「…………さん…………さん――」
誰かが呼んでいる。
その声は聞き覚えのあるものではあるが、意識がぼんやりとしていて思考がまとまらない為誰なのかわからない。
次に感じるのは、声の主と思われる人物が自身の体を揺らしていること。
「――トレーナーさん……起きてください……トレーナーさん……!!」
『トレーナー』と言う単語をはっきりと認識する。
そこで声の主が誰かやっと誰か認識することが出来た。
「カ……フェ……?」
ぼやけた映像が鮮明になる。
目の前には美しい漆黒色のウマ娘が自身の顔を覗きこみ、声をかけながらその身体を揺すっていた。
「起きましたか……? おはようございます……」
そう言ってマンハッタンカフェは近付けていた顔を少し離す。
どうやら自分はトレーナー室で作業中に寝てしまっていたらしい。
身体を起こすと、自分がトレーナー室に置いてあるパイプ椅子で作られた簡易的なベッドで寝ていた事が分かった。
そして、何故かマンハッタンカフェの太腿を枕にしていた事も分かった。
「ご、ごめん!!」
「ふふっ、お気になさらず……」
咄嗟に彼女に謝るが、彼女は軽く笑って許している。
とりあえず彼女から離れようとした時、くらりと視界が歪み、急に立てなくなった。
マンハッタンカフェが咄嗟に身体を支えてくれなければ、そのまま頭を床に打ち付けていただろう。
彼女に礼を言うと、彼女はまた、微笑みかけてくる。
「もう少し……横になりますか?」
「い、いや、大丈夫だよ」
流石にこれ以上は彼女に迷惑をかけられない。
その為断ったのだが、直ぐに彼女はムスッと表情を変え、顔を近付けて来た。。
「トレーナーさんは最近仕事のしすぎです……もう少し休んで下さい……!!」
「で、でも……」
「でも、ではありません……担当しているウマ娘に心配されるほどアナタは疲弊しているのです……」
何も言い返せない。
確かに最近は疲れが異様に溜まっている気がする。
そのストレスで夜、なかなか寝付けない事も増えた。
「それとも……私の膝枕は嫌……でしたか……?」
「!?」
答えるのに言葉を選ぶのが必要そうな問いが飛んでくる。
どう答えるべきか考えていると、不意に背後から誰かにドッとど突かれた気がした。
突然の衝撃で前にフラついてしまい、マンハッタンカフェにぶつかりそうになる。
しかし、彼女を押し倒してしまった、と言う事は無かった。
……それよりも酷い状況である。
「やはりお疲れのようですね……」
そう言いながら彼女は頭を抱きすくめ、その髪を優しく撫でてくる。
彼女に頭を撫でられる度に、フワリと珈琲の香りが優しく鼻をくすぐる。
胸に埋められた顔を離そうにも、疲弊しきった身体と今の体勢からあまり力が入らない。
彼女に誘導される様に、再びパイプ椅子で作られた簡易的なベッドに横になる事となった。
枕は彼女の太腿。
この状況を誰かにでも見られたりして、理事長にまで話が行ってしまえば大問題となってしまう。
しかし、無理矢理起きようとしても力が入らない。
「大丈夫ですよ……トレーナーさん……今夜は誰も来ませんから……」
「それってどう言う意味……?」
「言葉の通りです……今夜は私とアナタの二人っきりです……」
言葉の意味を理解できない。
二人っきり。
自分とマンハッタンカフェの二人。
彼女の口からは『お友だち』と言う単語が今の所一言も無い気がする。
「『お友だち』は……?」
「『お友だち』は……さっきこの部屋から出て行きました……だから二人きりです……」
彼女はそう言いながら微笑みかけてくる。
何故だろう。彼女のその表情を見ていると、何か、深く真っ黒な何かに飲み込まれるような錯覚を覚える。
「……トレーナーさん」
マンハッタンカフェが話しかけてくる。
「……何?」
「ひとつ……私はアナタに謝らなければいけません……」
彼女の様子がおかしい。
思えば、今日の彼女はいつもよりも積極的な気がした。
トレーニングでも、休憩時間でも、彼女はこちらの袖を掴む事が多かった。
それに、何度か声を掛けられてはぐらかされた記憶もある。
「トレーナーさん……」
彼女の顔が近付いてくる。
本能がそれを止めなかればならないと騒ぐが、先程よりも身体の動きが鈍くなっていて――。
――チュッ。
彼女のそれが唇に触れた。
頬を少し紅く染め、顔を離すマンハッタンカフェ。
彼女の耳は満足そうにピョコピョコと動いている。
「……一服、アナタの珈琲に盛らせて頂きました」
「
上手く発声も出来ない。
彼女の手が頬を優しく撫た。
