アニメ2期の有マ後のお話。
不撓不屈のウマ娘、トウカイテイオーの奇跡は他のウマ娘にも熱を灯す。
まるで、周りを照らす様に。

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夢を駆けて

「僕は今日"絶対"に挑戦する」

 

 全部出し切ってようやくスタートライン。今までの悔しさも全部、勝ちたいと願った祈りも、全部、全部ぶつけてようやくスタート。

そっからは根性と執着と明日の分の力。持てるもの、背負ってきたもの全部吐き出してようやく掴めた。

 両手じゃ持ちきれないほど積み重ねたものを全部背負って走った。

 今の僕じゃ勝てるはずのないレースだと思う。それこそマックイーンが言う奇跡だったんだと。

 僕もそう思うし、きっと誰もが努力で奇跡を掴んだ最高のレースって言ってくれると思う。

 

 でも違う。

 あれは僕が起こした奇跡だけど僕だけじゃ起こせなかった。みんなが居た。僕に沢山のものをくれたみんなが。憧れや諦めないってコトとか……夢とか。全部一人じゃ気付けなかった。一人じゃ出来ない事……みんなが居て支えてくれて届けてくれて、僕はようやく奇跡に触れた。

 そこにはあの意地悪な神様も居るだろうけど……僕の二度目の有マ記念は勝利で終わった。

 最高のレースを終えて、マックイーンのリハビリに付き合ったり、スペちゃんとゴールドシップのトレーニングしたりと、スピカでの日々に戻り始めたのに……

 どうやら奇跡っていうのはそれを見た人にも影響を及ぼす。事の大きさを僕はまだ全然理解できてなかったみたい。

 

 

 通い慣れた筈の大きな扉。

 たしかにちょっと避けてたけどさ〜〜、こんなにピリピリした雰囲気は初めて。いつもは誰でも入れるようにとそれでもピッシリと!って感じなのに……今日は全然違う。冷たく鋭い、気を抜くと後ろに走っちゃいそう、息が詰まる。どうしてこんなことになってるんだよ〜聞いてないよカイチョ〜。

 でもここにいても仕方ないよね、よし!覗いてみよう。

 足音を殺して息も潜める。カイチョーを驚かす時みたいに。ひっそりとゆっくりじっくり一歩ずつ。辿り着いた扉を音を立てずに少し押した。ちょっとだけ空いた隙間に滑り込む様に目を合わせた。

静かな部屋。来客対応も含めた生徒会室にしては大きすぎる部屋。その中で異質な雰囲気が一箇所。

 一人しか座ることが許されていない椅子に堂々と座り両手を組んでコチラをじっと見つめているウマ娘。

 三日月の様に白く映える一房の前髪。赤紫の双眸。天を衝くかのようにピンッと伸びた耳。

 思わず両手で口を塞いだ。

 日頃はわざと抑えている筈の凄みが鋭さを増している。目つきも優しく見守るような感じじゃない……あーーーこれは、かかってるなーカイチョー……

 でも、行くしかない。待ち伏せでもなくカイチョーが話があるから生徒会室にきてくれって言うんだもん。逃げるわけにはいかないよね。うん。

 よし!怯むな!いくぞ!!!う〜〜やっぱり、逃げ出しちゃダメかなぁ……

 行くぞ!あ〜〜でも……と頭を抱えながら左に右に行ったり来たり。うー行かなきゃいけないけどあんな所に行きたくはないし……うーー。

大きな扉を右に左に行って戻って……また頭を抱えて……もう!あんなカイチョーどうしたらいいのさ!!

