幻想郷混沌録 【再投稿】   作:109号区の王道・二丁目

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第6話 「自分の立場」

「ほら、ここが私の家」

 

 そう言って案内されたのは、家というよりかは、まるで小屋というのが正しいと思えるほどにこじんまりとしたものだった。妹紅はすぐに扉を開け、玄関の中に人修羅を招き入れた。

 

「お邪魔する」

「おっと、ちょっとごめんよ」

 

 人修羅が玄関に入ったのを確認すると、妹紅は右手から仄かに光る火の粉を人修羅と自分にまき散らした。それは熱を感じることもなく人修羅たちの濡れた体や服を一瞬で乾かして見せる。便利な使い方をするな、と感心している間に暗い中、家の奥へと入っていき、ランタンに火をつけて持ってきた。

 

「とりあえず上がりなよ、雨降ってる中だとやっぱ暗いから足元に気を付けて」

「恩に着るよ」

 

 ランタンの僅かな明かりを頼りに、適当な壁に背を預け、足を無造作に放り出し座り込んだ。この世界に迷い込んでようやく気が休まる時が来たことを実感する。

 

「雨が止むまで寝るっていうなら明かりも消してやろうか?」

「いや、気にするな。少し考え事をする」

 

 そう言って人修羅はズボンのポケットから銀色のケースを取り出した。訝しむ妹紅をよそに、人修羅はケースを開ける。妹紅も気になるようでケースを覗き込んでくる。中には奇妙な細長い虫のような物が一つ一つ枠の中に整理されて入っていた。そして、それはこの仄暗い中でも分かる程に、活発に胎動していた。

 

「うわ、なんだそれ?」

「マガタマと呼ばれる悪魔の力の結晶だ。他の物と違って、俺が直接持っていたおかげでこれだけは失くさずに済んだみたいだ」

 

 他の有用なアイテムや資金などは仲魔と同じように必要な時に召喚して使用していた。当然、その召喚のためのリンクも幻想郷に入ってきたときに切れてしまっていたようで、この場に持ってくることができないようだった。別に今回のような事態を想定していたわけではないのだが、マガタマは人修羅の力の源たる最も大事な物の一つだったので、念のためこれだけは自分で持っていた。

 

「最近は滅多に必要な時はなかったが、今回ばかりはそうもいかなそうだ」

「こんなんが、そんなに大事なものだって?」

「俺はこれを取り込んで体質を変えられる。熱に強くなったりとかな」

 

 現在、守護神の加護を失った人修羅のマガタマ、マサカドゥスはあらゆる攻撃を防ぐ守護の力を失っている。端的に言うなら人修羅は今、無防備そのものだ。だが、このマガタマを取り込むことで、必要な時に人修羅はマガタマの性質に応じて体質を変化させることができる。今まではマサカドゥスに頼ってばかりだったが、これからは適時入れ替える必要があった。

 

「体質を変えて熱に……? あ!お前、それで私の炎を!」

「いや、あれは特にそんなギミックを仕込んではないぞ」

「嘘だろ、お前……」

 

 どうやら妹紅はまだ、人修羅との勝負を引きずっているみたいだった。それ故か人修羅の言葉をまだ信用していないようで、訝しむようにマガタマを注視している。

 

「で、取り込むってどうやって?」

「普通に飲み込むだけだ」

「……嘘だよな?」

「……」

 

 言ってから普通は結構抵抗のあることだと思い出した。なんせ胎動していて見た目が虫に近くてもっと言えば部外者からしたら得体のしれない物をよりにもよって飲み込むとか普通はしない。人修羅はこの身体になってから平然と繰り返してきた行為だったが、妹紅の反応は至極当然と言えた。

 と言っても、これ以上問い詰められたところでそれ以上の答えは出せないので、妹紅に背を向け、一つ無造作にマガタマを取って口に放る。

 

「あ、今食った!?」

「……、気のせいだ」

「今飲み込んだ!?」

「だから……、気のせいだって」

「今吐いた!?」

 

