その日は、クリフとザノバの三人で呪いについて研究をしていたのだ。
勿論、呪い持ちであるエリナリーゼとゼニスのためにだ。
両者ともただ生きるだけなら問題はないが、普通の生活を送るためならなんらかの対策が必要になってくる。
「天才である僕でもなかなか難しいな」
クリフはミリシオンで俺達と別れた後、エリナリーゼにふさわしい男になろうとしていたそうだ。
その後、家のごたごたが始まる前にシャリーアにやって来たのだ。
最初は俺に対抗意識をむき出しにしていたのだが、今では切磋琢磨出来る親友となった。
「しかし、エリナリーゼ殿の同様の対策を師匠の御母堂様にもすればいいのでは?」
ザノバは手元の人形をいじって壊してしまっている。
こいつもこいつで神子としての能力には困っているのだ。
怪力ではうまく人形を作れないしな。
何か良い手でもあればいいのだが。
「あれはリーゼ専用に調整したものだからな。それにあの形ではな」
「確かにそうですな」
エリナリーゼの魔道具の事だろう。
ゼニスの能力は、目が合った相手の思考を無意識に読み取ってしまうものだ。
抑制するポイントが違う。
「眼鏡か……」
俺は呟いた。
眼鏡型にしてみるのはどうかなと思ったのだ。
それに自由に能力のオンオフが出来るのが理想だ。
なぜならゼニスの能力はオルステッド様曰く拾い物だからだそうだ。
相手が誰であれ目さえ合えば、考えている事を見抜ける。
そう、人神の手先かどうかわかるのだ。
実際、俺を狙ったアスラ王国の刺客が客を装ってグレイラット邸まで来た事があるのだが、すぐさまゼニスが正体を暴き、事なき事を得た。
でも日常生活では不便だ。
道行く人全ての思考が頭に入ってしまうのは苦痛でしかないだろう。
「眼鏡型か、なるほど。あの人形の積層構造魔法陣を応用すれば出来るかもしれないな。よし、ナナホシの研究と同時並行で進めてみよう」
何やらクリフは俺の言葉からヒントを得た様だ。
すぐさま猛烈な勢いで何かを紙に書き始める。
ザノバはザノバで自分の作業に熱中し始めた。
なぜだろう。
偶に、二人といると俺はとても申し訳ない気持ちになってしまう事がある。
何か大変な事をやらかしてしまった様な。
何かに間に合う事が出来なかった様な。
「二人とも、ありがとな」
自然と言葉が出た。
「当然だろう、ルーデウス」
「そうですとも、師匠」
なんともいい奴らだ。
後で必ず差し入れでも持っていこう。
帰り道、俺は昼間にシルフィとロキシーそれぞれに呼び止められた時の事を思い出していた。
「ルディ、後で絶対に来てね」
「先に行ってますから」
お互い示し合わせた様に指定したのは俺の家だった。
どうやらシルフィとロキシーは互いに、俺との関係について知っている様だ。
俺も無理に隠そうとはしていなかったからな。
そんな器用な真似はまず無理だ。
何やら含みのある言い方を二人ともしていたので、何か隠し事をしているのだとまずは思った。
二人はよくグレイラット邸に来ていたし、家族ぐるみの付き合いだ。
誰かのサプライズパーティーでも計画していると思ったのだ。
でもノルンとアイシャの誕生日は終わったし、俺も祝われるような覚えはない。
さて、なんだろうね。
この時の俺はかなり抜けていたに違いない。
そして軽い気持ちで帰ってきた我が家。
全員集合だった。
「え?」
そう、思いもよらない人物がそこにいたのだ。
エリスだ。
アイエエエ!!ナンデ!?
予定ではまだ帰ってくるには早いはずだけど。
いや!それよりも!
