トウカイテイオー、生徒会副カイチョーにされる
悪夢の骨折から1年空けた有マ記念。そこでトウカイテイオーが勝利を飾ってから1ヶ月と少しが経った。相当無理をしたため脚の状態は思わしくなく、トウカイテイオーはそのレースを以って再び長期間の療養。秋の天皇賞に間に合えば御の字らしい。
焦点を秋に合わせ、脚の回復を待ってリハビリをする傍ら、生徒会室に入り浸るついでに仕事をちょっとだけ手伝ったりをしている。それとは別にチームのトレーナー付マネージャーとして、トレーナーの真似事のようなことをして過ごす日もあるようだ。
「テイオー!タイムはどうだったかしら?」
コースを走り切ったサイレンススズカが駆け寄ってくる。大阪杯を視野に入れている為、本人にとっては少し長い2000メートルの実戦トレーニングをしているところだ。
「うん、順調に伸びてるよ。今日で一番だ。ただ、やっぱり終盤の大事なところで身体が起きてるんだよね。スズカの場合、姿勢を低くしてこそ鋭い加速を得られているところもあるから、多少辛くても姿勢を下げる意識を持つといいんじゃないかな。」
「―そうね。わかったわ。ありがとうテイオー!」
チームとしては最年少だったが、その溢れんばかりの才能、有マ記念を制したという実績と持ち前の人懐っこさから彼女のアドバイスは広く受け入れられ、レース外においても居場所を開拓しつつあった。
「精が出ますのね。」
サイレンススズカが再びコースに戻ったのを体育座りで見ていると、ふいに横に並んだウマ娘は芦毛の長髪。中等部ながら最強ステイヤーの称号を恣にしていたメジロマックイーンだ。
「マックイーンじゃん。どうしたの?お金の勉強はいいのかな?」
このメジロマックイーンもまた、脚に炎症を抱えてしまい、レースとして走るにはそれなりに長い期間の療養を課されている。同じチームでもあるし、そうした者同士文字通りウマが合うのか、たまにこうしてふたりは交流を重ねているようだ。
「ひととおり理解は深まってきましたわ。ですがまだ子供ということでそれ以上のことはさせてもらえませんでしたの。」
「そーなんだ。まあ、お互い中等部だしね。」
「まったくですわ。―というわけで、軽く走りに来ましたの。」
それは意外、とトウカイテイオーは目を丸くした。
「ランニングくらいのペースなら貴方も無理なく走れるでしょう?付き合って貰いますわよ、テイオー。」
立ち上がり、尻についた土をぱんぱんと払う。
「マックイーンからそんなこと言ってくるなんて珍しいじゃん。いいよ。ボクも暇だったところだし。」
軽く手首と足首を伸ばし、軽くストレッチ。メジロマックイーンを先に出して、それに並走するカタチでトウカイテイオーもスタートした。
ざざ、ざざ、ざざ、ざざ、ざざ。
ふたりぶんの脚音を残して、ゆっくりと、トウカイテイオーとメジロマックイーンはグラウンドを周回する。ウマ娘にとっては歩くにも等しいペース。おそらくメジロマックイーンはもっと速く走れるだろう。脚の具合はトウカイテイオーにくらべてまだマシだからだ。
それでもこうしてトウカイテイオーにあわせているのは―。多分、わざわざ時間を作ってまで会いに来たのだろう。似たような境遇どうし、何か思い当たる節があるのかもしれない。
「―なんですの。さっきからにやにやして。」
だから、こうして口角が上がってしまうのもしょうがないと思った。
「ふふ―ん。なんでもないよ―。」
訝しがるメジロマックイーンを他所に少しだけペースを上げるトウカイテイオー。こんなことを知られては恥ずかしくて堪ったものではない。あのころの感覚とは程遠いものの、風を切って走るのが気持ちいい。この感覚を知ってしまったウマ娘はもう走ってなんぼなんだと改めて思った。少しずつ気持ちが昂って来る。コースを一周するまであと200メートルもない。
「これくらいなら、いいよね?」
前を掴んだ脚を後ろに抉る。スパートの準備だ。正確には加速する準備を整えた、のだが。
「テイオー!」
背後から怒鳴られてそれを止める。同時に気持ちも萎えてしまい、その場に立ち尽くしてしまった。つかつかとメジロマックイーンが歩み寄ってくる。怒りとも悲しみともとれる複雑な表情に、美しい顔が染まっている。
「駄目ですわよ、テイオー。貴方今全速力を出そうとしたでしょう。貴方の脚ではまだその負荷に耐えられないハズですわ。もうちょっとご自分のことを考えてくださいまし。」
