深澄side
明日奈「キリト君はどこ?」
深澄「カルムを出しなさい。」
私たちがそう言うと、菊岡さんは呆然として、そして、コンソールの前に座っている比嘉さんと安田さんが声をかける。
比嘉「だから言ったじゃないっすか。」
安田「あの2人は、この計画における最大のセキュリティホールだって。」
菊岡「ああ。その通りだった。」
菊岡さんがそう言うのに対して、私と明日奈の怒りが爆発する。
明日奈「キリト君とカルム君は無事なんですか!」
深澄「2人を治療出来るというのは嘘なんですか!?」
「「答えて下さい、菊岡さん!!」」
私たちがそう言うと、菊岡さんは一度顔を俯けて、答える。
菊岡「…………キリト君とカルム君は、死銃事件の逃亡犯と協力者の襲撃によって、2人の脳は、現代医学では治療不可能なダメージを負ってしまった。」
深澄「…………ッ!」
菊岡「だが、世界でも唯一、このラースに2人を治療出来る技術が存在する。君たちも聞いた事あるだろう?STL………ソウル・トランスレーターだ。」
菊岡さん曰く、STLでフラクトライトを直接目覚めさせれば、新たなニューラルネットワークの発生を促せるらしく、それを使えば、カルム達は目を覚ますらしい。
菊岡「2人は、今ここにしか無いフルスペックSTLを使っているよ。治療体制は、どこの大病院にも劣るものではなく、専任の看護師も居るよ。」
明日奈「………分かりました。今は貴方を信じます。」
深澄「ただし、もし、2人の目が覚めなかったら、その時は、分かっていますよね?」
菊岡「ああ。」
比嘉「怖いっすね。」
安田「冷や汗が止まらん。」
すると、博士が前に出てくる。
凛子「さて、ここまで来たのなら、何もかも白状してくれても良いんじゃ無いかしら………菊岡さん?自衛官のあなたが、どうして総務省の窓際課長なんて装っていたのか、ここで何を企んでいたのか、そして、なぜ桐ヶ谷君と小野君が必要だったのか。」
菊岡「聞くからには、全部手伝って貰いますからね。」
凛子「聞いてから判断するわ。」
その言葉に、一度眼鏡を元に戻してから、私たちを見てくる。
菊岡「…………さて、御三方は、STLの概要は、もうご存知と思って良いのかな?」
明日奈「人の魂………フラクトライトを解読して………。」
深澄「現実と全く同じクオリティの仮想世界にダイブさせる機械。」
菊岡「その通り。だが、プロジェクトの目的までは知らないだろう?」
明日奈「目的………?」
深澄「何よそれ?」
菊岡「ボトムアップ型汎用人工知能の開発さ。」
菊岡の目的が判明する。
だけど、聞いた事がない。
明日奈「ボトムアップ型………。」
深澄「汎用人工知能………?」
菊岡「人工知能の開発には、二つのアプローチがある。1つがトップダウン型。これは、知識と経験を積ませ、学習によって、最終的に本物の知性に近づけさせるものだ。」
安田「ちなみに、小野君に託したパラドも、トップダウン型のAIだよ。」
比嘉「そして、先日訪れてもらった重村教授が作り出したAIの殆どが、このトップダウン型っす。」
そういえば、この人が、カルムにパラドを託したんだったわね。
菊岡さんの説明は続く。
菊岡「だが、トップダウン型は、学習していない事に関しては、適切な対応が出来ない。つまり、真に知性と呼べるところまでは達していないんだ。」
確かに、カナも、ユイちゃんも、パラドも、学習していない事に関しては、対応力が低下してしまう事があるわね。
菊岡さんは、喋り出す。
菊岡「そして次に、ボトムアップ型人工知能。これは、人間の脳………脳細胞が一千億個、連結された生体機関そのものを人工的に再現して、そこに知性を発生させる物だ。」
明日奈「そんな事、出来るんですか?」
菊岡「これまでは、不可能だと言われていた。だが、ソウル・トランスレーターは、遂に、人間の魂………我々がフラクトライトという量子場を捉えることに成功した。」
比嘉「そして、人間の脳と同様量のデータを保存するメディアとして、高量子ゲート結晶体………。」
安田「通称、ライトキューブも開発した。」
凛子「それがあれば、フラクトライトをコピーする事が出来る………。」
菊岡「その通り。現に我々は、人の魂の複製に成功している。」
何か、背筋に嫌な物が走る感覚がする。
そんな事、倫理的にどうなのかしら。
その言葉に、私だけではなく、明日奈と神代博士も驚く。
凛子「………なら、なぜ今更私を呼ぶ必要があったの?」
菊岡「我々は、愚かにも気づいていなかったのさ。人の魂のコピーと真の人工知能の間には、途方もなく深く広い谷がある事を。」
