黒い風が駆ける。
「ak uhtiok ah reniart」
廃墟に寝かされる男を見下ろしながら怪人が呟く。
牛のような足の関節の足。
しかし蹄の先は二つには別れておらず、アーチ型の見覚えのないもの。
胸部には怪人が女性である事を表す膨らみにそれを保護するような鉄の装甲がある。
腕の先は鋭利な鉤爪が生えており、また、両肩には蟷螂の様な鎌状の突起が生えていた。
そして怪人の顔は右半分を多くの虫の複眼で覆われている。
「urerihsah atam ah ihsataw aberi ag uhtiok ……!!」
そう言って異形が男に手を伸ばした時だった。
一人の少女があら駆けつける。
「やっと……見つけました……!!」
「agokok ezan!?」
その問いに答えるように少女は謎の機械を腹部に当てる。
それは瞬く間に彼女の腰に装着され、待機音を静かに鳴らし始めた。
「変…身……っ!!」
そして一言、その言葉が発せられた瞬間、少女の姿形が変わる。
「彼を……返してもらいます……」
影が……夜が……覗き込む。
◆
とある公園のベンチ。
そこで男が黒いウマ娘に膝枕をされていた。
ウマ娘は耳をピョコピョコと踊らせながら、男の髪を撫でている。
「……んん……ん……あ……れ……?」
「おや……起きてしまいましたか……」
男の瞼が開いた。
目が醒めたばかりなのか、彼の思考はまだ回らない。
「おはようございます……と言ってももうお昼ですよ……?
それに、こんな所でお昼寝とは……。
あなたは彼らに好かれやすい……ですから危機感というものをいい加減持って頂けないでしょうか……?」
「ご、ごめん、カフェ……」
頭を掻きながらカフェ――マンハッタンカフェのトレーナーは身体を起こす。
彼女が長時間ひざ枕をしていたのが、後頭部に残る熱が手でまだ感じられるところから分かる。
しかし、いつから自分が寝ていたのか分からなかった。
「それにしても、君のトレーナーになってからよく君にひざ枕をされている気がするよ」
「そう……でしょうか……?
もしかして嫌……でした?」
何気なく呟いたそれが彼女を悲しませてしまった。
慌ててトレーナーがフォローを入れると、彼女は先ほどの悲しげな雰囲気が嘘のように笑う。
それが最近の二人がよくするやり取り。
「でも……一度病院に行ったほうがいいのかな。
流石にいつのまにか寝ていて、しかもトレセンの外にいるんじゃ夢遊病かもしれないし」
「……大丈夫ですよ。多分疲れが溜まっているだけです。
ええ、きっと……きっと、そうです」
トレーナーは思い当たる身の回りの心霊現象を思い浮かべると、それに納得する。
おそらくよく意識が途切れる寸前に見える化け物も疲れで見えていただけなのだろうと結論づけた。
しかし、移動しているのは流石に理由がつかない為、もう少し様子を見てから病院に行く事を内心で決める。
「そろそろトレセンに帰ろうか」
「ええ、そうですね」
「……あ、そういえば今日は平日――」
その言葉にマンハッタンカフェはそっぽを向く。
何かを察した彼は急いでカフェを連れてトレセン学園に戻った。
◆
最近、トレセン学園ではとある噂が流れていた。
怪人とそれを相手する黒い影。
噂好きな少女達らではあるが、怪人はよく人を襲っている姿を目撃されているらしく、この噂話は興味と言うよりかは恐怖の共有である。
―ねぇ、まただって……。
―ええ? またなのぉ……。
―私、見ちゃった……!
―嘘ォ……ホントなの……?
