紅葉色の水平線に勝利を刻むんじゃ! 作:RightWorld
「ま、待って、吹雪ー!」
突進していく吹雪。やがて吹雪の周りに巨大な水柱が次々と立ち上がった。姿が完全に見えなくなる。
「吹雪ー!!」
水柱が落ちると、水面に膝をついた吹雪が辛うじて浮いていた。
「そんなっ! ダメですぅ」
悲痛な吹雪の嘆きが聞こえてくる。だがそんな吹雪に構っている暇はなかった。
敵の砲弾が唸りを上げてこっちに飛んできたのだ。
「ひいっ!!」
どばーっ!
前が真っ白で見えなくなる。死んだと思った。
落ちてくる海水の塊。滝行のようにそれに打たれ、海水の雨が落ち切って視界が回復してくると、妖精さんが息つく暇もなく言ってくる。
≪らいげきせん、かいしです≫
「だから魚雷壊れてるって言ってんじゃんよー!」
魚ヤロー2匹から白い航跡が真っ直ぐとあたしの方に向かってやってくる。
「あたし狙うなー!」
こっちゃ大破してんのに! もう残り耐久度ぜったい1だ。かすっただけでも轟沈する!
魚雷は近接信管なのか、近くに来ただけで爆発した。
またしても海水の塊に叩かれる。息ができん!
永遠に続くかのような水の落下が去った後、そこには膝を折り、両手をついて肩で息をしている艦娘が2人(2隻?)いた。
≪やせん、とつにゅうしますか?≫
肩にいる妖精さんが司令部に問い合わせている。一発も撃ってないせいか、その表情は全然物足りてない感じである。
≪でんとーのやせんで、こんどこそめにものみせるです≫
夜戦!? やめてー! そんなに轟沈させたいのかこいつら。
うんうんと返信を聞いて頷く妖精さん。暫くすると残念そうな顔に変わり、そして報告してきた。
≪ていとくよりしれい。“ついげきはしない”です≫
当然だ!
≪せんとうしゅうりょう。Eはいぼくです≫
ひどい……。Eって轟沈者いなくても出るんだ。
≪かんたい、きとうします≫
ふらふらとあたしは立ち上がった。よろよろと吹雪のところに海上を歩み寄る。
「吹雪……」
がっくり膝をついた吹雪が顔を上げた。こちらも涙目である。
「帰ろう」
手を差し出すと、吹雪は黙ってその手を取った。
◇◇◇
帰路の航海はあったのかなかったのか、いつの間にか鎮守府だった。
≪作戦が完了したようですね≫
吹雪の声が放送される。録音してあったのだろうか。吹雪はあたしの横にいるのだから、そんな他人事の様なセリフを言うわけがない。本人は口もきけないくらい疲れ切っているのだし。
女提督が顔を見せた。
この無能提督、大破進軍なんかさせて!
怒鳴りつけてやろうと思ってたけど、あたしも怒るどころか、声を出す元気もなかった。せめて目だけでも訴えようと女提督の顔を睨むと、提督は目に涙をためていた。
「ご、ごめん、北上さん。進撃させるつもりはなかったの。命令間違えちゃったの」
人の命、いや艦娘の命にかかわることだよ。間違えたで済むと思って?
「と、とにかくすぐ入渠させるね!」
頭の中は怒り心頭なのに、身体は超ド級の疲労で口も動かず、「あ゛~~」と声だか音だかを唸っていると、「しれいかんのめいれいがでました」とか言ってアリの大群のように妖精さんがやってきた。体中にたかられたと思ったら、視界が横倒しになり、次に景色が横に流れていく。どうやら妖精さん達に担がれているらしい。
そして大きな浴場に連れてこられると、巨大な湯船に投げ込まれた。
溺死する!
少し緑色がかった水中の景色に、そう頭の中で悲鳴を上げるが、体がもう動かない。抵抗もできずお湯に翻弄されていると、ぷかりと首から上が浮かび上がった。
助かった!
しかし体のだるさは如何ともしがたく、顔を上げることもできず、脱力状態で浴槽の壁に寄りかかる。
あー、気持ちええ……
適温のお湯がゆっくりと肌の中に染み入ってきた。
「せっかく来た期待の軽巡が、まさかいきなり命中弾くらって大破しちゃうなんて……」
女提督のさも残念そうなつぶやきが聞こえてきた。
「仕方ないでしょ。装甲、紙なのよ……」
「吹雪ちゃんもご苦労様。ゆっくり休んで、早くよくなってね」
「すみません司令官……おやすみなさい」
吹雪も文句の一言でも言やいのに。まったく人のいいやつだ。まああたしと同じで抵抗する気力もないのかもしれないけど。
「今日はあたしも店じまいするわ。おやすみ」
そう女提督は言うと、姿が見えなくなった。温かい湯に体がとろけていくにつれ、あたしの意識もなくなっていった。