その日、私は『お友だち』と一緒に新しいコーヒー豆を買いに出かけていました。
トレーナーさんの好きな味を知ってからその豆をよく使っていたのですが、我ながら気が抜けてしまっていた様で、豆の補充を怠ってしまいました。
街のいたるところに目が行ってしまいそうになりますが、あまり目立たない様にしませんと……
「っ!?」
贔屓にしているお店に入ろうとした時、突然黒い猫が飛び出してきました。
それに驚いてしまい、飛び出してきた黒猫の方に視線を向けると、彼は付いて来いと言わんばかりにこちらを見ていました。
私は『お友だち』に一度視線を移すと、『お友だち』は頷きます。
「……では、案内をよろしくお願いしますね」
私の言葉に黒猫は一度鳴くと、背を向けて歩き始めました。
彼の後を私が付いて行くと、彼はカップルが多いお店の前で止まりました。
そして一つ鳴き声を上げると、直ぐにその場を離れていってしまいます。
「あ、あの――」
黒猫を呼び止めようとした時、私は咄嗟に身を隠してしまいました。
何故なら、彼が案内したお店にトレーナーさんがいたのです。
彼が私をここまで連れてきた理由は知りませんが、直ぐに離れるべき状況で私はトレーナーさんのことを……いえ、トレーナーさんの向かいの席に座っている方に目が釘付けになりました。
「あの女性は……誰でしょうか……」
――パキッ
トレーナーさんと楽しそうに話している様子を見ていると、少し胸の辺りが重さを感じました。
『お友だち』が声を掛けてくれなければ、私はその場でずっと動けずにいたでしょう。
なんとか意識を集中させ、私はその場から離れました。
☕️
豆の補充をする為に出掛けたものの、前回の出来事がまだ私の胸に痞えていました。
そして最悪な事に、またトレーナーさんがあの女性と共に歩いているのを目撃してしまいました。
あの日から、トレーナーさんと一緒にいた女性に嫌悪感を持っている自分が嫌で仕方ありませんでしたが、それがどうでも良いと思える程に真っ黒な感情が湧き上がるのを感じました。
だから私は、トレーナーさんたちを尾ける事にしました。
「何故、腕を組んで……」
「そこで手をつなぐ必要は……」
「あの人は私の……いえ、私は何を言って……」
「トレーナーさんのあの表情……見た事がありません……欲しい……」
二人が楽しそうに笑い合う度、私の胸の中が荒れました。
大きな声で叫びたくなりました。
トレーナーさんに抱き着き、あの女に対抗したいとも思いました。
しかし、そこで妙案が浮かび、私はそれらは実行せずに寮に戻りました。
「明日、タキオンさんに頼んでみましょう。おそらく余っていると思いますし」
ガラスが割れるような音がこの時聞こえました。
しかし、私はその音に意識を向けません。
だって、大事な用事が出来ましたから。
☕️
タキオンさんに聞いてみたところ、やはり余っていた様で頂くことが出来ました。
しかし何故でしょう。
何故、彼女は私の顔を見て驚いていたのでしょうか?
確かに寝不足で、ユキノさんにも酷い顔と言われましたが、そんな事よりも大切な事があるんです。
だから――
「カフェ、顔色が酷いけど大丈夫か?」
目眩で視界が歪み、私は床に頭を打ちつけそうになりました。
そこで誰かに身体を支えられたかと思い、その声の主に視線を向けると、彼が、トレーナーさんが心配の表情をこちらに向けていました。
「トレーナー……さん……」
「今、保健室まで運ぶからなっ」
「トレーナーさん!?」
彼はそう言うと、突然私を抱え急ぎ足で保健室に向かいます。
しかしその抱え方が抱え方で、ほかのウマ娘たちに注目されてしまい、私は彼の顔も見えない様に腕で自身の顔を隠すことしかできませんでした。
もう少しこのままでいたいと思っているうちに、保健室に着いてしまいました。
彼はベッドに私を寝かせると、酷い顔色について聞いてきました。
私の身も心もがこうなったのは全てアナタの所為、と思いましたが、それを言う勇気は無く、ただ考え事をしていたら寝不足になってしまったと誤魔化しました。
「何か困った事があれば言ってくれ。内容によっては解決法は見つけられないけれど、悩み事とかは誰かに話す事で少しは軽くなると思うから」
―アナタが原因ですよ?