「大丈夫ですよ、トレーナーさん……時間が経てば戻りますから……」
そう言って彼女は妖艶な笑みを浮かべる。
動かない身体を好き勝手にされているというのに、彼女のその笑みに見惚れてしまっている自分が彼女の瞳に写っていた。
その時、マンハッタンカフェが小さく呟いた。
「ただ……アナタの気持ちがどうなるかは……分かりませんが……」
この時、耳が酷く冴えていたため、その言葉を拾ってしまう。
とても寂しそうな声色で、今にも離れて行ってしまいそうだ。
無理矢理感覚の鈍い腕を持ち上げる。
その手で彼女の頬を優しく触れた。
「
結局、自分は彼女に魅入られてしまったし、魅入ってしまったのかもしれない。
だから、彼女を拒絶することが物理的にも、精神的にも出来なかった。
持ち上げた腕が限界で、スルリと彼女の頬から離れる。
その手を彼女は咄嗟に掴み、もう一度自身の頬に当てた。
「トレーナーさんの手……あたたかい……」
掴んだ手に頬ずりをしながら彼女は言う。
そしてペロリ、と舐めた。
その行動に驚いたが、無意識に行っていたようで、彼女自身も驚いている事が表情で分かる。
顔が赤くなった彼女は掴んでいた手をそっと離し、こちらの顔を恥ずかしそうに塞いで来た。
「こ、これは、その、えっと……み、見ないでください!!」
雑に塞がれていた為、彼女の指の隙間からその表情が見える。
目は泳ぎ、言葉が詰まっているようだ。
身体の動きはまだ鈍いが、辛うじて発声出来るようになっていた。
「み……て…………な…い……よ…………」
「そ、そう……ですか……」
彼女は指の隙間から見えるこちらの目を見る。
見られていた事に気が付いた彼女は、先程の恥ずかしがっていた表情からムスッとこちらを睨んだ。
「見ていましたね……」
まだ顔を赤く染めているところに少し癒されてしまう。
人差し指で押したくなるような小さく膨らんだ頬だが、あいにく今は身体を動かすのがままならないので少し残念に思った。
「もう……ですが――」
彼女の手が離れる。
視界が広がると同時に、彼女の顔が大きく写った。
「今は私が、アナタを好きにできる状態ですからね」
カーテンの隙間から差し込まれる日光で目がさめる。
外の騒がしさは朝練の子の声だろうか?
昨夜の事を思い出しながらパイプ椅子の上に横になっていた自分の体を起こそうとした時、重さを感じた。
自身の上に視線を向けると、彼女が上で寝ていた。
「ん……くふぅ……」
彼女の安らかな寝息が聞こえてくる。
胸元あたりに顔を置かれている為、起き上がる事ができなかった。
そんな時、トレーナー室に近付く足音が廊下に響き渡る。
不味い、この状況を見られてしまったら……と思っていると、トレーナー室の扉が勢いよく開かれた。
「あれ? 鍵が掛かっていませんね――」
扉を開けた主と目が合う。
「き、桐生院トレーナー……おはようございます……」
気不味いが、とりあえず挨拶をする。
しかし、大きな声で叫ばれると思っていたのだが、彼女の反応は違った。
「え、えっと……その……血……大丈夫ですか?」
「血……?」
桐生院トレーナーが自身の首を指差していたので、自分の首を撫でてみる。
特に指には何も付着していない。
こちらが首を傾げていたので、彼女は鏡を探すとこちらに見せて来た。
「え、」
所謂キスマークと言うものなのだが、首の裏まで血が滲んでいる。
恐らく強く吸われていたのだろうが、これではまるで……
「首輪……」
上で寝ていたマンハッタンカフェを見る。
彼女は既に起きていた。
「おはようございます、トレーナーさん……」
笑顔で朝の挨拶をする彼女。
しかしその眼は、捕食側の生物の様に鋭いものだった。
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返信したかったのですが、嬉しさのあまり語彙力が逃げてしまったのでこちらの場をお借りして御礼申し上げます。
これは関係のない話になってしまうと思うのですが、猟奇的に直結するのはヤンデレ?ってなりますよね。
まだキャラからその愛する対象への愛を感じられれば問題なのですが、すぐに殺傷とかされるとコレジャナイ感が凄い。
外堀埋める、自分に依存させる、陰ながら見守っている、他人と孤立させる、監禁……イイヨネ。
今回のはカフェはどちらかと言うとライトなヤンデレだと思うので、次回またヤンデレ系の書くとしたら監禁か外堀埋める系になると思われます。
P.S.カフェに首筋噛まれて吸血されたい人生じゃった……
吸血時は快楽とか催淫とか無しのやつであればなお良し()