かくして女子寮の監督室に、容疑者七名が集められた。
騒然と話し声が上がる中、一際大きな声を放つ者がいる。
「どうして、わたくしが疑われないといけないの!?」
エイダ・ケルストアがぷりぷりと、髪を振り乱している。
他の六名の反応も、それぞれだ。
困惑する者、憤慨する者、不安気な者。
しかし、どの人物も心当たりなどないという表情だ。
「どういう事か説明して下さらないかしら!」
そして、全員の視線は、この場を仕切るアリエルに向けられた。
俺はというと添え物だ。
すでに、取調室の壁の飾りと化している。
何人かラフな格好の女性が居る為、目に毒いや、保養だ。
「ルディエッタさんは、ちょっとあっち向いていて下さい!」
「あ、はい」
シルフィの代わりに俺を監視するノルンから、厳しい声が上がった。
男のフィッツとしては、シルフィはこの場にはいられないからだ。
ノルンがあっという間に、全員部の羽織るものを用意してしまった。
別に惜しくなんかないさ。
さて、そんな事より、取り調べの時間だ。
「ですから、事情は先ほど説明いたしました通りです。
こちらのルディエッタさんの下着が盗まれた時間帯、女子寮にいたのはあなた方だけ……。
という事はこの七名の中に、犯人がいる事は自明です」
アリエルの凛とした声が、部屋に響く。
おお、なんかかっこいいな。
だが、全員が心外だとばかり、否定し始める。
全く、犯人は皆そう言うんだよなぁ。
……いや、犯人じゃない奴もそうか。
「まずは、一人一人のアリバイを確認していきます。勿論何故女子寮にいたかの理由もです」
「なんで、そんなしなきゃいけないのかしら! あなた、いくらアスラ王国の王女とはいえ、勝手が過ぎるのでは!」
犯人否定派筆頭のエイダが、アリエルに嚙みついてくる。
おお、こわ。
真正面から女子に睨まれると、オルステッドとは違う凄みがある。
てか、男子がいない時の女子ってこんなのなのか。
「では、協力しないというのならば、ケルストア先輩。あなた自身が犯人だと認めますか?」
「そんなわけないでしょう!」
「では、自分の身の潔白の為にも、協力して頂きます」
アリエルはさらりと躱し、一人目の確認に取り掛かった。
俺も被害者の身分を利用して、顔を伏せながら全員分のアリバイを聞いていく。
しかし、七名が語った女子寮にいた理由は、たいしたものではなかった。
忘れ物があったり、上着を取りに帰ったりなど。
あとは、女性特有のもので、一日中寝込んでいたりだ。
「ありがとうございました」
そして、アリエルの感謝の言葉の締めくくりで、全員分の取り調べが終わった。
……困ったな。
こいつが犯人だという決め手は、何もなかったのだ。
なにせ全員、アリバイを証明してくれる人もいなければ、各自俺の部屋に近づく機会などいくらでもあったのだ。
つまり、捜査は行き詰まりとなった。
「で、まだ解放して下さらないの?……第一、本当に盗まれたのかしら」
「どういう事でしょうか?」
エイダの指摘に、アリエルは首を傾げる。
「そもそも、下着など盗まれていなくて、アリエル。貴方が仕組んだ事ではなくて?
例えば……生徒会選挙の敵対候補であるわたくしに、罪を被せるとかかしら」
「そんな事は、ありえません」
当然ありえないだろう。
別に、アリエルは裏工作などしなくても、エイダに選挙で負けるはずがない。
それくらいの人気の差があるのだ。
「いえ、ありえるのよ。それで、どうするのかしら。
これから犯人候補全員の自室を盗まれた下着がないか、調査しますの?
そうしたら、きっと都合よく出てくるのでしょうね、わたくしの部屋からとか」
エイダは、挑発するように腕を組んだ。
しかし、ありえないだの、アリエルだの、ややこしいな。
それにアリエルは首を振り、別の提案をする。
「では、私達とは無関係な方に調べて頂きます」
「無関係だと証明できる方が、この場にいらっしゃるのかしらね」
うーむ、犯人候補筆頭エイダは、なかなかしたたかだ。
こんな言い方をすれば、もし盗んだ下着が自室で見つかっても、アリエルが仕組んだものだと、いくらでも弁明出来るじゃないか。
アリエルも形勢が不利になったのを感じている様だ。
このままじゃ、決め手がない。
「別に調べればいいですわ!そうしたらはっきりしまものね!
