教室を出た俺は、びくびくと辺りを伺う。
シルフィの後を隠れる様に、かさかさと移動を始めた。
怪しいことこの上ない。
「ルディエッタ。きょろきょろしてたら怪しまれるよ。逆に堂々としてなきゃ」
シルフィは経験からなるアドバイスをしてくれた。
でもね、シルフィエットさんや。
女性が男装しているのと、男性が女装しているのでは天と地ほどの差があるんだよ。
もしばれたら俺の色々なものが終わる。
社会的地位とか、男の尊厳とかね。
「ほ、ほんとに、大丈夫かな?」
「大丈夫、ちゃんと女の子に見えるよ。可愛い、可愛い」
俺の心配をよそに、シルフィは私が育てたみたいな、自信満々な顔で言ってくる。
いやいや、ばんなそかな。
お前の様なオンナがいるかと、言われるに決まっている。
ああ、不安でならない。
でも、心配は杞憂だった様だ。
廊下で行き交う人が増えるにつれ、俺は肩の力を抜いていった。
確かに、視線を向けてくる人はいるにはいる。
だが、どちらかといえばシルフィ、いやフィッツに向けられる事の方が多いのだ。
「ほらね」とばかりに、シルフィは目線で合図を送ってきた。
そうだよな。
ゴリアーデさんだって、ちゃんと女子寮で棲息してるんだ。
うん、俺だっていけるはずだ。
「そこの君!」
だが、そんな風に油断していると、呼び掛けにびくっと肩を震わせる羽目になった。
振り返ると、一人の男子学生が俺に視線を向けている。
「そう、君だ。見かけない顔だと思ったのでね」
いきなりノックスの十戒を守ろうとばかり、犯人候補その1が現れやがった。
ユンゲル・ホワイトゴートだ。
監督生のバッチを胸に付けてそうな奴は、高圧的な物言いで近づいてくる。
「君、名前は何と言う」
「……る、ルディエッタ・ブラックホークです(震えた裏声)」
詰め寄られ、思わず名乗ってしまった。
すると奴はふぁさっと髪を掻き分け、首を痛めたポーズを披露してきやがる。
「私の名はユンゲル・ホワイトゴート。これでもアスラ王国で有数な貴族の出だ」
「は、はあ(心底どうでもいい)」
「ルディエッタ。突然だが家名のホワイトとブラック、まるで裏表一体ではないか。どうだろう、運命を感じないか?」
「ひっ……」
アスラ王国の男はこんなのばっかか。
生憎、お前に感じるのは悪寒だけだ。
ユンゲルの視線が、俺を舐めまわす様に見てくるのがわかる。
もしかして、俺こいつにロックオンされてるのか。
狙い撃ちされちゃうの!?
「失礼」
そこで、すっとシルフィが割り込んでくれた。
俺を守る様に、ユンゲルとの間に立ち塞がる。
フィ、フィッツせんぱぁい!
「なんだお前は。……アリエル様の。ふんっ、従者風情が」
おい、今俺のシルフィになんつった。
眉間に皺が寄り、およそ女子にあらぬ表情を俺は浮かびかける。
それにシルフィが気付いた。
慌てて俺の手を掴み、ユンゲルに頭を軽く下げる。
「彼女を案内中ですので、失礼します」
シルフィは低い声で手短に告げた。
早足で俺の手を引いてその場を離れ始める。
ちっ、命拾いしたな。
素早く生徒の波に紛れ、ナンパ野郎を撒く事に成功したのだった。
「ルディ、怒っちゃ駄目だよ!彼は容疑者なんだから、疑われないようにしないと」
「……大丈夫だ。問題ない」
俺をキレさせたら大したもんっすよ。
だが、今度うちのシルフィに舐めた口を聞いてみろ。
岩砲弾を奴のケツにぶち込んでやる。
「それにしても、やっぱりルディの変装は完璧だね。絶対に騙されてたよあの人。いつものルークみたいだったもん」
シルフィはすごいとばかり、嬉しそうに語ってきた。
う、今思い出してもぞわりとする。
そういえば、奴の調書には性的嗜好も調べてあったな。
確か、母性を感じさせるな高身長な女、と書いてあった気がする。
「これは……犯人逮捕も近いかもしれないな」
奴が犯人なら、アリエルの狙い通り俺のブツを狙ってくるだろう。
ふっ、男に惚れたあいつと、惚れられた自分が哀れでならない。
俺は遠い目をして、とりあえず現実逃避する事にした。
それにしても、この指輪の威力は恐ろしいね。
もしかして女性に変身出来るのではなく、男を魅了する効果なのだろうか。
ふと、そこで俺の姿が窓ガラスに映った。
あらー、あたしっ意外と綺麗系のお姉さまに見えるじゃない!
