紅葉色の水平線に勝利を刻むんじゃ!   作:RightWorld

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第14夜の前 その2

 

 吹雪は無言で、優しくあたしの頭や肩を撫で続けた。怖がるあたしを落ち着かせようとするように。

 曙も口をつぐんでいたので、お湯のたゆたう音だけの静かな時間が流れる。

 

 

 暫くして、あたしの震えていた体は落ち着きを取り戻した。

 

「ごめんね、狼狽えちゃって」

「仕方ないですよ。艦娘ですから。人の心を持っちゃったんですから」

「沈んだら、楽になるのかなあ」

 

 あたしのその一言に、曙の剣な目が一段と吊り上がった。

 

「ふざけないで! 沈むっていうのは、大破とは比べるべくもないわ! それ以上よ。あたしの魂に刻まれている、おぞましい記憶には、その時のも……ある」

 

 あたしは少し驚きの表情で曙に向いた。

 そういえばこの娘は、いえ、この娘が魂を引き継いでいる駆逐艦曙は、結構理不尽な運命を辿ってきた(ふね)だったっけ。

 

「貧乏くじを引かされ続けた多くの戦い。それはたとえ切り刻まれると分かってた戦いでも、命令一つで向かわざる得なかったわ。あたしという艦だけの事じゃない。乗っている数百の乗組員も一緒なのよ。全員が等しく有無を言わさず行くのよ。

 爆弾を受けて大火災で燃えていく体、弾薬の誘爆で引き裂かれる手足、苦楽を共にした乗組員達がそれに巻き込まれていく。でもね、そんな物理的被害なんて目じゃない事がある。

 沈むということよ。

 艦と乗員の無念、恐怖、後悔。

 誇りや喜びより、戦いに負けて沈む艦は多くの場合、負の念の方が勝る。それを永遠に抱えたまま冷たい海底で横たわるの。

 あれに比べれば、なんにせよ生きて戻れる今は全然マシだわ」

 

 曙の独白にあたしは息を呑む。戦史を読んで大雑把なことは知っていたけど、当事者の言葉は重かった。物言わぬ筈のフネなのに、ちゃんと全て見て、感じていたんだ。艦娘になったことで、それを人間の感覚として感じ取ってしまったのだ。

 

 吹雪は? 吹雪も戦没艦だ。

 吹雪に向くと、少し困ったような顔をした後、目線を落とし、床の先の遠くを見るようにして、短く口にした。

 

「わたしもぼこぼこにされたからねえ。鉄底海峡の冷たい海底、戻ることのできないあそこに落ちるのはいやだよ」

 

 ……。

 

 

 

 

 しばらくして、吹雪はまた口を開いた。

 

「死んだほうがマシなんて言葉……」

 

 吹雪は一瞬言葉を止めてから、声を強くして紡いだ。。

 

「戻れない一線の向こうは全くの別世界だよ。そんなこと言う人は、死んだ事ないから言えるんだよ」

 

 ……沈没ってそんなに辛いのか。

 

 あんなに明るく振る舞う吹雪でさえ、戦没艦の負の思いを内に秘めている。

 ていうか日本の場合、太平洋戦争では軍艦だけでなく徴用船、民間商船共々、生き残った方が圧倒的に少ない。そこまでやるかってくらい、徹底的にモノもヒトも国土も破壊された。そんな戦争だったんだ。

 

 あたしは……

 北上の体を乗っ取ってる(あたし)は……

 

 自分が情けなくなった。

 今とは常識が違う20世紀前半を知る彼女らは、精神も覚悟も、平和ボケした”俺”とは違うんだ。この体の本当の持ち主の北上は、軟弱な”俺”に苛ついていることだろう。

 

「北上さんじゃなくって、北上さんに転生しちゃったあんたには、北上さんの記憶は見えないの?」

 

 曙が質問した。

 

「ごめん。見えないみたい。ただこの体は、君達ほど悲嘆に暮れてはないように感じる。

 史実の北上は、確か戦争を生き抜いて、終戦時に艦としては動けなかったけど、それなりに戦後処理の為に使われてから無事解体を迎えたはず。だから、君らとは境遇が違うんだろう。負け戦だから無念ではあるだろうけど、焼け野原から復興していく国を見ながら、そのための復興資材になれた分、ポジティブな気持ちで終われたんだと思う。

 この体で感じる気怠げなのは、実際は使えなかった魚雷だらけの重雷装を考え、実装しちゃった連中に対する皮肉めいた気持ちからなのかな。だからその装備が活躍できるこのゲーム世界を、楽しみにしてる感もある」