でも、もし見つからなかった場合、わたくし達の名誉を汚した行いを、どう責任をとられるつもりなのかしら!」
「それは……」
アリエルは口ごもった。
確かにこれで犯人がわからなかったら、アリエルの信用が地に落ちる。
この騒動の噂は、明日には学内に広まるだろう。
まずいな。
「兄さん……」
ノルンが小声で、不安そうに呟き、袖を握ってきた。
なに、大丈夫さ。
アリエルだって、これから起死回生の一手を持ってるに決まってるよ。
しかし、アリエルはちらっと俺に視線をやるのみだった。
あれ、持ってない……?
あ、そうか。
起死回生の手って、俺じゃん。
じゃなきゃ女装なんて茶番をしなくても、犯人をすでに捕まえてるはずだ。
俺はノルンを安心させる様に、そっと手を握り一歩前に出た。
「皆さん、私の為に争わないで下さい。うぅ、盗まれた私が悪いのです」
よよよ、と袖を噛み、泣き崩れる演技をする。
全員が少し気が逸れたのか、哀れな大女に少しは同情する空気が生まれた。
なに、必要なのは少しの時間稼ぎだ。
「気分を変える為に、お茶にしましょう!」
俺は、パンと手を鳴らした。
ナナホシ用に取ってあったソーカス茶を振る舞う事にする。
全員が味に微妙な顔を浮かべた所で、俺は自室へと戻った。
最強の助っ人を呼ぶためだ。
日が沈んでいく中、校門の前で俺は待っていた。
待ち時間は三十分ほどのはずだ。
その間、ノルンにあの場の事はまかせておいた。
俺の冒険者時代の、すべらない話を披露してくれているだろう。
「失礼、お嬢さん」
気もそぞろな待ち時間の後、俺に誰かが声を掛けてきた。
気障な感じで、話しかけてきたのは俺のマイダディ。
パウロだった。
「ルーデウス・グレイラットという人物と待ち合わせをしているのだが、ご存じないだろうか?」
全く、俺だと気づいていないらしい。
この世界のイケメン基準である顔の、斜め四十五度傾きが腹立たしい。
このまま、騙したままいける所まで、いってやろうかしら。
「あらあら、いつから私の息子は娘になったのかしら」
そこに登場したのは、マイマザーだ。
ジローに乗って、頬に手を当て俺達を面白そうに見ている。
さすが、グレイラット家の女性陣は、ぽんこつ男性陣とはものが違う。
「あ、息子?……っておま、ルディなのか!?」
父さんは、慌てて跳び退った。
顔が青ざめている。
「ええ、そうですわよ。お父様」
「お前、何やってんだ!気持ちわりぃ!」
「失礼なっ!」
これでもお肌の手入れは、毎日1時間!
女性の所作、裏声、その他もろもろは及第点だ!
「ルディ。別にそっちの道に進むのは止めないが、父さん心の準備がだな……」
「はあ、違うよ、父さん。これはアリエル様の計略だって」
とまあ、冗談はここまでだ。
俺は大分、お腹が大きくなった母さんに向きなおる。
「母さん、無理言ってすみません。体調は問題ない?」
「大丈夫。まだ、出産まで時間はあるわ。それに大事な息子と娘の頼みだもの。
私の、この呪われた力が少しでも役に立つのなら、いつでも呼んで頂戴ね」
「ありがとう、母さん」
頭を下げ、女子寮に案内する事にした。
ほんとに頼りになる両親だ。
俺も、こんな風に子供の危機に颯爽と、駆け付けられるようになるだろうか。
ちなみに、父さん母さん呼びも敬語を使うのもやめたのも、立派な父親になる為だ。
いつまでも子供扱いじゃ、一人前になれないしな。
ああ、でも……、今から俺がマタニティブルーになりそうだ。
女子寮の前には、アリエルとシルフィ、それにルークが待っていた。
騒ぎを聞きつけて、ルークも来たのだろう。
パウロの姿を見て、少し驚いている様だ。
「アリエル・アネモイ・アスラ様。ご無沙汰しております。パウロ・グレイラットと妻のゼニスです」
パウロは、さっと前に出て見事なアスラ王国貴族流の礼をした。
長年のブランクがあるとはいえ、見事なものだ。
ゼニスも頭を下げようとした所、アリエルが慌てて前に出て止めた。
