トレーナーさんの性別はどちらでもいけるように書いたけどちゃんとそう読めるか心配だ……
僕の行きつけの喫茶店には今でも有名なウマ娘とそのトレーナーが二人で経営している。
その店のウマ娘が淹れるコーヒーは味の良し悪しも分からない僕でもハッキリと美味しいと思えるものだし、彼女のトレーナーが作る料理も美味しく、すっかり常連客になってしまった。
それで最近、ふと気になったから二人にとある事を質問をした。
「そういえばお二人は、どうして引退後に喫茶店経営を?」
「そ、それは……」
「カフェ、私が話すよ。だから君は他のお客さんの注文を取ってきて」
マンハッタンカフェさんの表情が急に曇る。
しまった、これは地雷を踏んだかもしれない。
トレーナーさんは彼女を遠ざけると、少し困ったように話し始めた。
「そうですね……まずは何処から話しましょうか……」
「なんかすみません……」
「いえ、良いんです。お客さんは悪く無いですよ。悪いのは……うん、私の方なんです」
トレーナーさんが何故が謝る。
そういえば移動するときはトレーナーは杖を使っている。
「もしかして……その足が……?」
「これも原因の一つ……ですね。では、まずはこの足の事故の事を話しましょう。あれは――」
その日は朝から雨が降っていたそうだ。
そして二人はこの日、シニア級の有馬記念に向けてトレーニングを行っていた。
しかし運悪く学園の運動施設は他のウマ娘のトレーニングが行っており、彼女のトレーニングするスペースが足りず、急遽外の施設を使うこととなった。
トレーニングでは特に問題は起こらず、予定通り終えることはできた。
その帰り道、とある少女が二人の目の前の信号で急に呼び出した。
どうやら学校の帰りに、信号の向こう側に彼女の母親が居たらしい。
隣にいた彼女の傘が落ちる。
その少女が車道を走るトラックに轢かれそうになった所を、マンハッタンカフェさんが思わず飛び出して助けに行ってしまったのだ。
少女を突き飛ばし、彼女の身体がそこで不自然に硬直する。
急に立ち止まってしまった彼女の異変にいち早く気が付いたトレーナーさんは咄嗟に飛び出し、彼女を抱きかかえる様に前方に押し倒した。
甲高いブレーキの音が響く。
彼女を助けるために投げ捨てた傘が路面に落ちた頃、やっと止まったトラックの運転手が慌てて降りてきた。
「トレーナーさん!! 足が――」
「それよりもカフェ、怪我は……ない?」
トレーナーさんは自身の怪我など気には留めず、真っ先に彼女の事を心配する。
そんなトレーナーさんの右足は、膝から先が本来曲がらない方向に曲がっていた。
彼女も、彼女が助けた少女も怪我はなかった
しかし、トレーナーさんは杖無しでは歩けない身体になってしまった。
「――とまぁ、あの後病室で彼女と『お友だち』にこっ酷く怒られましたね……」
「お友だち……? それってアグネスタキオンさんのことですか?」
僕がそう訊くと、トレーナーさんは少し微笑みそうではないと訂正した。
「アグネスタキオンはどちらかというと彼女のライバル……ですね。彼女の『お友だち』はいつも彼女のそばに居てあげて、彼女の目標にもなっている……そう、親の様な方ですね」
「親……あれ?」
コーヒーを一口飲もうとカウンターの上を見る。
いつのまにか僕のコーヒーの隣にクッキーが置かれていた。
「どうやら彼女の『お友だち』が貴女にと」
そう言ってトレーナーさんはチラリとマンハッタンカフェさんの方を見ると、微笑んだ。
「え゛」
僕は思わず汚い声を漏らしてしまった。
まさかトレーナーさんの言う『お友だち』がオカルトの類とは思わなかった。
「さて、まだ門限まで時間はあるでしょうし、続きを話しましょうか」
「え、こ、このまま続けるんですか!?」
「おっと、お客様。店内ではお静かに」
大声が出てしまった僕はトレーナーさんに注意される。
この人、意外と変人の類かもしれない。
「さて、足の事故の話をしましたし次は彼女の変化……ですね。退院から大体一週間くらいに気が付いたのですが――」
退院してからトレーナーさんは、すぐに彼女のトレーニングを再開した。
それから一週間の間、彼女の変化には全く気が付かなかったそうだ。
「トレーナーさん……書類運びなら私が……」
「じゃあ半分」
「トレーナーさん……!! 今夜はその……家までお送りします……」
「もしかして今夜は危ない?」
「トレーナーさん……私から離れないで下さい……」
「じゃあ手でも繋ごうか」
「トレーナーさん……おはようございます……」
「おはよう、最近は朝早いね」
「トレーナーさん……移動ですか? ではどうぞ、私の左肩に手を……」
「流石に悪いよ。それにカフェが授業に遅れてしまう」
「トレーナーさん……あーん……」
「待って。ちょっとカフェ落ち着いて――」
