戦姫劍遊紀   作:クロビナ

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今まで読む専門で今回初めて物語を書くという事に挑戦しました。
読んでくださった方の暇つぶしにでもなれば幸いです。


第一話 一飯の恩

真に優雅な旅に必要なのは、千里を駆ける駿馬でも、贅を凝らした馬車でもなく、歩みを止めて漫然と過ごす時間である。そう言ったのは果たして誰だったであろうか。

 

降りしきる雨の中、駿馬に跨りもせず、贅を凝らした馬車にも乗らず、一人の少年が雨を凌ぐ場所を探して己の足で必死に走っていた。

 

「これ、失敗したか?ケチらず傘でも買ってればこんなに濡れずに済んだよな。」

 

雨に打たれ走りながら愚痴る彼の周りには誰もいない。

『だから言ったでしょーが。雲行きが怪しいから買っといた方が良いって。』

そう、いないはずなのだがーー 独り言だと思われた彼の独白に答える声が一つ。

 

その声は彼の胸元近く、服の内から発せられている。傍から見れば珍妙な光景だが彼は渋面になりながらその声の主に対して反論する。

 

「だって手荷物増えるし、持ち合わせは少ないし。」

 

極力無駄遣いはしたくない、そう自分の意志を伝える彼に謎の声がもう一度聞こえる。

 

『それで体調崩したら元も子もないでしょうが。ほら早く雨宿りできる場所を探してちょーだい。』

 

へいへいわかりました!。そう悔しそうに言いながら走る彼の視界にはやがて食事処だと思われる場所が見えてきた。

 

 

 

 

ふらわーと書かれた看板がある店からは食欲をそそる匂いが漂ってきた。丁度空腹だったという事もあって彼はここで食事をすることを即決した。

 

「見たところお好み焼きの店か。雨宿りついでに飯にするか!」

 

『傘買うのは渋ったってのにお前さんは・・・』

 

「飯は別問題だろ。なにより優先されるべきだ!」

 

そう言い合いながら店に入った少年を店主と思われる壮年の女性が迎える。

 

「いらっしゃい!・・・お一人かい?

 

会話が聞こえてきたからてっきりお連れさんがいるんだと思ったんだけど。」

 

「・・・はい、一人です。」

 

「そうかい、それじゃ好きな席に座って。」

 

内心でビクビクしながらカウンター席の端に座り差し出された水を受け取る。

 

壁に掛けられているメニューを見ながら何を注文しようかと考えていると入口の扉が強く開かれた。

 

ふと目を向けるとそこには二人の少女が立っていた。二人とも息が上がっていて雨に濡れている。走ってきたのだろう。彼女たちも雨に打たれ雨宿りできる場所を探していたのだろうか。

 

「雨降るなんて聞いてないよー!これはいつもの3倍食べて気分転換するしかない!おばちゃん、いつものを3倍で!」

 

「響食べすぎだよ。しかも今走ってきたばかりなのに・・・」

 

大丈夫だよ未来!全身から元気が溢れる響と呼ばれた少女に対して、無理はしないでねと見るからに心優しそうな未来と呼ばれた少女が苦笑しながら注意する。そんな彼女たちの温かく優し気な雰囲気を感じられたのか少年の懐から声が発せられた。

 

『仲良さそうな子達を見ると嬉しくなるねー!何より女の子同士は華があって良い!』

 

「おい!」

 

思わずといった感じで彼が注意するが時すでに遅し。店主の女性も二人の少女も驚いたように少年の方を見て固まっていた。

 

彼はそんな彼女たちの反応を見てため息をこぼして観念したかのように自分が着ている服の内から黒く細長い筒ーーー横笛を取り出した。

 

「あー、なんて言えばいいのかな・・・俺、この笛で曲吹いたり腹話術?みたいなもの披露しておひねり貰いながら旅してるんだよ。今のやつは、ええと、その、癖みたいなもので・・・スミマセン。」

 

そう言って頭を下げる彼。非難されること覚悟で謝罪したが予想に反して彼女たちの反応は良いものだった。

 

「す、すごい!私、腹話術初めて生で見た!」

 

