屍と錬金術師   作: sky

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9話〜王の器

 セントラルシティの中央通りは朝から多くの人々で賑わっていた。

 

 金髪をなびかせ、赤いコートを翻しながら歩く少年の姿は、人混みの中でもひときわ目立っている。

 

 商店の呼び込みが響き、馬車が石畳を走り抜ける。道端では露店の商人たちが商品を並べ、活気に満ちた街並みが広がっていた。

 

 そんな通りの一角から、歓声が上がる。

 

「おおっ! すごいぞ、兄ちゃん!」

 

「一瞬で直しちまった!」

 

 人々の注目を集めていたのは、金髪に赤いコートをまとった少年――エドワード・エルリックだった。

 

 彼の足元には、車輪の軸が折れて立ち往生していた荷馬車がある。つい先ほどまで、荷台に積まれた野菜を前に、御者の男が途方に暮れていたのだ。

 

「いやぁ、本当に助かった! これじゃあ今日の商売は諦めるしかないと思ってたんだ!」

 

「いいって、いいって。困ったときはお互い様だろ」

 

 エドワードは気にするなと言わんばかりに手を振った。

 

 もっとも、その口元には、ほんの少し得意げな笑みが浮かんでいる。

 

 数分前、彼が両手を合わせ、壊れた車輪の軸に触れた瞬間のことだった。

 

 パンッ!

 

 乾いた音とともに、錬成陣を介さない錬成が発動する。砕けていた木材が組み替えられ、壊れた軸は瞬く間に元の形を取り戻したのだった。

 

「国家錬金術師ってのは、こんなことまでできるんだなぁ!」

 

「さすが『鋼の錬金術師』だ!」

 

「おい、あっちの水道管も直してもらえないか聞いてみようぜ!」

 

 人々の感嘆の声を浴びながら、エドワードは内心で小さく拳を握った。

 

 ――よし。まずは順調だな。

 

 今回の目的は、単に市民を助けることではない。

 

 エドワードには、別の狙いがあった。

 

「すみませーん! うちの店の前の石畳が陥没しちゃって……!」

 

「はいはい、今行くから!」

 

 別の女性に呼ばれ、エドワードは通りの向こうへと歩いていった。

 

 店先の石畳には大きな窪みができており、荷物を運ぶ人々が通りづらそうに迂回している。

 

 エドワードはしゃがみ込み、窪みの周囲を確かめた。

 

「こりゃ、地下の土が流れたせいだな。表面だけ直しても、また沈むぞ」

 

「そ、そうなのかい?」

 

「ちょっと待ってな」

 

 エドワードは両手を合わせ、石畳に触れた。

 

 次の瞬間、地面が低く唸る。

 

 窪んだ石が持ち上がり、周囲の石材と組み合わさっていく。さらに、その下の土まで固められ、陥没の原因となっていた空洞が塞がれていった。

 

 やがて、そこには何事もなかったかのように、平らな石畳が戻っていた。

 

「これでよし。しばらくは大丈夫だと思うぜ」

 

「ありがとう! 本当に助かったよ!」

 

 女性は何度も頭を下げた。

 

 その様子を見ていた通行人たちから、再び感嘆の声が上がる。

 

「国家錬金術師ってのは、軍の仕事だけじゃないんだな!」

 

「しかも無料だってよ!」

 

「なんて親切な子供なんだ!」

 

「……子供?」

 

 エドワードの眉がぴくりと動いた。

 

「誰が子供だ! 俺はもうガキじゃねえ!」

 

「いや、十分ガキだろ」

 

「誰がガキだぁっ!」

 

 思わず怒鳴り返すエドワードに、周囲から笑い声が起こった。

 

 どうやら、宣伝そのものは順調らしい。

 

 無償で街の修理をしているという噂は、すでに通りのあちこちへ広がり始めていた。修理を頼みたいという市民が次々と集まり、彼の姿を一目見ようとする者まで現れている。

 

「……ったく。柄でもねぇ。なんで俺がこんなことを」

 

 エドワードは小声でぼやいた。

 

 そのときだった。

 

 背後から、ひやりとした殺気が迫る。

 

「――見つけたぞ、国家錬金術師」

 

 エドワードは振り返るよりも早く、地面へ手を叩きつけた。

 

 石畳が盛り上がり、二人の間に壁が立ち上がる。

 

 直後、鋭い衝撃音が響いた。

 

 壁の一部が砕け、破片が路地へと飛び散る。

 

 その向こうに立っていたのは、額に大きな傷痕を持つ男だった。

 

 イシュヴァール人特有の赤い瞳。その眼差しには、国家錬金術師に対する強烈な憎悪が宿っている。

 

