紅葉色の水平線に勝利を刻むんじゃ!   作:RightWorld

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第10夜その4

 

 アニメと同じように天井からバケツがやって来てひっくり返ると、濃い緑色のバスクリンみたいのが、じゃばばばばっと浴槽(ドック)のお湯に投入された。

 下の方からぞくぞくする感覚が湧き上がってきて、頭のてっぺんにまで達する。思わず「くうぅーっ」と唸ってしまう。

 すると、さっきまでの痛みや体の重み、疲労などがすっきりとなくなった。

 

「さっきは提督に、あたし達はデジタルデータだって言ったけど、あたしが五感で感じ取れる、この実体感は何なんだろう」

 

 ゲームだけの世界なら、入渠に用意されている高速修復材の使用というイベントを発生させただけのことだ。使用を受け付けたら、バックグラウンドの処理で、データベース上のあたしのHP値を元通りに増やし、鎮守府のバケツ在庫数を1つ減らすだけのこと。あとはゲーム画面に、それに見合ったアニメーションを流して終わりだ。

 アニメーションを差し替えれば、他のゲームにも使えそうだ。ファンタジーRPGで回復魔法を唱えて一瞬で復活するのなんかそうじゃない? バックグラウンド処理の根幹はまったく同じだ。バケツがMP値に置き換わるだけだ。

 

 だけど、今電脳世界にあるあたしの体が、目で見える形で治り、疲労や痛みといった感覚までもが回復するというのは、ちょっと怖い。本当に麻薬みたいなのが使われてるんじゃないよね? 高速修復材の在庫があるからって、1日に何度も繰り返し使ってたら、薬物依存症ならぬ修復材依存症になったりしないだろうね? 本当にあたしは大丈夫なんだろうか?

 

 あたしがそんなことを悶々と考えながら支度をしていると、燃料、弾薬が補給された。

 

「あ、補給? ありがとね」

「さあ、これで出撃できるけど。みんな大丈夫? なんか吹雪ちゃんと曙ちゃんに小さな赤い顔が付いてるけど」

 

 赤い顔? あれか。

 

「あ、コンディション値か」

 

 吹雪に振り向く。微笑み返してきたが、正直微妙だ。

 

「疲れてはいますが、まだ動けます」

 

 吹雪は提督を心配させないよう、努めて元気な声で答えた。

 

「艦娘には疲労度を示すコンディション値っていうのがあるんだ。画面上で数値はみえないけど、提督が見つけた赤い顔とか、他にもいろんな表示が疲労度合いによって出てきて、艦娘のだいたいの状態が判るようになってる。オレンジの顔だと疲れてる、赤い顔だとかなり疲れてるってことだね。背景がキラキラしていれば、逆に戦意高揚っていう、コンディションがとってもいい状態だよ」

「へえ~。疲れたまま出撃すると、やっぱりよくないのよね?」

「攻撃の命中率低下や、被弾率が上がったりするね」

「そうなんだ。それじゃ吹雪ちゃんだめな状態じゃん! 出撃しない方がいいよ。回復はどうやってするの?」

「時間経過だね。3分ごとに少しずつ回復していくはずだよ。赤い状態だと、完全回復には30分か40分かかるかなあ」

「ダメ! ここはブラック鎮守府じゃないんだから、疲労困憊で働かせるわけにはいかないわ!」

「じゃあ、あたしだけで出撃するよ。あたしは入渠で回復して平気だから」

「本当に?」

「大丈夫、大丈夫。せっかく高速修復材使ったんだしさ」

「うん……分かった。それじゃ北上さんだけで行ってもらうわ」

「ありがとね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 本国艦隊はあたしだけの編成になって、鎮守府正面海域に出撃した。

 

 ぶう~ん。

 

『敵艦隊のと遭遇が予想されます』

 

「来たわね」

 

『てきをほそくしました』

『くちくハきゅう、1せきです』

 

「一番経験値貰える手ごわい編成のパターン3だね。とはいえ、今や他のパターンの方が得られる経験値も低いくせしてエリートで強いから、願ったりかなったりだけどさ。旗艦補正で経験値1.5倍、プラスMVP補正2倍で、合わせて3倍経験値いただくよ!」

 

 一つ目のお化け魚が見えてきた。

 って、え!?

