紅葉色の水平線に勝利を刻むんじゃ! 作:RightWorld
「じゃあ出撃でいい?」
出撃と聞いて、あたしは一瞬、昨日の海戦がフラッシュバックした。背筋に悪寒が走る。
ぶるぶるぶる。
「北上さん?」
「大丈夫?」
吹雪と曙が心配そうに声を掛けてきた。
いかんいかん。旗艦なんだからしっかりしなきゃ。
「大丈夫大丈夫。水雷戦隊、出るよ!」
どおおっ!
大海原。今日は波がやや高い。その波を切り裂いて、海上を単縦陣で進むあたし達3人(3隻?)。
何故にしてこのシーンはリアルなんだろう。それならいっその事、艦これアーケード仕様にしてくれればいいのに。索敵とか敵艦隊への接近とか、戦闘中の艦隊運動とか、もっと自由に動けるようにしてくれれば、敵の弾も避けられるんじゃないのかな。
ところがここでは、何もせずとも進んでいけば勝手に会敵、ターン制で勝手に海戦するブラウザゲーム仕様。
ぶぅ~ん。
≪てきかんたいとのそうぐうがよそうされます≫
『てきえいをしにん。どうこうせんです』
『てきは、くちくイきゅう、エリート』
冷や汗が出る。
イ級のくせしてエリートとは生意気な。レベルの低いあたし達にとってはイ級でもエリートは格上になるのだ。
そして、あたしはこれまで一度だって無傷で帰投したことがない。今日もまたやられるの?
アーケードみたいに動いて敵の攻撃から回避したい。
そうだ。ブラウザ版はターン制なんだから、こっちが始めなけりゃ、あっちのターンにもならないんじゃない?
『ひだりげん、ほうせんじゅんび』
『てき、しゃていにはいります』
「北上さん、撃たないの!?」
「北上さん、発砲許可を!」
僚艦に急かされるも、あたしは敵を睨んだまま。
何もしないでいればターンが変わらず、時が止まるのではと思った。
が、違った。
『てき、はっぽうします』
がばっと開けたイ級の口から発砲炎が輝く。
「え、ターン制は!?」
どうやら時間で勝手にあっちのターンに切り替わるらしかった。つまり攻撃できたはずの時間を、あたし達は無駄にしちゃったんだ。しかもあたしは旗艦。旗艦が撃たなかったために、吹雪も曙も、このターンを棒に振ってしまった。
しゅるしゅるしゅる
「北上さん、よけてー!!」
戦場でいらぬ後悔と考えに陥っているわたしを、敵が見逃すはずがなかった。
避けてと言われたって、針路を変えたりして避けられるわけじゃない。艦これのプログラムに従った命中計算がされるだけだ。あたしが介入する隙なんてないんだ。
ぐわーーん
「げふうっ!」
強烈な打撃を腹か胸の辺りに喰らった。直後に腹の辺りで爆発、爆風が全身を覆う。首が弾かれたように後ろへ反り、髪の毛が逆立った。
「だ、大丈夫ですか!」
吹雪と曙が水上を駆け寄って来た。
「うえええ、げほげほ、ごぼっ」
「ひっ! 今吐いたのなに?」
曙が青ざめる。
「み、見ちゃダメ!」
『らいげきせん、はじまります』
妖精さんの声に、吹雪と曙がバッと顔を上げる。
「曙ちゃん、魚雷一斉発射よ!」
「いっけぇー!」
曙が放った魚雷が、駆逐イ級を捉えた。
ぐばああーーーん
「当たった! やったわ!」
だが相手はエリート。損害は思ったほど与えられなかったみたいだ。
「曙ちゃん気を抜かないで! 反撃来るよ!」
「なに小破なの? なんなのよ!」
どごーーん!