 口に放ったマガタマは”マロガレ”。人修羅が最初に取り込んだマガタマであり、人間から悪魔になったのも、このマガタマを摂取したせいだった。人修羅自身は特に見もしないので放ったのだが、やはり一番自分の身体に馴染む物を覚えていたらしい。そして現状、用のないマサカドゥスを吐き出してケースに仕舞い込む。妹紅がドン引きしているのが視線を通して伝わってくるようだったが、無視してケースをポケットに戻した。

 

「はぁ、なんか知れば知る程奇妙な奴だな、お前」

「割とよく言われるけど、いつも言われてる方と意味が違う気がする」

 

 いつもは考え方が奇妙みたいな言われ方を同じ悪魔からされることの方が多いのだが、ここまで自分の体質が奇妙と言われたのは、地味に初めてかもしれない。違う世界の人間が相手なのだから当然と言えば当然なのだが。

 

「考え事ってそのムシのことか?」

「いや、これはただの確認だ。一応状況を整理したくてな……」

 

 今、自分の手元にあるものはマガタマだけだ。この状況から自分が取れる手段を一つずつ出していかなくてはいけない。

 現状、一番必要なのは自分の立場を確立することだ。この世界の管理者たる八雲紫という妖怪にとって、自分は敵なのか否か。それを紫に悟られずに調べることが出来れば、少なくとも身の振り方は決められる。最も都合がいいのは敵にならないことなのだが。

 そしてそのためには現在、紫が人修羅の存在を認知しているかどうかを知らねばならない。認知されているとしたら最悪で、何か思惑があって自分が泳がされていることになるのだが、そんな思惑を見破るだけの判断材料もなく、手の打ちようがない。

 認知されていないなら、事情を話せばどうにかなる可能性もあるが、調べていく過程でそれがバレると疑われてしまうリスクも無きにしも非ずだ。しかもなんだかんだ、最終的に結局、紫の判断次第で帰れるかどうか決まるというのだから気が滅入る。

 

「なんだか考え纏まってなさそうだな。相談、付き合おうか?」

「あんまりこの手の話に巻き込んじゃいけないと思うんだ」

「そうだとして、悩まれた挙句、ずっとここに居座られても困るし。ちょっとだったら手を貸すよ、どんなことに困ってるんだ?」

「……八雲紫って奴が厄介そうなんだが」

「……いきなりちょっとどうしたらいいのか誰も分かりそうにない奴の名前が出たな。あのスキマ妖怪がどうしたって?」

「そいつにバレることなく、博麗大結界ってものを調べたいんだ」

「本当にアンタ何やろうとしてんだ? んなこと、どんな賢者が出来るのか私が知りたいぐらいだが?」

 

 どうやら八雲紫とはとんでもない厄物らしい。少なくとも妹紅にはどうしようもないようで、お手上げと言わざるを得ないようだ。

 

「ていうかスキマ?」

「あいつは境界を弄って、よく空間を切り開いてどこでも現れるから、そうやってよく言われるんだ。もしかしたらこの会話だってスキマを介して聞いてるかもしれないんだぜ?」

「それは大分困るな」

「しかも結界を調べるとか……なんでやりたいとかは聞かないけど、それで大事になったら流石に私も困るよ」

 

 妹紅は少し冷ややかな態度で、そう言い放つ。そう、下手をして困るのは人修羅だけでなく、この世界の住民もそうだろう。妹紅の態度でそれは嫌というほど分かった。

 永琳の話によれば、この世界は博麗大結界によって成り立っていると言っていた。そんなものに余所者が関わることが、この世界にとって、どんなに危険なことなのかは少し考えれば分かることだった。自分の思慮の浅さが少し嫌になる。だが、それしか突破口がない以上は多少強引にでも話を進める必要があった。

 

「だけど俺に必要なことだ。せめて近くに結界が見れる場所はないか? 見るだけでいい」

「そんな都合のいいところは流石に幻想郷には無いだろうなぁ。」

「……見ることのできる妖怪とか悪魔とか」

「必死か」

「必死だ……」

 

