だから今このお話の時点で本当は高等部2年になってないと変なんですけど、
ルドルフたちはまだ卒業しないし、そのへんの関係がよくわかんなくなっちゃいました
皐月賞の興奮冷めやらぬ学園。日本ダービーまでの時間もないので、それを目指すウマ娘たちは必死に追い込みをしている。その傍ら、生徒会はダービーの翌日に控えている一大行事を無事に乗り越えるため、各寮長、そして各役員の知り合いやクラスメイトなども巻き込んでその最後の追い込みにかかっていた。
既に結構な時間であるにもかかわらず、生徒会室の明かりは点いており、3人の影がそれに揺らめいている。
「結局ボクら3人になるのかァー。終わんの?これぇ。」
目安箱に入れられている要望を整理しているテイオー。かなり張りつめて作業していたのが祟ったか、とうとう限界がきてしまい、憔悴しきった感じで帝王が愚痴りだした。
「今日中にあげなければならない、というわけではないが、残りの期間と、資料そのものの間違いや真偽を確認するのにそれなりの時間がかかるからな。仕上がりが早いに越したことはない。」
それにしたってェー、と足をぷらぷらさせて抗議するテイオー。
「つらいなら外の風を浴びてこい。いくらか眠気も覚めるはずだ。」
「今期の予算使用率と来季の試算は進んでいるのか?」
「ええ、今のところ順調ですわ。来季の予算案は昨年のものをベースに今期に合うよう数字を変えればそれでよいのですわよね?」
「そうだ。―生徒からの要望については回答できるのかテイオー。」
「うーン、ちょっと難しそうなのばっかりかなあ。前にあったメンタルケアの専門家を学園に引き入れるのはボクも賛成だし頑張ってもいいと思うけど、他はおよそ利己的な有象無象ばかりだよ。―もちろん、それをそのまま棄却理由にはできないから、まっとうな原稿を考えないといけないんだけどサ。」
パソコンの画面から目を離さずとも、耳を動かすだけで周囲の音を拾えるウマ娘。テイオーも、視線をそらさなくとも、エアグルーヴたちの会話を聞いていたのだ。
「―しかし助かったぞテイオー。まさかライバルに金銭に詳しい娘がいたとは。」
そうしてエアグルーヴは芦毛の、おそらく今日初めて生徒会室の敷居を跨いだであろうウマ娘を見る。
盾の栄誉を2度戴きしその芦毛は、さも最初から知っていたかのように数字を操り、エアグルーヴですら頭を抱えるレベルの複雑な計算すらソフトを駆使して処理してみせた。
「マックイーンも脚を壊しててね。将来メジロの家で使うために総務課?に出入りして勉強していたンだ。きっと役に立つと思ってお願いしたンだよ。」
そんなの、所詮付け焼刃程度ですわ―マックイーンは謙遜する。
「その付け焼刃程度の技能すら我々にはなかったのだ。君が今ここにきてくれていなければ我々は夜明けの後も頭を働かせていなければならなかった。」
あくまでも画面から目を離さないが、エアグルーヴは改めて礼を言う。普段からは想像しがたい、礼を呈した穏やかな言い方だった。
「ふぅン。随分とマックイーンに甘いじゃん?普段、“君”なんて言わないでしょエアグルーヴ。」
カタカタとキーボードを打ちながら横目でちらり。それだけでエアグルーヴに対する宣戦布告としては充分だった。沸点の低い彼女はすぐに顔を赤くする。
「な―っ、テイオー貴様っ!」
ガタっと椅子を鳴らし思わず立ち上がってテイオーを睨むエアグルーヴ。しかし当のテイオーはそれを見てすらいない。
「はいはい、仕事しようね。エアグルーヴ。」
また嵌められた。怒りと悔しさと恥ずかしさに身を震わせながら再び席に着くエアグルーヴ。右手前の不愉快なニヤけ面に一矢報いる手段はここでは見つけられない。大人しく仕事をする他ない。
気持ちを静める為大――――――――――きく深呼吸したのち、仕事にかかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「―よし、これでそろったな。」
