「ではわたしは、教師陣から情報を集めてきますね」
学校に到着後、ロキシーと別れた俺達はアリエルの元に向かうことにした。
どうやらアリエルは、空き教室で俺を待ってくれているらしい
そりゃ、そうだよな。
まさか女子寮にお邪魔させてもらうわけにもいかないだろう。
「あれ、兄さん。学校に来てるなんて珍しいですね」
その時、廊下ですれ違ったのは我が妹ノルンだ。
こら、人を引きこもりみたいに言うんじゃない。
兄ちゃん、傷つくぞ。
「今日はボクがルディに頼んで、アリエル様の所に向かってるんだ。例の事件の事でね」
「シル……フィッツ先輩。その事でしたか。早く犯人が捕まって欲しいですよね」
ノルンはシルフィの名前を言い直す。
俺とシルフィが結婚した事は、まだ一部の人間にしか知れ渡っていない。
つまり、シルフィはまだ学校ではミステリアス美少年フィッツを演じているのだ。
「兄さんが何かお役に立てたらいいのですが……」
ノルンの視線と言葉はなにやら辛辣だ。
実は不倫騒動の後、まだ仲直りがうまくいっていない。
兄の威厳は失墜したままだ。
「そうだ。アリエル様にこれを渡していただけませんか?」
「うん。いつもありがとうね、ノルンちゃん」
ノルンは幾つかの書類をシルフィに渡している。
そういえば、生徒会の手伝いをしているとか言っていたな。
という事は、今は選挙会実行委員の様な事をしているのだろう。
あの小っちゃなノルンがこんなにも立派になって、鼻が高いよ。
「そういえばノルンは、生徒会選挙は誰に投票するつもりなんだ?」
と聞いてはみたものの、誰が立候補してるかすら知らない事にはたと気が付いた。
まじで最近は、本業が忙しすぎて学業が疎かになっているな。
学校を出よう!ではなく、学校に行こう!だ。
「私は公平な立場でいなくてはいけないので……出来ればアリエル様になって欲しいですけど」
真面目な表情で言っていたノルンだが、ぼそっと最後に呟いた。
うん、素直でよろしい。
「では、兄さん。アリエル様に粗相のない様にお願いしますよ」
失礼な事だけはせんといで下さいよ!としつこく言い残し、ノルンは去っていった。
そんなに信用ないかな、俺って。
そして普段アリエル陣営がたむろしている教室に到着した。
ちょっと言い方が悪いな。
シルフィが教室のドアをノックすると、扉が開かれる。
俺はシルフィの後に続いて、教室に入った。
「ルーデウス様。本日はご多忙の中、よくおいで下さいました」
アリエル以下、総勢六名のお出迎えだ。
中央の椅子にアリエルが陣取り、その周囲をずらりと従者達が取り囲んでいる。
美貌といいカリスマ性といい、誰もがこの姿は生徒会室にあるべきだと思う事だろう。
見知った顔は何人かいる。
エルモアさんにクリーネさん、後は名前はあまり覚えていないな。
以前、俺が窮地を救ったアリエルの従者達だ。
ここにはいない者達は、学外で色々と活動しているそうだ。
「いえ、アリエル様のご下命とあらば」
「またご冗談を。妻であるシルフィの願いだからでしょう」
アリエルはくすくすと笑った。
確かにそうでもある。
もうシルフィとは結婚したから、アリエルに弱みを握られているわけじゃないしな。
「久しぶりだな、ルーデウス」
「ええ、ルーク先輩も」
そして、一人だけいる男の従者はルークだ。
ちょっと俺は苦手意識を持ってしまっている。
家の事もあるが、なにせ現時点で最も疑わしい使途候補だからだ。
老デウスの日記にも書かれているし、オルステッドも太鼓判を押したほどだ。
とはいってもシルフィとロキシーとの結婚式の時に、ルークは母さんと会っていて、一応思考を読んだのだ。
ところが奴はヒトガミの言葉の一欠けらも知らないどころか、脳内メーカーはほぼ女性の事で埋まっているらしい。
まあ、まだなだけなのかもしれないが。
「さて、話はすでにシルフィから聞き及んでいると思いますが」
「ええ、下着泥棒の件ですね」
アリエルはゲン〇ウポーズを取ると、話を切り出した。
真正面の席に座った俺は、それに頷く。
雰囲気はシリアスだが、残念ながら話している内容は一国の王女が関わるものではない低俗なものだ。
「思い起こせば今回の事件は、私が生徒会選挙に立候補すると公にした時が始まりだった様なにです」
「下着を取り換える事なく、ただ盗むという仕業に切り替わった時期がという事ですよね」
朝、シルフィから聞いた話を思い出す。
犯人の行動パターンが変わったという事。
そしてアリエル自身のものも盗まれてしまった事。
