紅葉色の水平線に勝利を刻むんじゃ! 作:RightWorld
ピココン!
スマホのメール着信の通知音だった。
開いてみると、『通販サイトのお支払いで問題があります。至急こちらから確認してください』と書かれていた。
わたしはノートパソコンの電源を入れた。OSにログインし、メールアプリを開く。使っているメールはスマホからもPCからも利用できる。
さっきのメールをパソコンから開き、至急確認しろというリンクのアドレスをよーく見た。
「通販サイトのURLじゃないじゃん」
メールの送信者のメールアドレスも有名なフリーメールのものだった。
「フィッシングメールかな。学校のレポートに使っちゃおう」
所謂なりすましメールの1つだ。たぶんメールのリンク先へ行くと、通販サイトに似たような画面になってて、ログインしようとするとIDとパスワードを盗み取られるんだ。
学校の教科の『情報』で情報リテラシー関係をやっているところで、わたしは発表用のネタを収集中なのだ。
「だいいち、通販で何も買ってないし。せいぜい皆の笑いものになるがいいわ」
メールを詐欺師フォルダに移動してメールアプリを閉じると、デスクトップに作ってある艦これのショートカットをダブルクリックする。
「吹雪ちゃん、怒ってるかな……」
心なしか、いつもより立ち上がるのに時間がかかってる気がする。
「昨日の夜、ちらっと夢に妖精さんが出てきて、裏工作進めてるよーって言ってたけど、何か変わったのかな」
≪提督が鎮守府に着任しました。これより艦隊の指揮を執ります≫
秘書艦は吹雪である。昨夜さんざん提督に破廉恥なことをされ、妖精さんに助けを求めたらエラー妖精さんがやって来てくれて、提督のノートPCをハングアップ、ブルースクリーンにしてその状況を脱したのだ。
さてそのノートPCの画面は、また30度くらいの角度までしか開かれなかった。紅葉が警戒している時のやり方だ。CCDカメラに映る大部分はキーボードだが、端の方に僅かに紅葉の小さな手らしきものが見える。どうやら吹雪の様子を窺っているらしい。
「お疲れ様です……司令官」
元気いっぱいキャラのはずの吹雪から、2オクターブくらい低く感じられる覇気のない母港ボイスが流れた。
「わあ、やっぱり吹雪ちゃん怒ってる!? なんか声が暗いよお! 怖いよお!」
いよいよわたし以外の艦娘にも、規定のセリフなら声色変えるくらいはオッケーになっちゃったのかな?
「提督が後ろめたくなるようなことするから……」
あたしの呆れた呟きは提督に届いたようで、提督はノートPCの画面を完全に開いた。
「北上さん?」
画面は母港だ。そこにいるのは秘書艦の吹雪だけで、あたしはいない。表面上は。でもあたしからはCCDカメラからの画面が見えていた。
「あれ、北上さんはここにはいないよね? でも声、聞こえなかった?」
紅葉が画面のあちこちに目をやっている。
「あたしには提督の声も聞こえるし、姿も見えてるよ」
「北上さん、提督見えるんですか? 普通は所属艦隊の編成とか、個別に確認されるとかの時しか提督は見えないんですが……」
吹雪が驚いて言う。
「あたしはAI北上さんだから、きっとヘルパーチャットボットってことで、いつも脇に控えてるんじゃない?」
「そうなんですか? わあ、秘書艦より凄いですねえ!」
そこに目を大きく開けて、嬉しさで打ち震えている人がいた。提督である。
「ふああ! 吹雪ちゃんと北上さんが勝手に会話してるのが聞ける! 嬉しい! 昨夜アップデートでもあったのかしら! いいえ違うわ、これが妖精さんの言ってた裏工作ね!」
「え? 吹雪の声も聞こえるの? 設定されてるボイス以外のが?」
「うん、聞こえる! はーい、吹雪ちゃ~ん」
「……提督のえっち」
「はうっ!!」
告白の返事に死ねと言われたが如く、ダメージを受けて心臓の辺りを鷲掴みする紅葉。
あたしと吹雪は驚いた顔を見合わせた。
「聞こえたみたいだね、吹雪」
「はい……。私も自由に提督とお話しできるってことですか?」
吹雪はびっくりから、続いてぱあっと嬉しそうな顔に変わった」
「吹雪ちゃん、昨日はごめんなさい。もうしません。だからお願い、もし自由にしゃべれるなら、もうわたしを罵倒しないで」
半泣きの情けない声で紅葉は懇願した。
「ううん。提督、私もごめんなさい。ちょっと意地悪してみただけです。それより、提督とお話できるんですね! 吹雪、嬉しいです!」
「ふ、吹雪ちゃん……」
「提督~」
紅葉はマウスで吹雪の頭を撫でているようだ。吹雪は頭に手をやってなんだかくすぐったそうにしてる。
「もう、吹雪ちゃんを実際にナデナデしたいわ! 今度はいつアップデートされるのかしら」
えーっ? っとあたしは二人の様子を見て口をへの字にした。
「本当に触れられるようになったら、絶対またあちこちセクハラタッチするよ、この提督」
「えへへへ、1回くらいならいいですよ。提督も女性だし。私も提督触っちゃおうかな」
「ええ~?」
吹雪にそっち系の性癖があったとは知らなんだ。
「北上さん、今、失礼な事思いましたね?」
「だって……」
「あ、北上さんはやっちゃダメですよ。元はおと……」
「あああー! ぴーっ! ぴーっ!」
元男だったってバラしちゃダメだよ! ぺろっとか舌出して可愛い子ぶってんじゃないよ、小悪魔め!