「……よう、スカー」

 

 エドワードは口元を引き締めた。

 

「わざわざ出向いてくれてありがとよ。今日はお前に聞きたいことが山ほどあるんだ」

 

「貴様らに答えることなどない」

 

 スカーは低く告げ、右腕を構えた。

 

 腕に刻まれた錬成の紋様が、薄暗い路地の中で不気味な存在感を放つ。

 

 エドワードは舌打ちした。

 

「話し合いで済めば楽だったんだけどな!」

 

 スカーが地面を蹴る。

 

 エドワードは横へ飛び退き、錬成によって足元の石畳を隆起させた。

 

 しかし、スカーの右腕が触れた瞬間、石の構造が崩壊する。

 

「ちっ……!」

 

 エドワードは後方へ跳び、距離を取った。

 

 破壊の錬成。

 

 触れたものを分解する、スカーの危険な能力だ。真正面から攻撃を受ければ、錬成によって作り出した防御も簡単には通用しない。

 

 それでも、エドワードに退くつもりはなかった。

 

 今回の目的はスカーを捕らえる。それだけが目的ではないのだから。

 

 * * *

 

 前日の夜。

 

 セントラルシティは、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

 

 しかしその静けさの裏側では、軍の目を逃れながら動く者たちがいた。

 

「――つまり、その国家錬金術師襲撃犯をおびき寄せるってことか?」

 

 薄暗い部屋の中で、リンが腕を組んだ。

 

 向かいに立つエドワードは、机の上に広げられた地図を指先で叩く。

 

「ああ。あいつは国家錬金術師を狙ってる。だったら、俺を囮にすれば現れる可能性が高い」

 

「兄さんを囮にするの?」

 

 アルフォンスが不安げに尋ねた。

 

「ほかに方法があるかよ。あいつが現れればエンヴィーとかいう奴らの手掛かりもつかめるかもしれねえ。もう関係のない人たちを危険に巻き込むのはやめたんだ」

 

「なるほどねぇ」

 

 リンは腕を組んだまま、考え込むように唸った。

 

「ただし、条件がある」

 

 エドワードの眉がぴくりと動く。

 

「……なんだよ?」

 

「無事にホムンクルスが捕まえられたら、俺にも調べさせろ」

 

 リンは真剣な眼差しで告げた。

 

「俺は不老不死の手掛かりを探して、この国まで来た。お前らがそいつらについて何か知ってるなら、情報を共有してもらいたい」

 

「またそれかよ……」

 

 エドワードは額を押さえた。

 

 ここまでの道中でも、リンは何度となく不老不死について尋ねてきた。賢者の石の話を聞けば目を輝かせ、人体錬成の話題が出れば身を乗り出す。

 

 目的に対する熱意は認めるが、いささか食いつきがよすぎる。

 

「いいか、ホムンクルスってのは、俺たちにとっても未知の部分が多いんだ。捕まえたからって、すぐに不老不死の秘密が分かるとは限らねえぞ」

 

「構わないさ。何も分からないまま帰るよりは、ずっといい」

 

「……ま、そういうことなら協力してやるよ」

 

 エドワードは渋々といった様子で頷いた。

 

 その隣で、アルフォンスが小さく息をつく。

 

「でも、相手はかなり危険なんだよ。リンたちも無茶はしないでね」

 

 先刻、ランファンとブルックから報告を受けたホムンクルスの少年。

 

 深い傷を負わせても、瞬く間に再生する異常な身体。そして、こちらを見下すような態度。

 

 あの力が不老不死と関係しているのなら、見逃すわけにはいかなかった。

 

「まずはスカー。その後でホムンクルスだ。順番を間違えんなよ」

 

「分かってるって」

 

 リンは軽く笑い、エドワードの言葉に応じた。

 

 * * *

 

 その頃。

 

 街の騒動を尻目に、リンたちはホムンクルスが現れるのを待ち構えていた。

 

「作戦通り現れるでしょうか」

 

 ランファンが尋ねる。

 

「ヨホホ、我々はエドワードとアルフォンス君たちを信じて待つだけです」

 

 そうして暫く待っていると、リンがぴくりと顔を動かした。

 

「この気配……出たな」

 

 その言葉通りに、建物の陰から巨体の男、グラトニーが現れた。

 

 いち早く出現に反応したランファンが屋根の上から飛び降り、グラトニーへと強烈な蹴りを叩き込む。

 

 ランファンは軽やかに着地すると、周囲に視線を走らせた。

 

「今日はエンヴィーとかいうのはいないのかな? まあいいか、こいつでも」

 

