ソードアート・オンライン 紫紺の剣士   作:仮面大佐

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今回は、ケントとユージオがアドミニストレータと接触して、記憶に惑わされます。


第38話 記憶の迷路

ケントside

 

 ケント。

 ケント………。

 どうしたの?

 怖い夢でも見たの…………?

 

 そんな声が聞こえたと思ったら、柔らかい音を立てて、ランプに光が灯された。

 俺は廊下に立っていて、突然聞こえてくる声が気になり、少しだけ開いた扉から、部屋の中を覗く。

 その中には簡素なベッドが二つあり、右側には誰も居なかったが、左側のベッドには、ほっそりとした人影が見えた。

 すると、その人影がまた語る。

 

???「そこは寒いでしょう。さあ、こっちにいらっしゃい、ケント。」

 

 そう言って、ふわりと持ち上げられた上掛けの奥は、温かそうだった。

 俺は、定まらない足取りで、ふらふらとベッドに向かう。

 近づくほどに、どういう訳か、ランプの光が弱まって、ベッドに寝そべる女性の顔は忍び寄る暗がりに隠れる。

 だが、そんな事は気にせずに、ベッドへと向かう。

 女性の元に着くと、女性に抱き寄せられる。

 

ケント「母さん………なのか………?」

???「そうですよ。お前のお母さんですよ、ケント。」

ケント「母さん…………。」

 

 俺がそんな風に呟く中、とある疑問がふと現れる。

 それは、母さんは、こんなにほっそりして、柔らかかったのか?

 毎日麦畑で働いているはずの両手に、傷ひとつないのか?

 それに、父さんに2人の兄さんはどこに行ったんだ?

 

ケント「本当に………あなたは、俺の母さんなのか?」

???「そうですよ、ケント。あなた1人だけのお母さんですよ。」

ケント「だが、父さんはどこだ?兄さん達はどこに行ったんだ?」

???「うふふ。おかしな子ね。皆、お前が殺してしまったじゃないの。」

 

 突然、指が滑り、目の前に持ち上げた手先を見る。

 すると、10本の指から、真っ赤な血が滴っていた。

 

ケント「…………ぁぁぁあああああ!!」

 

 俺は、絶叫しながら起き上がる。

 べたつく両手を、上着に擦り付けるが、血ではなく、汗だった。

 悪夢を見たのか。

 ルナリア神も、随分な悪夢を見せてくれたものだな。

 隣を見ると、ユージオが大声を上げながら起き上がっていた。

 

ケント「ユージオ!」

ユージオ「あ…………ケント…………。」

ケント「ここは、どこだ?」

ユージオ「分からない…………。多分、あの元老長って奴に連れ去られて…………。」

ケント「という事は、ここは最上階なのか。剣がないな…………。」

 

 どうやら、俺たちは気絶して、あの元老長チュデルキンという奴に攫われたという事か。

 剣がない事に、これほど心細くなるなんてな。

 周囲を見渡すと、外周の柱には、武器が飾られていて、天井を見ると、創世記の絵物語が描かれていた。

 だが、創世神ステイシアの姿が、純白に塗り潰されていて、何とも言えない虚無感が、絵全体を支配している。

 後ろを向くと、これまた巨大なベッドが鎮座していた。

 

ケント「…………!?」

ユージオ「巨大な………ベッド………?」

 

 中を覗くと、人がいた。

 恐らく、敵だろう。

 このまま脱出するべきかと思ったが、人影の正体を知りたいという欲求が勝り、ベッドへと向かっていく。

 それにしても、随分と大きいな。

 最高級の羽毛なら、一体何羽分の家鴨の羽を使ったのだろうか。

 そう思いつつも、女性の顔を見ると、俺は驚愕した。

 人とは思えないくらい、美しいのだ。

 俺はいつの間にか、考える事を放棄した。

 今はただ、この人に触れてみたい。

 あと少しで届く時に。

 

???『いけない、ユージオ、ケント!』

???『逃げて!』

 

 ずっと遠くで、誰かが叫んだ気がした。

 どこかで聞いた様な声だな…………。

 そう考えていると、思考力が蘇る。

 そうだ、俺は何をしていたんだ。

 今、目の前に眠る人は、公理教会最高司祭、アドミニストレータだ。

 どうやら、ユージオも正気になった様だ。

 その最高司祭が、今、寝ている。

 

ユージオ「ケント…………。」

ケント「ああ。今なら、きっと勝てる。………この短剣を使えば…………!」

ユージオ「でも、その短剣は、アリスとイーディスに使う筈だろう?」

ケント「…………ッ!」

 

 そうだ。

 確かに、この短剣を使えば、アドミニストレータを倒せる。

 だが、本来、イーディスとアリスに使う物だ。

 どうすれば…………!

