屍と錬金術師   作: sky

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本編とは関係ないのですが、ブルックとアルフォンスの絡みも書きたかったので追加してみました。


7.5話〜骨と、鎧と

 セントラルシティへと向かう汽車の中で。

 

 規則正しい車輪の音が響く車内で、エドワードは座席に深く腰掛け、腕を組んでいる。向かい側ではウィンリィが窓の外を眺め、リンは相変わらず勝手気ままに座席を占領していた。

 

「ヨホホホ……! それにしても汽車というものは便利ですねえ。船よりも速く、風にも左右されない。私、初めて乗りましたが骨身に染みて感動しております!」

 

「うるせえな! さっきからそればっかりじゃねえか!」

 

 エドワードが顔をしかめた。

 

「おや、失礼。感動を分かち合いたかったのですが」

 

「分かち合わなくていい!」

 

 エドワードが叫ぶ。

 

 そんな二人のやり取りを、隣の席からアルフォンスが眺めていた。

 

 兄の隣に座り、膝の上に両手を置いている。全身を覆う鎧は、汽車の揺れに合わせて小さく金属音を立てている。

 

「……あの」

 

「はい?」

 

「ブルックさんは、本当に……骨だけなんですか?」

 

 その声には、先ほどまでの戸惑いとは違う響きがあった。

 

 ブルックは、アルフォンスの鎧姿を改めて眺めた。

 

 その大きな身体。無機質な金属の装甲。表情の変わらない兜。

 

 けれど、声には温かさがあり、こちらを気遣うような優しさがある。

 

「僕、最初は驚いたんです。こんなふうに、普通じゃない身体で生きている人がいるなんて……。あ、すみません! 変な意味じゃなくて!」

 

「いえいえ。お気になさらず」

 

 ブルックは、穏やかな声で答えた。

 

「普通じゃない、ですか。ヨホホホ……。確かに、私たちの姿を見て驚かない人の方が珍しいでしょうね」

 

 そう言いながら、ブルックは自分の肋骨を指先で軽く叩いた。

 

 カラン、と乾いた音が鳴る。

 

「ですが、私も最初からこんな姿だったわけではありません。少々……いえ、かなり込み入った事情がありましてね」

 

 ブルックは一瞬だけ、窓の外へ目を向けた。

 

 流れていく景色の向こうに、遠い海が見えるような気がした。

 

「私は一度、死んでいるんです」

 

 アルフォンスは息を呑んだ。

 

「死んで……?」

 

「ええ。かつての仲間たちとともに戦い、命を落としました。その後、ヨミヨミの実という悪魔の実の力で魂が蘇ったのですが……戻ってきたときには、身体を見つけるまでに時間がかかりすぎましてね。ようやく見つけたときには、骨だけになっていたというわけです」

 

「そ、そんなことが……」

 

「ええ。人生、何が起こるかわかりません。もっとも、死んでから人生と言うのも変な話ですが! ヨホホホ!」

 

 いつもの調子で笑うブルック。

 

 けれど、アルフォンスはすぐには笑わなかった。

 

 死んだ。

 

 その言葉が、彼の胸の奥に静かに沈んでいく。

 

 自分は、死んだわけではない。

 

 兄とともに禁忌を犯し、その代償として身体を失った。兄は右腕と左脚を、そして自分は全身を失った。今の自分は、魂を鎧につなぎ留められているだけの存在だ。

 

 それでも、いつか元の身体を取り戻せると信じている。

 

 けれど目の前の男は、一度死んだ後、元の身体に戻ることなく、こうして笑っている。

 

「……怖く、なかったんですか?」

 

 アルフォンスの問いに、ブルックは首を傾げた。

 

「怖い、ですか?」

 

「はい。自分の身体がなくなってしまって……もう、元には戻れないかもしれないって」

 

 車輪の音が、二人の間を通り過ぎていく。

 

 ブルックはしばらく黙っていた。

 

 そして、いつもの陽気な笑顔を少しだけ和らげた。

 