「ご自愛下さい。今日は私の為にきて頂き、感謝いたします」
ちなみにアリエルには、母さんの能力の事は秘密にしている。
表情や、仕草から嘘を見抜ける技術があると嘘をついた。
何かと神子ってのは、ばれると厄介だからな。
アリエルは母さんを気遣って、さっそく女子寮に入っていく。
残されたのは男性達だ。
おっと、シルフィと今の俺は違ったな。
「叔父上……」
そこで、ルークがパウロに向けて、呟いた。
そういえば、俺の結婚式で顔を合わせて以来のはずだ。
あの時は、ゆっくりと落ち着いて話す機会はなかった。
「確か、ルークだったよな。……そうか、あいつの息子か」
パウロは、弟の面影をルークに見たのも知れない。
表情には少し郷愁が見て取れた。
「なんだ、そんな浮かない顔をして……ピレモンの奴から、俺の悪い噂ばかり聞いてるんだろ」
「いえ、……父はあまり叔父上の事を話さなかったもので」
ルークは目を逸らした。
でも、ピレモンと父さんの仲は悪かった。と前に聞いている。
その環境で育ったルークが、父さんに何も思わないはずがないだろう。
「まあ、噂は本当だ。俺は長男なのに貴族の責務を投げ出して、逃げたくそったれだ」
父さんは、ルークの肩をぽんっと叩いた。
「だからな。今後も俺は、家に戻るつもりはないし、ノトスの名を名乗る事も一切ない。
それだけは奴に伝えておいてくれ」
「はい……」
ルークは神妙に頷いた。
心の中のわだかまりは少しは溶けたのだろうか。
ルークの表情が、少しは明るくなった様だ。
「……でも、俺はあなたの事を尊敬しています。転移事件に巻き込まれながら、家族どころか、フィットア領の領民を助けた事を」
「ありゃ、俺の息子がやった事だ。俺は大した事は……」
「ですが、捜索団を結成したのは叔父上だ。俺は、一人の男として尊敬します」
ルークと父さんは、がっしりと手を組み、笑顔を交わした
うわぁ、イケメンとイケおじの組み合わせだ。
あれ、黄色い声がどっかから聞こえるな。
見上げると、女子寮の窓が開き、眼下のやり取りを覗かれていた。
腐ってやがる。見られてたんだ。
俺の存在は邪魔だとばかり、手で無下に下がれと合図をされる。
あの、俺もこの二人の一族に連なる者なんですが……。
「ルディは、中の事をお願い。この二人にはボクがついておくから」
「わかった。頼んだよ」
シルフィに任せておけば、大丈夫だろう。
それになんだかんだ、二人は似た者同士だ。
酒でも酌み交わせば、きっと馬が合うだろう。
頭上の白熱するカップリング論争を無視し、俺は女子寮に戻る事とした。
監督室の中に戻れば、女子会の真っ最中となっていた。
取り囲まれているのは母さんだ。
妊娠という事について、全員興味津々なのだろう。
ノルンが、思春期特有の気恥ずかしで身を縮めている。
ありがたい事だ。
犯人捜しで険悪だったムードは、吹っ飛んでいた。
それに軽い口調で、下着泥棒の話題も上がっている。
これなら、母さんも浮かんできた思考を拾う事が出来るだろう。
そして、宴もたけなわ。
盛り上がりすぎたのか、寮を監督する先生達が現れた。
蜘蛛の子を散らすように、逃げていく生徒達。
そして、部外者がいる事をマルグリット先生に問い詰められる。
しかし「性教育です」の一声と、昨今の学内の性教育の薄さ、無計画な避妊率の話など滔々と、やけに詳しく語るアリエルに圧倒され、お咎めなしとなった。
で、父さんが待つ校門に、母さんを送っていく事となった。
よし、これでようやく犯人について聞ける。
「で、誰が犯人でした?」
「えっと、疑われていた七人だけど、誰も心辺りはないみたいよ。
質問しても帰ってくる思考は知らないって声だけよ。もちろん、他の生徒たちもね」
だが、母さんの言葉は予想を裏切るものだった。
「え、いや。ほんとに!?」
「ほんとにほんと。みんな良い子達ばかりだったわよ」
うっそーん。
俺としたらエイダか、それか小柄な小人族の女の子かと疑ってたのに。