女子寮での事件が段々と大事になってきている事。
それらを複合して、アリエルは生徒会選挙が何らかの要因だと疑っているわけか。
「はい。となるとその狙いは私がいる女子寮で不祥事を起こし、私のイメージダウンを狙った敵対候補者の仕業かと思われるのです」
「では、他の立候補者が犯人の可能性が高いと」
「ええ、それか犯人とかなり関わり合いが深いと考えております」
確かに、理にはかなっている。
別に下着泥棒以外にも、やりようはあると思うのだが。
でも発生時期もそうだし、アリエルの言う通り以前から続いていた下着泥棒と今回の窃盗事件は何らかの繋がりがありそうだ。
誰かが、それを選挙戦で上手い事利用しているのというのは正解かもしれないな。
「ルーク」
アリエルの指示で、ルークが書類を差し出してきた。
二枚ある。
他の候補者の人物の詳細な情報が記されているらしい。
「拝見します」
俺はとりあえず黙々と目を通すことにした。
どうやら目星の対象は二人。
一人は男性で、アスラ王国の上級貴族の三男だか、八男だかだ。
名前は、ユンゲル・ホワイトゴート。
ああ、そういえば前に会った事がある。
三つ上の先輩だ。
ギャルゲーで二番目に人気になりそうな、眼鏡をかけたすましたイケメン野郎だ。
俺ほどじゃないがな、とルークが顔で主張してきそうなので無視する。
もう一人は女性。
こっちは平民出身だが、実家はかなりの豪商で一人娘らしい。
名前は、エイダ・ケルストア
以前デッドエンド商会と資本提携をしたいと持ち掛けられた事があった。
かなり傲慢で我儘な性格だった記憶が残っている。
まあ、昔のエリスに比べれば、そよ風みたいなものだったが。
「なるほど。この二人の内、どちらかが疑わしいと」
後の立候補者共は有象無象らしい。
そしてアリエルが大差をつけて、この二人が後に続くと。
いや、どう考えても最終的に選ばれるのはアリエルだろう。
二人ともそれなりの地位や金があるが、アリエルに勝てるほどではない。
「例え障害がどんな小さな芽でも、早いうちに潰しておきたいのです」
俺の思考が顔に出ていたのだろう、アリエルは念押ししてきた。
「それに私のものが盗まれて、ただで済ますとお思いですか?」
あ、はい。
その目が笑っていない笑顔は、二度と拝謁したくありません。
「そこでルーデウス様には是非、犯人を捕まえていただきたいのです」
「わかりました。協力いたしましょう」
シルフィから軽く話を聞いた限りでは、犯人はかなりの手練れらしい。
なにせ、魔法装備に身を固めたシルフィから、逃げおおせたのだからだ。
追い付いたと思った時には、まるで魔法の様に犯人の痕跡は残っていなかったらしい。
だがラノア魔法大学は、無法地帯極まるホ○ワーツとは違うのだ。
そうそう、魔法の様に消え去ってたまるか。
何かしらの証拠がきっと残っているはずだ。
「協力……だけですか。犯人は神出鬼没、なおかつ学内一の魔術の使い手であるシルフィでも捕まえる事が出来ないほどなのですよ」
アリエルは俺の言葉に、期待外れとばかりに視線を落とした。
シルフィはアリエルの言葉に悔しそうに俯いて、手を握りしめる。
「失敗は許されません。もし次に犯人を取り逃せば、私の信頼は地に落ちるでしょう」
特に守護者であるフィッツに向けられる目が厳しくなるだろう。
アリエルの女性票を半分支えているシルフィの信頼がなくなるには非常に困る訳だ。
その為に、俺と結婚している事をシルフィは公にしていないのというのに。
推しのアイドルが結婚してたらファンが離れるって奴だ。
「では、そうならない為に何が必要かわかりますか。ルーデウス様」
「え~と、全力でという事でしょうか」
俺はいきなりパワハラ上司に質問された新入社員の気分になった。
アリエルは一体どんな答えを求めているというのだろうか。
「シルフィの夫であり、デッドエンドの首領であり、龍神の配下であろうあなたが、その程度でよろしいという事ですね」
「え」
アリエルの厳しい言い草に、冷や汗が垂れ始めた。
いや、勿論全力でやるつりだよ。
アリエルが選挙にかけている気持ちも、シルフィの気持ちもわかっているつもりだ。
「いえ、犯人逮捕の為ならなんでもいたしましょう!」
こうなったらやけくそだ。
赤竜の上顎、封鎖できません!とか叫んでやろう。
「なんでも、ですね」
その言葉が聞きたかった、とばかりにアリエルは頷いだ。
「ではルーデウス様には女装をして、女子寮で犯人を捕まえてもらいます」
ん、今何と?