「お上手ですね!」

 

「ははは・・・そいつはどうも。」

 

なんとかやり過ごせたと頭を掻きながら笛をしまう少年。

 

「若いのにそんな旅してるのかい?」店主の女性が心配そうに尋ねてくる。

 

確かに彼の年齢は16.7辺りに見える。髪は黒髪で短く切り揃えられていて、身長は180に届くかどうかであろうか。体つきは良さそうだが、成人しているような雰囲気には見えないので女性が心配するのは当然の反応であろう。

 

「ちょっと事情があって・・・大変だと感じることもありますが楽しいですよ、旅。」

 

そうかい、それじゃここでたくさん食べて英気を養っていきなさい。そう言われ少年は改めて壁のメニュー表を見て、それからの下の値段を見てーーー愕然とした。

 

(やばい・・・!一番安いメニューでも少し足りない!500円あればなんか頼めるとか甘い考えだったか!こんなことなら昨日見つけた甘味処で饅頭買わないで我慢すりゃよかった!追加で餡蜜頼まない方がよかった!というか店入る前に財布の中身確認ぐらいしろよ俺!)

 

自分の浅慮に激しく後悔していると、少年の焦りが顔に出ていたのか、それを感じた店主が苦笑しながら口を開いた。

 

「・・・足りないのかい?」

 

「・・・足りないです。」

 

何とも言えない雰囲気ができてしまい、さっきまで賑やかだった少女達も気まずそうに黙ってしまう。

 

少し沈黙を挟んだ後、響が良いこと思いついたと言わんばかりにおばちゃんに元気よく提案した。

 

「おばちゃん、この人に曲や腹話術を披露してもらってその分サービスするっていうのはどうかな。せっかく食べに来たのにこれじゃ可哀想だよ!」

 

「いい考えだね響!おばちゃん、私からもどうかお願いします。」

 

二人の少女の訴えに店主の女性が参ったとばかりに苦笑して彼にこう言った。

 

「あんたさっき曲や腹話術をしながら旅をしてるって言ったよね。ちょっと披露してくれないかい?そうしたらその分サービスで割引してあげるよ!」

 

思いがけない提案に彼の目が強く輝いた。

 

「い、いいんですか!?」

 

「もちろん。ただし当然面白くて楽しいやつで、何より観客のこの子たちも満足させなきゃ駄目だよ!」

 

そう条件を言った女性に対して笑みを浮かべて彼は食い気味に言った。

 

「やります!いえ、やらせてください!」

 

 

 

それでは早速と言いながら席を立ち笛を取り出す彼。観客となった3人に向かい合うと急に笛から声が発せられた。

 

『優しい店主さんと嬢ちゃん達でよかったねー。店入った後にお金が足りないーとか恥ずかしすぎるだろ。俺なら泣いちゃうね!ま、そもそも泣く目がないけど。』

 

「それに関してはなんにも反論できねぇ・・・反省するわ。」

 

自分が持つ笛と何の違和感もなく会話を繰り広げる光景に驚き感心する3人。

 

「はぇー、すっごい!」

 

「本当に笛が喋ってるみたいです!」

 

「これは大したもんだねぇ」

 

彼女たちの反応を見て気をよくしたのか、彼ら?の会話は止まらない。

 

『聞いてくださいよー。こいつ昨日立ち寄った甘味処で饅頭買い食いしたのに加えて、欲望に負けて餡蜜まで頼んだんですよ。そんなことがあったのにこの体たらく、皆さんどう思いますー?』

 

「んなことまで言わんくていい!恥ずかしいだろうが!」

 

『悪いのは我慢しなかったお前さんだろうよ、翔?』

 

「だからって人の恥を暴露するんじゃねぇよ、冥牙!」

 

 

 

 

 

 

 

「はー食った食った!最高に美味かったです。ごちそうさまでした!」

 

「そいつは良かった。こっちも男の子の食べっぷりは見ていて気持ちよかったよ!腹話術も笛の腕前も大したものだったしね!」

 

互いに笑顔で満足だと感想を言い合う二人。少女達も食事の時間を挟んでなお興奮が冷めないといった感じである。

 