だが、思考の神子たる母さんを誤魔化せたとは考えづらい。
「という事は……この事件は、迷宮入りだ!」
確かに、女子寮の内部の犯行のはずなのだ。
そして、アリエルの腹心の部下が、侵入者を見逃したとも思えない。
やはり、あのユンゲルの仕業か。
もしかして、ねんりきの使い手だったり。
「ねえ、ルディ」
母さんが、知恵熱を出す俺を気遣う。
「ルディは子供の頃から賢くて、大人以上に鋭い所があったのよ」
「そう、だったかな」
「そうよ。でも、それが良くない所でもあったわ。子供らしい柔軟な発想がなくて、
気難しい学者先生を相手にしてるみたいだったのよね」
母さんは楽しそうに昔の事を話す。
まあ、おっしゃる通り、中身はおっさんですから。
さもありなん。
「だから、まずは凝り固まった思考を解して、初心に帰る事をお勧めするわ」
「初心か……」
母さんの言う通りかも。
確かに、俺の曇りなき眼は曇っていたかもしれない。
最初にアリエルに、敵対候補の資料を見せられた時からだ。
はなから、ユンゲルやエイダを犯人だと思い込もうとしてしまっていた。
「ルディならきっと大丈夫よ」
母さんは俺の頭を撫でてきた。
昔してきたみたいにだ。
俺は甘んじてそれを受け入れた。
ああ、さすが母さんだ。活力が湧いてくる。
「シルフィちゃんも、先生のロキシーちゃんもノルンだっているんだから、
もっと皆を頼りなさい」
そう言って母さんは父さんと帰っていった。
俺は、母さんの言葉を反芻しながら、寮にと戻る。
顎に手を当て、灰色の脳細胞を活性化しようとした。
ピコリン!
その時だった。
天啓が来た!!
なるほど、……そういう事か……。
いるじゃないか、怪しまれる事なく、監視の目から逃れられる人が。
俺の心の中でぎいいい、と軋みを上げながら扉が閉じていった。
次の日。
全身黒タイツの人物が学校内を歩いている。
もちろん比喩だ。
その人物は廊下を差し掛かろうとして、はっと足を止めた。
じっと壁際に身を隠し、聞こえてくる会話に耳を澄ます。
「聞いた?女子寮の下着泥棒の犯人が捕まったって!」
「ええ~、そうなの!知らなかった~。それで犯人は誰だったの?」
「生徒の誰からしいけど、秘密なんだって」
「え~、つまんないニャ。それより、どうやって犯人がわかったニャ?」
「自白したのよ、ほんとは証拠が見つかってないんだけど、状況証拠で追いつめたんだって。あ~あ、犯人の人、投獄されちゃうらしいよ、もしかしたら死刑になるかも」
「うそなの。だって下着盗んだだけなの」
「うーん、お偉いさんの子のまで手をつけちゃってるからニャ」
「助かる方法ないのかな、だって自白なら違う可能性もあるでしょ」
「そうよね、可哀そうだわ。盗まれた下着がどっか、別の場所で見つかったら捜査が進むかもしれないんだけど……」
そこまで聞き、黒タイツは慌てた様に身を翻した。
学内を早足で歩いていく。
すれ違う生徒たちが挨拶をするも無視され、奇妙な眼差しで見送る。
そして、黒タイツは校外に出て、裏にある森に辿り着いた。
誰にも見られない様に、左右を警戒して森の中に入っていく。
そして、ある木の一角で足を止めた。
傍に落ちてある木片を使い、地面を掘る。
なかなか進まない作業に、苛立ちを感じさせながら掘り進めた。
そして、埋まっていた小さな箱を取り出す。
それから箱を開けて、にやりと笑みを零した。
中に入っている物を取り出す。
手に握られているのは下着だ。
「そこまでです!」
そこにかっと明かりが照らされた。
黒タイツの人物は眩しそうに、顔を手で庇った。
その際、持っていた下着を掲げてしまう。
「まさか、あなたが犯人だったとは……」
茂みをかき分けて現れたのは一人の女生徒だった。
女性にしては高身長で大柄の部類だ。
そして、進み出た女性は、びしっと人差し指を突き付ける。
「真実はいつも一つ!」
ルディエッタ・ブラックホークだった。
ことよろです。
もうすぐ終わりますけど。
コナン面白いですよね。