両手を挙げて降参のポーズ。
「うるさいなあー、もう。ここ一か月全然走ってないんだよ?たまにはいいじゃん。」
「あなたが自分のチームの娘たちにも同じことをさせるんなら、ご自由にどうぞ。―さ、トレーナーさんのところへ戻りますわよ。」
そんなことするものか、というメジロマックイーンの言葉はにべもない。うー、わかったよ―、とそれ以外にもいろいろと零しながら、トウカイテイオーは後に続いた。
―ピンポンパンポーン―
今日何度目かの校内放送。さして珍しいことでもない。精々が逸れたツレの呼び出しか、職員室、指導室からのラブコールくらいだ。トウカイテイオーにとってとくにやましいことは無い。だから、このような放送で自分の名前が挙がるなどとは微塵も思っていなかった。
《―シンボリルドルフだ。生徒会として、一般生徒の呼び出しを行う。…トウカイテイオー。今から20分以内に生徒会室に来てくれ。繰り返す。トウカイテイオー。今から生徒会室に来てくれ。》
放送の終わりを告げるベルを聞きながら、トウカイテイオーはぼけっと空を見上げていた。
「―何か、したんですの?」
ぷるぷると首を振る。
「そんなこと無いと思うんだけどな。ほらボク、トレーニング休むようになってからトレーナーの手伝いしかしてないし。」
ですわねえ。と首をひねるメジロマックイーン。
「すぐ来いっていうみたいだから、ボクいくね、マックイーン!」
元気に走り去っていくトウカイテイオー。小さく手を振りながら見送っていた。
「まったく、ついさっき抑えろと言ったばかりですのに。」
トレーナーたちのもとへ向かうメジロマックイーンは、少しだけいい顔をしていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
生徒会室の扉を、ノックもせずに開け放つ。
「トウカイテイオー!見参!」
脚を踏み入れるや否や、エアグルーヴがこれ以上ない鋭い目でこちらを睨んでくる。
「テイオー!バカか貴様!ノックくらいしろ!」
思わずびくりとして身を固めてしまう。あれから毎日のように出入りしている生徒会室。エアグルーヴも最近は何も言わなくなっていたが、なにゆえ今日になって狂ったように怒り出すのか。
「生徒会長の前だ!もっとシャンとせんかたわけが!」
いつものように助け船を出してほしくてシンボリルドルフの方を見る。当のシンボリルドルフは、眉尻を下げるだけでとくに干渉してくるつもりはないようだ。エアグルーブは右掌で顔を抑えて頭を抱えている。
ナリタブライアン、フジキセキ、ヒシアマゾン、マルゼンスキーはいつものままだ。
「―まったく…。会長、ほんとうにこいつでよろしいのですか?」
ため息とともに言葉を吐き出すエアグルーヴ。このやりとりだけでやる気が3つは下がっていそうな勢いだ。
「もう決めたことだ。それに君たち同意していただろう。今更何もないさ。―テイオー。ちょっと前へ来てくれ。」
言われるがまま、シンボリルドルフの前へ躍り出る。それなりに真剣な表情の生徒会長。自分が一体なにをしでかしたのか、数日の記憶をさかのぼってみるが、今日のこのやり取り以外には覚えがない。
「まずはよく来てくれた、テイオー。」
カイチョーの呼び出しなら、いつでもどこでも駆けつけるよ!
「頼もしいな。―さて、この春で生徒の学年がひとつ進む。それはつまり、私とマルゼンスキーがここから旅立つことを示している。」
そうだね。寂しくなるけど仕方ないよね。
「新しい生徒会長はエアグルーヴになってもらう。副会長のナリタブライアン、寮長のフジキセキとヒシアマゾンはそのまま続投だ。」
そうなるらしいね。
「―で、だ。これまでエアグルーヴとナリタブライアンの2人で回していた副会長のポジションだが、私が抜けることにより一人足りなくなってくるのだ。」
へー。それって誰にするの?スズカとか?
「いや、ふたり目、新しい生徒会副会長は―、お前だ、テイオー。」
… …え?
「いろいろと言いたいことはあるだろうが、これは決定事項だ。私が卒業するまでの間、ナリタブライアンから仕事は教えてもらえ。エアグルーヴには私の業務を引き継いでもらわねばならないので貸せないが、よろしく頼む。」
・・・え。
「えええええええええぇえええぇぇぇええええぇぇぇぇえええ??!?!?!?!?!?!?!」