 やはり状況は最悪なようで、人修羅は思わず頭を抱えてしまう。ここまで八方塞がりと言える状況はボルテクス界に居た時もなかったかもしれない。なんだかんだ状況が動いている場所に首を突っ込めば大抵のことは分かるものだったが、今回は下手に首を突っ込むことが、逆に首を絞めるときている。世界全体から敵対されているという訳ではないのに、ここまで追い詰められているような気分になることは初めてだった。

 そんな様子の人修羅を見ていた妹紅は冷やかというより、まるで呆れているようだった。

 

「すげぇ悩んでるな……」

「諦めて博麗神社に行った方がいい気はし始めてる」

 

 もし拒絶されたら終わりではあるが、すんなり話が進むなら八雲紫と直談判するのが一番いい。どうせリスクを背負わなければいけないなら、遠回りする意味はないとも言える。それでも少し決断し難いのは、僅かに残った人間性故だろうか。

 

「……そうだ、一人だけ出来るかもしれない奴がいる。結界調査」

「……本当か?」

 

 半ばヤケクソになりかけていた人修羅の耳に信じられない言葉が入ってくる。唖然とした様子の人修羅に妹紅は静かに頷く。

 

「私の友人に慧音っていう獣人がいるんだが、そいつが歴史に関する能力を持ってるんだ」

「歴史……?」

「どうも歴史を改竄したり、伝わってこなかった歴史を知ったりってことが出来るらしい。もしかしたらそれを応用したら、何かしらの観測ってのが出来るんじゃないか、と思った」

「……賭けか」

 

 慧音という人物が乗ってくれるかどうか、そもそも出来るのかどうか、不安点はやはりあるが、それでも―――

 

「気に入らないなら、博麗神社行くしかないと思うけど?」

 

 妹紅の言う通りだった。そもそも結界を調べること自体に乗り気でなかった妹紅からしたら最後の提案に近い。少しでも不安要素が少なく、取り返しが多少つく方法があるのなら、躓くまではやってみるべきだ。こんな思考が行き当たりばったりに思える所以なのだろうが、人修羅からしたら光明があるだけマシだった。

 

「分かった。是非、会わせてくれないか?」

「いいよ。その代わり、拒否されてもフォローしないからな?」

「構わない。やるだけやってみる」

「それじゃ、明日連れてきてやるよ。それまでこの家で待ってな。外出るの都合悪いんだろ?」

「……何から何まで世話になっているようで気分が悪いが……頼む」

「はは、貸し1だよ、気にすんなって」

「後で徴収されるってことか」

「まぁな」

 

 話が纏まったせいか、さっきまでの会話が嘘のように部屋が静かになる。妹紅もやることがなくなったとばかりに、壁にもたれかかって目を閉じて寝る体制に入っているようだった。

 雨の音が外から絶えず聞こえてくる。部屋の雰囲気はそのせいか暗かったが、人修羅としてはやることが一つだけでも明確にできたおかげで。さっきまでよりはずっと気持ちは楽だった。

 

「……いつかこの貸しは返すよ」

 

 人修羅はぽつりと、感謝の念を込めてそう呟いた。メリットもなければ、下手したら損をするかもしれないような不躾なお願いを快く引き受けてくれたことに対して。妹紅が言葉の裏で何を考えているのかは分からないが、自分が助けられていることに違いはない。そのことに対する素直な気持ちだった。

 

「律儀な奴だな」

「そんなことはない」

 

 なんせ今日助けられた貸しを返せてない者もいるのだから。

 永遠亭で無理やり別れた鈴仙のことを思い出しながら、静かに人修羅も目を閉じた。

 それ以上は二人とも何も言わなかった。眠っているのかいないのか、寝息も聞こえない程の雨音に包まれて時間は進む。その雨音も消えて、本当に静かな明日が来るまで。

 

 

 

 

 

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