 答えの出せない迷いに囚われて、悩んでいると、また不思議な声が聞こえた、気がした。

 

???『ユージオ………ケント………!』

???『逃げて…………。』

 

 だが、あまりにも遠いその声が、俺たちの意識に届くよりも早く、アドミニストレータが動き出す。

 瞼が徐々に持ち上がっていく。

 つまり、目を覚ましてしまったのだ。

 だが、そんな事を考えるのを最後に、思考力が再び散り散りになる。

 アドミニストレータは、欠伸をした後、俺とユージオを見つめる。

 すると、声が放たれる。

 

アドミニストレータ「可哀想な子達。」

ユージオ「え…………?」

ケント「可哀想だと…………?」

アドミニストレータ「そうよ。とっても可哀想。あなた達はまるで、萎れた鉢植えの花。土にどれだけ根を張ろうと、風にどれだけ葉を伸ばそうと、一雫の水にさえ触れない。」

ユージオ「………鉢植えの………花………?」

ケント「どういう意味だ………?」

 

 俺とユージオは、眉を寄せ、不思議な言葉の意味を理解しようとする。

 少女の言葉には、心に突き刺さる様な痛みを呼び起こす物があった。

 

アドミニストレータ「貴方達には分かっている。自分達が、どれほど渇き、飢えているか。」

ユージオ「何に…………?」

アドミニストレータ「愛に。」

ケント「愛だと………?まるで、俺たちが、愛を知らないみたいに………。」

アドミニストレータ「その通りよ。あなた達は、愛されるという事を知らない、可哀想な子達。」

ユージオ「そんな事ない。母さんは………僕を愛してくれた。」

ケント「怖い夢を見て、眠れない時は、俺を抱いて、子守唄を歌ってくれたんだ!」

アドミニストレータ「その愛は、本当に、あなた達1人の物だったの?違うでしょう?本当は、あなた達の兄弟に分け与えた余り物だったんでしょう…………?」

 

 俺たちが反論しても、少女は、分かっていると言わんがばかりに言ってくる。

 

ユージオ「嘘だ………。母さんは、僕を、僕だけを愛してくれたんだ………。」

ケント「そうだ。俺だけを………!」

アドミニストレータ「自分だけを愛して欲しかった。でもそうしてくれなかった。だから、あなた達は憎んだの。母の愛を奪う父を。兄達を。」

ケント「俺は………俺は、父さんや兄さん達を憎んでなんかいない。」

アドミニストレータ「そうかしら………?だって、あなた達は斬ったじゃない。」

ユージオ「誰を…………?」

アドミニストレータ「初めて自分一人一人を愛してくれるかもしれなかった、あの2人の女の子。その2人の女の子を力ずくで奪い、汚そうとした男を、あなた達は斬った。憎いから。自分だけのものを奪われたから。」

ケント「違う………。俺はそんな理由で、ナツジとベルに剣を向けた訳じゃない。」

ユージオ「僕だって、そんな理由でウンベールとライオスに剣を向けた訳じゃない。」

アドミニストレータ「でも、あなた達の渇きは癒されない。誰も、あなたを愛してくれない。皆、あなたを忘れてしまった。もう要らないって、捨ててしまったの。」

ケント「違う………!俺は、俺は、捨てられてなんかいない………!」

ユージオ「そうだ………違う。僕には、アリスがいる。」

 

 ユージオの言葉に、俺も、イーディスを思い出す。

 そうだ、俺にはイーディスがいる。

 これ以上は聞いてられない!

 今すぐにでも逃げないと!

 だが、行動に移る前に、蠱惑的な声が頭に入り込んでくる。

 

アドミニストレータ「本当にそうかしら……?本当にあの子達は、あなた達だけを愛しているのかしら………?あなた達は忘れているの。思い出させてあげるわ。あなた達が心の深い所に埋めてしまった、本当の記憶を。」

 

 そう言って、俺は深い穴に落ちていく。

 すると、ルーリッドの村の光景が映る。

 その日、俺とユージオは、アリスとイーディス、キリトとカルムを探していた。

 どこに行ったんだろうな。

 すると、いつも集まっている広場に、4人はいた。

 どうして…………どうしてだよ。

 そんな言葉だけが、頭の中で繰り返されていく。

 すると、4人の声が聞こえてくる。

 

キリト「なぁ………そろそろ戻ろうぜ。バレちゃうよ。」

カルム「確かに。もう午後になるしな。」

アリス「まだ大丈夫よ。」

イーディス「もう少し………もうちょっとだけよ。」

 

 いやだ、もう、ここには居たくない。

 だが、俺の脚は、まるで木の根に絡み付かれたかの様に動かない。

 心でどんなに否定しても、この光景が、俺の記憶の奥底から呼び出されたのは、事実という確信が湧き上がり、苦い水となって胸に満ちていく。

 

