「下着泥棒?」
グレイラット家の平穏は、シルフィのある一声によって搔き消された。
時刻は早朝。場所はルーデウス邸のダイニングだ。
我が家は、いつも食事は家族揃ってで、と決めてある。
で、今日も例に漏れず全員で朝食を取るつもりだったのだが、ちょっと今日は様子が違う。
大きなダイニングテーブルの上座に座った俺は、目の前のものを見つめていた。
「わ、悪かったわよ」
エリスが隣の席から、申し訳なさそうな声を上げる。
それもそうだろう。
俺の前には黒焦げとなった朝食が鎮座しているのだ。
その正体は、アイシャ謹製の改良型デッドエンド米だ。
「もう、エリスは手を出さなくていいって言ったのに」
「だって、……他に出来る事もないし」
後ろでシルフィがアイシャと協力して、慌ただしく朝食を作り直している。
エリスはへこんでいるのか、いつも真っすぐな姿勢が少し曲がっていた。
きっと、エリスはじっとしている事に耐えられなかったのだろう。
臨月を迎えたお腹は大分大きく、散歩はともかくいつもの剣の修行は出来ないのだ。
うちのアイシャが厳しく目を光らせてるからな。
そういう訳で何か出来る事を、と思い料理をしてみたらしい。
だが、結果はごらんの有様だよ。
「俺の分はいらないよシルフィ。中の方なら無事な部分もあるし」
俺はダークマターを覗き込んで、おこげだと思えばなんとか食べられる部位を発見した。
きっと、エリスは冒険者らしく焼けばよかろうなのだ理論でやってみたのだろう。
でも、お米を炊くという作業は、これでなかなかに奥が深いのだ。
「え、ルディ。それはさすがに焦げすぎだよ」
「いや、せっかくアイシャが作ってくれたお米なんだ、無駄にはしたくない」
「お兄ちゃーん!ありがと!」
さすがに妻の愛情もこもっているとは言えなかった。
エリスの体がますます小さく、曲がっていく。
これ以上はお腹の子供にも悪いだろうと思い、俺はエリスに声を掛けた。
「エリスも気持ちだけ受け取っておくよ、ありがとう」
でも、もうやめてね。
お願いだから、ね。
この家、火災保険入ってないから。
「今度作る時は一緒にしようね。ボクもルディにご飯を作ってあげたい気持ちはわかるから」
「……そうね。よろしくお願いするわ」
「では、わたしもお願いします」
ロキシーまでやる気を出してくれている。
俺ってやっぱ愛されてるんだわ。
じゃあ、今度はおにぎりをお願いしようかな。
味付けはいらないよ、素手で握ってくれるなら。
なんだか考えただけでもう喰った気分だ。腹ァ、いっぱいだ。
「では、いただきます」
作ってくれるのは嬉しいけど、ご飯派の布教活動はいまいちなのだ。
俺以外は朝食は皆パン派の為、新しいパンが焼き上がったら朝食は完成だ。
涙を飲みながら、俺は黒焦げの物体から無事な部分をほじくり返し始める。
そんな時にシルフィが話を切り出した。
「最近、女子寮で下着泥棒が出るんだ」
「下着泥棒?」
へー、下着泥棒ねぇ。
「……何故、皆さん俺を見るんです?」
気づくと四人の視線が俺に注がれていた。
「えっと、ごめんね。ルディ」
シルフィがごまかす様に謝った。
真摯に謝られても逆に困る。
いや、確かに!なんか疑われた事はあったけども!
「あれはリニアとプルセナがやった事だからね。俺は無罪だからね」
前に絡んできた二人を、俺とシルフィの無詠唱ゴールデンペアで倒したのだ。
その後、奴らは献上品と称して、俺に下着を送り付けてきた事があった。
もしかして、また俺が犯人と思われているのだろうか。
たまったものじゃない。
断固抗議する。
「違う、違う。ルディを疑ってるわけじゃないんだよ」
シルフィは首を振り、否定した。
「でもルーデウスはパンツが好きだわ」
いや、それは語弊があるよエリス。
俺はパンツが好きなのではない。
好きな子が履いているパンツが好きなのだ。
見ず知らずの女の子のパンツまでは、さすがに興味はない。
「ルディはそんな変態みたいな事はしないですよ」
ロキシーは俺を庇ってくれた。
そうだとも、俺は誰かの下着を盗むなんて行為した事は断じてない。
ん、何故にアイシャさん、ばちこんとウインクしておられるのかね。
あ、御神体の事を忘れていた。
「ごほん、アイシャ。いつも美味しいお米をありがとな。時に最近欲しいものはないかな?」
「ん~と、最近お気に入りの食器のお店を見つけたんだよ。出来ればセットで買ってくれないかな、ダメ?」
「いいとも、なんでも買ってあげようとも」
「やった!」
アイシャは満面の笑みで喜んでいる。
シルフィはそれに訝しんだ表情で、聞いてきた。
「えっと、どうして急にそんな話に?」
「いや、なんとなく。そんな事より下着泥棒がどうしたって?」
ただいつも頑張ってくれているアイシャに唐突にお礼がしたくなっただけだ。
何もおかしな事はない。
「う、うん。前々から女子寮では奇妙な出来事が起きてたんだ」
「奇妙?」
「そう、自分の下着が新しい物とすり替わってるっていう事が度々起きてたんだって」
え~と、つまり泥棒が下着を盗み、そっくり同じ物を置いていったって事か。
「それも同じデザイナーの物で、傷み具合も同じ様になってたんだ」
「それは……どのくらい発生していたんですか?」
ロキシーは顔を嫌そうに歪ませながらシルフィに聞いた。