日付が変わる直前。マックイーンの予算案が仕上がり、来る“生徒総会”の資料はすべて整った。
「本当に助かったよ。ありがとう、メジロマックイーン。」
「いいえ、このくらいは大丈夫ですわ。それに私もよい経験になりました。」
女帝と名優は握手を交わす。やりきった女たちのカオがそこにはあった。
「“生徒総会”は来週だ。財務のあたりはすべて君に任せてしまったので、我々では上手く説明ができない部分も多いと思う。そこで、その説明まで任せたいのだが、どうだろうか?」
「乗り掛かった舟ですもの。お安い御用ですわ。私、自分で作ったものには、最後までその責任を持つタチですの。」
そうか、と微笑むエアグルーヴ。その優しく慈悲深い微笑に、そんな顔見たことないとテイオーは戦慄を覚えていた。
「いや、ホント助かったよマックイーン。なんてお礼言ったらいいかわかんないや。」
後ろ手に頭を掻きながらテイオーが生徒会室を出てきた。夜の涼しい空気を肺いっぱいに吸い込みながら背伸び。風に尻尾がたなびいてぱたぱたと音を立てている。
「そんなの、お互い様でしょう。困っている友人の助けになるのでしたら、私はなんだってやりますわ。それだけのものを貴女から頂いているのですから。」
「そ、そう―。」
照れるテイオー。その肩に手を置き、エアグルーヴはマックイーンを口説きだした。
「レースであれだけの結果を残し、裏方の仕事もそつなくこなせる。このうえない逸材だ。誰も文句など言うまい。どうだ。君さえよければ、生徒会にポジションを設けてもいい。引き続き私たちを助けてくれないだろうか?」
困ったような表情。尻尾はゆらゆら。どうにも応えあぐねているようだ。
「駄目だよエアグルーヴ。マックイーンはまだ走りたがってるんだ。ボクたちの都合でそれを無駄にしちゃいけない。」
「テイオー、貴女…。」
はっとしてテイオーの方を見るマックイーン。これまでの純粋な子供のようなものとも違う、レース中の真剣で力のあるものとも違う。理知的で、端正で、一ことで言えば“締まった”表情をしていた。こんなカオをしたテイオーは、マックイーンは初めてだった。
「―ま、ボクも秋の天皇賞があるんだけどね。それは脚が治ってからかな。」
からからと笑い飛ばす。
「そうか。―お互い、いい関係なんだな。」
そう言い、エアグルーヴは部屋の電気を絞る。
「あとは私だけでいい。お前たちはもう寝て、明日に備えてくれ。」
そう?じゃあお言葉に甘えて、と部屋を出るテイオー。
はい、と礼儀正しい返事と共に、端正な所作で一礼し部屋を出ていくメジロマックイーン。
エアグルーヴは、そこについこの間までの自分自身とナリタブライアンを見て、自然に笑みがこぼれてしまった。あのふたりも非常によいコンビだ。部屋の扉をしめつつ、エアグルーヴは謎の安心感に包まれていた。
あとは任せろ、とはいったものの、残っているのは最後の誤字脱字チェックだけだ。他の誰かにさせてもよかったのだが、どうせ自分に回ってきて自分が決裁をする書類。見つめて、自分で間違いを見つける方が早いとおもったからだ。
しかしながらそれを今からする気にはなれず、部屋に明かりを流し込んでいる窓を見る。
ぼんやりと照らされたグラウンドに、いつの間にか抜け出してきたサイレンススズカらしきウマ娘の影が芝を走っているのが見える。いつもなら咎めにいくところだが、今日はさしものエアグルーヴも疲労困憊。そのような体力も気力もなかった。
半ば椅子からしなだれかかり、窓のへりに肘を置いてそれを見るだけにとどめる。
誰もいない生徒会室は意外と広いものだな。そう思いながら彼女は部屋を一瞥し、それから空を見上げた。満天の星である。
そしてその中心にあるのは三日月。空は晴れていてよく見える。
「会長、私はここに至ってもまだ、皆に助けられてばかりですよ。」
拝啓、シンボリルドルフ様。見上げながら、エアグルーヴはごちた。その表情は、悪いものではなかった。