アドミニストレータ「ほら………ね?」

 

 その声と共に、セントラル・カセドラルの最上階へと戻ってきた。

 だが、あの光景は、中々消えなかった。

 森であの2人と出会ったのは、2年前で、イーディスとアリスが連れ去られたずっと後のはずだ、という理性の声も、胸に溜まった黒い感情を消せなかった。

 

アドミニストレータ「もう分かったでしょう?あの子達の愛すら、あなた達の物じゃないのよ。ううん………そもそも、最初からあなた達の分はあったのかしらね?」

 

 その声は、俺の思考を激しく掻き乱す。

 すると、俺とユージオの背中にアドミニストレータは体をつける。

 

アドミニストレータ「でも、私は違うわ、ユージオ、ケント。私があなた達を愛してあげる。決して分ける事もなく、平等に私の愛を全部あげるわ。」

 

 そう言って、アドミニストレータは、服を脱ぎ出し、俺たちに手を差し伸べる。

 

アドミニストレータ「あなた達は初めて、愛される喜びを存分に味わうことが出来るのよ。頭の天辺から爪先までが痺れる様な、本物の満足を。あなた達が私を愛してくれたら、それと全く等価の愛を返してあげる。深く愛してくれればくれるほど、あなた達がこれまで想像もしなかったような、究極の快楽に誘ってあげるわ。」

 

 俺の思考力は、既に消えかけていた。

 心の深奥に残された一欠片の理性が、細やかに抵抗する。

 

ケント(愛っていうのは………そういうものなのか………?お金と同じ様に………価値で贖う、それだけのものなのか………?)

 

 すると。

 

ルナ『違いますよ、ケント先輩!』

 

 そんな声がして、視線を向けると、灰色の制服に身を包んだルナが暗闇の向こうから懸命に手を伸ばしていた。

 俺がルナに向かって手を伸ばす寸前に、分厚い漆黒の緞帳が幾重にも降りてきて、ルナは悲しげな瞳の色だけを残して消えた。

 すると、次は違う方向から別の誰かの声が聞こえてくる。

 

イーディス『違うわ、ケント!愛は決して、何かの見返りに得られる物じゃない!』

 

 振り向くと、そこには、幼いイーディスが。

 イーディスの方に向かおうとするも、先ほどと同じ緞帳が、イーディスを消してしまう。

 また、別の誰かの声が。

 

カルム『ケント!!』

 

 カルムが俺の名前を叫んでいた。

 だが、カルムの姿も、緞帳が消してしまう。

 もう、耐えられない。

 こんな惨めな思いと悔しさは、もう味わいたくないんだ………!

 俺とユージオは、最高司祭の下に向かい、アドミニストレータは、手を取ってくれた。

 

アドミニストレータ「欲しいのね、ユージオ、ケント?悲しい事を何もかも忘れて、私を貪り尽くしたいんでしょ?でも、まだダメよ。言ったでしょう、まずはあなた達が愛をくれなきゃね。さあ、私の言う通りに唱えなさい。私だけを信じ、全てを捧げると念じながらね。それじゃあ………まず、神聖術の起句を。」

「「システム………コール………。」」

アドミニストレータ「そうよ………続けて………《リムーブ・コア・プロテクション》。」

「「リムーブ………。」」

 

 与えられる命令に身を委ねていると、俺の存在がどんどん軽く、薄くなっていく。

 長い間、俺を苛み続けてきた餓えも、渇きも、甘い蜜に溶けて消えていく。

 だが、今まで心の中で抱いてきた大切な気持ちもまた、消えていく。

 

ケント(本当に、これでよかったのか……?)

「「コア…………。」」

 

 虚になりゆく胸の奥で、そんな自問が小さな火花の様に瞬いたが、その答えが見つかる前に、次の式句がこぼれ落ちていた。

 だが…………もう、悲しいのは、辛いのはもう嫌なんだ。

 もし、イーディスが元に戻っても、拒絶されるのは耐えられない。

 そんな事になるなら、立ち止まってしまった方が良い。

 3つ目の式句を唱えた時、これまでの旅路が完全に途切れるのは、朧げに理解できた。

 だが、そうなる事で、辛く悲しい過去を忘れられるなら、それで良い気がする。

 

アドミニストレータ「そうよ………さあ、いらっしゃいユージオ、ケント。私の中へ。永遠なる停滞の中へ…………。」

「「プロテクション…………。」」

 

 最後の一言を、涙と共に囁いた。

 そこで、意識が途絶えた。




今回はここまでです。
屈してしまったユージオとケント…………。
次回は、キリトとアリスが久しぶりに登場します。

カルムは心身喪失状態にすべきか

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