「その活躍は、改になってからよね」

「そうだね。だからかな、凄く改になりたがってる」

「北上さんを乗っ取ってるあなたがいなかったら、この状況でも北上さんは改になろうとしたと思う?」

「……改になりたいって突き上げつくる、この気持ちから察すれば……」

 

 改になるために、傷つくことも厭わず出撃するんだろう。

 でも平成、令和に生きる”俺”には、そんな勇気、覚悟はとてもできない。怖い。

 

「ごめん……」

 

 あたしはまた自分の肩を抱いた。

 吹雪がそっと肩に抱きついてきた。もちろんタオルは撒いている。

 

「わたし達が守った国と国民の子孫であるあなたが、戦争を心配しないでいいようになれたのは、とっても嬉しい。

 だけど一つ気に食わないことがある」

 

 吹雪は体の密着を解いて、わたしの二の腕に手を添えたまま、あたしと目を合わせた。

 

「他人への思いやりと自己犠牲。あなた達からはそれが失われてしまっているわ」

 

 吹雪はあたしを叱っている?

 でも目は叱るというよりは……。

 

 残念? 無念?

 いや、悔しさだ。

 物質的豊かさより、平穏より、彼女らは気高さを、あとに託した人達には持っていてほしかったんだ。

 

 確かに“俺”達は、時代が進むほどに、必要以上に個の考えを優先するようになってきたかもしれない。それは西洋の影響だったかもしれない。戦後の占領軍の教育も影響してるかもしれない。それを日本は、独特に解釈し発展させてきた。

 今や一般の日本人は失敗を恐れすぎて、百年の単位で未来を考えることができなくなってしまった。百年先を見て身を捧げる勇気を失ってしまった。

 自分にリターンがあるかを計算してからしか動けない。親切のように見えて、実はそれで自分にメリットがあるからという算段があったから動いてるに過ぎない。

 

「艦だった私達がいた頃の愛国心と取った行動が全部正しかったとは言わないけど、もちろんあの戦争に勝って、あの時の日本が続くことも今のあなた達には受け入れられないとわかってるけど……。

 国を愛して守ることに疑問を持つような、この時代にある考えも正しいとは思えない。

 自分のアイデンティティの元を作っているのは国。国ってのは文化や民族、言葉風習、土地気候、そこに住む人々、様々なものを含んでる。国を守ることは広義では家族を守ることと同義でしょ?」

「それって戦前の、天皇陛下を頂点とした国民全員が家族みたいな”国体”って考えじゃなくて?」

 

 吹雪は首を横に振った。

 

「体制とか見栄体裁面子とか、そんなのいち側面であって、私達が日本人だって分かってもらうのに必須のものじゃないでしょ。私が願っているのは、皆がもっと思いやりを持ってほしいってこと。今だって持ってるよ。けどもっとやってあげていいじゃない。大変だって手を差し伸べてあげようよ。皆がその思いを持っていれば、いつしか自分だって誰かに守られているのよ。そういう思いやりを持ってる人が集まっているのが私たちの国でしょ」

 

 その理想は別に日本だけの価値観じゃない。一人は皆のために、皆は一人のためにって三銃士のセリフにもあるように、ヨーロッパでも通用する考えだ。それが規律、道徳の基になるんだ。

 

 じゃあそれを実際やってるかって言うと、どうだろう。どこまで身を犠牲にできるだろう。

 物質的に貧しくとも精神の気高かったかつての日本を西欧もアジアの人々も畏れたのは、そういうことじゃないだろうか。

 

「負かした相手に残虐行為の限りを尽くしたヨーロッパやアジア大陸で育ったら、そんな理想捨てざる得なかったのかもしれないけどね」

「でも西欧列強に並ぼうとした近代日本は、そんなところまで手本にしようとはしなかったでしょう?

 傷つくのを恐れる優しさを持てるようになったのは嬉しいことだけど、それは自分が傷つくことにだけじゃないよね?」

「……つまり吹雪は、提督の家族に何かあるかもしれないってのに、何もしないでいいのかってこと?」

 

 吹雪は何も言わなかったけど、目は語っていた。

 

「……でも、あの痛みは……」

 

 曙がたまらず割って入った。

 

「吹雪、そう責めちゃ可哀想よ。普通なら確実に死んでるような目に合わされるんだから。あたし達が艦だった時代だって、皆がみんなそんなに強い精神を持ってた訳じゃないでしょ」

 

 吹雪は目を瞑って、鼻で深く呼吸した。

 

「とにかく北上さんは、今は休んでてください。提督には言っとくので、しばらくはわたしと曙ちゃんで提督の相手します」

 

 

 

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