ヒト>ウマ>ヒト 作:ゼン◯ロブロイ
フム…チト寂しいな(鷲頭巌感)
メジロエッジ
「強い!強すぎる!再来した魔性の青鹿毛!妖姫メジロエッジ、天皇賞秋三連覇達成! さらには今年度の天皇賞春秋制覇をも成し遂げました!」
メジロエッジとはアイアンサイトの初年度産駒にしてメジロラモーヌの最終産駒である。
概要
メジロエッジは2000年代に活躍した名馬である。
2005年、5月3日、北海道伊達市のメジロ牧場にて誕生。父はアイアンサイト、母はメジロラモーヌである。
母譲りの美しい青鹿毛、父譲りの頑健な足元を持って生まれた彼女は、生まれ落ちて5分ほどで立ち上がり初乳を求めたという。アオ、という幼名で自分が呼ばれているのを直ぐに理解していた、と言われている辺り、非常に頭が良かったようだ。
当初は非常に大人しく、母にベッタリだった、のだが…母と引き離される一歳を迎える頃には中々に自由な振る舞いをしていたそうだ。厩務員を引っ張り回す御転婆だったが、それを帳消しにしておつりがくる程甘え上手で愛嬌があった為、たいそう可愛がられたという。
馬具の装着も難なくこなし、というか一発でクリアした辺り父親の血を感じるエピソードである。その後もとんとん拍子に馴致をこなし、育成に入る事となった。競走馬名は騎乗訓練で見せた鋭い末脚の片鱗から、メジロエッジの名が決定したと言われている。
ゲート訓練も難なくこなし、いよいよデビューを待つばかりとなった彼女だが、相変わらずの甘え上手と愛嬌に「競走馬としての闘争心があるのだろうか」と心配していた、と後に調教師が語っている。
実際、この時点での彼女は非常にのんびりした性格に見られていた。他馬を気にせず、マイペースだったのも一因であろう。
2007年6月16日の2歳新馬戦がメジロエッジのデビュー戦となった。
結果から言えば、圧倒的な勝利であった。抜群のスタートでハナを取ると、そのままスルスルと走り抜けてしまい、鞭は持ったままであった。タイムは56秒9、実に6馬身差での勝利を飾る事となる。次走は10月28日、2歳500万下の条件戦で、前走の焼き直しのような走りで勝利。タイムは1分45秒9、二着のメジロガストンとメジロ商事所有馬によるワンツーフィニッシュを飾った。この後、11月4日福島2歳S(OP)も快勝したが、12月19日全日本2歳優駿[指定(G1)]にて6着に敗れる。出走間隔が短かったせいでは、等の声もあったが初めてのダートであったことが原因であろうと目されている。
2008年シーズンは1月20日京成杯(G3)に出走、接戦の末ハナ差勝利。が、ここからなんと9戦連続2着となる。とんだシルバーコレクターだ
出走したのは共同通信杯(G3)、デイリー杯クイーンC(G3)、アーリントンC(G3)、フラワーC(G3)、ニュージーランドT(G2)、皐月賞(G1)、京都新聞杯(G2)、優駿牝馬(G1)、安田記念(G1)と出走間隔もそうだが出走したレースが少々頭おかしいG1を含む重賞連戦に周囲は止めるかと思われたが、父の名前を見て納得して去っていくまでワンセットであった。妖怪伝説の威光は凄まじい。
毎回接戦、しかも派手な叩き合いでの惜敗が続いていたが、久しぶりの勝利を得たのはラジオNIKKEI賞(G3)だった。2馬身差での見事な差し切り勝利であったが、次走の七夕賞(G3)で馬群に沈み7着に終わる。更に次走のクイーンS(G3)でも垂れた相手に前を塞がれ6着。連闘の疲れが出たのではないか?無理をさせているのではないか?外野の声が大きくなってきたタイミングであった。
が、そんな言葉を吹き飛ばす勝利を持ってきた札幌記念(G2)。最終コーナーで大きく外に膨らんで、今回も負けたかと思われた次の瞬間には先頭集団を射程に捉え、そのまま並びもせずにぶち抜いての勝利であった。誰だよ疲れて調子が落ちてるって言ったやつ。
が、次走産経賞オールカマー(G2)では再び徹底したマークを振り切れず2着。続く天皇賞秋(G1)でも競り負けて6着に終わり、鳴尾記念(G3)では勝利で2008シーズンを終える。
2009年シーズンはやや慎重になった陣営が選んだ初戦は京都牝馬S(G3)、大外をぶん回して強引にも程がある勝ち方で勝利でスタートした。次走はダートのエンプレス杯(G2)、2歳時以来となるダートであったが見事な差し脚で勝ち切り、芝ダートでの重賞勝利を達成した。