 頭を掻きむしった所で聞き慣れた声が聞こえた。

 

「テイオーいい加減入ってきたらどうだ」

「ぴぇっ?!」

 

 もしかして……バレてた?大きく後ろに跳ねてしまったけどもう関係ない……覚悟を決めて部屋に顔だけぴょこっと覗かせた。

 

「カイチョーいつから気付いてたの?」

「最初からだ。まぁいいさ、話しにきてくれたんだろう?こっちに座らないか?」

 

 そこまで言われたら逃げるなんて選択肢にはなくて、「お邪魔しまーす」と普段なら言わない言葉を口にしながら生徒会室に足を踏み入れた。

いつもと違う空気に足を取られながら部屋中心の椅子へ。カイチョーが座った反対側にゆっくりと座って一息。

ふーーー。落ち着かないなぁ。

 

「よく来てくれた」

「うん。でもカイチョー直々の呼び出しなんて珍しいね」

「そうだな、本来なら私が行くべきなのだが此処の方が都合がいい」

 

 ちょっとだけ揶揄っていつもみたいに戻って欲しいな……と思うけど無駄かも。いつものテンション高いボクの様に、よし!

 

「あ、カイチョーカイチョー!聞きたいんだけど、有マで泣いてたって本当?」

「誰から聞いた」

 

 藪蛇だったかもしれない。鋭さが増した……気がする。

 

「教えなーい」

「テイオーの走りに感化されてしまったみたいでな思わず声も出たよ。いけ!勝て!走れ!と」

「さいっこうだったでしょ!」

「あぁ。最高だった。胸が震えたよ」

「大袈裟だよ〜」

 

 真っ直ぐなカイチョーの瞳が恐ろしい獣を秘めているようで怖くて。いつもならカイチョーと話してる時間楽しくて仕方ないのに……今はちょっとだけ逃げたい。

 

「で今日は何のようだったの?」

 

 獣が立ち上がる様を見た。忘れていたわけじゃない憧れのボクの心。そこにずっと居た荒々しくカッコいい最強のウマ娘。シンボリルドルフがボクを見ていた。あの約束の日の様に。

 

「テイオー。私と走る気はないか」

「カイチョーと?走ってくれるの?!模擬レースってことだよね」

「模擬レースではない。公式戦だ」

「え?でも僕はドリームトロフィーリーグには」

「オープン特別を用意しよう。皇帝に挑めると書いておけば挑戦者には困らないだろう」

「嬉しいけど……急にどうして?カイチョーらしくないっていうか」

 

 今まで走りたいって言っても走ってくれるのは併走だけ。ボクとレースをしてくれた事はなくて、「いつか走ろう。楽しみにしている」とばかり。

 きっとまだボクにカイチョーの相手が務まらないとか、早すぎるとかそういうのだと思ってたけど……このタイミングで?ボクの走りはもうあの時みたいにサイキョーじゃなくなったって言うのに。

 

「テイオー。私は君と走る時を夢見てきた。もう走れないと言った時、目の前から消えるまで信じられないと思ったが、事実君は再び走ることを選んだ」

「そうだけども」

 

 今のボクはギリギリ。奇跡を起こした後にもう一度都合がいい奇跡なんて起こるわけがない。走っても勝てない。最強の座に挑みたい気持ちはある。でもそれは今じゃ無いんじゃないかと。

 

「私はテイオーと走りたいと思わされたんだ」

「ボクと?」

「それに私は……テイオーの憧れだろう?手を伸ばせば届く。それを見逃せるほど君は落ちぶれてはいまい。でなければキミのその震え。私の喉元に今にも噛み付かんとする迫力。私を真っ直ぐに見つめる瞳」

 

 こういうときのカイチョーは苦手だ。ボクの心を刺激する。傷口だと思ってなかった様なところを無理やり開いてくる。

 

「それとも奇跡を起こし、約束を超え。夢や憧れを無くしてしまったか。私にはもう憧れを抱かなくなってしまったかテイオー?」

 

 自分が立ち上がったことに会長を見下ろしてから気がついた。

 気づけば足が一歩前に出ていた。

 あの日の約束、憧れにボクは今燃えている。

 冗談じゃない。

 始まりはシンボリルドルフだ。

 憧れたのはシンボリルドルフだ。

 走りだした理由はシンボリルドルフ。

 

『お前だ。』

 

「会長は強い。それはわかってる」

 