廊下を歩く度に、マンハッタンカフェの耳にその様な会話が聞こえてくる。
怪人……。
これまで多くの怪人の容姿が目撃されていた。
それらの特徴に共通するのが虫の体の一部と他の動物の体の一部が融合した悍ましい人型である事。
今回の流れてきた噂でも、類似する様なものはあれどやはり今までに見たことの無い動物だった様だ。
「いったい……いつからなのでしょうね……」
怪人が現れたと言う噂。
最近はこの噂の濃度が濃くなってきたせいなのか、良くない者らが活発になっていると彼女は感じ始めていた。
「……今は解決策を考えるよりは対処を安定させないと……ね」
そう呟いて彼女は放課後の廊下を静かに渡った。
◆
時刻は少し遡る。
マンハッタンカフェのトレーナー、
正面にはこのトレセン学園の理事長の秋川やよいが腕を組んでいる。
「さて、真崎トレーナー。今回貴方が呼び出された理由は分かりますか?」
理事長の後ろに立つ駿川たずなが口を開く。
部屋の雰囲気がやけに重い。
「それは……私が最近いつのまにか学園の外に出ているからですよね」
「それによってマンハッタンカフェさんが勝手に外へ出てしまっています」
真崎は予感がしていたのかすぐに答える。
そして与えられるであろう罰も受け入れるつもりである。
「……如何様な処分も受け入れる所存です」
「ああ、いえ、そこまでの話ではないんです」
しかし、その様な覚悟は空ぶる。
そして今度は理事長が口を開いた。
「緊急!! 実は本日この様な写真がネットに上げられていた!!」
たずなが同時にタブレットの画面を見せる。
そこには謎の異形に担がれている自分の姿が写っている写真であった。
コメントには映画の撮影なのかと言う疑問のもの。
しかし、真崎にはその異形の容姿に見覚えがあった。
「この写真の抱えられているには真崎トレーナー、貴殿で間違いあるまいな?」
「は、はい……でも何で……疲れで見えた幻覚なんじゃ……」
SNSに投稿されていたのはこれだけではなかったらしく、数枚のスクリーンショットも見せられる。
どれも記憶にある異形の容姿と酷似するものがある。
「全部……俺の意識が落ちる前に見えてた……」
この画像達が本物なら、自分は担当に危険を近付けていた事になる。
「真崎トレーナー?」
「……すみません、少し考え事をしてました。それで俺、いえ、私は何をすればいいんでしょうか?」
真崎は二人に問いかける。
この画像を見せる為だけに呼び出したわけではないだろうと、そう考えて。
「しばらく貴方には隔離を――」
「その話……待っては貰えませんか?」
たずなの言葉を遮って、理事長室の扉が開かれる。
現れたのは彼の担当するウマ娘、マンハッタンカフェだった。
「カフェ……?」
「マンハッタンカフェさん、これは貴女の安全を守る為でもあるんですよ?」
「……それではダメなんです」
そして、彼女は懺悔をするかの様に、タブレットに映る異形について語り始めた。
◆
生き餌。
生きた小動物を加工せず餌にする事。
また生餌、活き餌、活餌とも表記する。
これが彼の、真崎活会の性質である。
『アレは彼等よりも
担当のウマ娘から語られた自分の性質。
それが脳内に反響している。
しかしそれは、彼女の事が信じられないから起こっているわけではない。
むしろ、活会は彼女の言うことを信じて直ぐに受け入れた。
奇怪なものに向けられる様な視線を耐える。
「なぁ、カフェ?」
「はい、何でしょうか?」
真隣で、活会の腕を組みながら座る彼女。
トレーニングの休憩中とは言え、それでも近すぎる。
「腕を組む必要は無いんじゃないかな? それに……見られてる」
奇怪なものに向けられたと言う表現は誤りだった。
どちらかと言うと、恋愛ドラマの様な光景を現実で眺めている少女達の期待の眼差し。
「トレーナーさんは嫌……ですか……?」
「い、いや、そう言うわけじゃ……ってそうじゃなくて、俺みたいな男とこんな格好してたらマズイと思うし、君に変な噂が流れないか心配で……」
成人済み男性と未成年女子。
指導者と生徒。
男と女。
「変な噂……ですか?」
キョトンと首をかしげるマンハッタンカフェ。
純真であるのか、それともその噂が流れても構わないのか彼には分からない。
「と、とりあえずそろそろ休憩終わりにしよう」
彼は逃げた。
◆
あれからマンハッタンカフェのトレーニングまで理事長室に避難(書類整理の手伝いなど)し、トレーニングがない日は彼女と過ごすと言う生活スタイルになった。
そのお陰か、異形に攫われると言う事が無くなった。
そう思っていた。
「クッソ……!!」
小さな空き教室の扉が強く、それも何度も叩かれる。
鍵は内側から掛けてはいるが、そこに箒で塞ぎ、さらに身体を預けた抑える。
「――!!!! ――!!!!」
扉越しに異形がいる。
事の経緯は簡潔に言えば、理事長室に向かう途中に人目も構わずに襲撃された。
そう、他の生徒がいる前でヤツは現れた
思い出すだけでも身震いが止まらない容姿。
見たこともない草食系四足歩行の動物の様な後脚を持つ謎の動物が、人を模った異形。
今回は恐らく蜘蛛が混ざっている。
背中から生えた大きな8本の節足に、蜘蛛の巣の様な紋様が浮かび上がっている身体。
あの時粘着性のあった右掌から放たれた糸を辛うじて避ける事が出来たが、今後同じ事は出来ない自信がある。