それから、その姿のまま授業を受ける事となった。
他の生徒をも欺く為だ。
一応、まだ犯人は決定していないしな。
俺がぼろを出さない様に、今日一日シルフィが傍にいてくれるらしい。
「に、兄さん」
「ルディ?」
そこで、どさどさっと本が落ちる音が響いた。
それも教室の前後二ヶ所でだ。
見ればノルンとロキシーが、驚愕の表情で俺を見つめている。
なんと、この授業はロキシーが担任だったのか。
ノルンも授業を取っていた話を以前聞いていたのだが、完全に忘れていた。
「ルディ……。それは、むが」
「先生、ちょっとお話が!」
慌てて俺はロキシーを、シルフィがノルンに飛びついた。
教室の外に出て、人がいない廊下の隅で口を抑えていた手を離す。
「兄さん。自首しましょう。今ならまだ間に合いますから!」
「ルディ。もしかして誰かにいじめられてるのですか!?」
二人とも、青ざめた表情でわなわなと震えている。
「ロキシー、ノルンちゃん。実は……」
シルフィは、事情を説明し始めた。
二人はとりあえず事情は、呑み込めたようだ。
良かった。俺の尊厳は守られたよ。
「正気ですか、シルフィ姉!」
「わたしもあまりいい考えとは思えません。確かに指輪の効果は絶大ですが」
だが両者とも、納得はなかなかしづらい様だった。
当然だろう。
信じて送り出した夫と兄が、変態女装野郎になって帰ってきたなど俺でも嫌だ。
「全く誰ですか。こんなあほみたいなアイディアを思いついたのは!?」
残念だが、ノルン。
お前の信奉するアリエル様だよ。
「お願い二人共、秘密にして欲しいの。犯人逮捕の為なんだ」
「そんなの兄さんじゃなくても、私が幾らでも協力しましたのに……」
シルフィのお願いに、ノルンは拗ねている。
ロキシーは深々と溜息をついて、さすルディと言いたいばかりだ。
「女装の件はともかく……どうも心配です」
「うん。だから女子寮じゃ、ルディが変な事しない様にきちんと見張っておくよ」
「え」
「そうですね。ルディは女性関係に関しては、余り信用がないですからね」
「え」
「アリエル様の為なら仕方がないです。私も兄さんがこれ以上道を踏み外さない様に尽力します」
皆さん、そっちの心配ですか。
犯人逮捕の成否よりも、俺の動向が気になりますか。
別に、女子寮の風呂に潜入したりなんかしませんよ。
「でも、もしこれで犯人を逮捕出来なかったら、兄さんを一生軽蔑します」
「が、ガンバリマスワ」
こうしてなんとか、学内での協力者二名を得たのだった。
それにしても、何故ばれたのだろうか。
もしかして、知り合いだと女装の効果は薄いのかもしれないな。
そうすると、他に学内での知り合いというと……。
俺は決してぼっちではない。ちゃんとあと四名ほどいる。
……うん、通報されない内に、先に事情を説明しておいた方がいいかもな。
そうして二人の協力もあって、なんとかその後の学生生活を乗り切ったのだった。
ようやく放課後となり、俺は女子寮にとやってくる。
いよいよ本丸だ。
「ここで、まるで魔法の様に見失ったんだ」
まずは女子寮に入る前に、周囲の探索を行ってみる事にした。
シルフィの案内で、犯人の足取りを調べてみた。
なんでもアリエル王女の下着が盗まれたのは四日前の事。
シルフィが洗濯をし、ベランダに干し終わり部屋の中に戻った隙を狙われたらしい。
一瞬の間に下着はなくなり、慌てていると下で足音がしたそうな。
すぐにシルフィは飛び降りて、足音を追いかけたのだ。
