幻想郷混沌録 【再投稿】   作:109号区の王道・二丁目

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 再びの復活になりました。状況が安定しなくて申し訳ないです。
 スローペースながらこれからまた再開していこうかと思っていますが、自分でもどうなるかは分からないです。できる限り続けていけるように頑張ろうと思います。


第7話 「条件」

「流石に遅いな……」

 

 人修羅が次に目を覚ました時には、雨はすっかり止み、扉の隙間から陽の光がほんの少し差し込んできていた。雨はどうやら一日中降り続いていたらしく、もう次の日の早朝となっていた。

 妹紅は人修羅が目覚めてすぐに、前日に言っていた慧音を呼びに外に出ていた。人里まで降りるから、しばらく時間がかかると言っており、それを聞いてから大人しく待とうと決めた人修羅が壁にもたれて座り込むだけの無為な時間を過ごして、もう一時間以上も経っていた。

 流石にこうも何もしないで過ごすのもどうかと思い、少し体を動かそうと玄関の扉を開けると、外には昨日と同じように霧が立ち込め、陽の光を薄めていた。

 

「……ふぅ」

 

 軽く呼吸を整えて、体を捻るようにストレッチをする。悪魔になってからは、こんな人間のように体を動かす準備をすることもなかったが、いざこうして改めて体を動かしてみると、全くと言っていいほど、体が凝っていない。疲労というものが残ることもない。傷を負ったり、何かしら異物を取り込んだりさえなければ、文字通り無限に走り回ったとしても問題がない。昔、荒廃した東京の各地を走り回っていたことを思いだした。

 そう、まさしく人の体ではなくなっていたことを今更思い出した。

 

「……」

 

 別に悪魔に変わってしまったことに後悔があるわけではない。ただ疲労も凝りも残るはずがない、そう考えると、結局こうやってストレッチをしていることも、なんだか無駄な時間を過ごしているように感じられてしまうことに、少しだけうんざりした気持ちになった。

 

「―――あ、人修羅? 外出てきたのか」

「妹紅、ようやく戻ってきたか……そいつが?」

「待たせちまったか? そう、慧音だ。私の言っていた奴だよ」

 

 人修羅がそんな風に一人でどんよりした気持ちでいたところに丁度、妹紅が戻ってきて、勝手に救われた気持ちになった。

 そして妹紅の後ろについてきた人影を見る。青いメッシュの入った長い銀髪。その上にはなんだか頂点に赤いリボンのついた青い箱みたいな帽子を被っている女性だ。そして上下一体になった青い服―――セーラー服のように見えなくもない服を着ていた。

 

「貴方が人修羅か?」

「……そうだ」

「私が上白沢慧音。人里の寺小屋で教師をやっている」

「教師……?」

 

 またなんだかいやにピンポイントな奴が来た、と顔をしかめた。不死者に記者に教師にと、まだ一日しかこの世界で過ごしてないのに昔の知人を思いだすような単語が何個も出てくることに流石に辟易していた。

 

「……なんだか歓迎されていないようだが?」

「おい人修羅……」

「あ、いや違う……少し知人を思いだしただけだ」

「……そうか」

 

 顔をしかめたのを慧音と妹紅に咎められ、慌てて弁解する。それに納得したのかは分からないが、慧音はそれ以上の追求はしなかった。だが、少し表情が険しくなった慧音を見て、人修羅は内心、気が気でなかった。

 

「それで、話は……だいたい妹紅から聞いた。聞かせてもらうが……本気なのか?」

「本気だ。俺は博麗大結界が今どうなっているのか調べる必要がある」

 

 慧音の問いに、内心の恐れを隠しながら人修羅は毅然とした態度で答えた。拒否されるかどうかの不安こそあれ、それとは別にキチンと自分の要求を伝えなくては話にならない。

 

「……そうか」

「できそうか?」

「確かに私の能力―――"歴史を創る程度の能力"があれば、それは叶うと思う。過去、結界が破られたかどうか、調べることはできる」

 

 言いながら、慧音は人修羅に対して値踏みするような目線を向けていた。当然といえば当然のことなのだが、その視線に並々ならぬプレッシャーを感じる。それが今の自分の立場がそういった重圧感を生み出しているのか、はたまた彼女自身の存在感なのかは、今の人修羅には分からなかった。

 

「ただ、それがどれだけリスクのあることかは貴方も分かっているんだろう? 貴方にどのような事情があるかは知らないが、それでも、と?」

「あぁ」

「承知の上だと言うんだな」

 

