セントラルシティ。
アメストリス国の首都にして、政治と軍事の中枢を担う大都市である。
国家錬金術師たちが研究を行う施設をはじめ、アメストリス国軍中央司令部、大総統府、国立中央図書館など、国の重要施設が集中している。その規模は国内でも群を抜いており、各地から人や物が集まる、まさに国の中心と呼ぶにふさわしい街だ。
そのセントラルへ向かう汽車が発着する駅のホームに、エルリック兄弟とウィンリィ、そして当然のような顔をして同行するリンたち一行の姿があった。
「なんでここにいる!」
リンたちの姿を見つけたエドワードが、すかさず指を突きつける。
ラッシュバレーで別れたはずなのに、なぜかまた目の前にいる。あれだけの騒ぎを起こした挙げ句、また勝手についてくるというのだから、文句の一つも言いたくなるだろう。
「細かいことは気にしなーい!」
対するリンは、まるで旧知の友人にでも再会したかのように、あっけらかんと笑っている。
アルフォンスは困ったように兄を見つめ、ウィンリィは小さくため息をついた。
「エド、駅で騒がないの。みんな見てるわよ」
「俺のせいだって言うのかよ!」
しかし、リンはそんなエドワードの怒りなどどこ吹く風。軽妙な会話で相手を煙に巻きながら、いつの間にか懐へするりと入り込んでしまう。
その図太さと人懐っこさは、王家の血筋と、それに伴う教育の賜物なのかもしれない。
結局、エドワードが納得するよりも先に、一行は汽車へと乗り込むことになった。
車内を進み、空いている席を見つけると、それぞれ腰を下ろす。
やがて汽笛が鳴り、汽車がゆっくりと動き始めた。
窓の外では駅舎が少しずつ遠ざかり、ラッシュバレーの街並みが後方へ流れていく。
しばらくの間、一行は窓の外を眺めたり、思い思いにくつろいだりしていた。
そんな中、リンがふと思い出したように口を開いた。
「ところで、今はどこに向かってるんだ?」
「お前、目的地も知らずについてきたのかよ!」
間髪入れず、エドワードのツッコミが飛んだ。
「今はセントラルに向かってるんだ。アメストリスの首都だよ」
アルフォンスが補足する。
「ああ、そうだったな!」
「絶対わかってなかっただろ!」
「ちょっと兄さん、落ち着いて……」
アルフォンスが慌てて兄をなだめる。
エドワードは深々と息を吐いた。
この男と一緒にいると、どうにも調子が狂う。
「俺たちは中央の軍部に書類を届けに行くんだよ。そのあと、ヒューズ中佐のところにも顔を出す予定だ」
「軍、ですか? 海軍ではなく?」
今度はブルックが首を傾げた。
その疑問に、エドワードは少し考えるような仕草を見せた。
「あー……なんて言やいいのかな」
そして、リンたちに説明を始めた。
「グランドラインを航海するには、ログポースを使うのが一般的だろ?」
リンが頷く。
「ログポースは、最初にいくつかある航路から一つを選んだら、基本的にその航路に従って進むことになる。けど仮に選べる航路を全部たどったとしても、グランドラインに存在する全ての島へ行けるってわけじゃない」
「ふむふむ」
「この国も、そうした選択できる航路から外れた場所にある。偶然たどり着くみたいなことでもなければ、エターナルポースでも無きゃよそからここへ来るのは難しいって訳だ」
「海賊がほとんど来ない場所に、海軍が大勢で押しかける必要もない。というわけですね」
ブルックが納得したように頷いた。
「そういうこと。だからそういう場所には独自の自治組織がある。この国じゃ、軍がその役割を担ってるってわけだ」
「へえ、そうだったのか!」
リンは感心したように声を上げた。
エドワードはそれ以上詳しく話すつもりはないらしく、軽く肩をすくめた。
リンは追及せず、窓の外へと視線を移す。
見知らぬ国の仕組みを知ることは、彼にとっても無駄ではない。とはいえ、今の目的はあくまで賢者の石についての情報を得ることだ。
そのためにも、まずはエドワードたちとの接点を保っておく必要がある。
もっとも当のエドワードは、そんなリンの思惑など知る由もなかった。
やがて汽車は速度を落とし、車窓の向こうに大きな街並みが見え始めた。
整然と並ぶ建物。広い道路。遠くには、ひときわ目立つ大きな建造物がそびえ立っている。
セントラルシティに到着したのだった。
「やっと着いた……」
駅のホームに降り立ったエドワードは、軽く伸びをした。
「まずは軍に顔を出してくるか。その後はヒューズ中佐のところだな。確か、軍法会議所にいるはずだ」
「グレイシアさんとエリシアちゃんにも久しぶりに会いたいわ」
ウィンリィも懐かしそうに笑った。
そんな彼らの会話を横目に、フーは主君へと向き直った。