 そう呟きながら、リンはグラトニーを見据える。

 

 その様子を、少し離れた場所から一人の男が眺めていた。

 

「そうか。お前たちがこの間、エンヴィーを圧倒したという者たちか」

 

 キング・ブラッドレイは、興味深そうにランファンたちを見つめていた。

 

 だが、次の瞬間、その眼差しから興味の色が消える。

 

「邪魔な奴らだ。排除する」

 

 言い終わるや否や、ブラッドレイが地面を蹴った。

 

 驚くべき身体能力で一瞬にして間合いを詰め、剣を抜き放つ。

 

「――っ!」

 

 ランファンはとっさに反応し、クナイを構えた。

 

 甲高い金属音が路地裏に響き渡る。

 

 彼女は紙一重でブラッドレイの斬撃を受け流そうとした。しかし、あまりにも速く、鋭い一撃だった。

 

 刃を完全には逸らしきれず、ランファンの身体が大きく弾き飛ばされる。

 

 そのまま屋根の縁を越え、地面へと落下した。

 

「ランファンさん!?」

 

 鈍い衝突音とともに、ブルックの叫び声が響き渡る。

 

 ランファンは石畳の上に倒れ込んでいた。

 

 ブラッドレイの一撃をまともに受けることだけは避けたものの、躱しきることはできなかったのだ。さらに、高所から落下した衝撃で、身体には大きな負担がかかっていた。

 

「くっ……!」

 

 ランファンは起き上がろうとするが、全身に走る痛みに顔を歪める。腕に力を込めようとしても、身体を起こすことさえままならなかった。

 

 ブルックがランファンの元へと駆け寄った。

 

「ランファンさん、これは……っ!」

 

 返事はない。しかし、意識はあるようだった。苦しげに息をしながら、なんとか身体を動かそうとしている。

 

 その姿に、ブルックは奥歯を噛み締めた。

 

 一刻も早く、この場から離れなければならない。

 

 だが、ランファンを抱えて逃げるにしても、目の前の敵をどうにかしなければ――。

 

「ふむ。紙一重でクナイを使い、斬撃を逸らしたか。致命傷は免れたようだな」

 

 頭上から、感心したような声が降ってきた。

 

 キング・ブラッドレイ。

 

 アメストリス国の頂点に立つこの男は、ランファンを見下ろしながら戦いの結果を確かめるように目を細めていた。

 

「グラトニー」

 

 その呼び声に応じ、巨体が動く。

 

「はーい!」

 

 グラトニーは大きく口を開き、地面に倒れたランファンと、そのそばにいるブルックへと迫ってきた。

 

 開かれた口の奥には、底の見えない暗闇が広がっている。

 

 ブルックはランファンを抱え上げようとした手を止め、迫り来るグラトニーを見上げた。

 

「邪魔だ!」

 

 背後から飛び込んできた人影が、グラトニーへと斬りかかった。

 

 鋭い刃が閃く。

 

 次の瞬間、グラトニーの頭部が胴体から切り離され、巨体が大きく傾いた。

 

「ぐえっ!?」

 

 間の抜けた声を上げ、グラトニーが崩れ落ちる。

 

 その向こうに立っていたのは、剣を手にしたリンだった。

 

「リンさん!」

 

 ブルックが声を上げる。

 

「大丈夫か、ランファン。逃げるぞ!」

 

 リンは二人のもとへ駆け寄り、ブルックに抱えられたランファンの様子を素早く確かめた。

 

「若……申し訳……」

 

「謝るな。今はそれどころじゃない」

 

 リンは短く言い切り、周囲を見回した。

 

 グラトニーを倒したとはいえ、安心はできない。エンヴィーと同じ気配、同じ存在であると仮定するならば同じ回復能力を備えている可能性がある。そもそも、目の前にはもう一人決して油断できない相手がいる。

 

「……そう簡単には逃がしてくれないみたいだな」

 

 リンの視線の先には、ブラッドレイが悠然と立ちはだかっていた。

 

 剣を構えるでもなく、焦る様子もない。ただ静かに、逃げ道を塞ぐように彼らを見据えている。

 

「この私から逃げられると思っているのかね」

 

 その声には、余裕すら感じられた。

 

 リンは剣を握り直した。

 

「さあな。やってみないと分からないだろ?」

 

 言い終わると同時に、リンが踏み込む。

 

 狙いはブラッドレイの胴。

 

 しかし刃が届くよりも早く、ブラッドレイはわずかに身体を傾けた。剣先は虚しく空を切り、その勢いを利用するように受け流される。

 

「くっ……!」

 

 リンはすぐさま体勢を立て直した。

 