 夢はシンボリルドルフだ。

 シンボリルドルフを超えることがボクのトウカイテイオーの運命だと思った。

「でもいざ挑戦してみたら足は折るし、夢は消えて、何も無い暗闇を走ることになった」

 掲げた目標と約束は叶わず形を変えた。

「それでも会長には無いものをたくさん知ったよ」

 シンボリルドルフより沢山負けた。沢山挫折した。悔しさ、理不尽、運命。色んな壁に何度も打ちのめされた。

「会長は知らないよね。走れなくなった日の絶望を。また走れるときの喜びを」

 走れない日の一日の長さを知らない。

 もう走れないと言われた絶望を知らない。

 会長より多く壁も絶望も苦しみも超えた。ボクは強い。

 

「確かに前みたいな走りは出来ないけど、それでもボクは強い。

超えるよシンボリルドルフを」

「トウカイテイオー。やはり君は最高だ。私をここまで熱く滾らせるのは今まで誰一人として居なかった」

「覚悟しててよね。絶対に勝てるのは絶対だけ。僕はシンボリルドルフ、皇帝を超えて絶対の帝王になる」

 

 強く握りしめた拳から一本、指を立てた。不恰好にも見えるそれを目の前の強敵に突きつける。

 

「宣戦布告だ」

 

 乗せられたと思う。でもカイチョーが走りたい言った言葉には迷いがなかった。願いの様なするりと抜けて心まで届く言葉だった。でなければ、カイチョーはこんなに喜色に顔を染めたりしない。

 

「嬉しいな。ようやくテイオーと走れる。だが」

カイチョーが立ち上がってボクの手を

「って痛い痛い!カイチョー痛いよ!」

「人を指さすのは感心しないなテイオー」

「ごめんなさい!ちょっと調子に乗っちゃっただけだから!離して!許して〜」

 

 ようやく離され赤くなった指先を優しく握りしめながらカイチョーを睨みつける。

 

「カイチョー……。僕に負けても泣かないでよ」

「それでこそテイオーだ。いいだろう、簡単には負けないさ」

 

 

  ☆

 『皇帝Vs帝王』夢の対決を見逃すな。

 ついに対決!勝つのは皇帝か帝王か!

 さまざまな謳い文句が並んだニュースが流れてくる。昨日の今日だっていうのに情報が出回ってる、流石カイチョーこういう所も抜け目ないね。

 

「どれもこれも一面ボクとカイチョーの事じゃん、盛り上がってきたね!う〜〜楽しみになってきたよ!」

「楽しみになってきたよ!じゃねぇんだよテイオー……」

 

 目の前で頭を抱えているのはボクらスピカの専属トレーナー。少し派手な黄色のシャツに紺色のベスト。無精髭に癖毛を後ろに短くまとめて尻尾みたいにしたらいつも通りのトレーナー。

 ボクらをよく見てくれるし、なによりボクらの夢のために努力してくれる尊敬している人。ちょっと違うかも……

 

「トレーナー!ボク、カイチョーと走ることになったから!」

「おいおい!有マからまだ日が経って無いんだぞ」

「そうだね」

「あんなに厳しいトレーニングをしていたんだぞ、今は休むべき時だ。お前の身体はすぐには次のレースの負荷に耐えられない」

 

 耐えられない。そう言うトレーナーの顔が歪んだ。有マで勝つために行った壊れる寸前までのトレーニング。トレーナーの言う通り多分本当に身体が壊れるギリギリ、そこを見極めながら行った日々はまだボクの体に疲労と負荷を残している。

 

「……ごめんね、いつも無理言って」

 

 トレーナーは優しいから、骨折した時も何も悪く無いのに背負ってくれようとした。走る理由を無くした時だって、薄い扉の向こうにいてくれたのはわかってた。

 ずっと側で支えてくれた、そんなトレーナーをまた苦しめようとしている。

 

「それでも勝ちたい。勝ちたいんだ、シンボリルドルフにボクの夢に」

 

 一息。無理をお願いするんだから。トレーナーにはちゃんと言っておかなければいけない。そんなことは求められてないだろうけどこれはボクのわがままだから。

ゆっくりと頭を下げた。しっかりと覚悟が伝わるように。

 

「だからお願いします。もう一度ボクを鍛えてください。お願いします」

「……。はぁぁぁぁ。本気なんだな」

 

 ボクはずるいなぁ。いつも折れてくれるのはトレーナーで、どんなボクも見放さずに支えてくれてたのはトレーナーだった。

 