「和楽器の演奏ってこんなに凄いんだって感じました!なんていうか・・・こう、音が綺麗って感じ!」

 

「うん!音が体の中にスン・・・って入ってくる感じ!」

 

金が足りないなんてあまりにも情けない姿を見せてしまったが少しは挽回できたように感じて自然と口が綻ぶ翔。

 

「好評のようで良かったよ」

 

『それにしても店主の姉さんと嬢ちゃん達が良い人で良かったなー。これからは気を付けろよ、翔』

 

「わかってるって。こんな恥ずかしい事は今回限りにするさ。」

 

反省しました。と苦い顔をする翔がふと窓から外を見るとさっきまで降っていた雨が止んでいて日の光が雲の合間から差し込んでいた。そして席を立ちあがり財布からいくつか小銭を取り出しカウンターに置く。

 

「それじゃ、ごちそうさまでした。機会があったらまた来ます。」

 

だが、店を出ようとした翔を店主の女性が呼び止めた。

 

「待ちなさい。うちのお好み焼きを頼めないほどにギリギリなんだろう?」

 

そう言って女性はカウンターに置かれた代金をそのまま全て翔の手に握らせた。

 

「いいもの見せてもらったからね。」

 

「いや、流石にそれは申し訳ないです!」

 

慌てて握らされた小銭を返そうとするが彼女は首を横に振った。

 

「ただのおばちゃんのお節介と思ってくれればいいさ。どんな事情で旅をしているか詳しく聞かないけど・・・頑張んなよ。」

 

「おばちゃん・・・」

 

思わずといった具合に翔の目頭が熱くなる。確かにここでの出費は正直厳しい。今日の宿代を今から路上で演奏を披露して稼ごうにも万が一という不安は残る。翔はおばちゃんの好意を素直に受け取ることに決めた。

 

「・・・ありがとうございます。この恩はいつか必ず。」

 

「恩だなんて大袈裟だねぇ。でもそう言ってくれるなら旅先でウチの宣伝でもしてもらえれば良いよ。」

 

「わかりました。最高に美味いお好み焼き屋だとバッチリ宣伝します!」

 

「ホント大袈裟だねぇ!」

 

そう互いに笑い合った後、店を出ようとする翔。外に出る前もう一度店の中に向き直り深く頭を下げて改めて感謝の意を伝えた。

 

「おばちゃん、本当にありがとうございました。アンタ達二人も本当にありがとな。」

 

「とても楽しかったです!これからも旅、頑張ってください!」

 

「響と同じで私も凄く楽しい時間を過ごせました。こちらこそありがとうございました。」

 

「気を付けて行くんだよ。」

 

三者三様の言葉を聞いてもう一度笑顔でお礼を言って翔は店の外に一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

『にしても昨日は無料で飯食わせてもらえるなんてな。でかい借りができたねぇ、翔。』

 

「でかすぎる借りだよ。どうにかして必ず返すさ。」

 

翌日の夕方。翔は街に出向き、公園で笛の演奏を披露して帰宅途中と思われる通行人達から少しのおひねりを頂いていた。日が沈み始め夜になろうかという中、演奏も一段落して観客だった人達が帰っていくのを眺めながら翔が思い出したかのように言った。

 

「ところで探し物の方だけどさ。多分この街にあると思うんだよ。問題は場所が分かんないって事と街全体に妙なもんを感じるっていうか・・・」

 

『詳しい場所に関しては俺も感じ取れないなー。妙なもんっていうのはあれだ。ノイズじゃね?』

 

 

 

認定特異災害ノイズ。

 

神出鬼没、大群で人を襲い自分諸共人を炭素の塊に変えてしまう異形の存在。ノイズに対して通常兵器は位相差障壁と呼ばれる物によって無力化されるので、一般的な対処法はノイズが一定時間で自壊するまで逃げることのみとされている。そのため各都市部の中心には避難警報やシェルターの設置といった対策が取られている。正に人類の天敵とも言える存在だ。

 

『この街なんかあれだろ?ノイズがよく現れるって言われてるじゃん。』

 