 一撃で決められないことは承知の上だ。

 

 ならば、手数で押す。

 

 リンは剣を振るい、正面からの斬撃に見せかけて軌道を変える。続けざまに角度を変え、足元や胴を狙う攻撃を織り交ぜた。

 

 単調な攻撃ではない。

 

 相手の反応を誘い、わずかな隙を作るためのフェイントも含まれている。

 

 だが――。

 

 ブラッドレイは、そのすべてを見切っていた。

 

 上段からの一撃を受け流し、続く斬撃を半歩下がってかわす。さらにリンが踏み込んだ瞬間、剣筋をわずかに逸らし、返す刃で反撃に転じた。

 

「っ!」

 

 リンはとっさに顔を引いた。

 

 それでも刃先を完全には避けきれず、頬に浅い傷が走る。

 

 赤い筋が浮かび、血が一滴、顎へと伝った。

 

 リンは距離を取り、剣を構え直す。

 

 ほんの数合の攻防。それだけで、相手との実力差を嫌というほど思い知らされる。

 

「なるほど……」

 

 ブラッドレイは感心したようにリンを眺める。

 

「君はなかなか戦い慣れているようだな。私の剣を受け流すだけでなく、常に死角を狙ってくる。眼帯のある左目側へ回り込もうとする動きが多い」

 

 ブラッドレイは涼しい顔で分析する。

 

 その言葉どおり、彼はリンの動きを正確に捉えていた。

 

 リンは舌打ちをこらえ、再び攻め込む機会を窺う。

 

 そのときだった。

 

「ガアアアッ!」

 

 背後から、怒号のような叫び声が響いた。

 

 リンが振り返るよりも早く、巨大な拳が迫る。

 

 先ほど頭部を斬り落とされたはずのグラトニーだった。

 

 切断された頭部と胴体は、すでにつながり始めている。傷口はみるみる塞がり、失われたはずの身体が元の形を取り戻していた。

 

「リンさん、危ない!」

 

 いち早く異変に気づいたブルックが叫ぶ。

 

 次の瞬間、グラトニーの拳がリンを捉えた。

 

「ぐっ……!」

 

 凄まじい衝撃が全身を貫く。

 

 グラトニーの重い一撃を受けたリンはもろに吹き飛び、後方にいたランファンを抱えたままのブルックを巻き込んでなお止まらなかった。

 

 骨だけの軽い身体が宙へと浮き、そのまま三人まとめて後方へ吹き飛ばされた。

 

 窓ガラスが砕け散る。

 

 三人は窓枠を突き破り、破片とともに建物の中へと転がり込んだ。

 

 間もなく、割れた窓から二つの人影が侵入してくる。

 

 ブラッドレイと、再生を終えたグラトニー。

 

 ブルックはふらつきながら立ち上がり、仕込み杖を構えた。

 

 その背後では、リンがぐったりと倒れたランファンの様子を窺っている。

 

 ランファンを連れて逃げるには、まだ時間が必要だった。

 

 そしてその時間を稼ぐためにも、少しでも長く自分が目の前の敵の相手をしておく必要がある。

 

「君達は何者だ?」

 

 ブラッドレイは黙って、ブルックの顔をじっと見つめていた。

 

 その眼差しは、目の前の相手を観察し、値踏みしているかのようだった。

 

「……」

 

 沈黙が落ちる。

 

 ブルックは仕込み杖を握る手に力を込めた。

 

 相手が何を考えているのかは分からない。

 

 だが、少なくとも友好的な話し合いをするために現れたわけではないことだけは明らかだった。

 

「まだ逃げるつもりかね」

 

 やがて、ブラッドレイが口を開いた。

 

「その女を捨てていけば、逃げ切れる可能性もわずかながら残っているというのに」

 

 その言葉に、背後のリンの表情が険しくなる。

 

「……捨てる?」

 

「そうだ。彼女を抱えていては、君たちの動きも制限される。戦力としても足手まといだろう」

 

 ブラッドレイは、まるで合理的な提案でもするかのように淡々と続けた。

 

「生き残りたいのであれば、何を優先すべきか考えることだ」

 

 リンは迷わなかった。

 

「逆に聞くが、あなたは仲間や家族が傷つき、倒れていても見捨てることができると言うのか?」

 

 ブラッドレイは、わずかに首を傾げた。

 

 そして、何のためらいもなく答えた。

 

「できるが?」

 

 あまりにもあっさりとした返答だった。

 

 そこには迷いも、言い訳も、葛藤もない。

 

「私はそうやって生き、勝ってきた。必要とあらば切り捨てる。それだけのことだ」

 

