紅葉色の水平線に勝利を刻むんじゃ! 作:RightWorld
あたしはドックのお湯に浸かっていた。
大破だったみたいだもんね。
だというのに湯船に入った時の記憶がない。また妖精さんに投げ込まれたのかな。
妖精さんムカデ輸送でドックに向かっている最中の記憶はあるんだけど。
仰向けになって運ばれてる時、視界に映っている足の踵が斜め上を向いていた気がする。
えーと、どうひねるとああいう角度になるっけ? お腹の上にも足みたいなのが置いてあった気もする。
いろいろ変だと思って、朦朧としながらも下でうごめく妖精さんに話しかけたんだ。
「ねえ、下半身の感覚がないんだけど……」
『しんけいをかっとしておきましたので』
『つながってると、もんぜつものだからよぉ』
『あらま、わたしたちってしんせつね』
「どういうこと? 神経カット? 麻酔じゃなくてカット? それ高速修復材使って直るの?」
『こうそくしゅうふくざいでも、にゅうきょでも、ちゃんとなおりますよ』
「……でもさ、直しても、きっとまた壊れちゃうんだよね……?」
『なんどでもなおりますから、あんしんしておやすみください』
『ねろ~ねろ~』
安心しておやすみくださいって言葉に本当に安心しちゃったのか、その後の呪文みたいなのを聞いたからか、そこで意識を手放しちゃった。
直るっていってもねえ。(もう「治る」の方じゃないよね?)
あたしって今、経験値幾つだ?
「妖精さん、あたしのステータス値ってどうなってるの?」
妖精さんが「艦船ステータス(北上)」とかいうボードを持ってきてくれた。黒板に白ペンキで罫線が引いてあって、チョークでそれぞれの値が書かれている。
それによると、経験値はたったの150。レベルは2だ。
火力14/30、雷装30/79、装甲10/29。どれも半分も行ってない。
他の娘のもあって、吹雪が経験値288のレベル3で鎮守府トップ。曙が経験値170のレベル2。
「レベル2。レベル……2かぁ」
あれだけ苦労して、痛い目にあって、まだ2。
レベルアップに必要な経験値は、レベルが上がるごとに指数関数的に増えていく。レベル2に必要な経験値は100だ。レベル3は200、累計で300。そうやっていくと、目標のレベル10には累計4500が必要だ。
これが海戦に勝利してS判定とかならいいよ?
だけどあたし達の相手は、鎮守府正面海域のくせに、インチキのエリートが出てくるんだ。フラッグシップが出るのも時間の問題じゃないだろうか。そんなんになったら益々勝てない。だからいっつもD判定だ。最高でもC敗北までしかいったことがない。D判定でもらえる経験値は、各海域マスの出撃基礎値の7割。C敗北だと8割しかもらえないのだ。
ただでさえ出撃基礎値の低い1-1海域だよ?
その一番最初の1-1-Aマスで駆逐イ級が出る編成だと、出撃基礎値が10でしかない。そこへあたし達はD判定くらうから、7しか貰えない。旗艦1.5倍、MVP2倍ボーナスがあったってたかが知れてる。
今あたしの経験値は150。4500まであと4350。
仮に7しか貰えないとしたら、4500までには……622回出撃しないとならない。
最も好条件の1-1-Aマス駆逐ハ級の編成で、旗艦で、MVPなら、D判定時は42貰える。けど、それでさえも104回もの出撃が必要だ。
このお話があと100回以上、毎回
あたしはぞっとした。
無理だ! あと何百回もあんな痛い目に遭うなんて、耐えらんない!
ゲームのデジタルデータなだけな艦娘ならいいよ? 100個バケツ用意して、入渠即修復で疲れていても再出撃。ひたすら経験値を積めばいい。正にブラック鎮守府だ。どうせデジタルデータだもん。データベースの値、半導体メモリー上にある数値のお遊びなだけなんだから、目的の為に機械のようにやればいい。
だけど、あたしは違う。きっと吹雪や曙も違う。単なるデーターじゃない。仕組みは分かんないけど、心や感情がある。痛いとかくすぐったいとかの感覚もある。
毎晩大破でドック入りだよ? あなたは平気でいられる? これから車に轢かれて瀕死の重傷を負うってのが分かってて、たとえそれでも死なずに治ると分かってても、あなたは毎日玄関の扉を開けられる? 痛いんだよ? 瀕死の重傷を負うときは、その怪我に相当する痛みを伴うんだよ?
あんなの繰り返したら、きっと心が壊れちゃうよ……。
「北上さん?」
横から吹雪の声が聞こえてきた。
湯煙の向こう、となりの湯船に吹雪がいた。そういえば、この娘も大破してたよね。胸から上がモザイクになってたけど、どんな損傷だったんだろう。
「……できないよ。無理だ」
「え?」
「昨夜のあたしが、どんなふうになって帰って来たのかわからないけど、あたしらのレベルでフラッグシップやエリートを相手してたら、ほぼ毎回大破して、撤退になる。何百回も大破しなきゃいけないんだよ? 命中弾受けた時のあの痛みを何百回も……」
あたしはブルブルと震え出した。
「き、北上さん」
心配した吹雪は、ざあっと湯船をあがり、あたしの横に来て震える肩に手を置いた。ちなみに体にはちゃんとタオルを撒いている。
「あれは生きてる者が知ってる感覚じゃない。あれは聞いちゃいけない音だ。でも直るんだ。それでまた行くんだ。ああなるって分かってても、直るから行かされるんだ。次は腕? 次は脚? 頭だって直るなら手足なんて楽勝でしょうよ。
でもさ、当たった時は、体がもげる時は、その通りに痛いのよ。今まで聞いたことなかった音を聞くのよ。
何百回も出撃するなんて無理だよ……」
ゆっくりと顔を持ち上げて吹雪の顔を見る。とても心配そうな表情をしていた。
「吹雪も曙も、改になるにはあたしの倍、レベル20まで上がらないとなれない。それに必要な累積経験値は19,000。あんたら、今のエリート、ひょっとするとフラッグシップが出るかもしれない鎮守府正面海域で、今の経験値取得ペースだとどれくらい出撃が必要だと思う? 旗艦、MVPだとしても、相手が毎回ハ級だとしても、450回以上出撃しないとならないんだよ?」
「よ、よんひゃく……」
その声は曙だった。広い湯船の方に曙も入っていたのだ。3人で出撃すると、1-1-A海域なら1人は必ず損害を受けないで済む娘がでる。だけど一人待機部屋に残るのは寂しいらしく、無傷の娘も“連れ風呂”するのが常になってる。
ちなみにあたしがいる時は、タオルを体に巻きつけることが徹底されている。いいじゃんもう。あたしも中までだいぶ女性化してきてると思うよ。
「それは信用できません」
「全く信用できないわ」
「心読まないで」