 

「ちょっと、あいつも赤黒い炎みたいのを纏ってるんだけど!?」

 

『ちょこばななさんから、きんきゅうにゅうでんです。1-1-Aかいいきのくちくハきゅうが、えりーとになっちゃったと、ほうこくがありました。きのうしらべたあとに、うわぬりされてたみたいです』

 

「なんでこのタイミングで!? つーか、そもそも変わっちゃダメでしょ!」

 

『てき、きます。はんこうせんです』

 

「し、しかたないな。すれ違いざまの戦闘か。さっきの同航戦と違って命中、被弾率とも下がるから、上手く中破以下で済めば、次の海域に行けるかも」

 

『てきかん、しゃていにはいりました』

 

「単装砲って、わびさびよねえー!」

 

 ドドン!

 バカーン! どぐぁ!

 

 ハ級エリートに火炎が上がった。

 

「よっしゃあー。命中補正が入ってるだけのことはあるわねーっ」

 

 双眼鏡で観察してる妖精さんが戦果報告してくる。

 

『しょだん、めいちゅう。てき、だめーじ4ぽいんと』

 

「えーっ!?」

 

 全然減らせてないじゃん! そういえばハ級って装甲硬いんだっけ。

 

『てきかん、はっぽう』

 

 しゅるしゅるしゅるしゅる

 

 砲弾が空気を切り裂く音。それは自分に向かってどんどん大きくなっていく。

 うわ、これまた当たる音?

 

「ひいっ!!」

 

 両腕で頭を庇おうとしたその瞬間。

 

 ぐわーーん!

 

 目の前が真っ白に、その後七色になって、最後は真っ暗。あたしはそこでぷっつり意識が飛んだ。

 

 その後、魚雷戦もあったんだろうけど、何も覚えてない。艦これの仕様で、旗艦であれば轟沈は避けられるというのがあったはずだから、たぶんそれで戻ってこれたんだ。

 海戦の結果はD判定。旗艦大破により自動的に撤退となった。

 

 1-1-A海域 ハ級1隻のパターン3(ただしエリート)

 旗艦:北上

 MVP:北上

 累積EXP

  吹雪:235

  曙 :104

  北上:100(Lev2にアップ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 妖精さんのムカデ走法で運ばれてくる北上に、駆け寄った吹雪と曙は肩を飛び上がらせて驚いた。

 

「北上さん!?」

「ひいいいいいいいいいいい!」

 

 入渠の操作を終えたとたんに聞こえてきた悲鳴に、紅葉はびっくりした。

 

「ど、どうしちゃったの曙ちゃん! 北上さん、最初の砲撃戦で命中弾食らって大破しちゃったんだけど……」

 

 曙のただならぬ悲鳴に紅葉も焦る。

 

「あ、あ、頭に……頭に命中してて……」

 

 しどろもどろで口が回らない曙に、提督はやきもきする。そこに吹雪の声が飛んだ。

 

「首から上に、モザイクがかかってて見えないんです!」

 

 吹雪が現状を簡潔に伝えた。

 

「え……?」

 

 それでもさっぱり理解できない紅葉。というか誰だって理解できないだろう。

 

「何で見えないの? ちょっと触ってみます。えっ! あわわわわ……」

 

 吹雪も言葉が出なくなり、妖精さんが話しかける声が聞こえてきた。

 

『ぐっちょんぐっちょんだから、おこさまには、みえなくしてるです』

『みたい? ぐろいよ? ぐろいよ?』

 

「そ、そんなでも大丈夫なんですか!?」

 

『にゅうきょすれば、なおるよ』

『かえってきたかんむすは、ようせいさんのつくった、とくべつはいごうのおゆにしずめれば、ゆび1ほんからでもなおります』

『だから、かえってこねーと、だめだぞ?』

 

「ひいいいいいいいいいいい! 指1本からでも!?」

 

『きょうのだめーじだと、いつもよりこいめでたのむ』

『あいよ! ちょうごうしてくるねん!』

 

「は、早く運ぼう、曙ちゃん!」

「き、北上さ、ん。生き返ってね!」

 

 物騒な会話に紅葉は超不安になる。

 

「ねえ、北上さん、今生きてるの!? 息してる!?」

 

 艦これ画面の北上は、大破絵のままだ。ここがリアルだったら、多くの提督がパソコンにキラキラ吐瀉物をぶち撒けてたかもしれない。

 

「分かりません!」

「だ、だって口とか鼻どこよ!?」

 

 あかん。これあかんやつだ。

 

 紅葉は白目をむくのだった。

 

『それー、ぶちこめー』

 

 どっぽーん!

 

 

 

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