続く金鯱賞(G2)はサクラメガワンダーとの叩き合いの末、クビ差で惜敗、2着となる。次走の七夕賞ではリベンジに向かうもののミヤビランべリを捉えきれずに半馬身差で2着。そのまま朝日チャレンジC(G3)、毎日王冠(G2)、府中牝馬S(G3)で2着シルバーコレクター再びである。ここから勝利が遠のく苦しい時期となる。
天皇賞秋では3着、中日新聞杯(G2)で2着となり2009シーズンを終えた。
2010年シーズンは試しに狙うレースを絞ってきた。初戦は中山記念(G2)、馬群に包まれたまま迎えた最終コーナーから力強い末脚を発揮してトーセンクラウンを差し切って1馬身差での勝利を掴む。が、此処からが苦難の始まりであった。
目黒記念(G2)、七夕賞、札幌記念、産経賞オールカマー、天皇賞秋、中日新聞杯の全てで2着となり2010シーズンを終える事となった。
2011年シーズンは昨年の印象を払拭したかったのか、京都牝馬Sに出走するも2着。先行きに不安が残る始まりとなった。中京記念(G3)、中山牝馬S、福島牝馬S、金鯱賞、七夕賞と2着が続き、陣営の頭に繁殖入りの文字がチラついていたであろうタイミングで流れが変わる出来事が起きる。
三度目となる産経賞オールカマーで抜群のスタートを決めるとそのまま走り切って勝ってしまったのだ。先行策か差しで今まで戦っていたメジロエッジ、初めての逃げである。なお、オールカマーまでの間にアイアンサイトに引き合わされていたとか居ないとか。牝馬をやる気にさせるプロの妖怪は実の娘にも効果があったようだ。この勝利の余勢を駆って挑戦したのが天皇賞秋、なんと激しい競り合いを制して初のG1勝利を挙げる事になる。しかも1:56のレコードのおまけつきである。この勝利で2011シーズンを終了したが、ここから覚醒したとか言われる活躍が始まるのである。
2012年シーズンは非常に慎重に選定した4レースのみに出走するに留めたが、結果だけ言えば全勝したのである。京都記念(G2)、七夕賞、オールカマー、天皇賞秋を勝利した。が、ただ勝つだけで終わらないのは父親譲りなのか、天皇賞秋では30分の審議を経て史上二度目のG1同着優勝の裁定が下された。天皇賞秋、連覇である。
2013年シーズンで競走馬を引退し、繁殖入りを発表。メジロエッジ、最後の戦いが始まる。
初戦はダイヤモンドS(G3)。距離への不安を感じる陣営を余所に、覚醒したメジロエッジは恐ろしく強かった。なんと第四コーナー手前からスパートをかけると、そのまま先団をぶち抜いて影も踏ませず圧勝。2009年モンテクリスエスが刻んだレコードタイムを1秒縮めるレコード、3:28.4を刻み込んだ。
次走は産経大阪杯を叩いて快勝、その勢いのまま天皇賞春、前年の天皇賞秋でも競り合ったフェノーメノとの競り合いになるかと思われていたが、終わってみれば大差勝ちであった。ここから更に調子を上げたメジロエッジは七夕賞、札幌記念、産経賞オールカマー、京都大賞典(G2)と連戦連勝、充実も充実した状態で迎えた天皇賞秋、勝利すれば春秋制覇に加え、前年は同着優勝とはいえ、三連覇がかかる大一番。立ちふさがるライバルも前年は最後まで競り合ったエイシンフラッシュ、牝馬三冠のジェンティルドンナと強敵揃いであった。
だがここを走るのは覚醒したメジロエッジである、相手が悪かったと相手には言うしかない。2011年に自身が刻んだレコードを0.5更新する1:55.5。実に約12馬身差での勝利で現役最後のレースを終えた。
2014年は休養に当て、2015から繁殖入りとする決定を下した陣営には、懸念が一つあった。メジロエッジはレース以外では懐っこい性格だったのだが、一つだけ問題があった。牡馬の好き嫌いが激しいのだ。休養と発表されたが、実際のところは牡馬の好き嫌いを緩和できないかという陣営の苦悩によるものである。
メジロエッジ伝説
競走馬を引退し、繁殖入りしたメジロエッジではあるが…妖怪の娘がここで終わる程普通な訳が無かった。普通とはいいがたい成績は気にしてはいけない。
1、実はメジロエッジではなくメジロエイジと登録される筈だった
期待の新馬であり、この世代を代表するように成って欲しいという願いから、本来はメジロエイジと登録するつもりだったという。が、噛んでしまってメジロエッジと伝わってしまい、そのまま登録されてしまった。が、悪い名前ではないと考えなおしそのまま登録することにしたという。
2、まだまだ成長期