「うん。ダメって言ったらボク一人で無理しちゃうかも」

「ただの脅迫じゃねぇか異変があったらすぐに言うこと。俺がダメだと思ったらすぐに止めるからな」

「うん。ありがと」

「それと、もう一度なんて言うな。俺はお前の走りをトウカイテイオーの背に夢を見た人間だ。何度だってお前と走りたいんだよテイオー」

「うん!じゃあ、任せたよ!トレーナー!!」

 

 やっぱりトレーナーの声は魔法みたいだ。ボクはまだ強くなる。きっと夢を越えられる。いくぞーーーー待っててねカイチョーーーー。

 

「よっし!じゃあプランお願いね」

「あん?もうどっか行くのか?」

「うん。みんなにも話さなきゃいけないからねテイオー様は忙しいのだ!」

「気をつけていけよテイオー」

「行ってくるね〜〜」

 力を込めてトレーナー室の扉を開けた。足が軽い、僕はもう止まらない。

 

「あ、ゴールドシップ!ちょうど良かった!」

「お?どうしたどうした?」

「話があるんだけど、みんな一緒がいいからスペちゃん呼んできてくれない?」

「なんでこのゴルシ様が

「頼りにしてるからだよ、リーダー!」

「おお!そうだよな!リーダーだからな!任せておけ!」

「じゃあスペちゃんは任せたよ!」

 スペちゃんはゴールドシップに任せて、次はあの二人を探しに行こう!

 

 

 やっぱり二人とも一緒だ。ラッキー!

「ウオッカ!スカーレット!」

「テイオーじゃないどうしたの?」

「おう!テイオー。急いでたみたいだけどなんかあったのか?」

「話したいことがあるからスピカに来て欲しいんだ」

「もちろん良いわよ!私の方が先に行くわ!コイツより先に!」

ウオッカを指差して挑発、ボクとウオッカを置き去りに、赤いツインテールを靡かせて駆け出した。

「あ!ずりぃぞスカーレット!」

「あーもうなんでこんな時まで喧嘩するのさ!」

 

 

 はぁ……もうあの二人!先に行って喧嘩になってなきゃいいけど……どうしていっつも喧嘩してるのにいつも一緒にいるんだろう?

考えてても仕方ないか!今はマックイ、あの後ろ姿!見つけた!!

「マックイーン!ごめんこの後時間ちょうだい!」

「そんな急いでどうしましたの?」

「話があるんだってば!ほら荷物持つから!いくよ!」

「貴方はいつも……はぁ。わかりましたついて行きますから」

「ありがとう!」

 マックイーンの手を取ってスピカの部屋に向かう。マックイーンはまだ走れないから飛ばさない、でもみんなを待たせても悪いから少しだけ急ぎ足。

 

 

「よし、みんな居るね」

「オメーが集めたんだろうが」

「それで話ってなんですのテイオー」

 

 うん、うん。とみんな首を縦にふりながら早く本題に入れとく催促してくる。

 

「はいこれ、見て」

「皇帝vs帝王……は?!なんだこりゃ!」

「なによこれ!」

「マジかよ……」

「これって、本当ですの?」

「テイオーさんまた走るんですか?!」

「うん!だからねみんなにお願いがあって……」

 

 大きく呼吸をした。外の掛け声が聞こえてきそうなほど静かになった室内で心配や疑惑の様な瞳が集まる。

 前にも思ったけど、本気の言葉って意外と口にするのは大変だ。もう一度大きく吸って言葉を選ぶ。

 

「有マの時にもみんなにお世話になりっぱなしで申し訳ないんだけど、きっとボクは一人じゃカイチョーには勝てない。

トレーナーにも有マの負荷が残ってるって無理はさせられないって言われてる。

それでもボクらはウマ娘は勝ちたいって欲求には抗えないから」

 

「ボクは勝ちたい」

 

 ゆっくり頭を下げた。

 さっきもトレーナーに同じくらい頭を下げたなぁ。こんな事きっとしなくても手助けしてくれる。そう思うけど我儘で自分勝手に夢に挑むボク。それを助けてもらうんだからこれぐらいはしないと。

