紅葉色の水平線に勝利を刻むんじゃ!   作:RightWorld

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第12夜 その3

 

 暫くしてあたしは目を覚ました。見た目にはもう痣も傷もなくなっていた。さすがは入渠ドック。

 

 ……デジャヴである。

 

 入渠時間はまだ4分くらい残っていた。どんな損傷だったかよく覚えてないけど、まあ身体の方は完治だ。だけど心は違った。温かいお湯に浸かっているにもかかわらず悪寒が走って、ブルブルと震えが止まらない。

 

 あたしは自分の肩を抱いた。

 おかしいな。ゲームでは入渠で疲労も取れるはずなのに。

 

「大丈夫?」

 

 声の方へゆっくりと首を持ち上げる。すぐ隣のドック(湯船)に曙が入っていて、心配そうにあたしを見ていた。そういえば曙も小破したんだっけか。

 大きな浴槽の方には吹雪も入っていた。こっちは被害はなかったはずなので、ついでに入ってるんだろう。

 蛍光緑のお湯の上に出ている曙の細っこい肩や鎖骨の辺りにボーっと目を彷徨わせていると、怒鳴られた。

 

「って、ジロジロこっち見んな!」

「あっ、ごめん」

 

 あまり面白みもない幼児体型の曙ではあるが、中身が元男子高校生のあたしとしては、中学生くらいの女子とお風呂に入っている時点でかなりヤバい状況なのを思い出した。

 ただ北上になって女の体になったせいか、前のようには女子に幻想を抱いたり別生物を見るような眼をしたりはしなくなった気がする。これは悪い意味じゃなくて、女免疫のない男からすると、女の人を一種神聖化してるというか潔癖なものでなきゃいけないみたいな見方をしてる面があったのだ。

 ただ今はそれを思い出すゆとりがない程に自分の気持ちが落ち込んでいた。あたしは表情を変えることもなく目線を戻した。

 庇うように肩を抱いていた曙も、暫くしてその手を下ろし、警戒するよりも、消え入りそうなあたしの雰囲気を心配して、湯船から腕を伸ばして声を掛けてきた。

 

「……北上さん、ホントに大丈夫?」

「も、もうだめ。今日、なんか出ちゃいけないものが出てた気がする。体の中で、ヤバいところが変な音して壊れちゃってた気がする。昨夜もその前も、目の前が真っ暗になってからは、どんな状態だったかよく覚えてない」

 

 問うように顔を向けるが、曙は顔を引きつらせただけである。吹雪が「いつもより大破してましたかねえ」と口の端をひくつかせながら言った。絶対ヤバイ壊れ方してたんだよね?

 

「……怖いよ、もう次あたり、手とか足とか、取れちゃったりするんじゃないかな。内臓とかずるずる引きずっちゃったりするんじゃないかな……。それって、どれくらい痛いのかな……」

 

 曙が気まずそうに吹雪の方へ目を向けた。

 

「吹雪、まずいわよ。もう北上さん心折れちゃってるよ」

 

 吹雪はこくんと頷いた。そして天井の方へ向いて話しかけた。

 

「提督! このままじゃ北上さん、生きたまま轟沈しちゃいます!」

 

 紅葉からはドック内の状態を見る術はないが、自由にしゃべれるようになったことで吹雪達の声は聞こえてくるので、雰囲気は読み取れる。のほほんとした入浴シーンとは程遠い状況だ。

 

「ど、どうしたら……そうだ、高速修復材使ってみましょう! 疲労も回復するんだよね? 全快になれば心の傷も治るのでは!?」

 レベルの低い北上なので、大破でも入渠の残り時間はいくらもないが、紅葉が高速修復材投入を指示した。

 すると金髪ポニーテールの妖精さんが、ととととっとやってきて、虫メガネで北上の様子を見る。『あー、これはだめですねー、いっちゃいましたねー』などと呟くと、すぐに取って返し、タイルの隙間に姿が消えた。

 

 続いて天井からバケツがやってきた。バケツの横に書かれた『高速修復』の上に『特別調合』と手書きのシールが貼られている。

 バケツがひっくり返って濃いバスクリン色の液体が北上の入っている湯船にじょばばばばと注がれた。途端にブクブクボコボコと激しく水面が泡が立って、もうもうと湯気も立ち昇り、北上の姿が泡の向こうに消えた。