「確かノイズに出くわす確率って東京都民が一生涯に通り魔事件に巻き込まれる確率と同じ・・・だっけか。そう考えると異常だよな、この街のノイズの出現頻度。やっぱここが当たりか。」

 

貰ったおひねりを大事そうに懐にしまいながらこれからどう行動するか考えを巡らせる翔。もし本当にこの街にアレがあって、誰かが使っているのならばノイズの異常な出現頻度も理解できるが問題は誰が持っていて何処にいるかだ。

 

「そう言えばアレって誰でも使える様な物なのか?」

 

『一度起動させてさえしまえば特に条件はないって聞いたぞ。んで、肝心の機能の方はノイズの呼び出し・制御の二つ。ま、絶対に現在進行形でろくでもない使い方されてるでしょ。』

 

「そうだよなぁ・・・今から凄く面倒な事になりそうな気がしてきた・・・。」

 

『この手の事で面倒な事じゃなかったことあったけ?」

 

「なかったよなぁ・・・」

 

うへぇと嫌そうな声で唸る翔に程々に頑張んなと冥牙の激が飛ぶ。

 

とりあえず暗くなってきたので今日の宿を探そうと公園の外に出た翔だがふと違和感を感じて立ち止まった。

 

「あのさ冥牙、なんか静かすぎないか?この時間って帰宅する人たちがそれなりにいると思うんだけど。」

 

『そういやさっきに比べて人の気配がないな・・・ってこの気配はぁ!」

 

冥牙が声を荒げたのと同時、翔の視界にあるものが映った。

 

 

 

風に舞って流れる黒い砂のような物。そしてその先にある不自然な黒い砂の山。

 

 

 

 

 

人間だったものがそこにはあった。

 

 

 

 

 

「ふざけるなよ、言ってるそばからこれか!」

 

『愚痴は後だ、周りを見ろ!ノイズが出たってことはもしかしたら・・・!』

 

声を荒げながら言われた通りにする翔だが周りにはいくつか炭の山があるだけだ。

 

(アレを持った奴がこの近くにいたのか?だけど近くにそれらしい奴は見えない。)

 

そんな考えが頭に浮かんだ時だった。翔の耳に先日聞いた覚えのある声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

「急いで!早く!ノイズが来るよ!」

 

声が聞こえてきた先を見ると昨日、お世話になったお好み焼き屋のおばちゃんと数名が集団で避難している光景があった。

 

「おばちゃん!」

 

「あんたは確か昨日の・・・!?」

 

「話は後!この人たちは!?」

 

「ウチの店の近所に住んでる人達だよ。逃げ遅れたんだ!」

 

翔が集団に目を向けると見たところ高齢の人が多い上に車椅子の方や杖をついている人が目立つ。

 

走って逃げるという事は難しいと一目ではっきりと理解できてしまった。

 

(ここからシェルターまでの距離はそう遠くはないけどこれじゃ・・・!)

 

嫌な考えが頭に浮かんだ時、お年寄りの一人が後方を指さして慄いた様に叫んだ。

 

「ノ、ノイズだ!ノイズが来たぞ!」

 

全員が弾かれたかのように指さされた方を見ると、集団のはるか後方に極彩色の異形が大群でこちらに向かってくるのが確認できた。

 

「っ!おばちゃん、俺が囮になるからこの人たちを!」

 

「囮って・・・馬鹿言ってんじゃないよ!アンタも逃げるんだ!」

 

「俺は大丈夫!適当に逃げ回ってからシェルターに向かうから。それにおばちゃんにはまだ借りが返せていないから。ここで死ぬつもりなんか全然ないさ。さぁ早く!」

 

そう言い切った後、返事を待たずにノイズ達の注意を引き付けながら集団とは逆方向に翔は駆け出した。

 

そして後ろから迫ってくるノイズに追いつかれないよう路地裏まで逃げ込んだ彼は懐から笛を取り出し叫んだ。

 

「やるぞ、冥牙!」

 

『りょーかい!冥牙、変形!』

 

 

 

瞬間、彼の手にあった笛が姿を変えた。それは一瞬の内の劇的な変化だった。

 

