私は今日、あの人に会える。
今私は純那ちゃんとあの人との待ち合わせ場所に向かっていた。待ち合わせ場所は寮から1番近いショッピングモールのそばにある喫茶店だ。
「そういえば、その先生とはどうやって知り合ったの?」
「初めて会ったのは中学二年生の時かな。
少し長くなるんだけどごめんね?
私、学校のある日は放課後に空き教室で舞台の練習をしていたんだけど、土日は学校がないから誰もいない夜の公園で練習していたんだ。
だけどある日すごい眠い日があって近くのベンチで寝ちゃったことがあったの。
そのときたまたま公園を通りかかった先生が心配して起こしてくれたんだ」
「なな……なにしてるのよまったく…」
「えへへ、つい…。そのあと家に帰ったんだけど、自分の書いた台本を置いてきちゃったことに気づいて次の日の放課後に公園に取りにいったんだけどなかったの。
半ば諦めながら土曜のお昼頃にまた公園に探しに行ったら、先生が何の役かは分からなかったけど演技の練習?をしていてね、私の台本について聞いたらなんと一週間預かっていてくれてたの!
私が台本を置いていったことに気づいた先生は私の連絡先知らないから、私に会える可能性の高い同じ曜日の朝早い時間から公園でわざわざ待っていてくれてたんだよ」
「先生はすごいいい人なのね。でもどうして舞台の練習をしているってわかったの?」
「初めて会った時と雰囲気が違かったの。なんだか…ロボットのスーパーアイドルみたいな感じがしたんだ」
「えっと…?ごめんなさいなな、ロボットのスーパーアイドルというのがよくわからないのだけれど…」
「うーん、私もよくわかってないんだけど何となくそう思ったんだよね。確か先生はoh...yesって言ってた気が……。
それでね、その頃私に演技を教えてくれる人なんていなかったからその演技を見てつい、演技を教えてください!ってお願いしちゃったんだ。
それが始まりかなぁ」
今思い出しても、あんな急なお願いをよく二つ返事で受け入れてくれたなと思う。まぁそのおかげで私は聖翔に入ることができたのだが。
それにしても純那ちゃんも言っていたが、やはりあの人が芸能の世界に身を置かない理由が気になる。もし芸能に興味がなかったりするのならば、私のお願いに二つ返事で了承したり懇切丁寧に教えてくれる理由がないのだ。そうなるとやはりあの人が自分で言っていた、他にやりたいことがあるというのが最も有力である。やりたいこととはなんだろうか、それは今すでに終わっているのか。疑問が尽きない。
だが、もし欲を出すならば、あの人と同じ舞台で共に演じてみたい。
「なな、ついたわ。手紙にはお得意様専用のテラス席にいるからすぐわかるって書いてあったけど、どの人なのかしら…」
いた。彼だ。背中しか見えないがわかる。
「あの、すいません。田中さん、ですか?」
「……あぁ、そうだ。久しぶりだな。もう先生とは呼んでくれないのかい?」
振り向いて答える彼。少し驚いた様子だ。
「まぁ座って、久しぶりに話そう。もちろん大場の友達もね」
彼に促され、私と純那ちゃんは席に座る。
「君と会うのは初めてだな。私は田中だ。中学の頃、大場に演技を教えていた」
「私は星見です。大場さんとは友人で、同じ聖翔に通っています」
2人の簡素な自己紹介を終えると、彼は少し考え込んだ。
「あぁ、君が星見か。先月の聖翔祭のスタァライト 、見させてもらった。パンフレットで君の名前と役を見たから、顔と名前が一致したと思っていたけど今は眼鏡をかけていたからわからなかったよ」
「え、観てくれてたんですか!?」
「あぁ、元教え子の舞台だからね。観に行かない理由がないさ。本当は99回の方も観にいきたかったんだがな。
それにしても、なかなか思い切った判断をしたな。まさか原作スタァライトのラストを書き換えるなんて。観劇をしていた人達は皆んな満足して帰っただろう。
脚本も素晴らしかったが、もちろん君たちの演技も素晴らしかったよ」
「あ、ありがとうございます」
「…大場、もちろん確信があるわけではないが、もしかして君は最後に私と会った時の事で負い目を感じているんじゃないか?
いや、ね。私は君と何度も話してきているからなんとなく君の不安などの感情がわかるんだよ。
話を戻すが、その時の事については私も反省しているんだ」
「そ、そんな!あれは別に先生が悪かったわけでは!」
そうだ、あれは先生に本気の演技をさせた上で逃げた私がどう考えても悪いのだ。もしあの日以降私が来ない中先生1人で待っていたと考えると胸が痛む。
「確かにあの日以降何の連絡も無しに現れなくなったのは君の落ち度だ。だがあの日君が私から逃げたのは何も悪くないのだよ。あの日恐ろしいものを見た君は生存本能が働き、その場から逃げたに過ぎない」
「あ、あの。田中さん。恐ろしいものって一体何のことですか?」
「ん?大場から聞いていないのか?簡単に言うと、とあるキャラクターを演じた結果私は恐るべき者になってしまっただけだ」
「…先生、私あの後色んな脚本や物語、一応歴史も調べたんですが先生の演じた人物が誰なのか結局わかりませんでした。あれは一体なんてキャラクターだったんですか?」
あの時見た光景を頼りに色々な本や映画を見たり、歴史も調べたりしたがあれに該当するものがなかった。あれはエチュードのようなものだったのだろうか?