「若。それでは、我々はどういたしましょう?」
しかし、返事がない。
「……若?」
そこにいるはずのリンの姿が、どこにも見当たらなかった。
フーは無言で周囲を見回した。
ランファンもまた、何かを察したように顔を上げる。
そして、二人はほぼ同時に気づいた。
――また、いなくなっている。
ブルックは二人の様子を見て、仮面の奥で首を傾げた。
「若ぁぁぁっ!」
セントラル駅の構内に、フーの悲痛な叫びが響き渡った。
* * *
三人は、ひとまず駅の外へ出ることにした。
セントラルの街は、ラッシュバレーとはまた違った活気に満ちている。
広々とした大通りには馬車が行き交い、道沿いには商店や飲食店が立ち並んでいる。整然とした街並みの向こうには、軍の施設と思しき大きな建造物が見え、軍服姿の人間もあちこちを歩いている。
街全体から、この国の中枢であることを感じさせる威厳が漂っていた。
だが、そんな景色を楽しむ余裕は、フーにもランファンにもなかった。
「若のことだ。何か興味を引くものでも見つけて、ふらふらと歩いていったに違いない」
フーは険しい顔で周囲を見回した。
「まずは駅前から大通りを探します。ランファンは北側。ブルック殿は南の方を」
「はい」
「ヨホホホ。お任せください」
三人は手分けして、リンの捜索を始めた。
店先。路地の入口。建物の陰。
リンが立ち寄りそうな場所を一つずつ確認していくが、見慣れた黒髪の青年はどこにも見当たらない。
護衛として主君の姿を見失うなど、あってはならない失態だ。
ましてや、ここは異国の首都。どのような危険が潜んでいるかもわからない。もっとも、当のリンは、そんなことなど少しも気にしていないだろう。
「……見つけたら、今度こそ一言申し上げなければ」
フーは決意を新たにし、通りの先へと目を向けた。
その時だった。
「号外だよー! 号外! 中央で起きた軍人殺害事件に、海賊の公開処刑!今日は大ニュースが盛りだくさん!」
通りの向こうから、新聞売りの少年が声を張り上げていた。
道行く人々が次々と足を止め、少年の掲げる新聞へと視線を向けている。
「……軍人殺害事件、ですか」
フーは足を止めた。
異国の首都で起きた事件に、さほど興味があったわけではない。しかし、軍の中枢が置かれたこの街で、軍人が殺害されたというのなら、少しばかり気になる話ではある。
それに、海賊の公開処刑という言葉も聞き捨てならなかった。
ブルックは海賊を名乗る男だ。彼自身が関係しているとは思わないが、海の世界に身を置く者として、何か知っている可能性はある。
「すみません。その新聞を一部いただけますかな?」
「はい、毎度あり!」
フーは代金を支払い新聞を受け取ると、足早にリンの捜索に戻る。
しかし結局リンは見つからず、三人は一度合流して情報を共有することにした。
「……という訳で、途中新聞が売られているのを見つけまして、買っておきました」
「なるほど、どれどれ……」
ブルックが歩み寄り、新聞を覗き込む。
新聞の一面には、大きな見出しが躍っていた。
その下には、軍服姿の女性の写真が掲載されている。
見出しには、こう記されていた。
――マリア・ロス少尉、マース・ヒューズ准将殺害事件の犯人と断定。
「ヒューズ……准将」
ブルックが読み上げると、フーが反応を示した。
「先ほど、あの少年が会いに行くと話していた方ですね」
「ええ。軍法会議所にいるとおっしゃっていましたが……」
ブルックは記事を読み進めた。
先月、中央司令部に勤務していたマース・ヒューズ准将が何者かに殺害された。軍は捜査を進めた結果、ロス少尉を犯人と断定。彼女は身柄を拘束され、軍事裁判にかけられることが決定したという。
記事には事件の概要と、軍上層部による発表が掲載されていた。
「……妙ですな」
フーが低く呟いた。
「何がですか?」
「いえ。軍の高官が殺害された事件であることは理解できます。しかし、犯人と断定するまでの経緯が、この記事にはほとんど記されておりません」
「確かに……」
ランファンも眉を寄せた。
もちろん、新聞記事だけで事件の真相を判断することはできない。捜査の詳細が伏せられている可能性もある。
それでも、記事の書き方にはどこか引っかかるものがあった。
犯人とされた女性の写真。その肩書き。軍による断定的な発表。
まるで、すでにすべてが決着したかのような扱いだった。
「軍の内部で起きた事件ですからね。私たちが詳しい事情を知らないのも当然でしょう」
ブルックはそう言いながら、記事の下へ視線を移した。
すると、もう一つの大きな見出しが目に入った。