「……怖くなかった、と言えば嘘になりますね」

 

 アルフォンスが、顔を上げる。

 

「私には、もう一度会いたい人たちがいます。今も無事でいてくれている筈ですし、また再会できると信じています」

 

 ブルックは、窓の外を眺めたまま続けた。

 

「この姿になったとき、私は長い間、たった一人でした。声をかける相手もいない。笑いかける相手もいない。どれほど時間が過ぎたのかさえ、分からなくなりそうでした」

 

 その声からは、いつもの軽妙さが少しずつ薄れていた。

 

「ですが、だからこそ思うのです。身体がどうなろうと、魂がどんな形で残ろうと……誰かを想う気持ちまで、なくなるわけではないのだと」

 

 アルフォンスは、じっとブルックを見つめた。

 

「僕も……そう思います」

 

 小さな声だった。

 

 死後も魂が現世に戻る。

 

 肉体を失っても、再び動き出す。

 

 その言葉を聞いた瞬間、アルフォンスの胸の奥で、何かが小さく揺れた。

 

 彼は自分の両手を見つめる。

 

 金属でできた指。関節の継ぎ目。冷たく硬い掌。

 

 そこには、血も通っていなければ、心臓の鼓動もない。

 

 けれど、自分の意識は確かにここにある。

 

「……僕も、似たようなものなんです」

 

 ぽつりと、アルフォンスが呟いた。

 

 ブルックは静かに彼へ顔を向けた。

 

「ほう?」

 

「僕の身体も……普通の人間のものじゃないんです」

 

 アルフォンスは、自分の胸元に手を当てた。

 

「本当は、ここに僕の身体はありません。僕の魂だけが、この鎧に定着しているんです」

 

 汽車の車輪が、線路の継ぎ目を越えて大きく揺れた。

 

「アル……」

 

 エドワードが、わずかに声を低くした。

 

 アルフォンスは兄を安心させるように、軽く首を振った。

 

「大丈夫だよ、兄さん。別に隠していることじゃないから」

 

 アルフォンスは続ける。

 

「僕たちは、亡くなった母さんを生き返らせようとして……錬金術で人体錬成を行いました。でも、失敗して……」

 

 言葉が途切れる。

 

「兄さんは左脚を、僕は身体全部を失いました。兄さんが自分の右腕を代価にして、僕の魂をこの鎧に定着させてくれたんです」

 

 アルフォンスは、鎧の指をゆっくりと握った。

 

「だから、今の僕は……生きていると言っていいのか、時々わからなくなるんです」

 

「アル……」

 

 エドワードが小さく呟いた。

 

 しかし、アルフォンスは兄を見ず、ブルックを見つめていた。

 

「食事もできないし、眠ることもできない。疲れもしないし、身体が成長することもありません。普通の人間なら当たり前にできることが、僕にはできないんです」

 

 少しだけ、声が沈む。

 

「僕は元の身体に戻りたい。兄さんと一緒に、ちゃんと人間として生きたいんです」

 

 ブルックは、すぐには答えなかった。

 

 骸骨の顔からは、表情を読み取ることができない。

 

 それでも、アルフォンスは不思議と、彼が真剣に自分の話を聞いてくれていると感じていた。

 

 やがてブルックは、ゆっくりと口を開いた。

 

「……そうですか」

 

 いつもの陽気な調子ではなかった。

 

「アルフォンスさんは、元の身体に戻りたいのですね」

 

「……はい」

 

「それは、とても大切な願いだと思います」

 

 ブルックは窓の外へ視線を向けた。

 

 流れていく景色の向こうに、何か遠いものを見ているようだった。

 

「私も……仲間たちと、もう一度会いたいのです」

 

 アルフォンスは顔を上げた。

 

「仲間たちと……?」

 

「ええ。私は今の仲間たちと離れ離れになってしまいましてね。今、こうして旅をしているのも、彼らのもとへ帰る方法を探しているからなのです」

 

 ブルックは笑った。

 

 いつもの、どこかとぼけた笑い方だった。

 