反撃の敵魚雷は曙の真下で炸裂した。
「きゃああ!」
「曙ちゃん!」
「もう、なんなのよ!」
『あけぼの、ちゅうはです』
『よーし、まだいけるよー』
『ふぶきさん、やせん、いこー』
『ごーごー』
曙の艤装に乗っている妖精さん達の戦意は全然衰えてなかった。というかこいつら、乗ってる艦がどれだけ損傷してようが構うことない。
「北上さんは?」
吹雪が北上へ振り向く。
「ひいいい! 提督、北上さんが大破です大破!」
「分かったわ! 夜戦せず撤退してください!」
『えー?』
『またやせんなし?』
『ぶー』
『かいせんのひょうかは、Dはいぼくです』
『きかん、たいはにより、ぼこうへきょうせいてったいします』
「また負なの? 何なのよ、このクソ提督!」
「曙ちゃん、それより北上さんを早く入渠させなきゃ!」
1-1-A海域 イ級1隻のパターン1(ただしエリート)
旗艦:北上
MVP:曙
累積EXP
吹雪:264
曙 :126
北上:111
いつものように妖精さんむかで輸送で工廠へ運ばれ、
デジャブである。
暫くしてあたしは目を覚ました。お腹の辺りに大きな傷があったはずだけど、見た目にはもう痣も傷もなくなっていた。さすがは入渠ドック、完全完治だ。
横の
「起きた? 北上さん」
「あれ? あたし高速修復材使わなかったの?」
「提督が、非人道的だから使いたくないって言ってね」
「人じゃないんだけどなあ。それよりレベルアップを優先してくれていいのに」
「うん……」
さばぁっと曙はお湯から出ると、湯船の縁に座った。そしてちゃぷちゃぷと両足を動かして、若草色のお湯を揺らす。
「……クソ提督って、ヘンなところで優しいよね」
曙から本音が出た。いくら突っ張ってても、根は提督が好きでしかたないのだ。
「そう思ったら、なんでクソ提督って呼ぶのさ」
「……仕様」
「仕様かぁ。確かに。ケッコンしてもその口の悪さは取れないもんねえ。ところで、どこに提督の優しさを感じたのさ?」
「北上さん、出撃前に少し怖がってたでしょ? それと戦闘で先制攻撃を躊躇ってふいにした。高速修復材を使わなかったのは、提督がそれを見たからよ」
「立ち絵以外の姿は見えてないんじゃないの?」
「会話からよ! それくらい察しなさいよねっ」
「わかったわかった」
「……クソ提督さぁ、あたしたちの身体というか、それだけじゃなくて、なんかこう……いろいろ心配してくれてるのよね」
「いろいろって?」
その時、カラカラカラと浴室入り口の引き戸が開く。顔を出したのは吹雪だった。
「そろそろ北上さんも修理終わったんじゃない? 二人ともー、出てきてお茶しようよー。一人じゃさみしいよー」
「あ、うん」
「おー」
「えーっと、北上さんから先に出て……って、あれ!? 曙ちゃん、湯船から出ちゃってる!」
「えっ、なんなの?」
「あ、曙ちゃん、北上さんの中身、男だよ……?」
曙の顔どころか、体中が急に真っ赤っかになった。ふっふっふ、全部見えてるので丸わかりなのだ。
「こ、こっち見んな! このクソ軽巡」
そばにあったボディソープをひっつかむと、あたしに向けた。
「全門斉射!」
「ふぎゃぁっ! 目が、目があー!」
スマホ版艦これを閉じた紅葉は、仰向けでベッドに横たわった。片腕で目を覆うと、艦娘たちの会話を思い起こす。
AI北上さんをはじめとする艦娘達とのリアルな会話。あれってアップデートされた新機能ってわけじゃないってこと?
ゲームでなければいったい何なんだろ。ゲームのプログラムでないなら、本当に妖精さんみたいなもの? それはそれで物凄く楽しい。
だけどリアルなのは鎮守府での日常会話だけじゃなくて、戦闘もなんだか本当にやってるみたい。
戦場での彼女たちの会話は、既定のセリフからどんどん外れてきてる。しかも被弾した時の慌て様、焦り具合、痛がり様。本当に砲弾や魚雷が当たっているようにしか聞こえない。
「北上さんは、高速修復材使ってすぐ直して出撃させろって言うけど、なんかやっちゃいけない気がする。デジタルデータだから気にするなっていうけど、本当に単なる0と1の存在なのかな。画面では見えないけど、彼女たちの会話から垣間見える海戦と被害の生々しさは、本当にバーチャルなのかしら」
腕を少しずらす。天井の照明が片目を照らした。
「わたし、AIに恋しちゃったヒトと同じになっちゃってるのかな……」
世にはAIのカレシカノジョと会話しているうちに、本気で恋しちゃうヒトがいるらしい。相手が機械でも仮想でも、コミュニケーションを重ねると、情が湧くというのが人間なのだ。なんで人間はそんな能力を持っているんだろう。人間以外の動物なんかとも仲良くなって、より生存を確実にするための、生命の機能なのかもしれない。
AIと仲良くなっちゃったヒトが気になって、SNSを見ようとブラウザを開くと、下に並ぶニュース記事に目が止まった。
『昨日夜、へらへら動画サイトへのサイバー攻撃が止まり、本日夕方、安全が確認されたためサービスを再開すると発表があった。他にもこのところ同様の攻撃で見れなくなっていた一部の企業のサイトも利用できるようになっている。しかしまだ攻撃が継続しているところも多く、引き続きデジタル庁はサイバー攻撃に備えるよう注意を促している』
「おーっ、へらへら動画、復旧したのね。見たかったアニメ見ようかな。……いやいや、もう23時だから、今日はだめだめ」
真面目な紅葉はノートパソコンをシャットダウンして電気を消すと、布団にもぐりこんだ。