「あなたは、この国の王でしょう」

 

 ブラッドレイの目が、わずかに細められる。

 

「仲間や家族すら守ろうとしない者に、民を守ることができるのか。民なくして、王はあり得ない」

 

 リンは一歩も退かず、ブラッドレイを見据えた。

 

「何かを切り捨てることでしか勝てないのなら……あなたは、真の王にはなれない!」

 

 その言葉が、室内に鋭く響き渡った。

 

 一瞬、空気が凍りついたように感じられた。

 

 ブラッドレイは表情を変えなかった。

 

 ただ、リンを見つめる眼差しが、先ほどまでとはわずかに違っていた。

 

「理想だけで国は守れん。守るべきものを選び、犠牲を受け入れることもまた、上に立つ者の役目だ」

 

「その犠牲は、いったい誰が決めるのですか?」

 

 今度はブルックが間髪入れずに問い返した。

 

「犠牲にされる本人の意思も聞かず、守るべきものを勝手に決める。それが正しいことだと言い切れるのですか?」

 

 その問いにはブラッドレイは答えなかった。

 

 次に沈黙を破ったのはリンだった。

 

「ブルック!」

 

 リンが懐から取り出したものを床へ投げつける。

 

 カツンッ!

 

 硬い音が響いた直後、閃光弾が炸裂した。

 

 白く眩い光が壁や天井に反射し、部屋の隅々まで照らし出す。あまりの眩しさに、視界は完全に白く塗り潰され、目を開けていることさえ難しい。

 

「ぐっ……!」

 

 ブラッドレイは反射的に目元へ手をかざし、動きを止めた。

 

「な、何も見えないよぉ!」

 

 グラトニーも両手で顔を覆い、うろたえた声を上げる。

 

 一瞬の隙。しかしリンたちにとっては、それだけで十分だった。

 

「今のうちに逃げるぞ!」

 

 リンは叫ぶと同時に、倒れているランファンの身体を抱え上げた。彼女の身体に余計な負担をかけないよう腕を回し、しっかりと支える。

 

「若……!」

 

「しゃべるな。今は身体を休めてろ!」

 

 リンは短く言い返し、出口へ向かって走り出した。

 

 だが――。

 

「逃がすと思うかね」

 

 閃光の中から、低く落ち着いた声が響いた。

 

 ブラッドレイは顔をわずかに背け、左目を覆っていた眼帯を取り外す。

 

 露わになった左目には、ウロボロスの紋章が刻まれていた。

 

 その瞳が、逃げていくリンたちの姿を捉える。

 

「まさかこの眼帯に感謝する日が来るとは」

 

 しかし、その行く手にブルックが立ちはだかった。

 

「おっと、申し訳ありませんが、ここから先は通しません!」

 

 ブルックは仕込み杖を構え、グラトニーとブラッドレイの双方を警戒しながらリンたちが去っていった方向を背にする。

 

 リンたちが逃げ切るまで、ここで時間を稼ぐ。

 

 それが、彼に与えられた役目だった。

 

「ほう……」

 

 ブラッドレイは足を止め、目の前に立つ仮面の剣士を見据えた。

 

「君が残るのかね?」

 

 やがて、口元にかすかな笑みを浮かべる。

 

「自分が犠牲になって、仲間を逃がすというわけか」

 

「ヨホホホ。犠牲だなんて、大げさな。私はただ、仲間が逃げる時間を稼ぐだけです」

 

「……そうか」

 

 ブラッドレイは静かに剣を抜いた。

 

 鞘から滑り出した刃が、薄暗い室内で鈍い光を放つ。

 

 その構えには一切の無駄がなく、わずかな隙さえ見当たらない。

 

 ブルックは思わず息を呑んだ。

 

 相手が並の剣士ではないことは、構えを見ただけでも十分に理解した。

 

 それでも、退くわけにはいかない。

 

 ブルックは仕込み杖の切っ先をブラッドレイへ向け、静かに身構えた。

 

 ブラッドレイは剣を手にしたまま、冷ややかな声で告げる。

 

「お前、あの若造にあの世で伝えておけ」

 

 その声には、怒りも焦りもなかった。

 

 まるで、これから起こる結末が既に見えているとでも言いたげな、揺るぎない確信が込められていた。

 

「真の王など、この世の何処にもおらぬとな」

 





〜これから起こる未来?〜

ブラッドレイ「私は逃げた2人を追う。グラトニーはそいつを食べたら匂いで追ってこい。早めにな」

グラトニー「わーい。あれ?なにこれー? お肉が無いよー骨は美味しく無いからいらないー」ポイー


ブルック「……」
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