 

「だからボクに力を貸してほしい。またレースまで支えて貰いたい。お願いします」

 

 ボクの吐き終わった熱がすーーーっと冷えていく。静けさと下を見続けているボクの頭の上で声がした。

 

「なに当然のこといってんだよ」

「私、テイオーさんに勝ってほしいですれ

「出来ることはなんでもするわ!」

「このリーダー様になんでも任せておけ!」

「みんな……」

「テイオー」

 

 頭を上げた先には現役最強と謳われたステイヤーの本気の瞳がボクを見つめていた。その横に立つためにボクはシンボリルドルフに挑戦するんだよ。君を最強として待つために。

 

「なに。マックイーン」

「もちろん勝って最強になるんですわよね?」

「あったりまえでしょ!とは言えないかな……でも勝つよ」

「なら応援します」

「うん!みんなよろしくね!」

 

 ボクらを優しい目で見守るみんなに少しだけ恥ずかしいけど、その良いもの見たなみたいな、ちょっと照れてるっぽい鼻の下を擦る仕草はやめて欲しいかな。

 

 

  ☆

 みんなに支えられてやり切った厳しいトレーニング。まだ追い込める、まだ行けると思ってたけども時間は意外となかったみたい。やっぱり走っているとあっという間に時間が過ぎるね。

 早めに入った控え室だけど早くも後悔してた。控え室は特別で今からレースが始まるっていう現実をどうしようもないくらい訴えてくるから。

 

「さてテイオー。今日のレースだが……気負いすぎるな。無事に帰ってこい」

「うん、ありがとうトレーナー」

「まぁ、緊張すんなってのが無理か。飲み物でも買ってきてやるよ」

 

 背中を向けながら手をヒラヒラと振りながら気を負い過ぎんじゃね〜ぞ。と外に向かった。気を効かせるのが下手っぴだなぁトレーナーでもありがと。

 一人には広すぎて静かすぎる部屋。心臓の音だけが高鳴り続けている。

 速い……有マでもこんなに緊張はしなかったのに……

 鼓動だけの部屋の中にコンコンとノックが鳴り響いた。

 

「テイオー……居ますか?」

「マックイーン?入っていいよ」

「トレーナーさんが面白いものが見れるからテイオーの所に……震えているのかしら?」

 

 控え室に入ってきたマックイーンは飲み物を手にしていた。トレーナー、わざとマックイーンに押し付けたね。

 

「そんな……。あはは、そうかも」

「意外ですわ。テイオーでもそういう事があるんですのね。」

「そりゃあね。今日の相手は僕の夢だもの。凄いよ夢が壁になって出てくるレース。重いし硬いし……飛び越えようとしてもデカすぎて越えられる気がしない。そんな壁」

「らしくないですわ」

 

 ボクの方に歩いてくる。なんか……怖い?迫力がある。でもどうしてだろう少し優しい様な。

 

「どうしてそんなに怯えているんですの?」

「夢に負け続けてたからかな……なんか怖くなっちゃって」

「そんな時もあります。ねぇテイオー。楽しむことを忘れてはいけません」

 ボクの前で屈んだマックイーンと目があった。

「私、デビューしたての頃にとある方からこう言われたんです。『プレッシャーを楽しいと思えるか。今日踏み締める芝は夢への一歩目。楽しまないと損ですよ』って」

 手を握られた。

「確かに、今日は一歩目ではないと思います。何度も何度もその足を前にして歩き、走り、時には止まってここまで来た軌跡が、テイオー貴方の背にはちゃんと足跡が残ってるんです」

 暖かい。

「そうして歩いてきたところで手にした夢への切符でしょう?楽しんで走るべきですわ」

 

 どうしてだろうストンと胸に落ちた。たしかにボクは楽しんで走ってた。きっとボクを見続けていてくれたマックイーンだから届いたんだと思う。僕は今日まで楽しんで走ってきた。じゃあ今日も楽しまなきゃいけないね。

 