シンプルな金の装飾はそのままに笛の構造が変わっていく。径は少しばかり太くなりしっかりとした持ち手が現れ、とても元が笛とは思えないほどに頑丈そうに見える。なにより目を引く変化は黒く細長い刀身が現れたことだろう。持ち手の先には立派な鍔も存在していてる。誰が見ても刀と呼べる物が翔の手の中に納まっていた。

 

そして変化が起きたのは笛だけでない。翔の服装もこのご時世に似つかわしくない黒を基調とした如何にも侍といった者たちが着ていたであろう服装に変わっていた。

 

 

 

「ふっ!」

 

短く息を吐いて目の前まで迫っていたノイズに刀を振るう。

 

本来は位相差障壁に阻まれ刀諸共炭になるはずの運命である翔だが、不思議なことに翔も刀も炭になることなくノイズを両断することに成功していた。

 

「次!」

 

自ら群れに飛び込んだ彼は次々にノイズを切り伏せていく。時折大きく刀を振るえば刀身から何かが放たれて、離れた場所にいるノイズも消し飛ばすということもやってみせた。

 

ノイズの攻撃を躱しながらまるで舞を披露するかの如く刀を振るい異形の存在に立ち向かう翔。

 

数分後、路地裏にはノイズであった炭の山がいくつかと肩で大きく息をする翔の姿があった。

 

「きっつい!ちょ、ちょっと休憩させてくれ、正直かなりしんどい!」

 

『休憩はシェルターに着いてからにしろ!俺達も急いで避難をって・・・オイ、翔!あれを見ろ!』

 

「今度はなんだ!」

 

そういって息を整えながら冥牙が注意を向けた先を翔が目を凝らして確認すると、先日お好み焼き屋で見た少女が小さな女の子を背中に背負い大きな建物に付けられた梯子を懸命に上る姿が見えた。

 

「はぁ!?なんだってあんなとこにいんだ!」

 

『ノイズから逃げ回ってたんだろうな。だからってあんなとこまで行くなんて。あの嬢ちゃん根性あるな。』

 

「感心してる場合か!早く助けないとやばいぞ!」

 

『えらく必死じゃないの。どうしたんだよ』

 

言外にいつものお前らしくないと言われた気がして翔は今の自分の思いを声に出した。

 

「昨日俺達の何気ない会話を、演奏を聞いて凄く喜んでくれた。何よりお好み焼きを食べれたのはあの子が提案してくれたからだ。店主のおばちゃんだけじゃない。俺はあの子にも返さないといけない恩がある!」

 

 

 

そう言い切った後、翔は先程公園の外で見た炭の山を思い出した。もしかしたらあれは自分の演奏を聴いてくれた人達の一人かもしれない。

 

いやそうでなくてもあんなのは人の死に方ではない。ーーーあんな死に方が許されるはずないのだ。

 

 

 

翔の思いを汲み取ったのか冥牙が強く明るく声を上げた。

 

『なら頑張っていくとしましょうか!』

 

「応!」

 

冥牙を両手で構えて集中する翔。足先に力を込めて彼女たちが登った梯子の先にある建物の屋上に向き直り大きく息を吸ってから込めた力を一気に爆発させた。

 

次の瞬間、凄まじい衝撃と共に彼は路地裏から建物の屋上目掛けて跳躍していた。

 

 

 

 

 

 

 

そして風を切り飛んでいく中で翔は見た。そして聞いた。

 

屋上で小さな女の子を守っている響という名の少女から光が溢れているのを。

 

そして、とても力強く生命が喝采をあげているかのような優しくも温かく力強い歌を。

 

 

 

 

 

 

 

翔が屋上に辿り着いた時には光は消えていて目にしたのは、大量のノイズに囲まれながら響が昨日とまるで違うアニメに出てくるヒーローのような服装で女の子を抱き上げ守っているという光景だった。その光景を見て真っ先に浮かんだであろう疑問を翔は響にぶつけた。

 

「え、なにその恰好?人の趣味嗜好にどうこう言いたくないけど色々大胆すぎないか。あと、何で歌ってんの?」

 

「わ、私にも何が何だか・・・ってあなたは昨日の笛の人!?」

 