「えっと、正確にはわからないんだ。違和感に気づいていた人もいたんだけど、あまりにも奇妙だから誰にも言えなかった人が多いんだ」
確かにね。それに気付いていない人も多いだろう。
俺だって自分のパンツが入れ替わってたりしても、気付かない自信がある。
あれ、これ昨日履いたパンツだっけ、なんてこともしょっちゅうだ。
まあ、男ならそんなものだろう。
「よく知らないけど、女性の下着だって安くはないだろ。よく用意できたよな」
「そうなんだよ。それに高価な下着ほど目を付けられてたから、犯人は裕福だとは思うんだけどね」
エリスは腕組みをして、少し首を捻った。
「そんな苦労して盗んだ下着で何をするのよ」
「それは……変な事だよ」
俺は言葉を濁した。
きっと犯人は、盗んだ下着で色々と楽しんだ事だろう。
もし売るためだったとしたら、その奇妙な行動は事件の発覚を恐れての行動だとは思うけど、大層な手間だ。
もしかしたらそういう行動自体に喜びを得る変態さんかもしれないが。
「ぞっとする話ですが、その様な事が可能なのでしょうか?」
「うん、そこなんだよね」
ロキシーの鋭い質問に、シルフィを悩み声を上げた。
そういえば、俺もいつだったか女子寮で下着問題で揉めた事があったなあ。
女子寮付近では、男子が近づくのをかなり警戒していた記憶がある。
「あまり言いたくないけど、内部の犯行なのかな」
「わからないよ……、それに最近は入れ替えずにそのまま盗んでいく様になったんだ」
女子寮内での犯行なら比較的容易いが、シルフィは疑いたくないらしい。
「って事は今度の犯人は違うって事か?」
「それか、ボク達が警戒し始めたから、取り換える時間がなくなったとかかも」
シルフィは、とても困っている様子だ。
なんとかしてあげたいと思っていると、シルフィはこっちを向いた。
「それで、ルディには犯人捜しに協力して欲しいんだ」
「え、俺に? それは全然構わないけど」
俺だって、もし疑われているのなら疑惑を晴らしたいし。
そして、シルフィは次に驚きの事実を告げてきた。
「実は今回、アリエル様の下着も盗まれてしまったんだ。それもボクが洗濯していた時に……」
それは一大事じゃないか。
アスラ王国王女の下着ともなれば、さぞや利用価値があるだろう。
「ボクの責任なんだ。すぐ傍にいたのに犯人を取り逃がしてしまって……」
シルフィはうなだれた様に、小さな声を絞り出す。
「アリエル王女は許してくれたんだけど、ボクは自分の事を許せないんだよ」
シルフィはぐっと手を握りしめた。
俺は知っている。
シルフィがどんなに真剣にアリエル王女の護衛を務めているかを。
「これは警護の問題にもなってくるんだよ。特にボクはこれからアリエル様の傍にいられなくなるから」
そうなのだ。
実はシルフィとロキシーにも、それぞれ妊娠の兆候が現れたのだ。
ロキシーは学校から産休をもぎ取るとして、シルフィにはアリエル王女の護衛という大事な任がある。
前に結婚式を挙げた時に、アリエルはシルフィに辞めても構わないと言ってくれたが、シルフィは子供が生まれた後もアリエルの護衛を続けるつもりだ。
うちのしっかり者のシルフィさんは、働く女性なのだ
「実はアリエル様は、今度の生徒会選挙に打って出るつもりなんだ」
そうだったのか。
そういえばもうそんな時期だ。
「アリエル様が王座につくには、有力な貴族や商人との基盤を作れる生徒会長の座は絶対に必要なんだよ」
アリエル王女は別に遊学のために、ラノアくんだりまで来ているわけではないのだ。
アスラ王国に戻り、兄弟と王位継承権争いに立ち向かわなければならない。
といってもまだまだ準備不足で、先日ペルギウスにも鼻先で門を閉められた所だが。
「それなのにアリエル様がいる女子寮で問題が起きているのは、選挙活動に悪い影響があるんだよ。だから、なんとしてでも解決しなくちゃいけないんだ。お願いルディ!」
「いいよ。シルフィの頼みとあればいつでも、どこでもだ」
俺もオルステッド様より、アリエルを王座につけるようにと仰せつかっているしな。
異論はない。
不埒な変態など、例え紳士であっても逮捕してやろうではないか。
「私も行くわ! 犯人を斬ればいいのよね!」
「エリス姉は駄目に決まってるでしょ」
腕まくりしたエリスは、早速アイシャに止められた。
むう、とエリスは不満そうに唇を噛み締めているが、仕方がないだろう。
生まれてくる子供の為にも、いい知らせを持って帰ってやろう。
「あ、今蹴ったわ」
「アルス君も行きたいのかなあ」
アイシャがエリスのお腹に手を当てている。
きっとエリスに似て元気な子供だろう。
出来れば生まれて来る時は、エリスの傍にいてやりたい。
出産の時、傍にいてやるだけでも違うとの父さん談もあるしな。
「ルディ、もしかしてオルステッド様の用事があったりする?」
「いや、大丈夫だよ」
シルフィの心配は杞憂だ。
元々、社長の仕事は不定期だし、最近はご無沙汰だ。
今はようやく試用期間が終わり、実力を元に適正な職場を見繕っているのかもしれないけど。
でも、エリスが臨月だという事は伝えているのだ。
もしかしたらオルステッド様も色々と気を回してくれているのかもしれないな。
「シルフィの為なら、一肌だって二肌だって脱ぎましょうとも」
「わたしも及ばずながら犯人逮捕に協力します」
こうして俺とシルフィ、ロキシーは学校に向かったのであった。
シルフィ回です。