「貴方の走りは「楽しい」それを多くの人に伝える走りです。伝えられる走りです。楽しんで駆け抜けてきなさいトウカイテイオー!」

 気づくと震えは止まっていた。

「マックイーンってかなりボクの事好きだよね」

「なっ?!なにを言って」

「ありがとう。ボクのライバルがボクの隣を走るのがマックイーンで良かった」

「それなら良いんですけど……」

「最後に一つお願い。ボクの背中思いっきり叩いてくれない?」

「え?」

「元気付ける時にやるでしょ?力一杯ね、お願い」

「わかりましたわ」

 

 ふーーー。マックイーンの大きな深呼吸が聞こえてきた。本気でなんて言わなきゃよかったかなぁ……

 

「行きますわよ」

 ドンッ!と背中に衝撃が来た。ボクの弱さを全部ここに置くこのまま前にボクは行く。

 マックイーン。ありがとう。

 

「みてて」

 

 マックイーンの手から離れた背は少し心細いけど振り返らない。人差し指をピンと張り真っ白な天井目掛けて突き上げた、皐月の時みたいに。

 

「勝つよ、最強のウマ娘になってくる」

 

 前だけを見てひたすらにボクは進む。

 絶対は今日、僕になる。

 

 

  ☆

 軽い足取りで地下バ道を進むトウカイテイオー。レース場から差し込む光の方は歩くとそこから大きな影が伸びてきていた。

 そこには一人のウマ娘がいた。

 

「やぁテイオー。調子は良いようだな」

「そういうカイチョーも調子は良いみたいだね」

「もちろんだ。ところで今日はオープンだが勝負服を着てきたんだな」

「そういうカイチョーもじゃん」

 

 緑を基調とした軍服に赤いマント。右胸に3つ、左腹部に4つ。合わせて7つの勲章を掲げた勝負服。皇帝シンボリルドルフ。

 白を基調に青、赤、ピンクで彩られた軍服。袖には憧れと同じ刺繍。皇帝と逆になる様な勝負服。帝王トウカイテイオー。

 

「如何に言われようとも私は走りで手を抜くことはない。その証左でもある」

「ボクはそうだね……カイチョーにシンボリルドルフに挑む時はこの服って決めてたから」

「テイオー」

「この勝負服はねボクの憧れと夢そのものだから。夢に挑む今日着なきゃ」

「そうか」

「うん。よしっ!先に行くねカイチョー」

「いいのか?テイオーなら最後に出たいというものだとばかり」

「今日のボクは挑戦者だからね。王者は最後に堂々と出てきた方がかっこいいじゃん!じゃあね〜」

 

 緊張は見せずに楽しむことだけ意識する。軽い足取りに軽口。それでも目だけは眈々と壁を越える熱を宿していた。

 一歩踏み出せばバ場、そこで立ち止まって深呼吸。

 

「ボクは今"絶対"に挑戦する」

 

 

  ☆

「本日、東京レース場で行われるオープン特別。芝2400m左回りと中距離のレース。一番人気もちろんこのウマ娘、『生きる伝説』皇帝シンボリルドルフ」

「トゥインクルシリーズではもう走ることはないと思っていたので、この出走は意外でしたね」

「二番人気はトウカイテイオー。テイオーといえば前走の有マ記念、一年ぶりの復帰レースで並み居る強豪を跳ね除けた劇的な勝利を覚えている方は多いのではないでしょうか」

「有マと距離はあまり変わりませんので調整はバッチリだと思われます。期待できますね」

「各ウマ娘ゲートに入り始めました」

「順調に収まっていきます」

「最後に大外のウマ娘、ゲートに入りました」

 全てのウマ娘に平等にスターティングゲートは開く。

 ガコン!!!