 ようやく慧音の視線が逸れた。けれどまだプレッシャーは纏わりついたままだ。このプレッシャーは慧音の口から了承の言葉をもらわない限りは消えはしないだろう。

 

「―――なら、幾つか条件がある。それを貴方が吞むのなら……私も手を貸す」

 

 その言葉に傍で様子を見ていた妹紅は声こそ出さなかったが、驚いたような顔をしていた。人修羅も顔には出さなかったが、心の中でこんな簡単に話が進んだことに驚いていた。

 博麗大結界―――それがこの世界の人たちにとってはどれほど大切なものかは、少ししか話を聞いていない自分にも分かっている。それを見たいなどと言う外来の悪魔相手に、これほどあっさりと了承してもいい、と言っている。それに驚かずにはいられなかった。

 

「……俺が言うのもなんだが、本当にいいのか?」

「だからこその条件だ……それに、もし大結界を利用して何かをしようというのなら、その時点で今回の件は破棄させてもらう。私がするのは観測だけ、とさせてもらう」

 

 もちろん、と人修羅は頷く。必要なのは結界が破られているのか否か、それだけだ。それによって自分の今の立場がはっきりとしてくる。

 

「では一つ目の条件だが……もしこの観測作業が八雲紫にバレて、追及された時。貴方が責任を負ってくれ、これはまず大前提だ」

「あぁ。もちろんだ」

 

 当然、そのような場合に協力してくれる相手に負担をかけるような真似はしたくない。人修羅は当然のように頷いた。

 

「二つ目。私がするのは先ほど言ったように観測だけだ。責任を貴方だけが負う関係上、それ以上のことはしてやれない。だから何かしらの隠蔽術などはそちらで用意してほしい」

「それも分かった」

「それでは三つ目……最後の条件なんだが」

「……」

 

 改まった様子で最後の条件を話そうとする慧音に、人修羅は少し身体を強張らせ、心の中で身構えた。やはり作業の内容が内容だ。ここで理不尽とも思える条件を出されても何もおかしくはない。

 

「―――私の仕事の方も手伝ってもらえないだろうか」

「……仕事?」

「……あー」

 

 その言葉の内容に何か納得したかのような声を出した妹紅に人修羅は少しあっけにとられた表情を見せた。なんというか妹紅から緊張感が消えてしまったので、この慧音の言う仕事というのが特段ヤバいというわけではないことを察してしまった。

 

「確か……教師をやっていると言っていたな」

「私が頼みたいのはもう一つの仕事なんだ」

「もう一つ?」

「私はワ―ハクタクという種族でね、満月を見るとハクタクに変身する獣人なんだが……"歴史を創る程度の能力"はハクタクに変身している時にしかできないんだ」

「……つまり観測は満月にしかできない、と……えっと結局仕事ってなんだ?」

「私のもう一つの仕事は、この幻想郷の歴史を編纂すること。幻想郷の各地で起こった全てを知り、それに書に書き記すことなんだが……それは私がハクタクになっている間にしかできないんだ。だから満月の日に貴方を手伝うと私の本来の仕事がおざなりになってしまう」

「おっしゃる通りだな……それを俺に手伝え……って?」

「了承してくれないならこの話は無しとなる、が」

「…………え、うん? ちょっと待ってくれ」

 

 てっきりもっと難題めいたことを要求されると思っていたのだが―――拍子抜けに似た感情が人修羅の胸の内で渦巻いて逆に混乱してしまっていた。ただそれはそれとして、よく考えると編纂作業なんてことを一回もやったことがない上、悪魔になってから筆記作業なんていうのも長い間やっていない今の人修羅から見たら、歴史の編纂というのも思いのほかハードルが高いのでは、と思わなくもなかった。

 難しいことを要求されると思ったら簡単なこと―――と思ったがよく考えるともしかしたら難しいかもしれない。そんな曖昧な要求に一瞬、思考が止まってしまっていた。

 

「……やる。やるが……なぁ、本当にそれだけか?」

「それだけだが?」

「…………」

「信用できないか?」

 

 そう尋ねられれば、もうこれ以上何かあるのではと疑うこともできない。実際は疑念ともまた違う不安から来るものだが、どちらにせよ信じきれないからこそくる考えには違いなく、そしてそんな考えは手伝ってくれようとしている目の前の相手に失礼であることだけは分かっていた。

 

「……いや。そうだな、その条件を呑もう」

「では、契約成立だな」

 

