水の都の護神 evolution   作:村崎トオル

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20年後 その1

 …我々とポケモンを取り巻く環境は,この数十年で少しずつ変わり始めている.その一つが,環境破壊によるポケモンの生態系の変容である.ホウエン第2天気研究所のイシミネらは,生態系の変容が顕著な地域(平均気温の上昇等)では,野生ポケモンたちの心的ストレス値が,ここ10年間で明確に上昇傾向であることを示している[34].また,同様の地域では外来ポケモンの発見率も上昇しており[35,36],本来ホウエン地方に生息地を持たない<ケロマツ>が,トクサネシティ周辺にて大量に発見されたニュース[37]は記憶に新しい.これらのポケモンたちは,直近の社会問題である飼育放棄によるものではなく…

 

 沖を走るボートには,二人のヒトが載っていた.その一人,キナミは持っている本,ポケモン国際環境研究学会の論文誌を読み進め,参考文献を見た.

 『[35]キナミ・センサ,ジョー・ジョルダン,”ヒワダタウンにおける外来ポケモン生息分布の調査”』

 キナミは,感慨に浸った.ポケモン国際環境研究学会の論文誌は優秀な論文でなければ載ることができない.載る論文は世界的に著名な研究者が多く,その参考文献になることは一つの名誉に近い.そこに自分の名前が入っていることは,キナミには十分な達成感をもたらした.

「旦那,あと30分でアルトマーレです」

 ボートに乗るもう一人の男は,ボートの運転手だった.浅黒く日焼けしていて,一日中日の当たる,ボートの運転手を生業にしていることがうかがえた.

「ああ,ありがとう」

 キナミは論文誌をバックにしまい,バックの中に自分のモンスターボールが入っているのを確認して,チャックを占めた.最近は野生ポケモンが人を襲う事件が多く発生している.自らを防衛するには,自らのポケモンを持ち,襲われることに備えておかなければならない.

 

 船の前方に街が見えてきた.ポケモンたちの営みの地である海の中心に,ポツンと浮かぶ巨大な街を見て,キナミは面白いと思った.だから水の都だったな,と一人納得した.

「旦那,地元はアルトマーレだって? 久しぶりですかい」

「20年ぶりってとこかな.もう景色も思い出せない」

「20年か.そりゃ長い…」

 キナミは生まれてから5歳まで,船の前方に見える街,アルトマーレに住んでいた.それが,6歳になったとき,両親のジョウト地方本島への転勤が決まったことで,ジョウト地方・ヒワダタウンに引っ越した.10歳のとき,ポケモントレーナーのまねごとをして旅に出たが,13歳で地元に戻り,それからは研究者としての道を歩んできた.

 それから20年.キナミは生まれ故郷に帰ろうとしている.学会がアルトマーレにて開かれるので,それに参加するためである.5歳までの記憶は,思い出せない.

 

 キナミは船の横に広がる海を眺めた.故郷の海を見れば何か思い出すかもしれない.そう考えたが,なんの記憶も蘇らなかった.

「この海も,あの街もだいぶ変わっちまってね….ここらの海を進んでいれば,水ポケモンたちも並んで泳いでくれたんですけどねぇ…」

 運転手が海の方へ首を振った.キナミは海の中を覗いてみた.海の水面の中,うっすらと4,5匹のポケモンが泳いでいるのが見えた.よく見ると,それらは2本の黄色い触手が生えていて,電気をまといこちらの様子をうかがっているように見えた.多分<チョンチー>だろう.

「環境破壊がどうとかで,水が昔より汚くて,ポケモンたちが腹立ってる.学者さんはそう話してましたがね.これでも5年前よりはきれいになったんですよ?」

「5年前?」

「そのくらい前は今よりうんとひどかった.油はもっと浮いていたし,水温が上がったからって,昔は見なかったサメハダーも出てきたんですよ!」

 運転手はおどけて言ってみせた.

「けれど,5年前に今の市長が就任して,水がとてもきれいになった.昔のアルトマーレがよみがえったって,みんな涙流して喜んでましたよ」

「そうか,思い出したよ,今の市長はドットバイ社の社長だった.大規模な洗浄機のテストをアルトマーレでやるって,新聞にも出てたものな」

 

 ドットバイ社は,ここ数年で急成長を遂げた電子機器メーカーだ.経営のモットーは「ポケモンに優しい製品を!」.製品の売りは,徹底した省エネルギーによるコストパフォーマンスである.ドットバイの冷蔵庫・掃除機の使用電力量は,既存の製品の10~30分の1程度で済む.ドットバイの急成長の要因は,省エネルギーを可能とする技術力と,環境保護を訴える昨今の世論に,他の企業より先に順応できたことだった.

 そのドットバイの社長が,技術力を結集しアルトマーレで大規模な「水の洗浄」を行う,という取り組みを5年前に発表していた.アルトマーレ市民はこれをあっけなく受け入れた.彼らにとって,水の美しさは誇りであり,その美しさを取り戻すことは悲願であった.ドットバイの「水の洗浄」は,2年の水質・地質調査ののち,アルトマーレ市内外に複数の「装置」を設置した.それから,アルトマーレの水はかつての美しさを取り戻した,らしい.

 これが,キナミが今持ち得ている知識だった.

 

「あの人たちのおかげで,自分もまだ飯を食えてるって思うと,感謝してもしきれないねぇ」

「…だけど,ポケモンたちはあなたたちに怯えるように?」

「水が汚くてポケモンたちの生態系が壊れるよりましでしょう」

「なんだか納得できないな,ポケモンたちが可哀そうだ」

「…確かに,今より昔のアルトマーレの方が好きですよ.透き通った海,元気に泳ぐポケモンたち…」

 生きていた女房,と言いかけたが,我慢した.運転手の目は,遠くを見つめていた.

 

「…もう過去は戻りっこないんですが…戻りたいねぇ…」

「過去か…」

ボートは,もう水の都に着こうとしていた.

 

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