すると、菊岡さんは、比嘉さんに何かを指示して、比嘉さんが展開する。
その時の記憶は、余りない。
何せ、比嘉さんのコピーが比嘉さんと話して、崩壊する様を見てしまったのだから。
比嘉「崩壊したっす。」
安田「1分8秒。」
その光景に、私と明日奈は、右手で口を抑える。
神代博士が、抗議する。
凛子「悪趣味にも程があるわね!」
菊岡「申し訳ない。だが、これは、直接見てもらう以外に説明は不可能だという事も、分かって貰えただろう?私を含め、10人以上の人間のフラクトライトを複製したのだが、例外なく、己がコピーである事を認識出来なかった。丸ごとコピーがダメなら、どうすればいいと思います?」
凛子「どうすればって………最初から成長させる。」
明日奈「もしかして………。」
深澄「まさか………。」
菊岡「その通り。生まれて間もない新生児の魂をコピーして育てる。」
「「「…………ッ!?」」」
その、人間としての常軌を逸している発言に息を呑む。
神代博士が、声を上げる。
凛子「でも、それを成長させる環境はどうするの?現実社会と全く同じ物を作るなんて……。」
菊岡「不可能だ。だが、気づいたんだ。うってつけの所がネットワークに山ほどあるってね。」
明日奈「…………VRMMOワールド………。」
深澄「ザ・シードのシステムを使ったのね。」
比嘉「その通りっす。」
安田「我々は、周囲の地形や村を作って、それをSTL用に変換した。」
菊岡「一番最初に作った村では、ラースのスタッフ4人が、16の精神原型………つまり、AIの赤ん坊を、18歳くらいまで育てた。」
そこから、菊岡さんが語っていった。
人工フラクトライトは、良い出来映えだったと語っている。
そこから、現実との時間をずらし、300年が経った頃には、人口が8万人に増えたらしい。
凛子「それはもう、1つの文明シミュレーションじゃないの?」
菊岡「そうだね。あの中では既に、480年が経過している。」
そんな風に話していて、少し頭の整理が追いつかない。
すると、話は変わった。
菊岡「我々は、一つの重要な問題に気付いたんだ。」
凛子「問題?」
菊岡「公理教会と呼ばれる行政機関が、禁忌目録なる法律を作り上げた。」
深澄「禁忌………。」
明日奈「目録………。」
菊岡「そこには、たとえば現実世界と同様に、殺人を禁じる項目があった。だが、人間がその法律を守らないかは、毎日のニュースで分かるはずだ。だが、人工フラクトライトは法律を守る。守りすぎるくらいには。」
菊岡さんが言いたいのは、美しく整いすぎていて、ゴミもなく、泥棒もいないという事だ。
すると、とある1つの結論に至った。
凛子「それのどこが問題なの?」
明日奈「もしかして、貴方達が作ろうとしているのは………。」
深澄「人を殺せるAI。」
菊岡「………何でその結論に至ったのかを、教えてくれないか?」
明日奈「私たちは、キリト君やカルム君から聞いたんです。」
深澄「VRMMOは、警察や自衛隊の訓練に転用できると推測していたのよ。事実、GGOの新たな大会、スクワッド・ジャムでは、自衛隊のチームが参加していると、カルムが言ってたの。」
そう、スクワッド・ジャムの中継を見ていたカルム曰く、「あの動きから察するに、自衛隊のチームが、訓練ついでに参加しているのだろう。」と語っていた。
だが、それで収まれば良かったのだけど。
明日奈「でも、大掛かりすぎる。この計画を貴方がやる理由………。」
深澄「それは、戦争で人を殺せるAIを作ること。違う?」
凛子「そうなの?菊岡さん。」
すると、菊岡さんは、微笑み、語り出す。
菊岡「…………5年前、ナーヴギアが発売された時に、これは、戦争を根底から変える事に気づいてね。SAO事件の際に、僕は自ら総務省に出向し、対策チームに加わった。それも、このプロジェクトを立ち上げるためさ。5年かかって、漸くここまで来たよ。」
凛子「…………比嘉君と安田君がこの計画に参加した理由は?」
比嘉「いやぁ、ボク達の動機は、個人的な物っすよ。」
安田「僕たちは、韓国の大学に友達がいたけど、彼は、自爆テロで死んでしまった。だから、せめて人が死なないようにする為にだ。」
私と明日奈は、口を開く。
明日奈「でも、貴方達は、その話をキリト君とカルム君にはしていない。」
菊岡「何故そう思うんだい?」
深澄「もしそれを話していたら、2人は協力を拒む。何故なら、貴方達の話には、一つ視点が欠けている。」
菊岡「それは?」
明日奈「人工知能達の権利。」
深澄「貴方達が開発した人工フラクトライトには、人間と同等の思考回路があるのでしょ?」
