【完結】ゆかりさんの弟はスペランカー系恋愛つよつよ勢です   作:永瀬皓哉

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彼女が元カノになるまでの経緯と譲れない想い

 年末年始の攻防を乗り越え、姉と姉嫁の協力もありどうにか貞操を死守したたまきは、性の獣と化していたあかりが「人並みの変態」レベルにまで落ち着いたことを姉共々確認し、ようやく二人を家に帰した。

 そこに行き着くまでに、三が日はおろか一月の一週目を費やすことになったが、それでもどうにか峠を乗り越えたとポジティブな方向に捉え、それでもまだ信用しきれなかった数日は茜を頼り――そして今日も、茜は結月家に訪れていた。

 たまきの元カノと、たまきを今まさに狙っている異性。たまきが仕事で家に不在の時でも居座っている茜だが、意外にもこの二人の仲はさほど険悪でもなく、むしろ同性の友人としてとても良好だと言えた。

 

「お二人の距離感、おかしくありません?」

「距離感……? 恋人やないけどウチらここらじゃ知らん奴おらんくらいの親友やし……」

「親友でも向かい合って抱き合いながら何時間も読書しませんし、片方が寝てる時にもう片方がそれを抱き枕にして爆睡しませんからね」

「いやいやそんくらい誰でもやるやろ。……やるやろ? えっ、嘘やろ? みんなせぇへんの? ホンマに?」

「茜さんが本気でビックリしてることにわたしがビックリですよ」

 

 たまきと茜の付き合いは高校時代からだ。中学まで茜は関西の方に居て、一度別れた両親の内、父親について関西に行ったのが茜で、母親と共に都内に残ったのが葵。高校に上がる直前、両親がよりを戻したことで姉妹共に暮らすことになったのだが、その時に姉妹の進学先に合わせて引っ越した先が結月家の真正面であった。

 そのため、ご近所付き合いから始まった琴葉姉妹との関係は、同じ学校の同学年だったということもあり、当然のように深まっていった。特に茜とは入学直後の一年を同じクラスで過ごしたことや、体は脆弱だが口が達者で達観しているたまきと、関西弁で活発な印象はあるが実際は割とおっとりしている茜は、性格的な相性もよかった。

 だからこそ、高校時代の友人は大学に進学してすぐに二人が付き合い始めた時は「やっとか」みたいな感想を抱いていたというし、二人が別れたという話を聞いた何人かの地元民は心底驚いて、その理由を聞いて納得もしていたという。

 男女の愛において、しばしば「時間か質か」という話があるが、この二人の場合はその両方を兼ね備えていた。高校時代からすれば五年間、付き合い初めてから二年間。そして別れて9か月。二人はとにかく行動を共にする時間が多く、それ故に二人の間にある愛とも友情ともいえない繋がりの「質」は時間に比例するように密度を増した。

 しかし、青春時代を互いのために使い果たし、そして大学から今に至るまでお互い以外の異性をほとんど見てこなかった二人は、今になってようやく気付くのだ。

 

「もしかしてウチ、たまき以外の男の子との付き合い方わかってへん……?」

「えっ、ああいうの他の男性の方にもしてるんですか?」

「いやいやいや、さすがにウチかて誰にでもあんなんせぇへんよ。でもほら、たまきは親友やからええもんやと思てたわ」

「どう考えてもあの距離感とか会話とかは恋人のそれでしたよ」

「なんで付き合うてる時より恋人らしくなっとんねん……」

 

 付き合っている時よりも、というのは、二人が別れる最大の要因に繋がる言葉なのだろう。先に別れを切り出したのは茜の方からであった。理由は、これ以上「恋人でいようとするたまき」を見ていられなかったから。

 付き合いだしてすぐの頃には気付かなかった。しかし、数カ月もすれば彼の異変に気付くことは難しいことではなかった。

 

 買い物をしていて、体力も腕力も貧弱なはずのたまきが荷物を持つと言い出した時。

 普段からのんびりしているはずのたまきが、少し早めに待ち合わせ場所に着いた茜よりも早く待っていた時。

 茜がアルバイトから帰る頃になると、たとえ一駅離れた場所に居ても連絡を入れたら必ず迎えに来てくれることに気付いた時。

 そして決定的だったのは、先に約束をしていた友人に頭を下げて、後から入った茜との予定を優先した時。

 

 たまきはマイペースでおっとりとしていて、時々とんでもない毒を吐くこともあるが、それでもやはり根っこの部分ではとても義理堅い性格だということを誰よりも理解していたのが、茜だった。

 だからこそ茜はショックだった。互いをただの親友だと思っていた時は、相手が茜であってもよほどの理由がなければ「遊ぶ予定は先に約束していた相手が優先」と言っていたたまきが、異性との付き合いならばともかく同性と遊ぶ約束ですら、恋人であるという理由だけで自分を優先していることが。

 友達と恋人の違いとは何か。「異性間の友情」というものを信じている茜にとって、その差異を明確にすることは未だ叶っていない。性愛の有無、というのはもちろんあるだろう。しかし、だとしたら付き合い続けた三年間、一度も性的な交流のなかったたまきと茜が「恋人ではない」などと誰が言えるだろうか。

