紅葉色の水平線に勝利を刻むんじゃ!   作:RightWorld

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第5夜

 

≪提督が鎮守府に着任しました。これより艦隊の指揮を執ります≫

 

 まさかと思った。もう紅葉は二度と艦これにログインする事はないと思っていた。すぐにサポートへクレームの電話をし、紅葉の鎮守府は閉鎖。閉鎖後はデータやログが解析され、誰が北上を名乗って紅葉の相手をしていたのか調査されるのだ。

 その過程であたしが見つかるのか、見つからないのか。あたしはこの電脳世界にいったいどうやって存在してるのか知らないが、紅葉の鎮守府しか見えないのだから、紅葉の鎮守府にぶら下がる艦娘データなんだろう。鎮守府が削除されると同時に、紐づくデータ達と一緒にあたしも消えるんだ。

 そう思って疑わなかった。

 だけど……

 

 時間は先ほど紅葉がパソコンを閉じてからおよそ4時間後だった。つまり今は夜中の3時頃である。

 スリープにならないギリギリの開度でノートパソコンを開いて様子をうかがっているようだった。CCDカメラに映っているのはキーボードだけで、紅葉の姿は見えない。けどマイクが拾う息遣いでわかる。

 

「北上、さん?」

 

 呼びかけられた! ど、どおしよう!

 

「あ、あ~? てーとくぅ~?」

 

 つんつんされた時のセリフってこんなだったっけか。

 

「返事が返るってことは、いつわたしが再開してもいいように寝ずに待機してたのね」

「ち、違うよ。あたしはAI北上さんだから。始めればいつだってすぐに相手できるよ」

「解った! 何人かで交代して番をしてるんだ! 24時間監視してるんでしょ」

「……あの、提督。君にそんなにお金かけて何のメリットがあるってのさ」

 

 そこで一瞬固まったのか、静かになった。そしてくぐもった声が聞こえてきた。手で顔を覆って喋ってるみたいだな。

 

「酷いわ。そりゃアイドルでも何でもないけど、嫁入り前の乙女の着替えを覗かれたのよ」

「わ、悪かったよ。次からはパソコン閉じるか、終わらせないならカメラのところに何か被せてよ」

「ねえ、あなた本当は誰なの?」

「誰って……AI北上さんだけど」

「本当のこと言ってよ」

 

 どうしよう。なんて答えればいいの? 転生してきましたって言えばいいの? 元男ですとか言ったら、絶対サポート電話飛び越して110番行きだ。

 

「AIスピーカーって、インターネットに繋がってるから、ネットの後ろにいる人工知能が会話を解読して、学習した中から答えを選んで、一番良さそうなのを返すんでしょ?」

 

 そ、そうなんだ。へえ、この娘よく知ってんな。

 

「でも北上さんはどういう仕組みなの?」

「え?」

「今ね、このノートパソコン、ネットに繋げてないんだけど」

「……」

 

 

 え!!!

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「今ね、このノートパソコン、ネットに繋げてないんだけど。母港画面になったところでWi-fi止めてたんだけど」

 

 こ、これは驚いた。あたしはてっきり電脳世界、インターネットの向こうの(クラウド)の中にある、艦これサーバとかデーターベースとかの中にいる、0と1のデータなんだと思ってた。いや、0と1のデータには違いないのかもしれないけど、ネットの彼方にいるんじゃないの? 紅葉のノートパソコンの中に住んでるの?

 

「そ、それはあたしも初耳だよ。艦これってオフラインで遊べる仕掛けあったっけ?」

「初心者を手取り足取りサポートしてくれるAI北上さんの方が詳しいんじゃないの?」

 

 げげ! 墓穴を掘ってしまった。どんどん退路がなくなっていくんだけど!

 

「……あ、あたしの記憶ではオフライン機能はなかったかと」

「でも北上さんと会話できてるんだけど」

「そうだよねぇ……。あたしにも分かんないや。あ、他の艦娘はどうかな」

 

 あたしから見た電脳世界側で吹雪を呼んでみる。しかし返事はない。曙も。

 

「おかしいな、吹雪も曙も返事がない」

「そうなの? わたしも艦隊編成画面でお触りしてみようかな」

「提督、卑猥だね」

「女の子どうしじゃん! 卑猥なんてことないよ!」

「えー?」

「北上さんだって、大井さんと仲いいんでしょう?」

 

 そういえばそんな設定だったっけ。元の男だったあたしは別に軽巡大井にそんな思い入れはなかったけど、ここは北上さん設定に倣った方がいいな。

 

「当然だよ。提督早く大井っち入手してよ。二人揃ったら強いよぉ~」

「どこで入手できるんだっけ。あれ? 通信エラーだって」

 