菊岡「彼らには生身の肉体はないんだよ?」
明日奈「でも、生きている人間と変わらないわ。」
深澄「戦争の道具として使われるのは、あの2人が絶対に許さない。」
菊岡「言いたい事は分からなくもないよ。だが、僕にとって、10万の人工知能の命は、1人の自衛官の命より軽い。」
やっぱり、この人は信じられない。
まるで、あの時のアスナみたいな事を言っているのだから。
カナにユイちゃん、パラドといった人工知能と邂逅している内に、3人も生きていると思わせてくれる。
私と明日奈、菊岡さんが睨み合っていると、神代博士が、間に入る。
凛子「そもそも、どうして桐ヶ谷君と小野君の2人が必要だったの?最大級の秘密が漏れるリスクを抱えながら。」
菊岡「そうだったね。それを話す為に、こんな事を話していたんだった。」
菊岡さん曰く、どうして人工フラクトライトは、法を破らないのか。
それを確かめるべく、仮想世界に慣れているキリトとカルムを現実世界の記憶をロックして、送り込んだらしい。
その結末を聞いた後、私と明日奈は、アミュスフィアを被り、ALOへとダイブする。
リーファとハヤトのプレイヤーホームに、私、アスナ、リーファ、ハヤト、シノン、チェイス、シリカ、ヒロミ、リズベット、ラット、ユウキ、ノーチラス、ユナに事の顛末を報告する。
リーファ「お兄ちゃんとカルムさん、そんな事に巻き込まれてたなんて………。」
ハヤト「全く…………。」
シリカ「菊岡さんの事を信用して大丈夫なんでしょうか………。」
ヒロミ「グレーだね。」
リズベット「流石に隠してる事はもうないと思いたいけどね。」
ラット「まだありそうだが………。」
シノン「今はただ、STLでの治療の効果を待つだけか………。」
チェイス「そうだな…………。」
すると、ユウキ、ユナ、ノーチラスが気になる事があるのか、聞いてくる。
ユウキ「それで、キリトとカルムとその……禁忌目録は、どういう関係なの?」
アスナ「いつも2人と遊んでいた2人の男の子と2人の女の子が居たんだけど………。」
ミト「女の子2人が、禁忌目録に違反したのよ。」
ノーチラス「つまり、2人の影響を受けたという事か?」
ミト「うん。その2人が破ったのは、禁止アドレスへの侵入って禁忌だったの。」
アスナ「比嘉さん曰く、目の前に死にゆく命があって、その2人は、それを助けようとしたからだって言ってたわ。」
ユナ「そうなんだ…………。」
アスナ「でも、その2人はすごいわ。自分に打ち勝てたんだから。」
リーファ「その2人には、名前があるんですか?」
ハヤト「確かに。」
ミト「ええ。名前は、アリスとイーディス。」
そこから語ったのは、片方の名前が、偶然にも、プロジェクトの根幹の名前と同じだという事。
回収しようとしたけど、時間加速の影響で、回収できず、2人のエラーが修正されていた事。
その後、話し終えて、私と明日奈は、冬馬と和人の元へ向かう。
明日奈「あれが、ソウル・トランスレーター………。」
深澄「確かに、メディキュボイドに似ているわね…………。」
私たちはそう呟く。
稼働しているSTLの4号機と5号機に接続されている冬馬と和人を見る。
凛子「まさか、STLがこんなに作られていたなんて…………。」
???「ここだけではありませんよ。」
面会に同席した神代博士が4号機から7号機を見て感嘆としていると、割って入るように説明の声が聞こえてきた。
私たちが声のした方向を向くと、1人の看護師がいた。
その人は、死銃事件の際にお世話になった看護師だ。
確か、安岐さんだったはず。
安岐「試作1号機と最近テストが終了した8号機、9号機、10号機が六本木の分室、2号機、3号機はここのロアシャフトに設置されています。」
深澄「なるほど。で、どうして安岐さんがここにいるんですか?」
明日奈「まさか、あなたも偽装して!?」
安岐「まさか。あのおじさまと違って、私は本物のナースよ。ただ、卒業したのが、《自衛隊東京病院高等看護学校》ってとこなんだけどね。」
深澄「なるほど、納得しました。」
安岐「安岐ナツキ二頭陸曹であります!桐ヶ谷君と小野君の身体生命は、本官が責任を持って守ります!………なんてね。」
明日奈「ハァァァァ………。よろしくお願いします。」
安岐「うん。任せて。」
私と明日奈は、ガラス越しに、2人を見つめる。
明日奈「キリト君、帰ってきますよね?」
深澄「カルムも、戻ってきますよね?」
安岐「……もちろんよ。2人のフラクトライトは治療用プログラムの中で今も元気に活動しているわ。それに、SAOをクリアへと導いた英雄なのよ……きっと大丈夫よ。」