それこそありえない。あれほど鮮明に情景を見せることができたのだからなんらかの参考がないと難しい。全く同じではなくとも似たような記録があるはずだが、何もなかった。
「フム…キャラクター名を言ってもいいが、恐らくわからないだろう。あれは存在しない創作物だからな」
「世に出ていない創作物ということですか?」
「いや違う。本当に存在しなかったんだ。
…まぁ私が言えることはそれだけだ」
存在しなかった……?この言い方、なんだか少し変。
恐らく純那ちゃんも気付いているだろうけど、先生はこれ以上追及してほしくなさそう。苦い顔をしている。
「あ、そうだ!私バナナマフィン作ってきたので、よかったら先生どうぞ!」
1つを手に取り口へ運ぶ先生。おいしいと言ってくれるだろうか。
「おぉ、美味しいな。これ程のものを作れるとは。喫茶店の中だからあまり大きな声では言えないが、店顔負けのレベルだ」
「えへへ、そう言ってくれて嬉しいです」
「あの田中さん。こんなこと初対面の私が聞くのは良くないと思うのですが、どうして舞台に出たりしないんですか?ななよりもすごい演技が出来ると聞きました。舞台に立てば、トップスタァも夢じゃないはずなのに」
「ハハハ、成る程、君たちは何か誤解をしている。私は君たちの言う演技が得意ではない」
「え?ですが先生、昔私に見せてくれたものは?」
「………あれは上手く説明しにくいが、端的に言うと私がやっている事はただの猿真似に過ぎない。例えば君たちのことはよく知っている。だから真似をする事は容易い。だが戯曲スタァライトのフローラやクレールを自分なりに演じるというのは出来ないということだ。
だからかつて大場に見せたのも正確には演技ではなく真似なのだよ」
「そうだったんですか…」
「あぁ、だからな大場。一応私は演技の初歩的な事は知っているから君に教えてきたが、聖翔に受かることが出来たのは紛れもない君自身の努力によるものだ。だから誇るといい」
「あ、ありがとうございます先生!」
「…そういえば、伝えるのがだいぶ遅れたな。聖翔に合格おめでとう。もう卒業まで1年あるかないかだが、君がより育っていくのを楽しみにしている」
あぁ、ダメだ。久しぶりに会えた恩人にそんな事を言われて嬉しくないわけがない。嬉しさや感謝の気持ちで目頭が熱くなっていく。だけど恩人の前だ。我慢しなくては!
「あ"、あ"りがどうございまずぅ…」
「もうなな、こんなとこで泣かないでよ!ほら、このハンカチで拭きなさい?」
「クククッ、堪え切れてないじゃないか」
先生と純那ちゃんは私が落ち着くまで待っていてくれた。私は本当にいい人たちに恵まれたと思う。
「そういえば本題に入り忘れていたな。正直いきなりですまないとは思うが、私に演技を教えてくれないか?こんなこと聖翔の生徒に頼むというのはおかしな話ではあるんだがな」
「え!私は大丈夫ですけど、純那ちゃんはどうする?」
「えぇっ、私!?えっと、私も大丈夫ではあるんですけど…。その、私は田中さんとはほぼ接点がないというか、そもそも初対面ですし…」
「確かにそうだな。もちろん断ってくれても構わない。君たちにもやるべきことがあるはずだからな」
「うーん、確かにそうだよね。純那ちゃんの邪魔になっちゃうかもだし、私だけで先生に演技教えるね」
「いえ、私も教えるわ。教えることで自分に足りないことに気づくこともあるもの。トレーニングの1つだと思ってその依頼受けさせてもらうわ!
でもどうしてななに頼もうと思ったんですか?演技を教えてくれるところなんて探せばたくさんあるはずなのに」
「…確かに演技教室を探して授業を受けるのもありだが、私がそれらの講師をいれて連絡をとれる人物で最も演技力の高い人物は、大場ななただ1人だったからだ。やはり何かを教わるには最も優れた人物から教わらなくてはな。
おっと、そういえばこの後用事があるのを忘れていたな。ここらでお暇させてもらおう。私の連絡先を渡しておく。私は基本いつでも大丈夫だから君たちの都合の良い時間に呼び出してくれ。
それではな」
先生は電話番号の書いた紙を置いて立ち去っていく。そういえば昔言っていたやりたいことがなんだったのか聞くのを忘れてしまったが、私たちに演技を教わるということは芸能の世界に来てくれるということだと信じよう。
「…ふぅ、ななはさっきよく彼に話しかけることができたわね」
「え?どうして?」
「いえ、彼を悪く言うつもりはないのだけれど。
話しかける前に彼を見た時どういうわけか肌が火傷をしたみたいにヒリヒリし始めたのよ。まるで彼に話しかけてはいけないみたいに。おかしいわよね?そもそも私火傷なんてしたことないのに。
あぁでも、話してみたらななの先生がとても優しい人というのはわかったわ!」
「あー…確かに先生の見た目は怖いから少し話しかけづらいのもわかるよ」
「え、えぇ…そう、ね?」
純那ちゃんは不思議そうな顔をしている。今の私の言葉にあまり納得がいっていないようにも思える。
「ねぇなな、そういえば先生が言っていたことを覚えてる?よく知っているものの真似しか出来ないって。そしたらロボットのスーパーアイドルなんてどこで見たのかしらね?」
私たちは連絡先の書いてある紙をしまい、そのまま帰路についた。
そういえば先生との会話、何かがおかしかったような…………?
きっと気のせい、だよね?
彼女達は彼の返答のタイミングがおかしいことに気づかなかったようです。
やっと彼が出てくれましたね。