「よぉーし。昨日はやりそこねちゃった正面海域制覇、やるぞー!」
拳を上に突き上げて宣言した紅葉提督は、出撃をクリックし、他に選択肢のない鎮守府正面海域を選択し、そしてこれまた他に選びようのない第1艦隊をえら……
そこで紅葉は、第1艦隊の面々がならぶ画面で、非常に不機嫌な顔をした3番艦と目が合った。忘れてはいけない、曙である。
「ひいっ!?」
震えてぴくっと動いた指によって出撃ボタンがクリックされてしまった。
そしてあたし達は大海原に突如出現する。
出撃のカッコイイシーンはやっぱりなしか。アップデートでも実装されなかったみたいだ。本当にアップデートがあったのか知らないけど。
「みんな、準備はいい? って、あれ? 旗艦私でいいの?」
吹雪が後ろに並ぶあたしと曙へ振り返る。
「いいんじゃなーい? ここでは一番古参だし」
「あのクソ提督、あたしには話しかけもしないで! あたしも自由にしゃべれたかもしれないのに。はやく終わらせましょ! とっとと帰って提督怒鳴りつけてやるわ!」
『それやるから紅葉は曙を避けてるんじゃ……。自由にしゃべれるとなったら大変だなこりゃ』
ぶう~んと敵接近のお知らせ音が響いた。あたしは皆に声を掛ける。
「正面海域の最初は弱っちい駆逐1隻だけだから、皆でタコ殴りするよ!」
「はい!」
「了解!」
「敵艦みゆ! あれは駆逐ロ級の……」
そこであたしは目を疑った。
一つ目を光らせ歯をむき出したそれはハ級に間違いない。だけど、そいつはここにいるはずない、いちゃいけないはずのものだった。
赤黒い炎を纏っていたのだ。
「ロ級エリート!? な、なんで!?」
「砲撃戦行きますよ! 当たってー!」
3艦一斉射撃! 敵艦の周りに水柱がどどどっと上がる。だがそれを突き破ってロ級エリートが飛び出てきた。
「無傷!?」
反撃の砲弾がシュルシュルと音を立てて飛んで来る。
どこに!?
その音はどんどんと大きくなって迫ってきた。
「もしかして、あたしなの!?」
ドガッ!!
お腹に強力な蹴りを食ったような感覚を受け、後ろへ吹っ飛んだ。
痛い、痛い、痛い!
だめだ、また一撃でやられた。なによこの紙装甲!
またも服がボロボロで、背中の艤装では火が出ている。片足は浮力を失いつつあって、ゆっくり沈んでいく。
『そういん、たいかん』
「え! ちょ、ちょっと待って、あたし沈むの!?」
一撃で轟沈という仕様はなかったはずだよね! 大破してもこの回だけは耐えられるはず。……あり得ない敵が現れてる時点で、その仕様が生きてるかわかんないけど。
『まだあきらめるなー、だめこん、がんばれー』
『しょうかいそげー』
『あなふさげー』
「そ、そう。諦めないで、あたしを救って!」
霞む目の向こうでうごめくグレムリ……妖精さんに一縷の望みを託す。
後ろから切迫した声が聞こえてきた。
「北上さん!」
「雷撃来るよ……気を抜かないで」
接近してくるのは曙だ。助けに来てくれたようだが、苦しい息の合間からあたしは注意した。まだ戦闘中、特にあたしは狙われているんだ。
案の定、あたしの脇をすり抜けた雷跡が真っ直ぐ曙に吸い込まれた。
ドドドドーッと馬鹿でっかい水柱が上がり、その後ろで爆発の赤い炎が上がった。
「あ、曙!」
「た、たかが主砲と魚雷管と……機関部がやられた……だけなんだか……」
既定のセリフを言い終わる前に曙は前のめりに倒れた。
『ついげきしますか?』
「撤退です、撤退! 提督!」
攻撃ターンの関係で攻撃されず唯一無傷の吹雪が、そう叫びながらこっちへ全速でやってくる。
≪全艦撤退してください!≫
提督の悲痛な命令が届いた。
悲し気なBGMと共に、D判定の戦闘評価が下る。
1-1-A海域 ロ級1隻のパターン2(ただしなぜかエリート)
旗艦:吹雪
MVP:吹雪
累積EXP:
吹雪 197
曙 87
北上 27
母港に帰還し、あたしと曙はまたも妖精さんのムカデ輸送で風呂、もといドックへ向かった。
涙を浮かべて付き添う吹雪に、あたしはか細い声で言った。
「提督に、建造、やっとくよう、言っといて……」
「はい、はい、分かりました」
「あと、もし今日、もうゲーム終わりなら、スマホ版に一度ログインしてからにしてって」
「スマホ版? あ、あっちだと私達、眠らないで済むんでしたよね」
「吹雪……頭いいね」
「えへへ」
彼女は苦痛の涙の中に少しだけ笑顔を浮かばせた。
その顔を眺める暇もなく、あたあしと曙は緑色のお湯へ投げ込まれた。