だが、もう夜遅いこともあり、犯人の顔は見る事が出来なかったのだ。
そしその足取りも、今いる建物の影で完全に見失ったと。
チャラララーンラン♪チャラララーンラン♪
あ、BGMの選曲を間違えた。
これじゃ、な〇でも鑑定団だ。
「たぶん、犯人は小柄だった様な気もするんだ」
「ふむ。小柄かもしれない、と」
「ベランダまで上ってきた気配はなかったと思うから、下から魔術で盗んだと思うんだよね」
「なるほど。魔術の使い手、と」
「それに最後に姿が消えたのも、何らかの魔術かと思うんだ。姿をくらませる魔術に心当たりはないかな」
「う~ん」
無詠唱魔術でも、虚〇の魔法の様な事は出来ない。
もしかしたら、何らかの魔力付与品の効果かな。
透明マントがこの世界にあるのなら、是非に欲しいが。
「え~、今回の犯人は実に手ごわいです」
「そんな……。ルディでも難しそうなの?」
「バーロー、そんな弱気で犯人が捕まるか」
俺にはでこっぱちの部下も、角が生えた幼馴染もいない。
それでも俺とシルフィなら、無敵の無詠唱コンビならやれるはずだ。
「ちょっとそこの貴方達!手伝って下さらない!」
気合いを入れ終わった所で、いきなり声を掛けられた。
見れば女子寮の入口に、大量の荷物と男に囲まれた女生徒がいる。
どうやら取り巻きの男子生徒と、その贈り物らしい。
「これを、わたくしの部屋まで持っていって欲しくてよ」
犯人候補その2、エイダ・ケルストアだ。
なんとも傲慢そうな顔で、顎で命令してきやがった。
生憎、縦巻きロールの友人は間に合っている。
それに俺達は、あんたの召使いじゃないんだが。
「おやめなさい」
そこに一人の女性の先生が通りかかった。
あ、あなたはマクゴナガル、じゃなくてマルグリット先生!
確か、魔術史学を教えている先生だ。
「ラノア魔法大学は平等を謳っています。一人の生徒の横暴は許されませんよ」
「……じゃあ、どうしてそこのフィッツは女子寮に住むことが許されてるいるのかしら」
お、鋭い指摘だった。
マルグリット先生は、うっと口ごもる。
「……彼はその、特例なのです。私も学長に直訴はしているのですが……」
「ふん、ほらやっぱり。大人は皆口ばっかりだわ」
シルフィは少し、居心地が悪そうだ。
本当は女子だと明かせるのなら明かしたいのだ。
でも、それも選挙が終わるまでの我慢だ。
「もういいわ!貴方達、いらないから捨てて頂戴!」
えー!と愕然としする哀れな男達。
エイダはぶりぷりと、怒りながら消えていった。
どうも、アリエルに何らかの確執を持っていてもおかしくはない様子だ。
「貴方達も、問題を起こさない様にしなさい」
マルグリット先生は疲れた様子で去っていった。
苦労している様子が伺える。
人柄はいい先生なのだが、授業はつまらないのだ。
あまりの人気のなさに俺も眠くなり、授業を取るのをやめた記憶がある。
さて、ようやく俺は女子寮に乗り込んだ。
う~ん、なんか男子寮とは感じが全然違うな。
なんだろう、もう雰囲気自体が違うね。
「ルディ、よそ見しちゃだめだからね、女子寮じゃ無防備な人も多いから」
「イエスマム。気を付けます!」
「うむ、よろしい。じゃあ、女子寮にも協力者がいるからまずは会いにいくよ」
「ほう」
ロキシーとノルン以外に、先に用意してくれていたのか。
そして向かった先は、リニアとプルセナの部屋だった。
何だ、協力者とはこいつらのことかよ。
「ニャハハ、まじでボスが女装してるニャ!」
「うわ、ファック野郎なの」
部屋に入った途端、嘲笑われた。