「ですから、ルーデウス様には女装をして、女子寮で犯人を捕まえてもらいます」
大事な事なので二回ry。
この人は何を言ってるんだ。
柔軟剤を使いすぎて、ついに頭が狂ったか。
「じょ、除草……除装ですか!?」
「いえ、女装です」
アリエルの表情は至って真面目だった。
「ちょ、ちょっと待って下さい! 万一、俺が女装するにしてもバレバレに決まってるじゃないですか!」
確かに俺の顔は、母さんに似てベビーフェイスだ。
だが、この鍛え抜かれた鋼の肉体まではごまかせれないはず。
「アディエラ、前に出なさい」
そこにアリエルの指示で、一人の女生徒が進み出た。
かなりの長身で、冒険者でもやってそうながっしりした女性だ。
身長はほぼ俺と同じ位で、髪も同じ栗色だ。
「アディエラは普段、学外で諜報活動をしていますが、この為に昨日、この学校に入学させました」
そうするとアディエラは、すっと学生証を取り出してきた。
記入されている名前は、どこか見覚えがあるものだ。
「今からルーデウス様は、ルディエッタ・ブラックホークです」
「る、ルディエッタ……」
つまりはこの嘘の女生徒の身分で活動し、犯人を逮捕しろと。
受け取った俺は思わずよろめいた。
それを慌ててシルフィが支えに近寄ってくれる。
「この名前はシルフィが万が一、ルーデウス様の愛称を呼んでもごまかせるためですよ」
いや、アリエル様。そんな誇らしげに言わなくても。
「シルフィと夜茶会を繰り広げ、悩みながらも必死に名前を考えました」
「う、うん」
あ、あれ。
ってことはシルフィは最初からこの流れを知ってたって事なのか。
「それと、シルフィ。あれは持ってきていただけましたか?」
「はい、ここに」
シルフィはそこで懐から見覚えのある指輪を差し出してきた。
あ、あれは女性の雰囲気になれる指輪じゃないか。
いつぞやの暗殺者の遺品だ。
確か、ロキシーが調査したいからと、何日か前に渡していたはずだ。
それをどうしてシルフィが持っているのだろうか。
「これをつければ男性でも女性だとごまかせるとか。ルーデウス様がいかに暗殺者に巧みに騙されたのかを熱く語っておられた話を思い出しまして、ロキシー先生にお借りするようにシルフィに頼んでいたのです」
次にアリエルの従者達が、女性用の制服を用意しだした。
あ、俺のギャルゲやらのセンスを取り入れた制服だ。
ちなみに〇袋はナナホシに却下された。
「質の悪い冗談ですよね……?」
駄目だ、取り囲まれた。
ハーレムに慣れている筈の俺でも、これは怖い。
「ルーデウス様が覚悟が決まらないと言うのなら手伝わせて頂きます」
「そうだ。ルーデウス、覚悟を決めろ。……ぐふっ」
ちょっと待ってルーク先輩、何故鍵を閉めるんです。
てか、最後に噴出してんじゃねえ!
なんでもしますとは言ったが、なんでもするとは言ってない!
「い、1度持ち帰って上司と相談してからに」
「逃がすとお思いですか?」
アリエルはにっこりとした笑顔のままだった。
「い、いやああああああッ!」
教室に男の悲鳴が響き渡る事となった。
そして、男の尊厳として下着だけは死守した俺はしくしくと泣いていた。
女生徒の制服を着せられ、床に崩れ落ちている。
ちなみに自前の髪では長さが足りないとつけ毛まで取り付けられた。
「ルディ。もうちょっとだから動かないでね」
そして今は正面のシルフィから化粧をさせられているのだ。
アリエルの従者達もきゃっきゃと嬉しそうに俺をおもちゃにしている。
もうお嫁にいけないわ。
いえ、もうありがたい事に嫁いでるんだったわ。
「こんな所かな」
そして鏡を渡された俺は、自分の生まれ変わった姿を見た。
あらやだ、ただの女装だわ。
ひいき目に見ても、これで女に見えるとは思えない。
「あ、指輪をつけなくちゃね」
そういうとシルフィは俺の手を取り、偶然か左手の薬指に嵌めてきた。
うん、なんだろうねこれ。
男装した女性に、女装した男性が指輪を嵌められる絵図。
凛々しい仕事姿のシルフィに惚れちゃいそうだ。
「ほう」
そこで初めてルーク先輩が声を驚きの声を上げた。
この場にいるまともな男は今はルークだけだ。
もしかして指輪の効果が発揮されたのだろうか。
「無人島で十日くらい二人っきりで放り出されたら目がようやく慣れるレベルだな」
「そりゃ、そうでしょうね」
どうやら大した効果はないようだ。
ルークは何故か俺と余り目を合わせないようにしているが。
「ごめんね、ルディ。でもアリエル様の命令だから」
そして、シルフィは最後に申し訳なさそうに手を合わせてきた。
きっとシルフィも俺とアリエルの間で板挟みとなって悩んだ事に違いない。
でもその割には楽しそうにしていたが。
「ま、まあ。いいんだ。シルフィの為なら」
死にかけの老婆の様な声しか出ないけど。
シルフィの為に一肌脱ぐとは言ったが、まさか本当に脱がされるとは思ってもみなかったよ。
そしてアリエルとその一味は、用は済んだとばかり、片付けをさっさと終わらせた。
最後にアリエルは、俺に向かって深く会釈すると、にっこりと笑顔を浮かべてくる。
「では、ルディエッタ。これからよろしくお願いいたしますわね」
くそっ。こうなったら、俺も腹を括るしかないだろう。
よくってよ、アリエルお姉さま。
こうして俺のお姉さまに恋してる編は、始まったのだった。
なんとファンの方がルディエッタの絵を書いてくれました!
……すみません、冗談です。
ご想像でお楽しみ下さい。