「私は一度死にました。もう二度と会えないと思っていた人たちもいます。それでも、こうして生き続けることができた。ならば、今度こそ大切な人たちのもとへ帰らなければなりません」

 

 彼は自分の胸に手を当てた。

 

 そこには、心臓など存在しない。

 

 それでも。

 

「身体がどうなっていようと、魂がここにある限り、私は私です。……少なくとも、私はそう信じています」

 

 アルフォンスは黙って聞いていた。

 

「もちろん、あなたが元の身体に戻りたいという願いを、私が軽々しく語ることはできません。あなたがどれほど苦しい思いをしてきたのか、私にはすべてわかるわけではありませんから」

 

 ブルックは少しだけ首を傾けた。

 

「ですが……今、あなたとこうして話している私は、あなたをただの鎧だとは思っていませんよ」

 

「……え?」

 

「あなたはアルフォンスさんです。優しくて、礼儀正しくて……お兄さんのことをとても大切に思っている、一人の少年です」

 

 アルフォンスの指先が、わずかに震えた。

 

「あなたは元の身体に戻りたいとおっしゃいましたね」

 

「……はい」

 

「ならば、どうかその願いを諦めないでください。私は自分の身体を取り戻すことはできませんでしたが……あなたには、まだその可能性があるのでしょう?」

 

 ブルックはいつもの調子で笑う。

 

「でしたら、諦めるにはまだ早い! ヨホホホ!」

 

「……ブルックさん」

 

 アルフォンスも、つられるように笑った。

 

 先ほどまで胸の奥に沈んでいた重たいものが、ほんの少しだけ軽くなった気がした。

 

 もちろん、何かが解決したわけではない。

 

 失った身体が戻ったわけでもない。人体錬成の罪が消えたわけでもない。

 

 それでも、自分と同じように普通ではない身体を持ちながら、前を向いて歩き続けている者がいる。

 

 それを知れただけでも、アルフォンスには意味があった。

 

 汽車は変わらず、セントラルへ向けて走り続ける。

 

 窓の外では、夕日がゆっくりと地平線へ傾き始めていた。

 

 アルフォンスは、隣に座る兄へそっと顔を向けた。

 

「……兄さん」

 

「あん?」

 

「僕、絶対に元の身体に戻るよ」

 

 エドワードは一瞬だけ目を丸くした。

 

 そして、すぐにいつもの不敵な笑みを浮かべる。

 

「当たり前だろ。誰がそのために旅してると思ってんだ」

 

「……うん!」

 

 たとえ、どんな身体であろうとも。

 

 たとえ、どれほどの困難が待ち受けていようとも。

 

 身体を取り戻して、大切な人たちが待つ場所へ帰るために。

 

 アルフォンスは、自分の手を見つめた。

 

 金属の指。冷たい装甲。そこには、温もりも鼓動もない。

 

 それでも、その手で兄を助けたいと思う気持ちは確かにある。

 

「ブルックさんのお話聞かせてくれて、ありがとうございました」

 

 ブルックは、静かにうなずいた。

 

 この少年もまた、姿が変わってしまったことで、数えきれない苦しみを抱えてきたのだろう。

 

 それでも、兄を想い、未来を信じ、笑うことを忘れていない。

 

 元の身体を取り戻せるかどうかは、まだ誰にも分からない。

 

 それでも、この少年には共に歩く兄がいる。そして、帰るべき場所を諦めていない。

 

 ならば、きっと大丈夫でしょうね。

 

「アルフォンスさん」

 

「はい?」

 

「いつか、元の身体に戻れたら……ぜひ、私にも見せてくださいね」

 

 アルフォンスは一瞬きょとんとした後、嬉しそうにうなずいた。

 

「はい! もちろんです!」

 

 汽車は、セントラルへ向かって走り続けている。

 

 その先に何が待っているのか、まだ誰にも分からない。

 

 けれど、同じように身体を失い、それでも大切な誰かを想い続ける二人は、この短い会話を通して、ほんの少しだけ互いの心に触れることができたのだった。

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