「さぁついに夢のレースが始まりました!」

 

 …

 ……

 ………

 

「先頭集団が第三コーナーに差し掛かる!ここから勝負が動くか?!」

「トウカイテイオー仕掛けた!三番手の位置で様子を伺っていたテイオーが外から行く!グングン詰めて二着、一着に並んだ!」

「いつもより仕掛けどころが速く感じましたが大丈夫でしょうか」

「ここでトップに躍り出たトウカイテイオー!後ろから!中団後方に居たシンボリルドルフも上がってきた!」

「トウカイテイオーが上がったのを見て追いかけてきた形でしょうか。そのまま逃さない力強さを感じますね」

「トウカイテイオーのさらに外!大外回ってシンボリルドルフ差を詰める!後方からの見事なごぼう抜き!」

「これはトップ二人の意地の張り合いになりそうですね」

「シンボリルドルフ、止まらない!止まらないぞ!三着、二着抜いた!目の前にいるのはトウカイテイオー!もう前はトウカイテイオーしか居ない!このまま最終コーナーに差し掛かっていく!」

 

 予想より早めのスパートだが油断も慢心もない。このまま最後まで走り切れる。

 テイオー逃しはしないぞ、ここで差して私の勝ちだ。

 

「コーナーでも加速は止まらない!皇帝、シンボリルドルフ止まらない!テイオーまで2バ身……1バ身……、抜いた!コーナーを抜け最後の直線、いきなりトウカイテイオーを抜いた!」

「後続も最後の直線に続く!トウカイテイオーはどうだ、シンボリルドルフを見据えているか?!差し返せるのかトウカイテイオー!」

 

 勝った。テイオーとの勝負。このまま私の勝ちだ。駆け抜けて皇帝の走りを証明する。

 そう考えていた。このままゴール板まで走り抜ける。

 そう思っていたはずなのに何かが引っかかって魔がさした。レースの最中に後ろを振り返るそれはあってはならないこと。

 私がレースの最中振り返るなんてことはあってはならない。だから今振り返ってしまったのは何かに当てられたんだ。

 

 

 

 ーートウカイテイオーがいた。

 私に憧れ邁進しここまで走ってきたウマ娘。獰猛な獣の笑みに、彼女にいつかの私が重なった。私の熱、テイオーの瞳が燃えた。赤く迸り、雷の様に鋭く光り燃えている。

 アレは私を越えにきた、トウカイテイオー。アレは私を越えられるウマ娘だ。走らなければ差される。

 

 肌が震える、身の毛がよだつ、底冷えするような悪寒、背中からの圧力勝ちたいという熱がビリビリと全てが伝わってくる。

 止まった覚えはない、減速したつもりもない。それでも確実にトウカイテイオーは私の背に来ている。

 

「トウカイテイオー!どこにそんな力があったのか、追い抜き影も見えないとこまで駆けたシンボリルドルフに食らいつく!」

「あそこからの更なる加速。驚きですが苦しそうに見えます。最後まで走り切れれるでしょうか」

「シンボリルドルフこのまま突き放せるか?!」

 

 追いつかれてたまるか、負ける気などありはしない。ここから先に有るのはスパートのための気力に勝ちたいという意志。そして今日までの研鑽だけだ。純粋な積み重ね、努力と才能と運。全てを出し切る。

 レースで私達は命を燃やす。そうだ、命を賭して走らなければならない。全身全霊、勝ちたいと叫ぶ私を諌める必要はない。走りたいと進みたがる足を止めることはない。

 私は勝つ。絶対は私だ。

 

「シンボリルドルフ譲らない!トウカイテイオー内から並びかけてきた!影を捉えた!トウカイテイオー、シンボリルドルフを捉えた!」

 

 はっはっはっ。と。近づいてくる呼吸は私より荒々しい。そこまで上がった息でさらに加速を続けるテイオー。

 もう限界を超えているだろう。有マでも君はここで終わってもいいと言わんばかりに走り多くの人々に夢を届け、夢を駆ける。

 そんなに辛そうな顔で、肩で息をして、大玉の汗を流し、それでも前に進もうとする。それでも君は笑って走るんだな。

 

 

「ーーいけ、テイオー」

 不思議と声が出た。負けたと思ったわけじゃない。闘志を失ったわけじゃない。それでも何故か声が出た。

 

「トウカイテイオー!わずかに先頭!今ゴールイン!なんと、あの皇帝を破り勝利を手にしました!!息が詰まるような追い比べ!皇帝と帝王の勝負を制したのはトウカイテイオー!!!」

 

「勝ったの?ボクが?」

 

 