「おや……こちらも、なかなか穏やかではありませんね」
「何です?」
フーが尋ねる。
ブルックは新聞を少し傾け、二人にも見えるようにした。
そこには、先ほどの事件とはまったく異なる記事が掲載されていた。
――白ひげ海賊団二番隊隊長『火拳のエース』、公開処刑へ。
「……公開処刑?」
ランファンが思わず声を漏らした。
記事によれば、白ひげ海賊団の二番隊隊長として知られるポートガス・D・エースが、世界政府によって拘束され、公開処刑されることが決定したという。
処刑の日時や場所については、詳細がまだ発表されていない部分もあるものの、世界政府は今回の処刑を大々的に公表する構えを見せているらしい。
さらに、記事はエースの経歴や白ひげ海賊団の勢力についても触れていた。
「白ひげ海賊団……」
フーは顎に手を当てた。
「名の知れた海賊団ですな。二番隊隊長ともなれば、相当な実力者なのでしょう」
「そのようですね」
ブルックの声から、先ほどまでの軽い調子が少し薄れていた。
彼は新聞に記された名前を、もう一度見つめた。
ポートガス・D・エース。
世界政府が、わざわざ処刑を大々的に告知する。
そこには、単に一人の海賊を処罰する以上の意図があるのかもしれない。
「……大きな騒ぎになりそうですね」
ブルックは静かに言った。
「白ひげ海賊団が黙っているとは思えません」
「ええ。もし報復に出れば、周囲の国々まで巻き込まれる可能性がありますな」
フーもまた、険しい表情を浮かべていた。
海賊団同士の争いであれば、関係のない国が直接巻き込まれるとは限らない。
しかし、世界政府が公開処刑を決めたとなれば話は別だ。
それは、海賊たちに対する明確な挑発とも受け取れる。
新聞の小さな記事からでも、事態が大きく動こうとしていることは感じられた。
「……まだあります」
ランファンが、紙面をめくった。
その指が止まったのは、別の記事の見出しだった。
――マーシャル・D・ティーチ、王下七武海に加入。
「王下七武海……?」
ランファンが首を傾げる。
「はい。世界政府に公認された海賊たちのことです。一定の条件のもとで政府から特権を認められる一方、海賊としての力を政府に利用される立場でもあります」
「海賊なのに、政府に認められているのですか?」
「ええ。海賊同士の勢力争いを抑えたり、ほかの海賊への牽制に利用されたり……そういう側面があるのです」
ブルックは記事に目を落とした。
マーシャル・D・ティーチ。
記事には、その男が新たに王下七武海の一員として認められたことが記されていた。
しかし、加入に至った経緯については、詳しい説明がない。
政府が何を評価したのか。彼がどのような条件を提示したのか。
紙面から読み取れる情報は限られていた。
「火拳のエースが公開処刑される一方で、別の海賊が政府公認の地位を得る……」
ブルックは二つの記事を見比べた。
「海の世界というのも、なかなか複雑なのですね」
「海賊といっても、一括りにはできないということでしょう」
フーが答えた。
「政府にとって都合のよい者と、そうでない者がいる。そういうことかもしれませんな」
新聞には、ほかにもいくつもの記事が掲載されていた。
各地で発生した海賊の襲撃事件。
世界政府加盟国の軍備増強。
海軍の部隊再編に関する発表。
そして、各地で頂上戦争への緊張が高まっていることを伝える短い記事の数々。
一つひとつは別々の出来事に見える。
しかし、こうして並べてみると、世界全体が大きな変化の前触れを迎えているようにも感じられた。
ブルックは、新聞をゆっくりと畳んだ。
「……これは、早く仲間たちの情報を集める必要がありそうですね」
その呟きには、いつもの冗談めいた響きはなかった。
それでも、セントラルの街は相変わらず活気に満ちている。
しかしその活気の底で、何かが静かに動き始めているようにも感じられた。
「……さて」
フーが周囲を見回した。
「若を探さねばなりませんな」
その間、ランファンも周囲への警戒を怠らず、通りを行き交う人々に目を配っていた。
だが、リンの姿はいまだ見つからない。
「……まったく。若は一体、どこへ行かれたのか」
ランファンが小さく呟く。
ブルックは新聞をめくりながら、楽しげに笑った。
「ヨホホホ。案外、私たちが思いもよらない場所にいらっしゃるのかもしれませんね」
その言葉を聞き、ランファンとフーは深々とため息をついた。
手元に残された新聞には、三つの大きな見出しが並んでいる。
マリア・ロス少尉。
ポートガス・D・エース。
マーシャル・D・ティーチ。
彼らがまだ知らないところで、国と海を揺るがす出来事が動き始めていた。