「はい……その時はよろしくお願いします……」
―お願いですから……これ以上私の心を掻き乱さないで……
「とりあえず今日のトレーニングは休もう」
―そんな顔で見ないでください……
「ご迷惑をおかけします……」
―欲しくて堪らなくなってしまいますから……
⏳☕️⌛️
気が付けば見知らぬ部屋に鎖で繋がれていた。
記憶があるのは、保健室で安静にさせていたマンハッタンカフェの様子を見に言った時、彼女の淹れてくれたコーヒーを飲んだ所まで。
いつもと味が違う事を伝えると、豆の補充を忘れてしまって別のを使ったと言う。
カフェもそんな失敗をするんだと微笑ましく思った時に……そう、その時に突然睡魔に襲われたのだ。
「……」
直前の記憶を思い出しながら自身が今いる部屋をよく観察すると、以前片付けを手伝った、今はもう使われていない宿直室だと言う事がわかる。
鎖の長さを確認する為、立ち上がって近付くもギリギリ扉に届かない。
ただ、部屋の中にあるトイレには余裕で届く。
鎖が繋がっている首輪を外そうと弄っていると、誰かが廊下を開く音が聞こえてきた。
その足音は宿直室の前で止まると、今度は扉の鍵を開け始めた。
どうやらただ扉に鍵をかけただけでは無く、鎖で固定していたりしていたらしい。
そして扉が開かれる。
「おはようございます、トレーナーさん……と言ってももう夕刻ですが……」
担当していたウマ娘のマンハッタンカフェだった。
しかし、様子がどこかおかしい。
ゆっくり歩み寄ってくる彼女に、なぜか恐怖を感じている自分がいる。
足が、彼女が近寄る毎に後ろへ動く。
そして自分の足に躓いて尻餅をつくと、彼女がウマ乗りになってきた。
「そんなに怯えてしまって……私が怖い……ですか……?」
そっと彼女の手が頬を撫でた。
ゾクリと背筋に悪寒が走る。
脂汗が余計に体温を下げ、身体が震え始めた。
「震えていますね……身体が冷えるといけませんし、私が温めて差し上げましょうか……?」
「ど……し…て……」
無理矢理声を絞り出す。
「どうして……と言われましても……原因はアナタとしか言えません」
自分の所為だと彼女が言うが、身に覚えがない。
一体、何が原因なのか疑問が浮かぶと彼女は続けて言った。
「ただ、アナタはわからない様なのでお教えしますね……」
この後の口が耳元に近づく。
「アナタが他の女性と仲良く並んで居たからですよ」
怒気を孕んだ声色に驚いて固まってしまう。
一瞬、何かに丸呑みにされた様な感覚もあった。
ただ、彼女の頭が耳から離れたと同時に強張っていた身体は一気に解け、身体から汗が一気に噴き出てきた。
呼吸が止まっていたらしく、肺に酸素を送り込もうと息が荒くなる。
顳顬から頬を汗が伝う感触がとても気持ち悪い。
「トレーナーさん……」
首輪か伸びる鎖をマンハッタンカフェが握る。
そしてそれを引っ張ったかと思うと、彼女の顔が目の前に現れた。
「あの女は……誰?」
荒れた瞳が覗き込む。
あの女、とはおそらく同じ学校に通っていた、仲の良かったクラスメイトの彼女だろう。
自分の担当していたウマ娘、マンハッタンカフェのファン。
その事を伝えたかったが、その前にマンハッタンカフェが答えるのを阻んできた。
「いえ、やっぱり聞きたくありません……ですが――」
数秒、唇が塞がれる。
短い時間のはずだったが、とても永く感じた一時。
彼女は頬を赤らめながら恍惚の表情で言った。
「アナタはワタシのモノです……ですからこうなった責任……取ってください……ね?」
推しに監禁されたい人生じゃった……
最後は状況的にカフェではなくてトレーナーさんの視点にしました
感想、ブクマ、圧倒的感謝……!!( ;∀;)