「〜♪」
とある休日の午前四時。
トレーナー寮の廊下を鼻歌交じりに歩く影。
機嫌良さそうに向かう先は、とあるウマ娘を担当しているトレーナーの暮らす部屋。
目的の部屋に到着すると、その影は迷い無くヘアピンを取り出して鍵穴に差し込んだ。
暫く鍵穴を弄っていると「カチリッ」と音が鳴り、鍵が開いた事を知らせる。
そっと、静かに影は部屋へ侵入し、迷わず台所に立った。
部屋の主人を起こさぬ様作業し、完成したものをテーブルの上に置く。
そして部屋の主人が寝ていると思われるベッドまで歩み寄り……
「……アナタの愛バが来ましたよー」
耳元で囁く。
しかし部屋の主人は安らかに寝息をたてているだけ。
目覚める気配すらしない。
「……ふふっ、可愛らしい寝顔」
前髪を少し退かし、無防備に寝顔を晒している主人の頬に軽く唇をつける。
そして今度は覆いかぶさる様にベッドに上がった。
はだけた寝間着から覗く自身のトレーナーの首筋。
そこに顔を近づけ、スンッと一嗅ぎ。
「おいしそう……食べてしまいたい……」
ペロリと首筋を舐める。
少し痒かったのか、トレーナーが寝る姿勢を変える為に寝返りをうった。
トレーナーの脂と寝汗の味を堪能し、表情を蕩かす。
「欲しい……欲しい……」
(欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい――)
湧き上がる欲求。
それを口に出して発散し、行動に移すのを抑える。
一旦、トレーナーから離れ、テーブルの上に置いて置いたものを手に持つ。
両手でコップを包む様に持ち、それに淹れたコーヒーを一口、口に含んだ。
寝顔を眺めながら一口、また一口飲む。
「トレーナーさん……やはり昨日から私、少し変なのかもしれません……」
◆
時は遡る。
場所はマンハッタンカフェとアグネスタキオンが共有している教室。
そこでマンハッタンカフェがのんびりしていると、突如アグネスタキオンのスペースから白い煙が雪崩れ込んできた。
そこから彼女の意識は遠のき、気が付いたら保健室で寝ていた。
そこに一番初めの違和感が彼女を襲う。
「この……記憶は……?」
なにかを演じている自分。
しかし身に覚えがない。
それに、いつも自分を支えてくれているはずの存在が居たはずなのに、その姿が見えない。
「トレーナー……さん……」
「カフェ! 大丈夫か!?」
保健室の扉が勢いよく開く。
自身のトレーナーが来て、彼女は喜んだ。
そしてまた、違和感を覚えた。
「え、ええ、今起きましたけど体調は問題無いです」
「そうか……よかった……」
目の前に立っているトレーナーの全てを何故か欲している自分。
安堵の表情を浮かべる彼がとても愛おしく思い、心の底から所有したいと言う渇望が見え隠れする。
そしてその感情がいつものことの様に感じている自分。
しかし、彼に心のうちに悟られぬよう平気を演じた。
「ねぇ、トレーナーさん……」
「なんだい? カフェ」
「少し……近寄ってもらっても良いですか?」
試しに彼に近づいてもらう。
彼が近付くと、急いでいたのか汗の匂いを彼女は感じ取った。
「スンスン……汗の匂い……」
「ごめん、臭かったかな? ちょっと離れるね」
「いえ、そういう訳じゃ無いです……その、ご心配をおかけしました」
彼の匂いで少々興奮状態になった彼女は己の欲を抑えながら微笑む。
必死に恍惚に歪む表情を演技で隠し、彼の手を取る。
「もう、平気なので……トレーナーさん、引っ張ってもらっても?」
「わかった。でも無理はしない様にね?」
「ええ、勿論」
「トレーナーさん……トレーナーさん……トレーナーさん、トレーナーさん、トレーナーさん、トレーナーさんトレーナーさんトレーナーさんトレーナーさんトレーナーさん――」
トレーナーと別れ、寮へと戻る途中。
彼女は彼の手を握った両手で口と鼻を覆い、匂いを堪能する。
脳内の思考を抑制出来ず、呟きとして口から漏れる本能。
自身の手に付着した彼の手汗と僅かな体臭。
頭の中は彼の事で一杯だった。
「どうしてこんなにもアナタを欲してしまうの……?」
気が付けば自分の部屋に到着している。
同室のユキノビジンは既に帰ってきている様だ。
部屋に入ると彼女はマンハッタンカフェが保健室に運ばれた事を聞いてたのか、心配してくれていた。
そこに何かいいことがあったのか聞かれた様だが、マンハッタンカフェは所々はぐらかして今日の出来事を話した。
◆
そして現在。
マンハッタンカフェはトレーナーの寝顔を肴に飲んでいたコーヒーの、最後の一口を飲み干す。
時刻はそろそろ五時。
部屋は目覚まし時計の秒針の時を刻む音が鳴り響く。
休日の朝は静かで、時折外で小鳥が囀るのが聞こえてくる。
カチッと音が鳴り、突如目覚まし時計がけたたましく鳴き始めた。
「っ!?」
突如鳴り出した目覚まし時計に驚き、尻尾が逆立つ。
騒がしく鳴り響く目覚まし時計を、眠たげなトレーナーが苛立ちを込める様に叩きつけてすぐに止めた。
そして瞼を擦りながら時計で時刻を確認し、スマートフォンを取り出す。
今日が休日で、特に通知も来ていないことを確認すると再び寝る姿勢に戻った。
しかし、部屋の中に漂う仄かなコーヒーの香りに気が付き、真横に接近していた彼女の存在を知る。
