリスに助言をしてあげていたらしい。
それにしても母様もエリスもなかなか子供が出来ない時期があるとは……。
相手は俺とパウロの血が繋がった親子だ。
あれ、もしかして俺達って種な……いや考えるのはよそう。
そういうわけでエリスは、まずは激しい運動は控えるようにしたそうだ。
後は食事に睡眠に基本的な事。そして次に応用。
そういえば前に帰ってきた時はやけにしっとりとした……。
そして剣の聖地での修行もだ。
厳しい鍛錬はやめ、主体を瞑想に切り替えた。
するとすぐに妊娠の兆候が現れ、こっそり帰って来たのだ。
俺をびっくりさせようとしていたらしい。
それなのに俺が二人と仲良くやってただなんて、逆サプライズを喰らう事となった。
そんなの神が許しても世の妻は普通は許さないだろう。
だがエリスは俺に一発ぶちかますといくらかスッキリしたらしい。
「おじい様だって、愛人がいるもの。許してあげるわ」
貴族の常識ではそれも有りなのかもしれない。
だが、シルフィとロキシーは愛人ではない。
ましてや肉体だけの関係ではない
三人共、平等に愛するつもりなのだ。
「二人とも、結婚したいんだ」
エリスはちょっと驚いたようだったが、すぐにいいわよ、と返事を返してきた。
最初は信じられなかった。
でも、もしかしたらエリスは子供が出来た事によって、何かしらの余裕が生まれたのかもしれない。
エリスは、シルフィとロキシーの方を向いた。
「私が聞きたいのは一つだけよ!」
二人はびしっと姿勢を正す。
「はい」
「何でしょう」
エリスの問いは率直だった。
「ルーデウスのためなら何を捧げる?」
「「命を」」
エリスは二人の真剣な表情を見てから、ゼニスに視線をやった。
ゼニスはしっかりと頷く。
「じゃあ、私から言う事は何もないわ!これからお願いするわね!」
エリスはそうあっけらかんと言い放ったのだ。
シルフィとロキシーを立たせ、握手をしている。
二人共涙を浮かべているのはきっと殺されなかった安堵ではないだろう。
「触ってもいいですか?」
「まだ何も感じないと思うわよ」
「うわあ、ボクもいずれこうなるんだ」
で、女が三人で姦しいというが、なんだか打って変わって急に仲良くなった三人は話に花を咲かせている。
団子は俺だ。
主に俺の駄目な所をくすくすと笑い合っている。
「それは、ルーデウスが悪いのよ」
「そうだよ、ボクもそう思う」
「そうですね。大抵ルディが原因ですから」
そして俺はその聖域から追い出されていた。
エデンを追放されたアダムだ。
だが、何にせよ一件落着だ。
俺は安心して、正座を止めてどっかと地面にあぐらを組んだ。
魔術で血を洗い流し、治癒も施す。
「エリス姉さんが許しても、私は兄さんの事は軽蔑します」
ノルンだけは俺に向ける雰囲気は変らない。
新しいルイジェルド人形で手を売ってくれないかなあ。
「人形じゃなくて……本人なら……」
「え?」
そこにパウロが笑い掛けてきやがった。
「ルディ、お前もとうとう年貢の納め時だな」
だが、パウロ、うしろー!