引退してメジロ牧場に戻ったメジロエッジだったが、走るの大好き、食べるの大好き、遊ぶの大好き、牧場のみんなも大好きな彼女はテンション爆上げとなっていた。よく食べ良く走り良く遊び、結果体が大きくなった。半月で80㌔程体重が増加したのだが、恐ろしい事にほぼほぼ筋肉の増量による体重増加だった。しかも身体は一回り大きくなっただけではなく、馬体のバランスも非常に良くなっていた。
尚、試しに、と走らせてみたら現役時代よりも平均タイムが良かったのは間違いなく妖怪の血筋を感じさせる父親の血筋であろう。
3、妖しき美貌の青鹿毛
引退して老け込むような事も無く、というか寧ろ若々しくなってないかコイツ毛艶も非常に良い上、小柄だった体躯が一回り大きくなって貫禄が出て来たともいえる。そんなメジロエッジ特集が週刊誌で組まれたのだが、反響が大きかった…というか大きすぎた。改めて写真家による撮影で写真集が出された。なお初版で10万部をあっさり売り切ってしまい、大急ぎで重版する事になったという。
ここで終われば、大人気だねぇ、で済む話だったのだが、明後日の方向に話は飛んでいく。やはり関係者、特にメジロエッジと対戦した陣営の人間等は当時を振り返りながら写真集を見ていたのだが、たまたまメジロエッジの写真を見た牡馬の反応が顕著だった。馬っ気を出したのだ。あっさりと。
元々メジロエッジを見て馬っ気を出す牡馬は少なくは無かったのだが、直接対決して馬っ気を出さなかった牡馬までが馬っ気を出したのである。人間風に言うならば、暫く見ない間に可愛い系だった娘が妖艶な美女に成長していたような物なのだろうか。
4、お見合いでお怒り
種付け条件として、メジロエッジとのお見合い(顔合わせで嫌がらないかどうか確認)をする事が盛り込まれた。牡馬の好き嫌いが厳しくなった事が原因である、とされているが、実際は少々異なる。相手の牡馬の命を心配しての条件だったという。
血統から良さげな種牡馬を選びメジロエッジと引き合わせた所、牡馬を激しく威嚇するメジロエッジという珍しい場面が見られた。基本的に気に入らない牡馬は完全無視するのだが、この時はしつこく乗りかかって来ようとした牡馬にキレたと思われる。(種牡馬だからお仕事だものね、相手は。)凄まじい轟音にスタッフが飛び込んで来た時に見た光景は、理解しづらいものであった。
壁に大穴が空いていた。しかも馬っ気を出していた牡馬のオッスがしょんぼりしていた辺り、メジロエッジにガチビビりしたのだろう。普通に生命の危機を感じたのかもしれない。そして壁の大穴はメジロエッジが蹴り砕いた事が判明。慌てて医師に検査してもらったが一切問題が無かった。
没ネタ
カレンチャン(以下カレン)「今日も教官のトレーニングかぁ…そろそろカレンも自分だけのトレーナーさんが欲しいなぁ」
再人君「すいませーん、ちょっと中に入れてもらえませんかねー」
カレン「あ、はーい。今開けますねー」
再人君「あ、ども。コホン」「私の名前はドクロ仮面!お前は今から私のカキタレになるのだー(棒」
カレン「ハイ!(ウデヒロゲテマチカマエ」
???「まてーい!(ハイジャナイデショ」
ダスカ「赤ニンジン!(オシイレガラッ」
カワプ「赤ニンジン!(クローゼットバーン」
アマゾ「黄ニンジン!(ドアバーン」
ドベル「赤ニンジン!(ダツイジョカラサッ」
グルヴ「黄ニンジン!(マドガシャーン」
「「「「「五人揃って!ゴニンジン!」」」」」
カワプ「さぁ、早くお逃げなさい!(カートニツメテホウリダシ」
ここまで考えて正気に戻った
この話って何処に向かってるんやろ…
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趣味?
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浪漫?
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適当?
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推し?
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殿下?
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修羅場?
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両馬場?
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私にもわからん。