 話のほとんど最初から感じていたことだが、本当に話があっさりと纏まってしまって、いまいち実感がわいてこない。

 

「……なんだかアッサリ決まっちゃったな」

「私は別に意地悪を言いに来たわけはないから。そもそも拒否するつもりなら、妹紅に話を聞いた段階でそう宣言して、ここまでは来なかったよ」

 

 どうやら妹紅も人修羅と同じことを考えていたようだった。それに対し慧音は落ち着いた様子で答えてみせる。

 

「それに、なんだか人間臭かったから」

「俺が?」

「少し気まずい中、なんとかそれを表に出すまいとしている様子がね。もしかしたら貴方がただの悪魔だったら了承しなかったかもしれない」

「それは……どうも」

 

 有難い話だが、それはそれとして自分の心の内を見透かされていたようで少し恥ずかしかった。

 とはいえ、これでようやくこの停滞した状況に光明が差した。その事実が時間をおいてようやく理解できてきたように思えた。

 

「満月の日は二日後だ。それまでに隠蔽の準備等があるなら済ませておいて欲しい」

「分かった……仕事は……」

「当然、観測が終わったら、すぐ」

「……覚悟も済ませておく」

「……ふふ、そうしておくといい」

 

 なんだか八雲紫という妖怪より、未だ未体験の歴史の編纂作業なるものの方が今は怖く感じていた。そんな人修羅の様子がおかしかったのか、慧音は少しだけ頬を緩ませた。

 

「では、今日のところは戻るとするよ。人修羅、何かあったら妹紅に言伝を頼んでくれ」

「あぁ、慧音。今日は本当にありがとう」

「まだ礼を言うのは早いよ、では二日後は互いによろしく頼むよ」

 

 礼を言う人修羅に軽く苦笑いをし、人修羅と妹紅に背を向けて去っていく。それを見送っていたが、程なくして慧音の姿は霧に消えていった。

 

「人修羅、ちょっと顔色明るくなったな」

「あいつのおかげでな」

 

 妹紅が人修羅の顔を覗き込み、それを見て人修羅はほんのわずかにだが口角を上げた。

 

「へぇ、そんな顔もできるんだ」

「俺をなんだと思ってるんだ」

「悪魔だろ? でも竹林の中で困ってたり、今のを見てると普通の悪魔ではなさそうだ」

「概ね当たりだな」

 

 的を射ている妹紅の言葉だったが、全て合っているわけではない。その出自から性質も、何から何まで普通ではない、などとは流石にここでは言えなかったが。

 

「さてあと二日、暇だし何か準備があるっていうなら私も手伝うぞ?」

「妹紅まで? いやむしろ頼ることになるか……それなら。隠蔽術は俺もあまり得意じゃないんだ」

「あらま。しょうがないな、それじゃ私のとっておきの妖術の力を貸してやる」

「それは……頼もしいな」

 

 妹紅の提案に、どうやらまだまだ誰かに頼るのは続きそうだ、と苦笑して。

 まだまだ問題は山積みだ。だがそれでも少しだけでも前に進んだという感覚はいつだって心地よい。

 準備のために小屋に戻る妹紅を追うように人修羅も小屋に戻っていく。その足取りは少しだけ軽く―――二人は二日後の満月に備えて、結界観測の準備を整えるのだった。

 

***

 

 時を同じくして、場所は永遠亭。

 永琳は自室で本を読み耽っていた。輝夜の言葉により決意を新たにしたとはいえ、人修羅の行方も分からずじまいとなってしまっている今、できることは少なかった。

 今はただ、周囲の状況の変化を目敏く追うことに努めるしかなかった。それはいつ起こるかも分からず、それまではいつも通りの業務をこなしていく、根気の勝負となっていた。

 そんな時、部屋の襖の裏に誰かが来た気配がした。

 

「八意様、お時間よろしいでしょうか」

 

 そして襖から永琳にとっては聞きなれた声が聞こえてきた。

 

「えぇ、入ってちょうだい」

「失礼します」

 

 そう言って、襖がゆっくりと開けられる。

 襖が開いた先に正座していたのは、長い亜麻色の髪をした少女だった。襟の広い白いシャツに左にだけかかった青色のサロペットのような服を着ている。そして月を思わせるような綺麗な金色の目が永琳の方を向いた。

 

「それで……今日は何の用かしら……豊姫」

「実は―――」

 

 豊姫と呼ばれた少女はゆっくりと部屋に入り、襖を閉めてから改めて永琳に向き直り、事の次第を話し始めたのだった。

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