シルフィとロキシーが目を閉じ腕組みしたエリスの前に座っているのだ。
覚悟完了した表情で。
「ルーデウス、こっちにいらっしゃい」
母様がいつぞや見たポーズでテーブルに呼んできた。
隣ではパウロがにやにやした表情でこちらを見てくる。
おい、救ってやった恩を忘れたのか。
そしてノルンからは、自慢の兄ですといつも言っていたのが嘘のような軽蔑した目を向けられている。
「兄さん。最低です」
アイシャは逆にわくわくした表情を隠しきれておらず、リーリャさんはメイドの鏡の様に隅の方に佇んでいた。
聖獣様は尻尾を丸めて隠れてしまっている。
当然、俺の味方はいるわけない。
「ルディ。もう黙ってる事は出来ないから、全てを話したよ」
「私もどんな処罰でも受ける覚悟です」
この事だったかー。
俺がなかなか言い出さない事にしびれを切らしたのだろう。
耐えられなくなったシルフィとロキシーはエリスに全てを打ち明けたのだ。
「ごめん、エリス……」
俺はうなだれた。
エリスがどんな気持ちで俺から離れて、一人修行に出掛けたのか俺が一番わかってあげなくちゃいけない事だったのに。
いや、もう謝る資格もないだろう。
「ごめん」
言い訳はしないと決めた。
確かにシルフィに関しては、アリエルの策略だと言い張る事も出来たかもしれない。まあ、無理がかなりあるが。
でもロキシーは自分の意志だ。
まるで運命に導かれるようだったといってしまいたくなるほどに。
そうなる事が必然だったのだと言い張りたくなるほどに。
どんな選択を俺がしていたとしても、この三人とは結ばれるはずだったんじゃないかと俺は思う。
誰が欠けてでも駄目だし、誰かを優先しすぎても駄目なのだ。
心が締め付けられ、痛みを感じるほどの何かが俺を突き動かしたのだ。
いや……なんだか何を語っても不倫男の屁理屈にしか思えないな。
そうだな。
どんな事象があったにせよ、エリスを裏切っていい理由にはならないはずだ。
「ごめんって。それだけなんですか!エリス姉さんが今までどんな思いだったか……っ!」
ノルンが玄関で頭を下げた俺に叫んだ。
「ノルン。それはノルンが言う事ではないわ」
それをゼニスが止めた。
エリスを見て、どうするのか問いかける様に。
そうだ、エリスは先ほどから何をしているのだろう。
俺はちらと視線を少しだけ上げた。
エリスの姿勢は変わっていなかった。
背筋を伸ばし、腕を組み、まるで瞑想する様に目は固く閉じられている。
エリスの苛烈な性格を知っているだけに、俺は次の瞬間における惨事を思わず想像してしまった。
予見眼を発動。
エリスが立ち上がるのを見越した俺は、二人を守ろうと一歩踏み出した。
だがエリスはずかずかと、俺の方にやってきたのだ。
俺よりやや高い身長に、つり上がった眦、短かった髪は肩まで伸びている。
そして俺の前に仁王立ちで立った。
まるで初めて会った時の様だとさえ思った。
でも、エリスの目の端に涙が浮かんでいるのに俺は気が付く。
今まで目を閉じていたのはそれを隠す為だったのだ。
その時は、俺はとんでもない事をしてしまったのだとようやく自覚した。
「ぐすっ……頑張ったのに……」
エリスの声にいつもの張りはなかった。
だから俺は再び謝ろうと頭を下げようと、いや土下座をしようとした。
だが、発動したままの予見眼がエリスの動作を捉えてしまった。
腕を振りかぶった姿勢。
思わず俺は腹をかばってしまった。
エリスの通常必殺技ボレアスパンチが来ると思ったのだ。
でも何を勘違いしていたのだろう。
エリスはもうあの頃とは違うのだ。
次期剣王と噂される存在。
それも狂がつく奴。
ただの拳で済ませるはずがなかったのだ。
予見眼がエリスの太刀の軌道を見抜き、いや無理だった。
ああ、エリス。
ついに、光の太刀習得出来たんだね。
などと思う間もなく、俺の無防備な脳天に直撃した。
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頭が割れる様に痛い。
何故だろう。
俺は冷たい床に倒れ伏したまま唸った。
喉がいがらっぽく、声が出てこない。
それどころか、体の節々が痛みを訴えてくる。
ああ、くそ。
俺はさっきまで何をしていたのだろうか。
そうだ。エリスだ。
「っ痛ってえなあ……エリスの奴。思いっきりやりやがって……」
俺は唸る様な声で呟いた。
そうだ。あいつに頭をやられて……。
エリス……あれ。
俺はさっきまで誰といただって。
ふと思考が止まった。
「何を言ってやがる俺は……」
エリスはとうの昔に死んだじゃないか。……俺を庇って。
俺は目を開けた。
冷たい石造りの暗い部屋に俺は倒れ込んでいる。
誰も傍にはいない。
魔大陸の山奥。
古代龍族の遺跡。
探し求めていた壁画の下だ。
どうやら俺は気絶してしまっていたらしい。
研究に没頭しすぎていたせいだろう。
思えばもう何日も食べていない気がする。
「くっ……そ」
目線の先のかろうじて見える自分の手。
戦いに傷つき、皺ができ、老いた手だ。
俺はその手を力一杯握りしめた。
「夢……だと。……おい、嘘だろ」
そんなのないだろ。
何故あんな夢を今更見るのだ。
見てしまったのだ。
二人の妻は生きており、エリスもいる。
それどころかパウロもゼニスも家族全員が無事なのだ。
まるで自分の願望を全て叶えたかの様な世界だ。
そこで自分は笑ってやがる。
何も知らないかの様に、悔恨などないかの様に。
ふぬけた面を浮かべてへらへら生きてやがる。
「ぢぐしょお……」
皺だらけの顔を涙が伝って地面を濡らす。
俺は目を閉じた。
忘れない様に、失わない様に。
少しでもあの光景を長く留めておく為に。
夢落ちなんてサイテー!ですかね。