「笛の人って・・・俺は翔だ。あんたは確か響だっけか?」

 

「は、はい!立花響、15歳で好きなものは、ごはん&ごはんです!」

 

『お二人さん自己紹介や詳しい説明は後にしろ!ノイズが来るぞ!』

 

「えええ~!刀が喋った!翔さんそれなんですか!?」

 

「その辺の話も後でするから今は逃げるぞ!ここから飛べるか!?」

 

建物の下を指差しながら彼女に問い掛ける翔。普通なら人がこれほど高所から飛び降りることは不可能だが今も全身から溢れんばかりの力を出している彼女ならばと思い提案する。

 

そして可能性を感じたのは彼女も同じだったようですぐに決意した表情で答えた。

 

「いけます!」

 

「それじゃ行くぞ!」

 

一秒も惜しいと急いで宙に飛び出す二人。同時に彼らを追うノイズ達。

 

ケガすることなく無事に地面に着地した二人がが先程まで自分たちがいた屋上を確認すると、今まさに大量のノイズが彼らを飲み込もうと雨の様に降ってくる光景がそこにあった。

 

「伏せてろ!」

 

大きな声で叫ぶと同時に彼が冥牙を大きく振るう。放たれた斬撃が多くのノイズを炭に変えるが全滅には程遠い。

 

(数が多いっ!この子達を庇いながら倒しきれるか!?)

 

そうした不安が彼の頭をよぎる中、1体のノイズが響に飛び掛かった。

 

「しまっー!」

 

次の瞬間には彼女たちが炭になってしまう。そんな最悪な光景を想像した翔だったが現実は違った。

 

「響け!胸の鼓動未来の先へー!」

 

響がそう歌いながら向かってくるノイズに思わずといった感じで腕を振るうとノイズは一瞬でその姿を炭に変えた。彼女たちが無事だったことに安堵した後、遅れて驚きがやってきた翔だが彼以上に驚いているのはたった今ノイズを倒した張本人である響だろう。

 

「私が・・・やっつけたの・・・?」

 

現にその目は大きく見開いていて驚愕の色を宿している。だが彼らの驚きはそれだけでは終わらなかった。遠くから大きな音を出して1台のバイクが猛スピードで大量のノイズを跳ね飛ばしながらやってきたのだ。

 

そしてバイクはそのまま巨大なノイズに凄いスピードで突っ込み爆発した。

 

たった今、目の前で起きた事に声を失う二人。その前に彼らとノイズの丁度間に先程のバイクに乗っていたと思われる少女が空から降りてきた。

 

 

 

「惚けない。死ぬわよ。あなた達はそこでその子を守ってなさい!」

 

「翼さん・・・?」

 

思わずといった具合に声が漏れた響。その声に答えるようなことも彼女に目を向けることすらなく、翼と呼ばれた少女はノイズのいる方向に走り出した。それと同時に彼女は歌いだし、彼女の姿が青を基調としたどことなく今の響に似ている姿に変化した。そして刀のような武器を取り出し巨大な形に変化させてそれをそのままノイズ達がいる方向目掛け振り下ろした。                

放たれた蒼の斬撃がノイズ達を細切れにして炭に変えていく。それだけで終わらずにこの場にいるノイズを片っ端から切り伏せていく翼を見て今日何度目かの驚きを感じる響。

 

「すごい、やっぱり翼さんは・・・」

 

「ああっ!」

 

目の前の光景に目を奪われかけていた響を現実に戻したのは少女の怯えた声だった。

 

響が少女の目線の先、自分たちの頭上に目を向けると巨大なノイズが彼女たちを見下ろしていた。

 

勝ち誇ったかの様に自分たちを見下ろすノイズを悔しそうに睨みつける響。

 

彼女たちに顔と思われる部分を近づけるノイズだったが、その機を逃さず翔がそのノイズの頭に飛び乗った。

 

「バケモンが人間見下してんじゃねぇ!」

 

そう叫ぶと同時に翔がノイズの後ろから刀で横一文字に切り裂くとノイズは形が崩れ、やがて炭に変わって消えていった。

 

「なんとか間に合ったな。見たところ今のが最後の1体か?」

 