マンハッタンカフェさんは過保護になっていた。
流石にお泊りはしなかったそうだが、それでも朝早くトレーナーさんを迎えに行ったり、トレーナーさんの自宅まで一緒に帰ったりしていたらしい。
彼女の寮長にトレーナーさんは、最近彼女が門限を過ぎる事が多いのだが問題ないのか聞いたそうだ。
寮長は頭を抱えていたらしいが、彼女の見せる不安そうな表情に負けてしまった。
「トレーナーさん……おはようございます……」
「おはよう、カフェ。
……そう言えば最近、距離が近いような気がするんだけど気の所為かな?」
トレーナーさんの横にピッタリと張り付きながら歩く彼女に問いかける。
その問いかけに、サッと表情を青褪める彼女。
マンハッタンカフェさんは申し訳なさそうにトレーナーさんに謝った。
「ご、ごめんなさい……トレーナーさん……迷惑……でしたか……?」
(ドッ)
トレーナーの左肩が軽く何者かにど突かれる。
トレーナーさんは慌てて彼女の誤解を解いた。
「そ、そう言う意味じゃなくて……ね。えっと、その……心配かけてごめんね」
「い、いえそんな……!! 私の不注意が原因でトレーナーさんの足がそんな風になってしまったのですから……」
この時トレーナーさんは「カフェは悪くないよ」と言う言葉が咄嗟に出てこなかった。
もしその言葉を言うことが出来たら、彼女は戻れたはずだ、とトレーナーさんは今も後悔している。
「私と関わってしまったからアナタはあの子たちに狙われる様になってしまった。私があの時、彼らに利用されてしまったからアナタは右足を壊してしまった……
あの事故の時、私に罵詈雑言をアナタは浴びせる権利があった……なのに……アナタは真っ先に私の心配をした。だから……だから私は……」
彼女の頬に涙が伝う。
彼女はトレーナーさんからの暴言、暴力に心の救いを求めた。
しかしトレーナーさんは彼女に暴言も、暴力も浴びせずにただ、彼女の心配をした。
だからマンハッタンカフェさんの心に罪悪感が深く根を張ってしまった。
「アナタの隣で贖罪をしたい……いいえ、させて……下さい……!!」
トレーナーさんは彼女の気迫に押され、何も言うことが出来なかった。
ただ出来たことは、彼女の頭を優しく撫でようと腕を伸ばしただけ。
ただその手も、彼女の頭を優しく撫でる事は出来ず、腕を伸ばしただけですぐに下げてしまった。
トレーナーさんは、今はこれ以上彼女に優しくしたら、彼女は更に罪悪感を植え付けてしまうと思ったから。
「……分かった」
トレーナーさんは、彼女にそう言うことしか出来なかった。
重たい話に僕は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
だから謝ったけれど、トレーナーさんは笑って許し、マンハッタンカフェさんを呼んでコーヒーのお代わりを淹れてくれた。
「どうぞ……」
「マンハッタンカフェさん、ありがとうございます」
彼女は淹れたコーヒーを出すと、トレーナーさんの隣にピタリとくっついた。
「もうお話は終わりました……?」
「うん、もう話し終わったよ」
トレーナーさんはそう言って彼女の頭を優しく撫でる。
どうやら彼女は昔の話に対してトラウマがあるだけで、今の二人の関係はただの恋人の様に見える。
「マンハッタンカフェさん、長い時間トレーナーさんをお借りしてすみません」
「い、いえ……お気になさらず……」
彼女の頬が少し紅潮する。
しかし、彼女の尻尾はソワソワしている。
カワイイ。
と、店の時計が午後五時を知らせる。
「あ、そろそろ寮に戻らないと」
僕は慌てて残りのクッキーとコーヒーを頬張り、荷物をまとめた。
二人は僕の様子を見て笑っていたので、ちょっと恥ずかしい。
「あれ? クッキーとおかわりしたコーヒーの代金が入ってないですよ?」
「クッキーとおかわりのコーヒーは私とカフェの昔話を聞いてくださったサービス……と言うことで」
トレーナーさんはそう言って悪戯な笑みを浮かべる。
あの時の事故から後悔はしているようだが、誰かに話すことが出来てスッキリしたのだろう。
今度来た時は、二人はどこまでの関係に行ったかとか聞こうかな?
「……あれ? そう言えば結局、なんで二人で引退した後に喫茶店やってるのか聞いてないや」
もしもトレーナーさんが怪我して杖が必要な生活になったらの妄想でした。
正直マンハッタンカフェのいろんな表情を見ることが出来るのはアグネスタキオンだけでずるいなーなんて思いながら育成していたら「そうだ、霊障があるじゃまいか」ってことで書きましたね。
マンハッタンカフェを利用してトレーナーさんを連れて逝こうとした描写をしていた時の自分の顔を鏡に映ったのを見た時は邪悪な顔だと思った。
次は病んなデレのマンハッタンカフェを書きたいな。
2021/11/11 本編の最後にセリフを一つ追加