エアグルーヴとダジャレ魔 作:ルドルフとはダジャレで仲良くなれそう
エアグルーヴのトレーナーの朝は、決まった時間に鳴るスマートフォンのアラーム音で始まる。
もぞもぞとベッドの中で動き、アラームを止める。
「起きよう・・・」
誰にも聞こえない声量で呟き、ベッドから身を起こす。時刻は5時40分。
眠い目を擦りながら、洗面台に移動する。
顔を洗い、歯を磨いて髪の毛をセットする。
20を超すのに髭すら生えず、髭剃りには縁のない生活を過ごしている彼は、周りに羨ましいと思われている。が、彼自身は童顔で声も少し高いため、人によっては中学生に勘違いされてしまう。彼にとっては悩みの種なのだ。
洗面所から自室に移動した彼は2分ほどでいつものスーツに着替え、リュックサックを背負う。出勤の準備は完了だ。
玄関を出て少し歩き、駅に続く通りに出る。駅までは徒歩10分ほど。ほぼ毎日歩く彼からすると慣れた道のりだ。
駅に着くと、西口から改札内に入る。鉄道会社主導のショッピングセンターが直結しているのがこの駅の特徴だ。彼が引っ越してきた時には少々驚いたようだが、今では見慣れた風景となっている。
『まもなく、2番線に各駅停車、本八幡行がまいります────』
ホームに着くなり、カントリーロードのチャイムとタプタプタプタプ───と接近音が鳴り響き、クリーム色を纏った先頭車が特徴的な電車が湾曲しているホームに滑り込んできた。
ドアが開くなり、彼は乗り込んで数駅先の府中駅を目指す。時間は数分であるが、少しの時間も無駄にしたくない彼は、座席に座ると共にスマートフォンをすぐに開き、スケジュールの確認を行う。
府中駅に着くと、すぐにトレセン方面に向かうバスに乗るため、バスターミナルに降りる。近辺の主要駅のバスターミナルは駅舎やショッピングセンターの1階に位置することが多いため、雨に濡れずにバスに乗り込むことが出来る。
・・・といっても、なぜか彼の乗るバスが出発する乗り場のみ屋根が続いていない単独のバス停なのだが。
すぐに先ほどの電車のクリーム色のような車体をしたバスが彼の立つバス停の前に滑り込んできて、前に並ぶ乗客を次々に車内に入れ始める。彼もその動きに続いてバスに乗り、一人用の座席に腰を下ろす。ここからトレセン最寄りのバス停まで約10分。ここでもスケジュール確認をする。彼とエアグルーヴのスケジュールの調節が最優先事項であり、ミスを無くしたいからだ。
朝ラッシュの渋滞もなく、時間通りに最寄りのバス停に着き、降り立つ。バス道から横に逸れる道に入れば、すぐにトレセン学園の正門だ。
「おはようございます。トレーナーさん」
「あ、たづなさん。おはようございます」
正門に立っている緑の制服を着ている女性。理事長秘書の駿川たづなさんだ。ほぼ毎朝正門前に立っているが、いつ寝ているのだろう。
そんなことを気にしながらも、正門を潜り、トレーナー室に足を向かわせる。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
午前6時35分。彼のトレーナー室のドアを開けると、室内の簡易キッチンで制服とエプロン姿のエアグルーヴが作り終えていた朝食を皿に盛り付けていた。
「もうすぐでできるぞ。座って待っていろ」
エアグルーヴにそう促されるままに、彼はダイニングチェアに座った。
着任当初はスチールデスク、スチールロッカーと時計以外何も無い殺風景であったトレーナー室も、エアグルーヴの担当になってからはソファーやテレビ、冷蔵庫、食器棚、調理器具、ダイニングテーブルとチェアなど、色々な物が追加され、もうここで生活できても過言では無いほど充実している。
「ほら、食べるぞ」
「ああ。頂きます」
「頂きます」
エアグルーヴが、朝食全てをダイニングテーブルに載せ終えたため、エアグルーヴとの朝食の時間となった。
彼がエアグルーヴ担当になった直後はこんな事は無かったのだが、日頃の疲れで自炊を全くせず、コンビニ弁当やカップ麺、ジャンクフードで食事を済ませていた彼の食生活を見かねたエアグルーヴが平日や休日関係なしにほとんどの食事を作ることとなった。
彼女曰く『トレーナーが倒れたら私のトレーニングにも支障が出る』と言っているが、休日は彼の家まで作りに向かうため、通い妻にしか見えない。
たわいもない話や近況の話などをし、リラックスしながら朝食をとる。
食べ終わると、話をしながら2人で皿を洗い、短時間で片付けまですませる。
ここまで終われば、エアグルーヴと彼の話はついにトレーニングについてに変わる。
学園側から支給されたタブレット端末をリュックサックから出し、ソファーに座ったエアグルーヴの横に座る。
「これが今日のスケジュールだけど、どうかな?」
「ふむ・・・」
端末とスケジュール帳を彼とエアグルーヴとにらめっこ。大まかなスケジュールは何ヶ月も前に決まってはいるが、細かいスケジュールは、生徒会などで頻繁に変更が発生するため、当日に食後休憩も兼ねて打ち合わせをしている。
15分後ほどには今日のスケジュールの詳細版が決まり、各々の端末やスマートフォンにPDF化されたスケジュールが保存され、生徒会での今日の早朝事務が開始される。
「おはようございます」
「おはよう、ルドルフ」
「おはよう、2人とも」