 ってことは、吹雪達はネットの向こうにいるのかぁ。

 

「どうやらオフラインでできるのはあたしだけみたいだねぇ。さすがAI北上さんってとこかな」

「ますますわかんないわ。あなた誰なの? や、やっぱりサポートに電話かしら……」

 

 背中に冷たいものがヒヤッと走った。本能的にそれはダメだと教えている。

 

「て、提督。サポ電に知らせたが最後、あたしはもう提督と二度と会えない気がする。正直あたしも自分が何なのかわからない。ネットに繋げなくても提督と話せるってことは、提督のパソコンの中にいるのかな」

「ひょえ!?」

 

 紅葉はまた素っ頓狂な奇声を上げると、ノートパソコンを持ち上げてガタガタと揺らす。

 あたしの視界は、キーボードだけの景色から部屋と紅葉のパジャマのお腹辺りらしき景色になり、ガクガクと大地震のよう揺れて目が回りそうになった。

 

「て、提督、精密機器を乱暴にしちゃ壊れるってば。ハードディスクが……」

「どんな感じだった?」

「目が回るかとおもったよ。CCDカメラ通しての景色だけど」

「体は揺れた?」

「それは、なかったかなぁ」

「物理的物体として入ってるわけじゃなさそうね」

「物理的物体ってなにさ。ころって転がって出てきたらびっくりだよ。やっぱり電子データなんだろうね」

 

 紅葉はノートパソコンを机に置くと、画面をいつも通り開いて、その画面をじっと見入った。

 

「今何が見えてる?」

「提督のどアップ」

「かわいい?」

「……え、えっと……」

「なんで言い淀むの!? ははあ、もう消されたいみたいね!」

「待って提督! かわいい、かわいい!」

「取ってつけたような」

 

 なんだよもう、なんでおべっか言わにゃならんのさ!  女子にかわいいとか言ったの初めてだよ、こっちが赤面するよ! でもまあブス、とはいえない容姿なんだよね、この娘。

 

 紅葉は腕を組んで考え込んでいた。

 

「ネットに繋がってないなら、他の人が北上さんをアバターにして代わりに受け答えしてるはずはない……。とすればこのノートパソコンの中のAIプログラム? よくできてるわねえ。これそんなに性能いいパソコンじゃなかったハズだけど。あれ、ってことは」

 

 そういった途端、バムっと画面が閉じられ、カリカリ音を立ててパソコンはスリープモードに、同時にあたしの視界も真っ暗になって、意識がなくなった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 ところがいくらも経たず、目が覚めて視界が明るくなった。真っ暗になってる間の意識はないのだが、時間が経過した事は分かるのが不思議だ。

 

≪提督が鎮守府に着任しました。これより艦隊の指揮を執ります≫

 

 再開したらしい。あれ、ちょっと感じが違うな。周囲は毎度の何もなさそうな空間だけど、遠くに吹雪がいるのがわかる。曙が何人もいた待機室も見えた。ネットに繋げたのかな?

 正面に紅葉が現れた。

 

「んちゃ、北上さん」

 

 アンタいつから(あられ)になったのさ? あ、いやその元ネタの黒縁メガネのロボットのつもりか。

 

「さっきとの違いはなーんだ」

「おっきな黒縁メガネ。んー、でもまたかわいい? って聞かれたら、さっきの方がよかったって言うかな。提督は眼鏡似合わないね」

 

 紅葉は口をOの字にしてびっくりしていた。まさかアラレ眼鏡が似合ってるって思ってたんだろうか。もしかして、また自分で自分の首を絞めたかもしんない。

 やばいって思って青ざめていると、紅葉がこわごわと口を開いた。

 

「今、スマホの艦これ立ち上げたんだ……」

 

 あ、そうなの。……ん?

 

「こっちの北上さんは、さっきのオフラインパソコンの北上さんの記憶があるんだ。ど、どこから繋がってたの?」

 

 そ、そうなの?

 

 ……え、そうなの!?

 パソコンのオフライン北上も、スマホ版艦これの北上も同一人物です! てことはネット経由じゃないってことね!

 

「やっぱ知らない方法で、わたしを覗き見てる誰かなのね!」

 

 ぶつっと画面が真っ暗になった。

 

 こっちが知りてーや!

 

 

 

 

 ……あれ、スマホ版は意識なくならないね。完全スリープじゃなくて電源切っても少し動いてるんだな。そういやスマホって通知とか受けるもんね。電池も減っていくし。

 スマホのアプリは、OSシャットダウンしないと本当には眠らないんだね。

 

 しかし困った。また紅葉はあたしを不審者の窓口だと思ってしまった。

 いよいよサポ電かなあ。

 

 

 

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