「か、カフェ!?」
「ふふっ、おはようございます、トレーナーさん……」
「どうして部屋に……。鍵、閉め忘れてた?」
彼女が何故か自分の部屋にいることの衝撃で眠気は吹き飛んだ。
しかし、考えは纏まらない。
必死に思考を巡らせていると突然、彼女は自身の首筋に顔を埋めてきた。
「か、カフェ!?」
「トレーナーさん……私、昨日のあの時からオカシイんです……」
彼は無理矢理彼女を引き剥がそうにも、ビクともしない。
それどころか、彼女の拘束してくる力は増すばかりだ。
「アナタの事が四六時中頭から離れないんです……」
ゾクリとトレーナーの背筋に悪寒が走る。
彼女が人差し指で、スーッと背中をなぞったのだ。
マンハッタンカフェは続けて言う。
「アナタが欲しくて、独り占めしたくて、愛したくて……手で、頬で、目で、口で、全身でアナタを感じていたくて……」
「――ッ!?」
首筋に痛みを感じた。
そして同時に何か雫が皮膚に溢れ出し、それを湿った何かに拭き取られている。
「カフェ……?」
『噛まれた。』『吸われている。』『噛み跡を舐められている。』
思考が一気に加速する。
彼は今自身が置かれている状況をやっと理解した。
「カフェ……落ち着いたら話そうか。落ち着くまで待つから」
今の彼女は冷静さを欠いている状態である。
彼女が落ち着くまで彼は待つ事にした。
そして彼女が落ち着いた頃、噛み跡は綺麗に残り、その周りには彼女の唾液で濡れている状態であった。
「落ち着いた……?」
「いえ……まだひと段落と言ったところでしょうか。ですが、抑えることは出来ます」
まだ足りていなかった事に驚く。
噛み跡を付けて、吸って、舐めてまだ足りていない。
彼女の視線はあの噛み跡を付けられた場所。
背中を向ければ彼は襲われるだろう。
「あー……それで……どうしてこの部屋に? 鍵はちゃんと閉めていたはずなんだけど」
「開けました」
マンハッタンカフェは解錠に使ったヘアピンを取り出す。
不法侵入。
「……倫理って分かるよね?」
「ええ、勿論です。ですが……アナタと比べれば優先度は低いものでしょう?」
いつもの彼女とは思えない、深く淀んだ瞳が覗く。
「『お友だち』は?」
「『お友だち』……? なんで、す、か……」
突然、彼女が額に手を当てて呆然とし始める。
目は大きく見開いて泳いでいる。
「分からないんです……」
「分からない?」
「あの時……保健室で目が覚めた時からアナタが欲しくて……」
トレーナーのスマートフォンに通知が飛んでくる。
相手はアグネスタキオンのトレーナーからだった。
「『お友だち』も見えなくなってしまいましたし、そもそも分からないんです。
『お友だち』の姿がどんなのだったのかも、私の気持ちも、感情も……。
頭の中で記憶がグチャグチャで、何を見て何を感じていたのか、どうアナタに接していたのかも全部……全部分からないんです。
それでも、アナタへの気持ちが強くて、愛したくて、愛されたくて、嫌われたくなくて、食べたくて、食べられたくて、それで……それで――」
吐露される彼女の本心。
トレーナーは通知の内容を確認すると、彼女の様子を見てある事を決心する。
「カフェ、その気持ちはちゃんと君自身のものだよ。だから安心するといい。ただ……」
「ただ……何でしょう?」
「薬の効果は24時間で切れるけれど、それまでの記憶は恐らく元の君にとっては恥ずかしいものになると思うんだ」
そう言ってトレーナーは自身に作られた噛み跡の場所を指差す。
しかし、マンハッタンカフェは余裕そうな彼の様子に少し嫉妬心を抱く。
「……狡いです、アナタは。私が今、我慢しながらアナタと話しているのに誰かと話していたのですね?
恥ずかしい記憶? そんな事よりも私を見て……?」
未だベッドの上。
マンハッタンカフェは彼を押し倒すと、そこにウマ乗りになる。
「もう……歯止めは効きませんから」
「カフェ――」
◆
ちょうど、昨日マンハッタンカフェが煙を吸い込んで倒れた時刻になった。
彼女はトレーナーの部屋のベッドの上で、彼の布団を深々と被り羞恥に悶えていた。
「ッ〜〜〜〜////」
「……気にしてないから落ち着い――イテッ」
何かに殴られるトレーナー。
彼の首筋から胸元にかけてキスマークがたくさん作られている。
そして彼女が羞恥に悶えしまう直前は、フレンチキスをしていた。
勿論トレーナーも彼女も初めてである。
しかし、彼女はそれ以上に彼にやらかしていた。
やっと彼女が顔を出す。
普段のクールな表情は何処にもなく、頬を赤く染めて彼女は彼を見る。
「タキオンさんには後でお話をしませんと……。それとトレーナーさん」
「……はい」
「今回の事は忘れてください」
「……無理でsイタッ」
「『お友だち』もそう言っています」
「わかった、わかったから」
「それと、今回の事は一緒のお墓にまで持って行きましょうね」
「わかっt……ん?」
感想・ブクマ・評価、ありがとうございます!!!!ヽ(;▽;)ノ
ハーメルン徘徊中に原案カフェのを読んで発作的に書いたんですよねこれ
ちゃんとバレンタインにはバレンタインの物を投稿しますので乞うご期待
カフェになら肉体的に傷をつけられても許せる……と言うか傷を残してぇ……()