どうやらすぐに、俺だとわかったらしい。
いくら見た目を変えても、獣族の鼻は誤魔化せれない。
特に今も、ちらちらと見える二人の胸元に目が行っちゃうしね。
オスの匂いがするというやつだろう。
ごめんねシルフィ。女装してても男の性なの。
「問題ないニャ。皆にルディエッタの事は、男狂いだと言ってあるニャ」
「そうなの。エリナリーゼと同類と言っておいたの」
「徳に今、熱を上げてる相手はボスといってあるニャ」
男臭くても誤魔化せる方法はこれだった。
女性でも、その……致した後はそれなりに男の匂いが残るらしい。
それを利用した上手い嘘だ。
またもやエリナリーゼさんと同類に扱われるは。
それに、お相手は俺自身かよ。
まるで俺が俺に不倫してるみたいじゃないか。
うわ、頭痛くなってきた。
こうして俺はビッチなお姉さんとなったのであった。
「それにしてもボスの姿、傑作ニャ。これで前にやられた溜飲が下がったニャ」
リニアは、腹が痛いとばかり笑い転げている。
まだ、こいつは痛い目が足りていないようだな。
「おい、リニア。斜め七十七度の並びで泣く泣く嘶く七班七台難なく並べて長眺めって言ってみろ」
「うん? ニャ、ニャニャメ、ニャニャジュッ、ニャ痛ッー!!」
ふん、ざまあみろ。
俺はぎろりと、二人を睨みつける。
「こいつらが犯人って事はないよな、なにせ前科もちだし」
「それはないよ。犯行時刻にアリバイはあったからね」
リニアとプルセナは心外だとばかりに首を振る。
「あちしらも困ってるニャ」
「私達のも盗まれたの。被害者なの」
二人も表情を改め、是非犯人を捕えて欲しいとすり寄ってきた。
「お前らなら、自分の鼻で見つけれるんじゃないのか」
「無理ニャ。色んな匂い混じって判別つかないニャ」
ちっ、使えない奴らだ。
「頼りにしてるニャ、ボス」
「大丈夫なの。これなら馬鹿な男は騙されるの」
ぐっと親指を立ててきた二人であった。
お前らにそう言われると、逆に心配になってきたよ。
そしてようやく俺は、用意された部屋に行く事になった。
二人部屋だが、アリエルが手を回してくれて今は同居人はいない。
「さて」
準備を整えると、俺は暇になった。
後は犯人が、のこのこやってくるのを待ち受けるだけだなのだ。
部屋には家具はベッドくらいしかないのに、ベランダに吊るしてある下着がシュールだ。
「もしかして、あれってシルフィの?」
「うん。その……あんまり見ないでね」
シルフィは恥ずかしそうに、俺の視線を逸らそうとする。
いや、もっと恥ずかしい姿をすでに見ているのだけどね。
でもちょっと風情が変わると、どきどきシチュって奴だ。
「じゃあ、犯人が現れるまでルディは待機だね」
犯行時刻は大抵は、夕方から夜にかけて。
洗濯物を干し終わり、人通りも少なくなる時間。
ちょうど今くらいの時間帯だ。
「今までの傾向からいくと、必ず犯人は一週間以内に犯行を行うんだ」
「え、それってつまり今日現れない可能性もあるって事?」
となると俺は最低でもあと三日は、この恰好で生活しなきゃいけないって事なのか。
「えっと、今日一日の話じゃなかったの?」
「うん。犯人逮捕までこのままでいてもらわなきゃ」
まじか。
話が……違うっすよ……。
「じゃあ、ボクはそろそろアリエル様の所に行かないと。ルディは部屋から出ちゃ駄目だからね。良い子にしてるんだよ」
「あい……」
こうしてドキッ!女だらけの女子寮生活はスタートを切ったのだった。
うわ、5千字書こうとすると長すぎる!