 

 そこで茜はひとつだけ基準を設けた。茜が他の異性の友人と接する時、会話の内容はどうしても共通する趣味の話題に偏る。これは、共通の話題がなければ性差による感覚の違いから共感しづらく、話を広げにくいからだ。

 では、たまきとの場合はどうだろうか。共通の話題がないわけではない。むしろ、共に過ごした時間が多ければ、それだけ趣味趣向は近づくこともあるだろう。だが、ここ数年になってから話題を探したことはない。自然と出る会話、時には会話すらなく、沈黙だけが漂うことすらある。それでも、その空気や時間に不満はない。

 沈黙を良しとする関係とは、こうした「話題を探さなくてもよい関係」の極みともいえるものではないだろうか。そう思った時、茜はたまきが自分にとって真に「特別な人」だということに気が付いた。

 

「たまきはウチのことを大事にしてくれてはいたんやけど、そのせいで無理してもうてたし、たまきらしくなくなっとった。せやから、お互いが大好きでいられる内に別れよか、ってなったんよ」

「自分のことを誰より大事にしてくれたから、みんなを大事にしてた頃のたまきさんに戻ってほしくて恋人解消ですか。贅沢ですねぇ」

「せやろ? でも、ウチは別にたまきのこと諦めたわけとちゃうよ。たまきがウチのことを大事にして、それでいてみんなのことも大事にできるようになったら、今度はウチからちゃんと告白する気や。せやから、あかりちゃんにたまきを譲るつもりはあらへんよ」

「もちろんです。大好きな人にはわたしの魅力を存分に思い知ってもらって、その上でわたしを選ばせるから意味があるんです! 譲ってもらった勝利なんかに意味はありませんから!」

 

 今はまだ親友という関係の方が、たまきらしいたまきと一緒に居られる。けれど、もしたまきが恋人になっても自分らしさを見失わないでいられたら。恋人だけではなく、友達や家族のことも恋人と同じ優先度で接することができるようになれば、その時は……。

 いつになるかもわからない「いつか」までの日々を、茜はゆったりと待つつもりでいるのだろう。それに、今回こうして恋人と親友という二つの関係を行き来したことでようやくわかったこともある。

 異性への愛情と友情は、どちらかしか存在しないわけではない。どちらに傾くか、という違いなのだろう。だから、恋人であっても「友情」は存在していたし、親友であっても「愛情」は抱いている。

 そして両方を行き来してなお「いつかもう一度」を願う茜と、そしてきっとたまきも、同じことを思うだろう。

 

 ――どちらにも傾かない関係が、「今」だ。

 

 本当なら、同じ相手を求める者同士、互いを恋敵と見ていがみ合うのも致し方のないことだろう。それでも、この二人はそうではなかった。それは「たまきの良いところも悪いところも、この人なら理解してくれる」という一種の共感が生み出した奇妙な友情。

 茜がたまきを想って別れ、いつかもう一度付き合いたいと思っているから。あかりが家を飛び出し、ゆかりに頼み込んでたまきとの同居を許してもらうまでに至ったから。互いに理由は違えど、たまきへの想いの強さは自分と同じかそれ以上なのではないかと認め合えるからこそ、その友情は成り立つのだ。

 もしも茜があかりの行動力に負けて諦めてしまったら。もしあかりが茜とたまきの絆の強さに負けて諦めてしまったら。その時こそ、この二人はいよいよ修復不可能な亀裂が生まれるのだろう。

 故に、どちらも手を抜かない。手を抜けば、たまきがどちらかを選んだ時に後悔が生まれてしまう。だからこそ、いつか訪れる「その日」に悔いがなくなるように、二人は各々のやり方でたまきを手に入れようと誓った。

 決して互いの邪魔をしない。それは互いに取り決めた約束ではなく、二人の中の共通意識となっている。なぜなら、相手の邪魔をしている暇があるのなら、その時間を自分を高めるために使ってたまきにアピールした方が、たまきからの心証もよく、結果的に彼を落とすのに最短ルートだからだ。

 

「わたしは今こうして一緒に住んでますから、寝食たまに買い出しデートでたまきさんにアピールします!」

「ウチは昔の思い出話とかしながら、ゆっくり時間かけてたまきをこっちに振り向かせたる」

「わたしがたまきさんをもらいます」

「ウチがたまきを取り戻す」

 

 互いに不敵に笑いながら、恋の炎を燃え上がらせる。

 これは宣戦布告。そして同時に、互いを称え合う賛歌でもある。

 負けないための恋路に、勝利はない。勝利に繋がるのは、いつだって「勝つための恋路」だけ。先に敗北の二文字がチラついた者が、この恋のレースからコースアウトするのだ。

 

「ふふっ、じゃあ今日はたまきさんが帰ってきたら一緒にお風呂に突撃しましょう!」

「あ、いやウチはそういうのはええわ。あかりちゃんだけでやってや」

「ガチのトーンで引くのやめてもらえます?」


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