『どうやらそうらしいけどさ。本当に大変なのはこの後なんじゃないの?」

 

忠告する冥牙を刀の状態から元の笛の形に戻して懐に仕舞っている翔が視線を感じた先。

 

そこには必死に感情を抑えながら睨みつけるかのように翔と響を見る翼の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

自衛隊による後処理の作業が行われる中、響が守っていた少女とその母親と思われる女性との再会など心温まる場面が見られたりもしたが現在、翔と響の二人の周りには物々しい雰囲気が渦巻いていた。

 

そんな雰囲気を感じ取ったのか二人は顔を見合わせた後、一瞬で逃げることを決めた。

 

「じゃ、じゃあ私もそろそろ・・・」

 

「俺も帰るか。夜遅いしな。」

 

そう言って急いでこの場を離れようとする二人だったが周りで二人の動き伺っていた黒服達が一斉に彼らを取り囲んだ。そしてその集団から翼が一歩前に出て二人と目線を合わせることなく告げた。

 

「あなた達をこのまま返すわけにはいきません。」

 

「なんでですか!?」

 

理由を知りたいと述べた響だったがそれを無視して翼は続けた。

 

「特異災害対策機動部二課まで同行していただきます。」

 

翼がそう言い終えた後、黒服の集団から一人の男が手錠らしき物を取り出して響の両手を拘束した。

 

突然拘束されたことに驚く響。そんな彼女を拘束した男性は苦笑しながら告げた。

 

「すみませんね。あなたの身柄を拘束させていただきます。」

 

「えっ、えっ!これ・・・」

 

「動くな、響。」

 

翔が彼女にそう短く伝えた時にはすでにそれは終わっていた。

 

一瞬の内に自身の姿と冥牙を刀に変化させ、響を拘束していた手錠の両断したのだ。

 

響の拘束が解かれたことに加えて急に少年の姿が変わり、その手に刀が現れた事にざわつき警戒態勢をとる黒服達だったが、翼が一歩二人に近づき黒服達を庇うかのように動くとざわつきは収まっていった。そして翔を睨みつけながら翼は言った。

 

「どういうつもりですか?」

 

「それはこちらの台詞だ。理由を説明することなく連行ってのは些か強引が過ぎる。ちゃんと説明ぐらいはするべきだと思うんだが?」

 

「あなたにどうこう言われる筋合いはありません。そもそもノイズと戦うことができているあなたも連行対象ですが?」

 

お前の意見は聞いていない。そう態度で示す翼に対して翔は苛立ちを覚えたのか声を荒げた。

 

「あー・・・、そうやって自分の都合を強く押し付けてくる奴嫌いなんだよな。」

 

不快感を隠さず吐き捨てる翔。そして翼の返事も待たずに続けてこう言った。

 

「それとさ、お前なんでさっき響に連行するって言った時にこいつの方を見もせずに言った?人と話すときは目を合わせるのは常識だろうが。それともなんだ、こいつがに気に入らない理由でもあるのか?」

 

彼女の中の地雷を踏んだのだろう。そう考えることができる程に翼の纏う雰囲気が一気に剣呑なものに変わった。まるで抜き身の刃のようだと内心で翔は辟易した。

 

翼の雰囲気の変わりようを感じ取ったのか近くにいた響に加えて周りの黒服達さえ後退りした。

 

「貴様抵抗する気か。」

 

「だったらどうする。」

 

「ちょ、ちょっと二人とも落ち着いてください!」

 

 

 

一触即発、響の静止させようとする声も空しく二人がそれに耳を傾けることはなかった。

 

翔も翼も互いに対して口調が強いものに変わっている。全身で目の前の相手に強く敵意を放っている。

 

そしてまるで示し合わせたかのように二人は同時に己の敵と認識した者に向かって駆け出した。

 

一瞬で距離を詰め、翔は冥牙を振り抜き、翼も一瞬でその身の姿を変えて手に出現した蒼の剣を強く振るった。

 

 

 

黒の刀と蒼の剣が激しくぶつかり、そして凄まじい音を響かせた。




最後まで読んでくださって本当にありがとうございました。
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