ゼニスがそんなパウロをにっこりと笑顔で見下ろしていた。
「全く本当に、あなた達親子はそっくりなんだから」
「え、ゼニス。それってどういう……」
パウロが口を半開きにする。
「え、お母さんも子供が出来たの!?」
これにはノルンもびっくりだ。
「奥様、申し訳ありません。今回もです」
「え、リーリャもなの!きゃー!……あら、あなたどこに行こうとしてるのかしら」
「い、いや……カラバッジョ2号の世話に」
天才少女アイシャもノルンも今度ばかりは呆然としていた。
てか、あれだな。
うん。うちは情操教育に悪すぎだ。
さて、そろそろ家に入ろうかと思う。
いつまでもこうしてたらご近所さんにいらぬ誤解を生むだろう。
積もる話が終わらなそうな妻たちを呼びに行かなくては。
一歩踏み出そうとした。
その時、来た。
いつもの予兆だ。
だが、今度は今までに感じた事がないものだった。
激しい怒り、後悔、孤独。
今ある現実が崩れ去りそうな悪寒だ。
今立っている地面が薄氷の上で、ほんのちょっとの間違いで踏み抜き壊れて、取り返しがつかなくなる。
怖くて一歩も動き出せなくなる。前世と同じだ。
俺に今度は何をしろというのだろう。
いつもと違い、具体的な事は何も思い浮かばない。
ただ気を引き締めろ、油断するなと言っている様な。
だが、最近は特に危機というものはこない。
目下の敵である人神もオルステッドの配下となってからは現れていない。
だが、まあそれが不気味ではある。
オルステッド曰く、あいつは自身の為ならどんな事でもする奴だと。
どんな小細工を弄しているのかわからない。
もしかしたら俺の身近な人が手先となっている可能性だってある。
守護霊獣で聖獣を呼び出しても安心は出来ない。
お前のほんの小さな選択が、大事なものを失わせる。
予兆がそう告げているのだ。
だから後悔しない様に、やり直しは存在しないのだと。
そこで予兆が止まった。
今までで一番大きく、そして長いものだった。
だからこそだろうか、もうあれが最後の様な気がする。
今まで俺を助けていたものがなくなったのだと悟った。
全くこれからも問題は山積みだというのに。
ラプラスの復活までに色々準備をしなくてはならないのだ。
その為にアリエルを王座につけなきゃいけないし、ペルギウスを味方につける必要がある。
サウロスに曾孫を見てもらうまで死なれちゃ困るし、ロキシーの実家にも挨拶に行かなくてはならない。
「ふっ、見物ですね」
ロキシーさんや、何の話だろうね。
後はゼニスを追ってくるミリス教もなんとかしなくちゃいけないし、神子の呪いも解決しなくてはならない。
デッドエンドの不始末をつけなきゃいけないし、スペルド族の汚名もはらさなきゃいけない。
生まれてくる子供達の為に家を増築、いや別宅を建てないともいけないし、四人用のベットを今すぐ発注しなくてはならない……いや、そっちはしばらく自重しよう。
考えただけで目眩がしそうだ。
到底一人では処理しきれない。
でもそれでもいいか。
今までが人生二回目の様に、いや実際に二回目だけど、一人で上手く行き過ぎてたのだ。
俺一人の力で無理なら誰かの手を借りるまでだ。
そうして生きていくのだ。
いずれ来る最後の日まで。
本気で生きたと後悔なく胸を張って生きていこう。
視線の先では三人が俺を待っている。
何も恐れる事はない。
何だか楽観的な気分になる
もうすぐ何かがやって来て心配事を解決してくれる様な。
1時間ドラマで必ず事件を解決してくれる刑事の様な安心感だ。
もう何も怖くない、そう言いたくなっちまう何かだ。
エリスとシルフィとロキシーの三人が一緒にいてさえくれればきっと上手く行く。そんな気がする。
俺は一歩を踏み出した。
ー完ー
……一応
なんと怪しい電波の発信源の正体は老デウスでした!みんなわかったかな?
以上で一応完結となります。
この後は老デウスがやって来て、夢が現実であった事に涙したり、研究ノートで俺が考えた最強のルーデウスが黒くて素早いやつや、どこぞの英雄志望と互角の闘いを繰り広げる事でしょう。
もしかしたら老化抑制の秘術を完成させラプラス戦役まで生きてたり、直接人神とご対面できるかも知れませんね。
もしくは過去転移魔術でデッ○プールの様な存在にもなりそうです。
また妄想が膨らんだり要望があれば書きたいと思います。
書いていてとても楽しかったです。
本家様本当にありがとうございました。