「「………………。」」
その言葉を聞いてもなお、一抹の不安が私と明日奈の胸中を掠めていた。
明日奈が和人から送られた指輪をした左手をガラス板に当てるのに対し、私は冬馬からもら指輪がついた左手を、右手で包む。
その様子を察し、神代博士は私と明日奈へと声を掛けた。
凛子「明日奈さん。それに深澄さんも………。少しいいかしら?」
「「……えっ?」」
話がしたいと言われた私たちは、神代博士の部屋へと移動した。
神代博士は今から話すことを躊躇っているようだったが、罪を告白するように口を開き始めた。
凛子「私は、貴女達に話しておかないといけない事があるの。ううん、貴女達だけじゃない。………旧SAOプレイヤーの全員に、告白しなきゃいけない事が………。」
「「………………。」」
凛子「私がSAO事件の時、茅場明彦と共に長野の山奥に潜伏していたの………2人はそのことをもう知っているわね?」
明日奈「………はい。」
凛子「………その時、私の胸にはマイクロ爆弾が埋め込まれていたの。」
「「…………!?」」
まさかの神代博士の告白に私と明日奈は息を呑んだ………。
彼女が見せた胸元には、確かに何かを埋め込んだ後のような切開痕が残っていた。
凛子「このせいで、私は2年の間、彼の恐ろしい計画に協力を強いられていた………と世間では言われているけど、本当の事実は違うの……。私はその爆弾が爆発しないことをよく分かっていたの。あれは………私が事件後に罪に問われない様にとあの人が埋め込んでくれたまやかしの凶器………。あの人が私にくれた、たった一つのプレゼントだったの。」
神代博士は茅場との思い出を語り始めた。
ノーチラスとユナが通っている東都工業大学の重村教授の研究室で、2人が一緒だった事。
大学生の身でありながらアーガス………SAOを開発・運営していた会社の開発部長を兼任していた茅場を引きこもりの研究馬鹿だと誤解した神代がよく外に連れ出していたこと。
その流れで二人が恋人関係になり、不器用ながらも幸せな時間を過ごしていたこと。
そして………茅場がSAO事件を引き起こし、自分が茅場の考えを何も理解できていなかったと思い知らされたことを………。
凛子「………それから私は彼が潜伏しているのではと思って、彼の山荘に行ったの………彼の共犯者になりたいからじゃない……。私………茅場君を殺すつもりだった。」
「「……………。」」
凛子「でも………私には殺せなかった。茅場君は………私がナイフを持っているのを知ってて、いつもみたいに言ったの…………。『困った人だな』って………。またアインクラッドに戻っていったの。私が彼を止めないといけなかったのに…!だから、明日奈さん達を2年も閉じ込めて………!」
明日奈「私もキリト君も、凛子さんの事を恨んでなんかいませんよ。」
深澄「それは、私もカルムも同じです。」
凛子「……………!?」
私と明日奈の発言に、驚く神代博士。
私と明日奈の話は続く。
深澄「それどころか、私達は団長………茅場明彦のことを本当に恨んでいるのかさえも分からないんです。」
明日奈「確かにあの事件で多くの人が亡くなったことは事実です。団長の犯罪は決して許されることではありません。でも、物凄く我儘な言い草ですけど………。多分、私はあの世界で、キリト君と暮らした短い日々を…………これからも人生の最良の一時として思い出すでしょう。」
凛子「あっ…………。」
明日奈「団長に罪があるように、私にもキリト君にも、ミトにもカルム君にも………。そして、凛子さん………貴女にも罪はある。」
深澄「でも、それは誰かに罰してもらえれば、償えるものじゃない………。永遠に許しを請える日は来ないのかもしれません………。だとしても、私たちは自分の罪と向き合い続けないといけないんです。」
私たちは、そう答えた。
神代博士は、俯いていた。
凛子side
彼女達に、話したその夜、久しぶりに、何も知らなかった学生の頃の夢を見ていた。
眠りの浅かったあの人は、いつも私より先にベッドから抜け出していて、コーヒーカップを手に、朝刊を読んでいた。
そして、私が目を覚ますと………。
茅場「本当に、困った人だな。こんな所まで来るなんて。」
凛子「どうしたの………まだ朝早いのよ……。」
すると、ハッとして、ドアの外に出ると、誰も居なかった。
私はペンダントを握りしめ、呟く。
凛子「今のは………夢?」
今回はここまでです。
次回は、アンダーワールドでの話です。
菊岡の人工知能に対するスタンスって、初期の刃唯阿に、天津垓と似ていると思うんですよね。
だから、飛電或人とは相性が悪そうですね。