――ミシッ。
嫌な音が響いた。
それと同時に、扉を構成する素材であろう欠片が舞う。
そして……扉は破られた。
「nas reniaet atisam iraga in eakumo……?」
異形の声が耳に入る。
それだけで彼は睡魔に襲われる。
しかし今回の彼の行動は違った。
彼は睡魔に抗いながら、手元に落ちてたガラスの破片を自分の太腿に突き刺した。
その痛みで意識が覚醒する。
それと同時に異形は彼の行動に驚いて動きが止まった。
その隙を、彼女は見逃さない。
「トレーナー……さん……っ!!」
漆黒の髪を靡かせ、彼女が駆け付ける。
そして異形に一歩、踏み込み回し蹴りをその腰に入れる。
ウマ娘の、人の数倍もある膂力により異形は吹き飛ばされた。
そしてソレ前にマンハッタンカフェは立ち塞がる。
「akurus ow amaj!?」
「貴女はいつまで過去に縋っているんです……!!」
彼女と異形が睨み合う。
その間にも活会の足からは出血が続いている。
先の動いたのはマンハッタンカフェだった。
異形との間合いを一瞬で詰め、窓ガラスの方へ突き飛ばす。
そしてその隙に小さなカードケースの様なものを自身の腹部に当てる。
それは瞬く間に彼女の腰に装着され、待機音が静かに鳴り響く。
「彼の生の邪魔は……私が見過ごしません……
黒い鍵がケースの上にある鍵穴に挿し込まれる。
彼女がそれを軽く捻ると、カチリという音と同時にマンハッタンカフェの様な容姿の何かが、クスクスと笑いながら薄っすらと現れた。
そしてソレが彼女を背後から抱きつく様に腕を首に回す。
気付けは彼女は黒い鎧を身に纏っていた。
その姿は日曜日の朝に放送される覆面の戦士と酷似している。
「影を……追いかけてみますか?」
腕を伸ばし、そして胸元に引き寄せる様に掴む仕草。
その戦士の正体が彼女である事の証明。
「osuk !!」
異形の右手から太い糸が射出される。
しかし、マンハッタンカフェはそれを掴むと、勢い良く自身の元へ引き寄せた。
そして体勢を崩しながら引き寄せられた異形の腹に拳を入れる。
鈍い打撃音が教室に響く。
「そんな姿になってまで再びターフの上に立つつもりですか?」
「urakaw ag inan on ihsataw in eamo!!」
彼女の蹴りで異形が窓ガラスに叩きつけられる。
そしてヒビが入る音と同時に、再び彼女の拳が異形の腹に入り、とうとう外へ出た。
◆
窓の向こうはグラウンドだった。
突如落ちてきた異形と黒い影に生徒やトレーナーらが逃げ惑う。
その間にも異形と影は鈍い音を立てながら殴り合っている。
「今までのよりもタフですね……っ!!」
マンハッタンカフェは一旦、異形から距離を取る。
そして変身に使用した鍵をベルトから抜く。
「ドロー」
そう呟くと、ベルトにあるもう一つの鍵穴に挿して捻る。
すると一枚のカードが鍵穴とは反対側の取り出し口から現れ、それを引き抜く。
描かれていたのはタロットカードの小アルカナの剣が一本。
「
いつの間にか彼女の手には剣が握られている。
そこからは彼女の一方的な攻勢が続いた。
「これで……決めます……っ!!」
再び鍵を抜き、同じ穴に挿す。
今度は捻らず更に叩きつける様に押し込んだ。
『OVERDRIVE→Type:Nightmare』
死の宣告。
彼女が何を言ったのかわからなかったが、本能で自身の危機を感じた異形は慌ててその場から退散しようと踠き始める。
しかしその抵抗は虚しく、周囲は夜に包まれ、何処からか彼女が投擲した剣が胸部に突き刺さる。
そして彼女が追い打ちに拳を剣の柄に入れ、貫ぬく様に刃が深々と刺さった。
「これは蜃気楼が見せた
異形の内側から無数の棘が生える。
そこから暗紅色の液体が噴出するが、ソレが何かを濡らすことはなく、噴き出た数秒で灰となって散って行った。
最後に残ったのは、異形に何故か付いているベルトにあった泥に汚れている錆びだらけの蹄鉄だけだった。
◆
「トレーナーさん……足は大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫。ちょっと細かいガラス片が少し残ってただけだから」
病院のベッドの上で笑って答える活会。
特に長期の入院ではないため、明日には直ぐにトレーナー業務に復帰できるであろう。
だが、まだ謎の異形の正体が分かっておらず、根絶やしされているわけではない。
そのため暫くは……否、元凶を取り除く日が来るまで彼が元の環境で働くことは難しい。
彼の病室を出る時、マンハッタンカフェは必ず彼の平穏のために元凶の切除を行う事を心の中で誓った。
)^p^(はい、続きません。
思い付いて既存のものがないか調べたりしながら書いたけど、二度と書こうと思いませんでした、まる。
一応異形、もとい怪人や変身したカフェの下手くそなイメージイラストは描いているので時間が出来次第挿絵に入れられるます。
怪人の設定とか多分そのうちあとがきに載ると思います。
因みに怪人の使用言語はもともとオリジナル小説に使用予定に適当に作ったやつを流用しようと思ってたけどなんやかんや(面倒臭かったから)あってボツになりました。
次はヤンなデレのカフェ書きたいなぁ……なんかいいネタ無いかなぁ……()