 ☆

 レース直後シンボリルドルフを記者たちが囲い込み大きな集団となっていた。

 

「シンボリルドルフさん惜しくも負けてしまいましたね。敗因などあるのでしょうか」

「そうですね、皆全力を出し全身全霊。まさに本気の勝負だったと言えます」

 

 一度目を伏せ呼吸を整えながら彼女は続ける。

 

「ですが、あの瞬間私には油断がありました。いえ、油断大敵と兜の緒を締める様にしていたのですが……気がつくと後ろ、トウカイテイオーを見ていました」

 

 思いを馳せる様に。

 

「レースの最中、後ろを見るなと私達は指導を受けます。前だけを見てひたすらに走れと、ゴールだけ見て走る。そういう指導をされるのですが最終コーナーでテイオーを抜いた時振り向き彼女の顔を見てしまった。

敗因はそれでしょう」

「どうして振り向いてしまったんでしょう」

「皆さんトウカイテイオーのことはご存知だと思います。何度も挫けその度に這い上がりターフに舞い戻る。不撓不屈を体現したウマ娘です」

「彼女がどうかしたのですか?」

「楽しそうに走るんですよ」

「はい?」

「ふふふ……テイオーの走りに夢中になって見惚れてしまった。ということです」

「では今回のレースを終えてどうでしたか?」

「そうですね。次共に走る時は負けません。ですが……今日のレースを、私は忘れることはないでしょう。皆が本気で走り望みゴールを目指した最高のレースでした。私自身も無我夢中、我武者羅に走ってしまうほど。本当に夢のような……」

 

 夢を見ている様な穏やかな顔のシンボリルドルフ。誰もが見たこともなく想像も難しい、優しい顔をしたウマ娘がいた。

「とても楽しい夢の様なレースでした」

 

 その一言で終わりなのか記者を掻き分け戻ろうとする皇帝が振り返った。

 

「あぁ最後に私事になってしまうのですが……テイオー」

「え?ぼく?!」

「君の夢の先、夢の舞台。ドリームトロフィーリーグで待っている。いつまでもトウカイテイオーが挑戦しに来るその日まで」

「それって」

「また走ろうテイオー」

 

 もうシンボリルドルフは振り向かなかった。

 

「ずるいや……」

 

 誰にも届くことなく消えた。

 

 

  ★

 

「あの皇帝シンボリルドルフに勝ったっていうのにあまり浮かない顔ですわね」

「そうかも。晴れ晴れとはしてるけどもなんだろうカイチョーも全力だったのはわかる。それでもね最後に『行けテイオー』って笑ったような気がしたんだ」

 

「聞こえた時にさ。ーーえ?って思った時にはもうゴールしててさ……なんかなぁ納得いかないのかも。夢でしたって言われたら信じられるよ」

「勝って納得いかないなんて贅沢ですわ」

「そうだね」

 

「あーーーでも楽しかったなぁ……」

「ちょっとだけ羨ましいですわあの会長さんと走れるなんて、それに会長さんからの直々のご指名で」

「もうマックイーンったら……やきもち?」

「私も走りたかっただけですわよ!」

「じゃあリハビリ頑張んなきゃね」

「そうですわね」

「待っていてくれたのはマックイーンだった。今度は僕が待つよ」

「待たなくても良いんですのよ?すぐに追いつきますわ」

 

「……ううん待つよ。そして一緒に次のステージに行くんだ。もちろん、スペちゃんやスズカ、ゴールドシップに、ウオッカとスカーレット、スピカのみんなで走る。それでトレーナーを困らせるんだ!」

「テイオー」

「楽しそうでしょ?」

「ええ、とても楽しそうですわね」

 

 

 そのウマ娘は立ち上がり前に踏み出した。背中を彼女に見せる様に。

 

「ねぇマックイーン。僕の背中に夢、見れた?」

「貴方は夢そのものみたいな人。私にとっては願っても伸ばしても届かない。太陽みたいで眩しすぎますわ」

「大事だから見失わないように照らすんだよ」

 

 掲げた拳から一本、指で空を衝く。

 

「ねぇマックイーン。ボクの背中に夢を見て。その先で僕は待ってるから」


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