 どこかの地獄谷温泉状態に、吹雪と曙が「なにこれ、なにこれ」と固まっていると、あぶくの向こうからドバーッと水しぶきを飛ばして北上が立ち上がった。

 

「ひゃーっはっはっはー! 絶好調ー! さあ、出撃するよー! 不細工なサカナどもを引き裂いてやろうじゃん!」

「わあ! 北上さんが発狂した!」

「ひゃっひゃっひゃっひゃー!」

 

 ばっしゃーんっと脱衣所に繋がるドアを開け、大股の早歩きで横切っていく。

 

「ま、待って、裸のまま行っちゃダメよ、北上さん!」

 

 曙が慌てて飛んできて腕をつかむも、軽巡の馬力に抗えず、ずるずると引きずられていく。それに伴って体に巻き付けてきたタオルがずり落ちそうになり、「き、北上さん止まって! あたしのタオルが!」と必死に押さえている。

 

「妖精さん、これ本当に高速修復材ですか!? ヘンなおクスリ入ってません!?」

 

 吹雪も北上の腰にしがみついて叫ぶ。が、こちらも引きずられて吹雪のタオルも取れそうになる。

 

『たちどころになおるようなげきぶつに、まともなのがはいってるわけ、ねーべ』

『からだもこころも、げんきもりもりです』

『ちょっとこかったかしら?』

 

「ああん、私のタオルが。提督ーっ!」

「北上さん、裸で艤装着けて行こうとしないでー! って見るな、このクソ提督!」

 

 吹雪と曙の絶叫がホールのような広い空間を思わせるところで反響する。

 パソコンのスピーカーから流れてくるエコーのかかった阿鼻叫喚を、紅葉は指をかじって変な汗をだらだら垂らして聞いていた。

 

「ふ、吹雪ちゃん、曙ちゃん。きょ、今日は終わりにしていい? あ、服はちゃんと着せてあげてね」

 

 時計は午後10時30分。いつもより早く、その日はゲームを終えた。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 同日、時差による時刻のずれのある某所。

 

「どんな具合だ?」

「だめです。攻撃サイトの仮想マシンの半分がダウンしたようです!」

「攻撃中にいきなり起こりました。全てのアベイラビリティーゾーンのイスタンスが同時に障害を起こしたんです。こんなことは初めてです」

「ターゲットサイトのバックドアとは通信できるか? C&Cサーバーから手動でランサムを実行させろ」

「そ、それが、クッキングパッド、デリシャス・キッチン、食いねえ飲みねえ、レシピ探索、どこもボットが応答しません」

「なんだと、どことも通じないのか? こいつらのリバプロのサービス会社は別々だったよな? それなのに一斉に遮断されたのか?」

「原因は分かりません。気付かれて遮断処置がされたのか、別の要因か……」

「……復旧させてる暇はないな。停滞していたらクライアントがお怒りになる」

「では次のターゲット群を?」

「うむ。準備はできてるか? このところコントロールサーバーにしているところが重いと聞いているが」

「はい。やはり今日も処理が遅くなっています。というか、今日はいつも以上に遅いです」

「運営のメンテナンスの予定はないのだな?」

「先日ハッキングした運用カレンダーには、この時間にそのような予定はありませんでした」

「データーベースのオプティマイザーが動く時間なのでは? それかGCやデフラグの定期処理とか」

「利用者が増える時間帯に、そんなリソースを食う処理を動かすものか」

「しかしこのサーバーを一般ユーザーは使いませんから、あるいはミドルウェアが標準設定のままなのかもしれません」

「とにかく毎晩この現象のおかげで準備が遅れているというわけだな?」

「次のターゲット群への準備はどの程度進んでいる?」

「52%です」

「遅い、それでは遅すぎる!」

「あ、急に軽くなりました」

「なに?」

「いつもより30分早いです。これで少しは取り戻せます」

「少しでは困る。……そうだな、ターゲットサイトの一部だけでも今夜できないか?」

「一部のデプロイが完了しているところであれば」

「やってくれ。俺達が働いているところをクライアントに見せなければ、我々が切り捨てられる」

 

 

 

 

第二部終了です。

そろそろ好みが別れてくるところでしょうか。

 

 

 

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