生徒会室には既に事務に取り掛かっているルドルフの姿。ごく稀ではあるが、ルドルフと一緒に朝食を取る時もある。だが、エアグルーヴや彼に呼ばれた時以外は寮の食堂で朝食をとる。ルドルフ曰く、彼とエアグルーヴとの仲を邪魔したくないらしい。
彼とエアグルーヴは、仕分けして積み上げてある資料の束を手に取り、各々でいつもの定位置である席に座り、事務仕事を始める。
事務仕事中は基本的に私語はない。私語なんてしたらエアグルーヴに殺されるし、彼もその辺の常識はわきまえている。
・・・そもそも、私語をしないのはエアグルーヴのやる気を下げないためだ。私語をすると、十中八九ルドルフがダジャレや言葉遊びを入れてきて、100%エアグルーヴのやる気が下がる。
そして無反応だったらルドルフのやる気が問答無用に絶不調になり、彼女のトレーナーにお小言を言われてしまう。
どっちのルートでも彼は不利である。変なことは言わずに無言の方がいいのだ。
だが、ルドルフがダジャレを言い出したら彼はすかさずフォローをしてエアグルーヴにダジャレであると教えなければならない。
ダジャレ好きであるからしなければならないことであると、彼は考えていた。
そんな考えは杞憂で終わった。ルドルフがダジャレを言い出す前に予鈴が鳴り、朝の分の書類の整理は終わり、全員が退室した後にルドルフによって生徒会室に鍵がかけられた。
ダジャレが出なかった理由。それは今日は特に書類の枚数が多く、ルドルフ自身にダジャレを言い出す余裕がなかったからだ。
「ではまた」
「ああ。2人とも授業頑張れよ」
「無論だ」
彼はルドルフとエアグルーヴに一言かけ、彼自身の雑務をするためにトレーナー室に戻る。彼自身の本音は生徒会室に残り、事務処理の続きを行いたかったのだが、防犯上の都合により、生徒会役員以外のみの在室は禁止されているため、仕方なくトレーナー室に移動してきたのだ。
ここからはエアグルーヴ個人の長期スケジュールを組み立てる時間となる。彼は、彼女と契約した当初はいつ解任されるのかとヒヤヒヤしたものの、今では料理や家事まで行ってくれるほど仲は進展しているように気がした。
過去にはエアグルーヴを連れて双方の実家に行ったこともあるし、どちらの両親とも仲を進展させている。
この調子なら解任されるのにはそれ相応の理由が無ければ解任されないと彼は考えていた。
そんなことを考えながらも2週間ほどのスケジュールを考えついた時、昼休みを告げる長い終鈴が鳴り響いた。
スケジュールを考え始めた時に急須から注いだ茶も、すっかり冷めている。
伸びをして一息をついた時、彼のスマートフォンのチャットにメッセージが入った。エアグルーヴからだ。
チャットの内容は、いつも通りの『中庭で会おう』
エアグルーヴの教室とこのトレーナー室のちょうど中間に位置する中庭。そこで待ち合わせということだ。
彼は残りのお茶を流し込むと、トレーナー室を出ていった。
「待たせたかな?」
「いや、私も今来たところだ」
2人で中庭で会い、すること。それは───
中庭にあるベンチでエアグルーヴと一緒にエアグルーヴ手作り弁当を食べるからだ。
この時間帯ならカフェテリアが開いており、教職員にも解放しているため利用できるのだが、この時間は昼休み。
どう考えてもカフェテリアは生徒達で混雑している時間だ。そんな時間にいつでもカフェテリアを利用できる彼がたった一つであるが、テーブルを占領するのは気が引けるのだ。
「ほら」
「ああ。ありがとう」
彼はエアグルーヴから弁当を受け取り、エアグルーヴの横に座る。雨の日以外でトレセンにいる日はほとんど中庭で食べているため、慣れた手つきで弁当箱を広げる。
「おっ。今日は3色丼か」
「家庭科の授業で作ったからな。その残りだ」
「エアグルーヴは食べなくていいのか?」
弁当箱がひとつ分しか無かったことに気がついた彼は、エアグルーヴの分まで食べてしまっているのかという罪悪感から、疑問をエアグルーヴに持ちかけた。
「授業中に食べてしまったからな」
「残念至極。エアグルーヴと一緒に食べたかったなぁ・・・」
「級友に誘われたからだ・・・。すまない・・・」
エアグルーヴは、申し訳なさそうに耳をペタンと伏せさせる。
「謝ることじゃないよ。これは僕自身のただの希望だったから」
「次からはなるべく一緒に食べることにする」
「無理はしないでいいよ。今は学生。こうした思い出も大切だからな」
学生時代は、社会人になると味わえない思い出を作れる時期だ。学生時代を過ごしたからこそ、彼はそう考えていた。
「そうか・・・。感謝する」
「それでは、頂くとするよ」
彼は箸を両手で挟み、「いただきます」と言うと、エアグルーヴ特製の3色丼を頬張り始めた。
しばらく食べていると、エアグルーヴのPHSが着信音を出した。
生徒会役員や、委員会に所属している生徒に、事務職員や理事長秘書、校内各所の内線との直通で連絡できるPHSだ。
「む」
エアグルーヴはPHSに耳を当てると、直ぐに形相を変えた。
「もしかして・・・?」
「ああ。またゴールドシップがやらかしたらしい」
エアグルーヴはPHSの通話を切ると、ベンチから立ち上がった。
「弁当箱は洗って返すよ」
「わかった」
走り出す彼女を見ながら彼は「問題児の多いのに、生徒会役員なんて大変そうだなぁ・・・」と、思いながら3色丼を食べ続けたのだった。
エアグルーヴのトレーナーのひみつ
・ルドルフにダジャレを教えた人らしい